2017/05/17 のログ
ご案内:「無名遺跡」にシトリさんが現れました。
■シトリ > シュカァァァァァッ!! ……と、金属の擦れ合うような甲高い音が通路に響いた。
数瞬後に、いくつかの物体が乱雑に床へ投げ出される音。その後は、荒い息遣いのみが薄暗い遺跡に漂うのみ。
「…………はぁ……ッ! はぁ……っ……う、うう……」
人工的な造りの遺跡の壁……その壁面にまっすぐに走った薄いスリットから、巨大な刃が通路に顔を覗かせていた。
鎌めいて湾曲した造形の刃はところどころ錆びているが、刃はよく研がれている。
地面からの高さは80cm程度。一般的な成人が引っかかれば即死には至らないが移動力を損なわせる、悪辣なギロチントラップだ。
その刃の下に転がるのは褐色の肌を持った人体……2つ。もとは1つだったものが、おへそのあたりから両断されている。
……しかし、周囲には1滴の血液も、1片の臓物も散っていない。
それどころか、2mほどふっとばされた位置にいる上半身側は、まだ生きている。
ギロチンに切り裂かれたであろう腹部の断面は、まるで粘土像でも切ったかのようになめらかな表面を保っている。
「………う、うう………びっくりしたぁ……」
か細く、震える声が響く。性徴を感じさせない声だ。
■シトリ > 情報を買い、九頭龍山地の麓の遺跡に向かったシトリ。
買った地図には入り口から歩いて10分程度の範囲しか描かれていない。これ以降は自分の目でたしかみてみろという具合だ。
……その未知の領域に足を踏み入れた途端に、このザマである。
「……よっ……と」
突然の罠の襲撃に狼狽していたシトリだが、しばらくして正気を取り戻し、腕だけを使って上体を揺り起こす。
身体が両断されて体重は半分近くに減ったが、下半身がないとバランス感覚も崩れ、なかなか苦労する。
そして這いずるように、ギロチン刃の下にある己のBパーツへ向けて蠢き始めた。
「……ん……あれ、か? 床が一部持ち上がって見える……アレを踏んだから刃が出てきたのかな?
ダンジョンってこわいな………」
右手、左手、と床のタイルに指をかけて匍匐前進しながら、のんきな口調で呟く。
お尻から下の部位が転がっている箇所。そのあたりの床が、感圧板になっているのだろう。
周囲は薄暗く、ホコリも積もっていてなかなか気づきにくい……が、それでもある程度修練を積んだ冒険者なら気付くハズ。
幸いにも防具や所持品に損壊はないようだ。丈夫な作りのランタンも床に転がっているが、割れても消えてもいない。
■シトリ > 床のホコリに這いずり跡をつけながら、シトリは2分ちかくをかけてようやく2mの距離を登りきり、下半身と再会を果たす。
その足首を掴んで、今度はそれをギロチンが生えた壁の傍まで引きずって持っていく。
「……っはーーーぁ! 疲れたっ! やっぱ足って大事だよな、チクショウ!」
ようやく壁にたどり着けば、背をもたれさせ、Bパーツを抱えるようにして一心地つくシトリ。
人間、四肢が健常でなければこれほどにも移動に難儀するものなのだ。
呼吸を整えようと目を閉じ集中するシトリの腕の中で、肉付きのよいシトリBパーツの脚がぴくりと動く。
下半身側も生きているのだ。それどころか、感覚も繋がり、動かすことだってできる。平時のように器用には動かせないが。
「……あー、さっさとこいつを繋げて移動しないとなぁ。こんなところに留まってても良いことないし。
どうもここ、湿気が結構あるようだし。持ってきた水は飲まなくても、すぐ治るかな?」
レモン色の髪をもたれさせた遺跡の壁、その向こうのほうから、さらさらとかすかな水音が聞こえる。
おそらく地下水であろう。その水分がギロチンのスリットを通し、遺跡の通路まで漂っているのを感じる。
……その地下水の流れを用いてギロチンのゼンマイを巻き上げ、罠を自動リセットするからくりが備わっているのだが、さすがにそこまで詳しいことを察知する能力はシトリにはない。
そして、そんな小さな力で装填されたギロチン。多少防具が整っていれば、苦痛こそ受けるだろうが胴体が両断されるハメになることもなかっただろう、が。
「……ったく、もう少しギロチンが高かったり低かったりしたら服が切れてたとこだったぜ。助かった……」
シトリにとっては、己の肉体よりも装備が無事であることのほうが大事なのだ。そのための薄着なのだ。
シトリは両断されたくらいでは死なないし、すぐに治るのだから。
■シトリ > 「……ん、う……ぐ。ちょっと傷跡が乾いてるな」
腕に抱えた重たい下半身、その断面にそっと指を這わせ、顔をしかめるシトリ。
中身は露出してないものの、断面に触れる感覚は『内臓に直に触れる』のとあまり変わらず、気持ちの良いものではない。
……そして、腕や脚を切り飛ばしたときのようにすぐ元通りにくっつくような断面の状態になっていないことも察する。
シトリは『乾いてる』と表現したが、実際にはギロチンの金属と半精霊の身体の相性が悪く、断たれた箇所の治癒力が弱まっているのだ。
「しょうがない。しばらくここでじっとして、水分補給とするか……斬られたとこが『潤う』まで。
