2023/02/05 のログ
ノイア > 「……目標沈黙、確認」

一瞬で音もなく獲物を刈り取ったそれは小さく呟くと術式を解き、痕跡を消しながら即座に雪に紛れる。監視している範囲ではまだこちらを感知されていないようだが即座に雪中に紛れて身を潜める。同時に熱の放出を遮断。吹き付ける雪に瞬く間に埋もれていくが、その間もいくつも感知対策を施した探知を怠る事はない。相手も赤子ではないのだから。

「……」

じっと身を潜め、周囲を探り続けながらも思考が走る。これは最早癖のようなもの。
こんな吹雪の中、出歩くのは雪山によほど慣れたレンジャーか耐寒術式と吹雪の中でも情報収集する術を持った魔術師位だ。
先程の彼等も例に漏れず先頭にセンサー役の二人、後方にレンジャー役が二人。
広く感知できる代わりに察知される可能性がある術師が外敵に警戒しながら情報を集め、後方にいるレンジャーはそのサバイバル能力をフルに生かし情報を持ち帰るツーマンセル、それをセットで運用。最小限の人員配置。吹雪の中、上空から確認したがこれと似たようなセットが吹雪の中にいくつか放たれている。大方情報収集のための斥候役といったところ。戦場でフルに能力を生かせるような駒は放ってきていない。死んでいった彼らがそれを知っているかはどうかは別として、彼等は死ぬことを前提とされている駒だから。既に何組か仕留めており、さっきの彼等もその中の一組となった。全てを仕留めるのが理想だけれど、それは隠密性よりも優先される事ではないと判断している。

王国の必要なものは恐怖だ。漠然とした、想像上の怪物のような恐怖だ。
それを恐れない剛の物も居るだろう。笑い飛ばし、望むものよと哂う英雄も居るだろう。けれど、彼等の事などどうでも良い。王国が支配していると知らしめる恐怖。砦という強固な守りを失えば必ず刈り取られるという恐怖。その怖れがこの先の戦いで幾人かの兵の足を留め、切先を鈍らせる。まるで冬の寒さが手足に這い寄るように。そして裏側に潜む恐怖はその姿を漠然とする事でより効果を増す。

ノイア > 「……」

そういった意味では今の上司は表の恐怖を上手くこなしているように思える。
槍の切っ先のような突破力に秀でた人物であり血に飢えた獣の様に荒ぶるその姿はそこに在る熱量をこれでもかと顕示していた。
将自ら前線に突撃する上に少々突出する傾向が強く、その配下もがその傾向を強く持つ思想型の群であるという意味ではヒヤッとすることが無い訳でもないが、立場上後方支援組であるスペルユーザーである自分とは相性が良いとも言える。
平地での衝突ならともかく相手が城に引きこもっている以上起きる戦闘は少数の散発的な遭遇戦。
つまり初手の激突で趨勢が決する状況が大半だ。そしてあの突進力に耐えられたものは今のところ出てきていない。つまり補助に徹し、零れた残党を撃ちぬくだけでいい。一応遠距離から観測して狙撃といった手段も無きにしも非ずだが……

「(意味が無いし、目立つのは避けたい)」

目的としてもそれはあまり意味が無い。
今の所、隊の中で出来るだけ目立たないように気を払ってもいる。自身の身分はこういった憧憬に近い感情での絆を持つ場所ではとかく場を乱しやすい。あくまで穏便に、目立たない程度の役割を果たす。元より侮られるくらいが丁度良い。戦闘時以外は訓練か掃除、それが終われば転寝ばかりしているのでちょっと魔法が上手いだけの無駄に堅物思考のコミュ障貴族……的な人物像が出来上がりつつあると思う。……あくまで自己判断だけれど。
特に彼の人物に良きにしろ悪きにしろあまり印象を与えたくない。既に狂犬と謳われているにもかかわらず周りが、ともすれば本人すら思っている以上に制御が利かないような印象がある。純粋であることその筋道が真っすぐであることは同じではないから。同時に彼の人物がそのあたりの事情を意識して振舞っているのか否かはわからない。理解していないということはまずないが、理解していても無視していそうな人物像であることも確か。そういった意味ではちょっとまだ掴み兼ねている部分が多いというのが正直なところ。

