2017/05/05 のログ
■レイカ > 人身売買というのはどこにでもある物だというのは、私は頭のどこかでも知っていた。
この国だけがそんな制度を取っているわけじゃない、中にはやむを得ない事情で身売りする者もいるだろう。
それを否定するつもりはないし、何よりそうやって身を落した人の自業自得まで、私は同情などしない。
だが、この国ではミレー族というだけで奴隷階級だ。
その扱いを知っているからこそ、私はできるだけ彼にはミレー族のことを口外してほしくはなかった。
「………なら、知ってよかったと思いましょう。
誰だって知らないことの一つや二つはあるんですから、過ちだと思うなら…。」
私は、ようやく彼から警戒心を解いた。
無知は確かに罪ではある、しかしそれは逆に防げる罪でもあるのだ。
知恵をつければいい、そうすればその罪は必ず防げる。
後悔するよりも先にできることがあるなら、そっちを優先すべきだと思う。
「そうですか…それなら私もとても安心できます。」
1か月食べるのに困らない…ということはやはり、この依頼には奴隷ギルドが絡んでいる。
そんな高額な依頼を出す場所は、あの国でもそう多くはないはずだ。
無知の子を利用して、自分たちの私腹を肥やすつもりだったのなら…何と腹立たしいことか。
だが、そうなるとこの子の明日食べるものはいったいどうやって手に入れればいい。
私の申し出を受けて、この子が食べるのに困ってしまったとしたら…。
敵であるならそこまで気にしないけれど、敵でないから…さすがにこのまま返すのも。
「…キミが、敵になるなら私はもう一度、キミの前に現れるでしょう。
殺気も言いましたが、私はミレー族の守り人…彼らには、二度と地獄を味合わせたくないんです。
でも……もし、キミがミレーの現状を知り、異を唱えたくても…決して言ってはいけません。
あの国でミレーの味方をすることは、すなわち自分自身すらも地獄に落ちることになるんですから。」
あの国は、腐っている……これが私の出した答えだった。
謝り、こぶしを震わせている彼の手をそっと握り、私はその謝罪を受け入れようと思う。
この子は素直だ、おそらく敵にはならない…。
そう確信を抱けば、私は彼の手を引いた。
「食べられる分だけ、食べていきますか?
その様子だと…碌な食事をとっていなかったんじゃないんですか?」
■シトリ > 「……………」
警戒心を解き、口調も柔らかになる女性。
シトリもそんな彼女の様子に気を抜きそうになるが、その端々に現れる『地獄』という語には並々ならぬ物を感じ、背筋が粟立つ。
この女性はミレー族ではないらしいが、彼らを護るという意思は本物なのだろう。
何が彼女をそうさせるのか……彼女が『地獄』と呼ぶナニカが原因なのか。
知りたい。真実を知りたい。でも『地獄』は怖い。
根は優しいであろうエルフの女性をこうまで苛烈な庇護欲に掻き立てるナニカが。彼女をして「ミレーに味方するな」と言わしめる、この国の暗部が……。
「……はっ! はひっ!? え、ええと……あ、その……」
思考を巡らせるシトリは女性が近づくのにも気づかず、手を取られればまるで生娘のような嬌声を上げて背を跳ねさせた。
相手のぬくもりを掌に感じ、赤褐色の頬がほのかに紅味を増す。シトリはまたも目を伏せ、戸惑い気味に説明する。
「いや、なんつーかオレ……この国に来てから、身体もヘンになってて。あまり食べ物を食べなくてもいいっつーか。
あ、少しは要るんだけど。今はまだ食うに困ってないけど、冒険者としての仕事が失敗し続けたら困るっつーか……。
だから、1ヶ月分の食料っつっても、他の冒険者と比べたら半分かそれ以下っぽくてー……あはは、何言ってるんだろうなー」
苦笑いを浮かべ、自らの手を握る女性をおずおずと見上げるシトリ。彼女が自分の身体の異常さを察知していることは知らない。
