2020/05/26 のログ
アルヴィン > 霞むような、そんな春の夜空を臨むことは、この山の中では難しい。
春とはいえ、山の中の夜は冷える。
炎を育て、熾火を保ち、そして、身にはマントをしっかりとくるむようにせねば、たちまち大地は人の身体の熱を奪う。
騎士は、長の旅暮らしでそれをよく、弁えている。

魔獣の皮革の保温に優れたマントで身体をくるむようにして。騎士は、炎を直視せぬようにしつつ、その日を絶やさぬようにと心掛ける…。

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」からアルヴィンさんが去りました。
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」にアルヴィンさんが現れました。
アルヴィン > ひとつ、薪が爆ぜた。
まだ、乾ききっていない枝が、焚火に混じっていたのだろう。一筋だけ昇る青い煙は、枝に含まれている水分によるものだ。それは、ひどく眼に染みる。
騎士は、風上に座して決して煙が眼に入らぬようにと心掛けていた。
眠りはまだ、訪れない。
大樹の根方へ身を寄せて、頭上の夜空を見上げても。

満天のその星々を見上げて。騎士は炎を調えていた枝を火の中へと投げる。

また一度、ぱちりと爆ぜる音が…その小さな露営に響いて、消えた…。

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」からアルヴィンさんが去りました。
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道」にサチさんが現れました。
サチ > 荷物を抱えてとぼとぼと。
「……馬車に……置いて行かれてしまいました……」
街道を歩く一人の人物。使いで乗合馬車に乗って移動していたのだが、昼の休憩中に降りて足を伸ばしていると、いつの間にか馬車が出ていて……一人、置いて行かれてしまったのだった。
この辺りは山賊が出ると言うのに武器も持たずにたった一人。無防備にもほどがある。
不幸中の幸いは使いが終わった後の帰路であり、貴重品は持っていない。自分の荷物を詰めた布袋だけだ。その荷物も価値のある物は何もない。山賊が出ても剥ぐ身包みなどはない、だろうが……。
「後は私自身って感じですか……? いやぁ……出て来るならゲイの山賊さんにしてください……」
フフ…と遠い死んだ様な目で呟きながら街道を歩く女は気づいていない、奴隷として売り飛ばされる事もあるのを。

サチ > 山賊どころか魔物が出てくる可能性もある。護衛付きの馬車でなければ、到底普通の女が何事もなく乗り切れる様な安全な道ではない。
「……もうこれ…詰んだ……?」
後どのくらい歩かなければならないのだろうと考えて、意識が遠のきそうになる。安全な場所までこのまま辿り着けたら相当運がいいと思って明日からその強運に感謝しながら生きて行こう……そんな事を考えながら、荷袋をぎゅ、と前で抱きかかえながら周囲を見回し。
「お願いですお願いですお願いです……無事にお家に帰れます様に。山賊さんと魔物さん……どうか出て来ないで下さい。危険な野獣さんも私の事なんか放って置いてどうぞごゆっくり惰眠を貪っていらしてください……」
ぶつぶつと祈る言葉を口にしながら、きょろきょろと視線を落ち着かなげに巡らせて、おっかなびっくり街道を進んでいた。

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道」にリスさんが現れました。
リス > 山賊街道とは、ダイラスとマグメールを繋ぐ道のり、ダイラスに本家があり、自宅がマグメールに住まう少女、そこを通るのは至極当然と言ったところ。
 本来であれば、ドラゴン急便など、竜を使った移動や船便もあるにはある、が今回は諸事情もあり馬車での移動なのである。
 馬車を進ませていたところに、進行方向に一人、とぼとぼ歩いている姿がある、普通に考えれば山賊という見方もできよう、むろん護衛につけている冒険者たちはそれを想定しているのか、武器を構えて剣呑な雰囲気。
 少女は、たまたまではあるが窓から彼女を見ていた。
 街道を進む彼女、不審者といって良いような、右見て左見ての姿を眺める、そして、少女の竜眼は、人ではないその瞳には。