それまで誰も来ないことを祈るしかねぇや……」
苦々しい表情で頭上の錆びた刃を睨みつけ、シトリは下半身に付いたままの雑嚢から水袋を取り出し、水分を口に含む。
下半身の断面部にもわずかずつ水を垂らし、その傷跡が『潤い』を取り戻すまで待つことにしたのだ。
「…………………」
上半身から切り離された己の下半身。腰骨の部分を両手で持ち上げてみる。
重たいが、カタカタと震える脚で不器用に踏ん張ってみれば、手に感じる重量はそれほど負担にはならない。
自らの臀部をこうしてまっすぐに見つめる機会は、常人ではまずありえないだろう。
手持ち無沙汰に……と言いつつもどこか興味をそそられたような視線で、己の半身の造形をまじまじと観察するシトリ。
ご案内:「無名遺跡」にリンさんが現れました。
■リン > 薄暗い通路の壁沿いを、一匹の鼠が駆けていく。
この手のダンジョンに鼠が住み着くことは珍しくはないし、シトリもすでに目にしていたかもしれない。
ただ少し奇妙なのは、自分の臀部を抱える少年冒険者の存在を視認したその鼠は、
異様な光景の前にぴたりと直立状態で立ち止まって、人間じみた狼狽の様子を見せている、ということだ。
おまけに、よく観察すれば毛皮の下にちらりと覗いているのはまるで人間のような両脚であった。
小さい体というのはダンジョン探索においては便利なもので、重量に反応するトラップをスルーできるし魔物の注意をひくこともない。
ちょっとした手続きを踏むことで身体を小さくすることができるリンは、必要に応じてそれを使っていた。
■シトリ > 目の前の壁を横切る、小さな影。その足音に一瞬はビクつくも、小動物と察すればすぐに落ち着きを取り戻すシトリ。
……しかし。
「……ん? なんか……あのネズミ、変だ……」
ネズミが目の前で止まり、狼狽する仕草を見せる……その様子はシトリには、ネズミが自分に興味を持ってるように見えた。
しかしそれよりも、その奇妙な脚の作り……動物のそれとは微妙に違う。
まるで、小人がネズミの剥製を被って動いているかのような。とんでもなく不気味だ。
「………………な、何者……ッ!」
喉を絞るようにして出した声は、恐怖でわずかに震えている。
抱きかかえた自らの臀部、ベルトに括り付けた鞘からシミターを抜き、震える切っ先をそちらに向ける。
左腕には下半身を抱えたまま。とてもまともに剣を振れる状態ではないが、威嚇する価値はあるだろう。
■リン > 「わ、ま、待った」
少年に剣先を向けられて、ぺたりとその場に座り込む鼠のような何か。
怯えた刃でも、うっかり届いてしまえば命はない。
「ぼ、ぼくだよ、リンだよー。えっと、話すと長くなるけど……」
情けなく震え、くぐもってはいるが、聞き覚えのあるような声。
鼠のような何かは、自分の毛皮を両前足――両腕で脱ぎ去ろうとするようにのろのろと動かす。
それを見守るか、あるいはシトリの手で引っぺがすかするなら、
引きつった笑いの藍色の髪の少年――ただし鼠の大きさ――が姿を見せるだろう。
■シトリ > 「………え!? り、リン? リンなの??」
突然人語を発した……それも聞き覚えのある声を発したネズミに、シトリも素っ頓狂な声を上げる。
ネズミの皮を脱ごうとモゾモゾ蠢く小さな影を、シトリは注意深く眺めている。
剣を傍らに置き、ぎゅっと自らの臀部を抱きかかえながら。まともに動ける状態ではないため、手は出せない。
そしてはたして、皮を脱いで現れたのは、見知った顔の少年。とても小さいが。
「リン、ど、どうしてこんなとこに? っていうか、その身体……どうしたの、いったい!?」
奥にモンスターがいて、気付かれるかもしれない。そんな可能性を考慮してないかのように、叫ぶように声を張るシトリ。
そして、相手の身体の異状を心配するように口にしたことで、己の身体の異状についてもようやく察したようで。
きれいな皮膚で覆われた不可思議な断面を見せつける上半身、分かたれた下半身……。
抱きかかえたソレを背後に隠すようなそぶりを見せ、しかしブツの大きさと重さにすぐ断念し、苦笑いを浮かべる。
「……あ、いや、その。あはは……オレのほうも、その……話すと長くなるけど……」
■リン > 「なにって、ダンジョン探索というやつさ」
擬態の皮の中には、ご丁寧にミニチュアサイズの青い楽器《アクリス》まで隠されていた。
毛皮をすっかり脱ぎ捨てると、シトリに害意がないどころかまともに動けないことを認めて
小人のリンはとことことそちらの傍へと歩み寄る。
どうしたの、と問われれば身体を捻って背中の魔具を向け、それが由来であることを示す。
「これは、簡単に言えばこれの背負わせた厄介事、であり、特殊能力、のような。
ここの刃の罠がそんな大道芸めいた面白いことができたとは思えないけど……
なにかい。スライムとのハーフだったとか?」
ちょこちょことシトリの周囲を周り、相手が隠そうとした切り身や上半身の断面を、興味津々といった様子で覗き込む。
身体を分解されても死なない生物というのはリンの知識にはあるにはあるが、
目の前の褐色の少年はそのいずれにも当てはまらない。