「………ごめん、大事なこと忘れてた。オレはシトリ、シトリ・フエンテって言うんだ。よろしくな。
腹は減ってないけどさ、その……中で水をもらえたら、それでオレは十分だよ。水があれば十分元気に動けるから。
念のため、剣と荷物は中にいる間は預けておくから。出る時は返してほしいけど」
そう言いつつ、シトリは腰のベルトを解き、シミターの鞘とベルトポーチを一緒に取り外して差し出した。
もし鞄の中身を改めるなら、まだ使われていない羽ペンとインクに羊皮紙数枚、財布、そして大きめの水袋が出てくる。
■レイカ > 「………?」
この子は、見た目からして男の子だとは思うが…なぜだろう。
どこかしら、女の子のような気配も漂っている。
女に手を握られた程度で、こんなかわいらしい声が出るなんて…。
もしや、彼の中に宿っているウンディーネの影響だろうか…。
ウンディーネという精霊は、ほぼ確実に女性形態であることが多い。
それを宿してしまったがために、その特徴が出ても何ら不思議ではなかった。
どういう経緯で、ウンディーネと融合することになったのかは聞くつもりはないが…自覚がないのだろうか。
「…特異的な体をしていることが影響しているんでしょうね…。
いいじゃないですか、食費が安く突くのはあの国ではかなりのメリットですよ。
地図作製は勧めることはできませんが、薬草採取などの簡単な仕事を積み重ねることのほうが、いいかもしれませんよ。」
あの国で、私は長く生活していた。
だからちょっとしたアドバイスくらいならばできる。
無責任に、どうすればいいと尋ねられて突っぱねることは、私はできればしたくはない。
受けた仕事をあきらめてもらったのだから、手助けするのは当然だ。
私は、そこまで無責任な女じゃない。
「私はレイカです、わかりました…荷物は責任をもって預かっておきます。
後、これは忠告なのですが…中のミレー族は人間に対して深い恐怖心を抱いています。」
だから、できれば近づかないようにしてあげてほしい。
彼らにとって、人間というのは恐怖と憎悪の象徴であり、一種のトラウマのようなものなのだ。
だから、できればそのトラウマを掘り起こすようなことは、避けてほしいと申し出た。
荷物の中身、剣と羽ペン、そして羊皮紙…あとは、大量の水。
ウンディーネを宿しているからだろう、水というものが大事になってくるのは。
だが、私の耳飾りにはそのウンディーネの声は…聞こえることはない。
彼自身も、融合したことに気づいていないのだろうか。
■シトリ > 「そ、そうだな、うんうん。
もう少し簡単そうな……つーか、王都の近くで済む仕事に絞るようにするよ。
ありがとうな、レイカ。迷惑かけちまった上に、アドバイスまで貰っちゃって……」
声色は男声とも女声とも付かない声、体つきもどこか女性めいた輪郭を有するシトリ。さりとてその口調は男の子。
女性に対しウブな反応を見せるのも男らしいといえば男らしい、かも。
「……うん、忠告、ちゃんと守るよ。なるべく近づかない。レイカの傍にいるし……すぐに帰るよ。
それに中で見たことも絶対に他言はしない。……だけど、正直に言っておく。
オレは、ミレーを見ておきたいんだ。レイカの話だけではなく、実際の彼らの様子をさ」
エルフの女性の顔をまっすぐに見つめ、はっきりと言う。
その空色の瞳は、砂漠に穿たれたオアシスの水面のように澄んでいる……人間にしては不自然なほどに。
そのまま、レイカに導かれれば導かれるままに集落の中へと入っていくだろう。
先程宣言したとおりに、レイカからは離れず、不用意に中の住人を刺激したりもせず。
……しかし、興味深そうにあちこちへ視線を移しながら。
■レイカ > アドバイスをすれば、それを素直に受け取る。
やはりこの子も、根は素直な子供なのだろう。
そんな彼すらも利用する王都に、本当に嫌気がさす…。