―――彼女が  一切の  金目の物  を  持っていない事を見抜いたのだ―――

 
 だから、気まぐれと、興味に従って、馬車を止めさせることにする。

「こんにちは?お嬢様、何か、お困りのようですが?」

 それでも、馬車の周囲に護衛をしっかりと配備させて警戒はさせつつ、馬車の窓から声をかけて。
 ゆっくりと扉を開いて、降りていくことにする。
 彼女が、囮という可能性がある、と冒険者さんの判断に従っての事。

サチ > 山賊街道をノン武力の女がてくてく歩いていると言う――不審でしかない様な光景。
何かの罠や囮である可能性が高いとみるのが定石だろうけど……現状はもっとシンプルでもっと情けなかった。きょろきょろと辺りを警戒気味に窺っていた、その耳に届く馬車の音。
遠くから徐々に近づいて来る車輪の音に、びく!と肩を跳ね上げて。恐る恐ると振り返ったら……商隊であろうか。そちらから声を掛けられた。
「えぅ? あ、えっと、そ、その、私……」
一人の女性が馬車から降りてくるとびくびくしながら荷物を胸の前でぎゅうっと抱え直して、何か咎められている様な心地で吃音しながら。
「わ、私……乗合馬車に乗っていたのですが……置いて行かれて、しまって……その、ですから……な、何も悪い事はしていないんです本当です!」
それは事実でしかなかったが――わざわざ自分から悪い事をしていないと言い出すのは怪しい言動だったかも知れない。百歩譲ったら、怯えているだけだと見えない事もないだろうが。

リス > ノン武力、それはここにいる少女も同じなのだ、だからこそ、護衛を雇って移動しているわけで、山賊につかまれてしまったらそのままどっかに連れ去られてしまうのは間違いない。
 こちらを見る彼女の眼は、とても、とても―――小動物がおびえて大型犬を見る目に似ている、そんな風に、少女は思って、柔らかく目を細め、笑みを浮かべて見せる。大丈夫ですよ、と、冒険者に威嚇しないようにとお願いをして見せる。

「あらあら、乗合馬車に。乗合馬車もお仕事ですし……何かあればそういう事もあるのでしょう、ね。
 おびえなくても、大丈夫ですわ、私は、リスと申します。
 リス・トゥルネソルと言うモノですから、別にとって食べたりはしませんわ?」

 落ち着いて、落ち着いて。少女は、自分が外囲はないと示すようにどう、どうと軽く彼女に両手を向けて微笑んで見せる。
 少女の服は、鍔の広い帽子から零れるのは金色の髪の毛でそれは日に焼けておらず、チェックのベストに黒のスカート、その生地は柔らかそうであり、どう見ても冒険者の防具兼用のそれではない。
 どっちかというと、守られる方の存在であるという事が見て取れるはずである。

 周囲を警戒する彼女を見ながら、少女は考えていた。置いて行かれた、というのは穏やかではない。
 場所が場所でもあるし、問題が合って置いて行かれたのか、置いて行った方が問題があったのか。
 必死な様子の彼女を眺めて、首を傾いで見せる。
 それから、ふと、思い立った。

「とりあえず、お水でも、飲みます?」

 先ほどから興奮している模様、まずは水分でも取ってもらい、少し落ち着いてもらったらどうだろう。馬車の中にいるミレーの店員に、レモン水を取ってきてもらう。
 冷たいお水、綺麗なガラスコップに注がれて。リスの手に渡される。
 そして、にこやかに笑いながら、サチに差し出すのだ、はい、どうぞ、と。

サチ > 急に現れた商馬車から降りて来た令嬢然とした女性――まるで、自分の警戒心を解く様な姿だったが……故に余計に何だか怖かった。
話を聞いていればどこだかのお嬢様の様だが、果たしてそんな人が一人道行く自分に声を掛けて来るものだろうか。何かの罠だったりしないのだろうか。今度はこちらが疑って掛かってしまう。
「あの、あの…お昼の休憩中に降りて……出発してしまった事に気が付かなくって、私……。
私、サチュリュア・カーネリ…と申します」
宥める様に声を投げかけてくる所作と笑顔に胸に手を当てて深呼吸を繰り返しつつ、名乗りを返して。
彼女の様相を見れば見る程、どうして自ら降りて来て通行人に声を掛けて来るのか分からなくなる。お付きの者がいくらでもいるだろうから、そちらに任せるのが当然だろうと怪訝な気持ちで。
「あ、い、いえ、大丈夫、です、喉乾いてません……ので。
 あの、お気遣い有難う御座います……お急ぎの所お気にかけて頂いて痛み入ります……」
レモン水のグラスを差し出してくれる彼女の様子は何か含みがある者の行動というより、余裕のある者特有の善意の様に思える。しかし、恐縮しきった様に遠慮してふるふると首を振る。貧乏人は簡単に他者からの施しを受ける様にできていないのだった。余裕がないからこそ――対価ナシの善意に甘えられないものだ。