ノイア > 「……(まぁ今はどうでもいいこと)」

脱線しかけた思考を引き戻す。
そろそろ日が完全に落ちる。まだ吹雪が落ち着くまでは少し時間がある。流石にこの中で斥候を続けるという判断はしないだろう。
十分に偽装もしたが、この吹雪の中、待ち構えていると考える者もいるはずだ。帰還の時間を設定するならそろそろのはず。
少なくとも彼等に偵察を命じる立場の存在は襲撃を可能性として持っているはずだ。
それでも彼等は出てくるという選択しかない。それも少数で。
砦という強固な守りがある以上、相手方の攻勢に対してはかなり強気に対抗できる。
吹雪の中という環境では高所、そして堅牢な建物の中というのはかなりのアドバンテージだ。しかし補給という面で圧倒的に差がある王国を相手に引きこもるだけでは問題の先延ばしにすらならない。
偵察ついでの狩りをして少しでも食料を確保しなければいけないという兵糧の問題も勿論だが、数に劣る彼等は常にどこからどう切り込むか、という主導権を握り続けることを求められる。同じ情報であったとしても、あちらとこちらでは重さが違う。
だからこそ、彼等は雪が、冬が砦を強固に守ってくれる今こそ、例え犠牲が出ると判っていても将となるものは幾つかの部隊をこの環境下にでも出さざるを得ない。それが必要な犠牲と割り切りながら。
つまりこれはお互いに相手の手が分かっているうえで乗らざるをえない機会(お約束)。

「……戦争は、嫌い」

ぽつりと口をついて出たのはそんな言葉。
いつまでこんなことを続けなければいけないのだろう。こんなことを続けて何になるのだろうと誰かが囁く。それでも軍人という仕事に就いている以上、私情はともかくしっかりと仕事はこなさなければいけない。
それに暢気にこんな思考をしているけれど、別に現状こちらが圧倒的に有利という訳でもない。こちらとしても吹雪の中に身を潜めている以上、その範囲外にはいきにくい。風上の方にいる部隊には近づきづらい状況だ。加えて深夜は目視に頼らない監視と情報戦がより厳しくなる時間でもある。……そう簡単に捕捉されるつもりはないけれど、相手にどんな術者がいるか判らない以上、確実にないとは言い切れない。観測される愚は避けたい。前哨基地に居ない時間をあまり味方にも悟られたくないというのもある。

「……」

これは帰った方が良いかなと判断。周囲に人の気配はない。体の上に積もった雪を払いのけると武器を仕舞い、一気に後方へ。吹雪が弱まる前に雪中の山中をまるで平野の様に駆け抜ける。

ノイア >  
暫く後、前哨基地の端にその姿はあった。
幾分か穏やかになった風に煽られながら衣服に残った雪を払い、その冷たさにぶるりと身を震わせた。
既に日は完全に落ち、基地内にはカンテラや焚火に照らされた灯がそこらかしこに見える。
大量の兵力という優位性を存分に生かしたそこは既に小さめの町のような規模になっている。
王国兵だけでなく傭兵やそれを相手に商売する商人、彼らの世話をする小間使いや労働力。
武器や道具にエンチャントをする魔術師や荷物を届ける郵便員すら見える。
一見活気にすら満ちた、けれど騒がしい場所。城壁よりよほど信用に出来ない場所。
間者が多く入り込みやすい環境ともいえる。まだ剣戟打ち鳴らす戦場の方が安全かもしれない。
そんな耳障りな喧騒の間と見張り役の哨兵の視線を縫いながら自らの個室に潜り込み、扉に鍵を閉めてほっと一息をつくと部屋に火を入れ、外套や鎧の留め金を外しながら窓の外へと目を向ける。

「ぁ」


そうして見渡していた視線が一点に留まった。
主がいない時は控えめな熾きに弱弱しく照らされているその場は今、
その舌を凍てつく空に向かって伸ばし主の到着を謳う炎によって活気を取り戻している。
その向こうに遠く見える山間にもまた小さな明かりが見えた。
嬉々として燃え上がる礼賛に比べその明かりはあまりにも小さく、そしてしばらくすれば揺らめき消える。

「……」

窓際に佇んだ灰色の駒はその行方をじっと見つめながらただ静かに立ち尽くしていた。

ご案内:「◆城塞都市「アスピダ」(イベント開催中)」からノイアさんが去りました。