どこまでミレー族を苦しめれば気が済むんだと、私は怒りを覚えた。
「ええ……構いません。むしろ私も見てもらいたいんです。
彼らがどんな仕打ちを受けたのか…そしてどんな仕打ちをけているのか。
王都に戻ったら、ぜひ見てあげてください…。」
もし、この子が本当に心優しい人間ならばそのことに、目をそむけたくなるだろう。
不当に働かされ、不当に慰み者にされて。
それで啼いているミレー族に心が痛むのならば、私は改めてこの子に真実を伝えよう。
そのまっすぐに見る瞳、まるで水のように透き通っていた。
その正体を知っている以上、私は特に驚くことなどなかった。
彼を連れたまま、私は里の中に足を踏み入れる。
私に近寄ろうとする子は、すぐに足を止めて物陰に隠れるだろう…。
彼が、人間であるとわかったら決して近寄ろうともしなかった。
そして、皆どこか…シトリを睨みつけているような雰囲気も。
私がそばにいなければ、おそらく罵声すらも浴びせられるかもしれない。
子供とは言え、彼らにとって人間とは悪そのものなのだ。
■シトリ > 「……………」
言葉を発さぬまま、口を一文字に結び、レイカの後ろを歩く。
ミレー……レイカがそう呼ぶ者達は、そのシルエットこそ人間に近いが、獣めいた耳や尻尾が生えてるのが遠目にもわかる。
シトリにわかる外見的な差異はその程度。人種程度の差しかないように見えるが……この国でそれがどれだけ重大なことなのか。
シトリを人間と認識し、物陰から怨嗟と嫌悪の視線を向けてくる彼らの様子を見れば、わからなくもない。
……というより、先程レイカに教わった物事が現実味を帯びてくる、といったほうが正確だ。
居心地の悪さを感じる。彼らの不遇さを知って理解したところで、嫌悪を向けられて悪い気分にならないほど鈍感ではない。
やがて水汲み場に着けば、シトリは周囲の様子に気を配りながらも水を頂き始める。
手で器を作って清水を汲み、始めは静かに、やがて貪るように、何度も何度も口に運ぶ。
持参した水袋に入る量の2倍は飲んだであろう頃にようやくその動きは止まり、手を振って水を払う仕草をする。
「ありがとう、レイカ。お水、美味しかった。
……正直、故郷のオアシスの水より美味しかったかもしれない。『森』ってのがこんな素敵な場所だなんて、来るまで知らなかったよ。
それに、王都の水はマズくてさ、未だ慣れねぇんだよな……」
この国に来てから、『水の味』というものに敏感になったように思う。
それは体質が変わったせいなのかもしれないが、異国の地に来たゆえの心情の変化なのかもしれない。
そんな彼の舌が、ここの水はいままで味わった中で一番美味しい水だと自信をもって訴えている。
……憎悪の雰囲気のなかでなければ、もっと美味しく感じたかもしれない。
「……うん、もう貰うもの貰っちゃったし、ミレーの……ここの住人たちの迷惑になったらいけねぇから、オレは帰るよ。
重ね重ねありがとな、レイカ。また会いに……いや、この水を飲みに来たいけど、そうも行かねぇよな。
でも、ここに来たってことは誰にも言わない。それだけは誓うから、信じてくれ」
バツが悪そうになおも周囲にきょろきょろと視線を移しながらも、最後の言葉だけはまっすぐに相手を見つめ、潤った舌ではっきりと宣言する。
■レイカ > この時間なら、井戸の近くにはそこまで人が寄りつくような場所ではない。
里の中はあちこちにたいまつを敷いていて、明かりには困らないようにしていた。
井戸の水は、わざわざ水路を這って川から引いているものだ。
里の皆で協力し、水路を引いて水を送っている井戸の水を美味しいと言われれば、少しばかり嬉しくもなる。
井戸から水をくみ上げ、それを飲むその様子…よほど喉が渇いていたのだろうか。
「…ここの水は、もう少し行った先の川から引いていますから。
王都の水は、いろいろと不純物が多いらしいですからね…しかし、水の味にずいぶんと敏感なんですね?」
