2021/03/28 のログ
ナラン > 先ずは一矢
追っ手の気を逸らすために狙いを定めていた指は放されずに止まる。
最初に感じたのは地響き。
次いで草木を薙ぎ倒す音と叫び。
遠く、散った筈の仲間が近くで戦闘でも始めたのだろうかと、狙いをそちらへと巡らす間にも近付いて来る地響きと剣戟。

(―――何?)

闇を見通す瞳が、暗闇で蠢く巨体の影とそれらに絡めとられる者たちとを捉える。
女がそれに目を見開くと間髪入れずどさり、と足元に投げ出される人影―――と、血の、かおり。

「――――…ッ」

思わず喉を押さえて、女はユキヤナギの繁みの中身を潜めたまま移動する。多少揺れても今は誰も気付きはしまい…
跳ねる鼓動動揺のためか、渇望のためか。

兎も角も、ふと聞こえてきたのは―――思いがけない、幼げな、少年の声。
そっとそちらを伺えば、この場に似つかわしくない装束と、容姿の少年。
それから森の中でも解る程くろぐろと聳える、巨体。

「――――…」

思わず声を失ってから、やがて助けられた―――どういう経緯であれ――と気づくと
何となく少年へと声を掛けずに居るのは、不義理な気がして。

「…あの」

ユキヤナギの繁みをわざと揺らして身を起こす。
弓には手を添えるだけだが、離さないままで。

「―――貴方は、王国側のひとですか?」

距離を保ったまま、少年へと据える瞳は訝しげな色を隠そうともしない。
女は穏やかだが張り詰めた声を、少年へと届ける。

ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
投げかけられた声に反応を示したのは、少年よりもゴーレムの方が早かった。
兜の様な頭部がぐるりと回り、眼窩の様な切れ込みから、翡翠色に鈍く輝く光がじっと彼女を見つめる。
少年を護るかの様に、一歩大きく足を踏み出そうとして――

「…その通りだ。そういう貴様は、陽動作戦に従事していた者か。
それとも…そこで獣の餌になった男の、男達の仲間の類かね?」

茂みの中から現れた彼女に向ける視線は、落ち着きを保ったもの。
その言葉と口調は、尊大さと傲慢さを隠そうともしないもの。
それが、少年と少女の狭間の様なアルトテノールの声色で紡がれるのは、なんともちぐはぐな印象を与えるだろうか。

「別に私は何方でも構わない。味方であれば保護するし、敵であれば殺す。
こんな品の無い狩りに、時間をかけるのは興が乗らぬ」

と、溜息交じりの言葉と共に彼女を観察する様な視線を向ける。
王都では見かけない装いの衣服だな、なんて呑気な事を考えていたりするのだが。

ナラン > 「…いえ」

女は聳える大きな影に一瞬だけちらりと視線を走らせるが、矢をつがえていない弓も声も指す方向は少年の方。
翡翠の瞳をまっすぐ見返して、否定の言葉を一つだけ。
尊大な態度と傲慢そうな声は、聞いた覚えがなくとも相手の性格とその地位とを推し量らせる。

「――陽動作戦に加わっていました。
…助けて頂いたみたいです。ありがとうございます」

そういうと、弓を完全に降ろして深々と頭を下げる。
頭を上げた後は少年の方に向けるのは心配交じりの不審の瞳。

(―――なんで子供がこんなところに―――)

力量と態度、それから先に発していた言葉からそれは何となく察するが。

「…保護していただくほど、お手間を掛けさせません。
 それよりも貴方は、ひとりで来たんですか?」

保護者は、とまでは言わないが、従者くらいは居る筈だろう、と辺りを見回す。

「わたしは仲間を探しに行きますが…
 お一人で戻れますか?
 …夜の森は、迷いやすいので」

距離は詰めないまま声を掛ける。
少年から女の表情までは見て取れないだろうが、心配げであることは、声音から察することもできようか

ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
彼女の言葉と態度に、僅かな思案顔。
やがて小さく手を上げると、ゴーレムは大地を踏み締めて一歩後ろへと下がる。

「礼はいらぬ。私は別に貴様を助けようと思っていた訳でも無い。
感謝するなら、私が賊を始末するまで生き残った自らの天運と技量と、その構えていた獲物に感謝することだ」

夜露で濡れる鬱蒼とした森林よりも、煌びやかな王城に相応しい装いの少年は、そう告げて小さく笑う。

「何せ、貴様以外の面々は既に賊の手にかかって天へ旅立った。
私も生き残りがいるとは正直思っていなかったからな。
そういった意味では、貴様の力量は確かなものなのだろうよ」

敵の腕が優れていたのか。彼女以外の者達の運が悪かったのか。
それは今となっては分からない。しかし、彼女は確かに生き残った。
であれば、それは素直に賞賛されるべきことだと言わんばかりに。
相変わらず尊大な口調ではあったが、その声色には確かに労いの色が含まれていて。

「従って、仲間を探しに行くのは無益な事だ。
素直に陣地に戻って、報告書を上げるなり身体を休めるなりすると良い。
私の事は心配いらぬ。見ての通り、召喚の魔術に心得があるでな。
ここいらの賊くらいなら、束で襲い掛かってきたところで問題は無い」