それもウンディーネの影響、だろうか。
どういった経緯でウンディーネを宿すことになったのかは気になる、しかし。
本人に聞いていいものなのかどうかは、正直迷うところもある。
憎悪と嫌悪の中、居心地が悪くてもそういえるのは敵意がない証拠、だろう。
そのことに気づくことができれば、里の皆の雰囲気も少しくらいは和らいで行くだろうが…。
一日やそこらで、変わるようなものでもないだろう。
「…分かりました、森の出口まではおそらくわかるはずです。
そうですね…この森の歩き方を教えましょう、風と木の声に耳を傾けてください。
シトリ君なら、きっと自然の中の声を聞けるはずです。」
同じ精霊だ、ドリアードたちの声が聞こえればこの森から出るのも簡単だろう。
むしろ、目をつむってても街道まで出ることができる。
だが…私は彼に敵意がない以上、この言葉を投げかける。
「……いえ、ぜひまた水を飲みに来てください。
この里の人たちも、敵意がない人間だとわかれば…接し方は非常に柔らかいですから。」
■シトリ > 「……わかった。レイカの言葉に甘えるよ。いつかきっと、またここを見つけて、来てみる。
それまでにオレも、もうちょっとはこの国のこと勉強しとくから……」
レイカの優しい応答に、シトリはやや自信のない口調で返す。
……『勉強』したうえで、また同じ気持ちでここに来れるかどうか、確信がないから。
彼女の発した『地獄』という言葉が、まるでやまびこのように、あるいは井戸に生えた苔のように、脳裏に染み付いている。
……でも。
「風と木の声、かぁ。うん、頼りにしてみるよ。
オレにはまだ良くわかんないけど、レイカがそう言うんだから、きっと聞こえるんじゃないかな」
エルフの女性が語る不思議な導きに、シトリは無邪気で素直な笑みを浮かべ、頷いた。
再び防壁の門をくぐり、集落の外に出れば、シトリは装備を整え直し、目を伏せながらひとつ深呼吸をする。
そして、そびえ立つ大樹の梢、かすかに差す木漏れ日を空色の瞳で見上げ、わずか耳を澄ます素振りを見せると、
「……じゃあ、またな、レイカ。また……」
同じ笑顔のままで軽く振り向いて会釈し、躊躇ない足取りで木々の向こうへと歩いていく。
この国においてミレー族の境遇が、不当な扱いなのか、それとも自業自得なのか……今の自分には確信が持てない。
ただ、レイカだけは。
ミレーの境遇を地獄と形容し、その上で彼らとその地獄を分かち合う、レイカという女性は。
……彼女の見せた、護るという『信念』だけは、絶対に、どこまでも信じられる。シトリはそう確信していた。
そして、彼女のその姿を、シトリは故郷の絵画でのみ見た《ウンディーネ》に重ねていた。
オアシスの、水源の守護精霊。シトリの命を身を挺して守ってくれた、優しき精霊。
「……また、いつか……」
ご案内:「ミレーの隠れ里」からシトリさんが去りました。
■レイカ > 『レイカ様、本当に彼を生かせてよかったんですか?』
シトリ君を見送り、門を閉めた後。
私は、里で暮らしているミレー族の一人にそう声を掛けられた。
彼を生かせて、この里のことがばれやしないのかと心配しているようだ。
…仕方がない、彼もまた人間を毛嫌いしているミレー族だ。
彼が里に入り込んだことで、この里の場所が知られてしまい、防壁が完成する前に攻め込まれるかも。
そんな心配をしている野だろう…だが。
「…大丈夫です、精霊を宿せるなら…彼はきっと。」
私もまた、そんな確信を得ていた。
森を離れていく彼がウンディーネを宿しているなら、その精神は清らかなもののはず。
ミレーの境遇を知り、そしてそれを勉強した時…。
彼が、ミレー族にどんな思いを抱くのだろうか。
私はそのことを気にしながら…今日も、ミレー族を護り続ける。
ご案内:「ミレーの隠れ里」からレイカさんが去りました。