と、表情までは伺えずとも、心配そうな声色を投げかける彼女に不敵な言葉を投げかけて。
其の侭、礼服を翻して背を向け、立ち去ろうとして――

「……ふゎっ!」

素っ頓狂な声と共に、木の根に躓いてすっ転んだ。
戦い慣れた彼女なら、容易に理解出来るだろう。
幾ら従僕たる召喚物が強力であろうと――少年本人は、武術どころか夜の森を歩く事すら覚束ない『坊や』であることに。

ナラン > 「!―――
 …そう、ですか……」

仲間は亡くなった。
告げられた言葉は少なくない動揺を女に与える。
それでも泣き崩れる程儚い精神の持ち主ではない。視線だけを一度足元の白い花に向けてから、再び少年へと戻して静かにその言葉を聞いているだろう。

「…ありがとう、ございます。
 私はたまたま、運が良かったのでしょう…貴方に会えたことも含めて」

ぎゅっと弓を握りながら、口元を少し綻ばせて言葉を返す。目元だけ苦しげに歪めるのは止め様もない。
それから、立ち去る気配を見せる少年をやや呆然と見送ろうとしていた女の瞳が、見開かれる。
同時に小さく「あっ」と漏れた声は少年に届いてしまったかどうか。

それからの行動はほぼ反射。
女からすれば華奢で小さな少年が躓いたところへと駆けて、地面に倒れたその身を助け上げると膝着いて泥や苔を払ってやり、頬に土くれでも付いていれば己の袖で拭ってやるだろう。

「―――大丈夫ですか?怪我はないみたいですけれど」

言いながら、要所要所だけに触れて様子を確かめる。
それからふっと口元を綻ばせて少年を見上げて。

「…追う仲間もいないとのことですし
 貴方が嫌でなければ、森の中はお供させてください。
 幸い私は夜目が効きますから、多少はお役に立ちましょう?」

伺うように首を傾げる。
内心では容姿と雰囲気以上に可愛らしい、等と思っていたりもするが
果たして彼に、それまで気取られてしまうかどうかは、森の闇に任せる限り。

ご案内:「◆城塞都市「アスピダ」(イベント開催中)」からギュンター・ホーレルヴァッハさんが去りました。
ご案内:「◆城塞都市「アスピダ」(イベント開催中)」にギュンター・ホーレルヴァッハさんが現れました。
ギュンター・ホーレルヴァッハ >  
巨大で重厚なゴーレムでは、少年を助け起こす事など出来ない。
というよりも、ゴーレムが動くより彼女が駆け付けてくる方が早かった。
召喚主を護る自律魔法よりも早く駆ける彼女の腕は、確かに褒め称えるべきものだったのだろう――と、思う間もなく。
あっという間に助け上げられ、泥や埃は丁寧に払われ、粗相をした子供の様に泥に汚れた頬も拭われた。

月光が淡く降り注ぎ、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた彼女に向ける表情が照らされれば――それは確かに、強く羞恥の色を含ませていただろうか。

「……其処までせずとも良い。拭う布くらい持っている……ああもう!子供扱いするなと言っている!
怪我をしていれば隠し立てなどせぬわ!馬鹿者!」

挙句、怪我が無いかと己の身体に触れられれば。
ぶんぶんと首を振りながら一歩後退る。
宛ら、威嚇する猫の様な有様。後退った時にもう一度転びかけたのは秘密だ。

尊大さと傲慢さを合わせて失ってしまった少年は、僅かに乱れた衣服を整えながら、彼女の提案を聞いて少しだけ悩む様な素振りを見せた後。

「……そうだな。賊の残りを探すにも、場慣れした戦士がいた方が私もやりやすい。
だが、深追いはせぬぞ。周囲を散策したら、直ぐに陣地に戻る。
過度な負担は、効率を落とす。私も貴様も、果たすべき任は終えているのだからな」

首を傾げる彼女の鳶色の瞳を見つめ返し、深々と溜息を吐き出して頷いた。
彼女が内心で抱いた感想には、残念ながら――或いは幸いなことに――気付く事は無い。
先程迄の羞恥心が、少年の観察力を奪っていた、というのもあるのだが。

其の侭、すたすたと彼女を先導する様に森の中へ進もうとして、数歩歩いた所で立ち止まった。
そして、くるりと振り返って――

「…………ギュンター。ギュンター・メルヒオール・フォン・ホーレルヴァッハ。
貴様が護る王族の名だ。覚えろとは言わぬが、今宵王族を護る栄誉を、散っていった仲間達へ誇ると良い」

それだけ告げると、再び覚束ない足取りで森の中へ。
後に残されたゴーレムも、のそのそ、ずしん、ずしん、と主の後に続くのだろう。

結局、その後賊は見つからず。
王族の少年と、鳶色の瞳を持つ女は、森の中を散策し、陣地に戻るまでの間を共に過ごすのだろう。
その間、取り留めのない話をしたり、変な所で転びそうになったところを彼女に助けられたり。
血の匂いを振り払うかの様な牧歌的な冒険の後、少しだけ仲良くなったのかどうか。
それを知るのは、森を照らす月と、風に揺れる樹木と。
珍しそうに二人を眺める、動物たちだけだったのだろう。

ご案内:「◆城塞都市「アスピダ」(イベント開催中)」からナランさんが去りました。
ご案内:「◆城塞都市「アスピダ」(イベント開催中)」からギュンター・ホーレルヴァッハさんが去りました。