リス > 住む世界が違う、という事はそういう事なのだろう、思考の形の違い、生活環境の違い、常識の違い。
 少女にとって当たり前のことが、彼女にとっては違うことになるのだ、自分を見る目が、とてもおびえているのがその証左というものなのだと。
 これは、不手際を働いたと、少女は思うのだった。

「はい、よろしくお願いします、サチュリュア・カーネリ様。カーネリさん、とお呼びしますね。
 ……ああ、寝過ごした、とかそんなところですかぁ、確かに、乗合馬車はお客様あってですが、ほかのお客様との兼ね合いもありますし、危険な場所で一人を待ち続けるのはとても大変なことです。

 ……お互い、災難でした。」

 お互い、という表現は、彼女と、乗合馬車に対する言葉である、どちらかというと、刻限に戻らなかった彼女が一番悪い。
 待っていればいいというのは暴論だ、乗合馬車は、お客様の安全を守らなければならないのだし、来ない一人を待って、ほかの乗客などを危険にさらすわけにもいかないし。
 成程納得、という印象で、ぽんと手を打つのだ。

「ええと、もっとお嬢様然と、上から目線でオーッホッホッホとか、言った方がよろしかったです?」

 いまだに警戒を解かない彼女に対して、軽く問いかける。妹のような言動すればできなくもない、うん、きっと大丈夫。
 彼女の警戒を解きたいのはあるので、そんな問いかけて。
 ちゃんと素っ頓狂なことを聞いているという自覚はあります、ええ。

「では、仕方ありませんね。」

 お水は、もったいないし、と飲まないのなら、と一思いにくぴくぴっと、飲んでいく。
 ぷは、と軽く桜色の唇から吐息を零して、グラスを店員に渡した。

「お困りのようであれば、御一緒に、と思いましたが―――。
 ご迷惑です?そうであれば、先を急ぎます。

 何か対価が、というのであれば、ええ、私は喜んで貴女との商談に入りますが。」

 商人である、困っている人に手を差し伸べるのは人としての所業。
 対価を以て何かを成すなら商売、商売であれば、全力で対応いたしますが、と。

サチ > 大きな護衛付きの馬車……自分に声を掛けて大丈夫なのだろうか。中で待っている人が怒ってはいないだろうか。私がこんな所を歩いているばかりに……余裕などない擦り減った薄い思考はあれこれと気になってしまい。
「は、はい、トゥルネソルさん……あの、私は…サチ、で大丈夫です。その方が返事がしやすいので。
ちょっとぼうっとしていたら……あっという間に出てしまっていて……いけませんね、お客さんはたくさんいるのに……一人一人の事なんか気にしていられませんのに……、あ、いえ、悪いのは…私ですから……」
お互い災難、などと優しい表現を聴いて自然と苦笑気味に綻んで首を振り。
まあ、いきなり見ず知らずの人物をディスる様な教育は受けていないのだろうとどこか感心して。
「正直その方が現実を受け止めやすいかったかも知れませんが。それはそれで逃げ出した様な気もします。難しい所ですねえ……」
ふーむ…彼女の軽口の様な言葉に真面目に考え込んで腕組みし、高飛車なら高飛車で何か無駄に怒られそうな気がして脱兎したかも知れない。
水を遠慮すれば一気に呷る飲みっぷりに逆に喉が渇いて来た。飲み物の宣伝に仕えそうな飲み方と無駄な思想を過らせつつ。
「あ、え、えっと…!
 その……お困り……です……。大変厚かましいのですが……お金は少ししかお支払い出来なくって恐縮ですが……あの、良ければ荷物と一緒でも構わないので乗せて行って頂ければ、助かり、ます……」
風変わりではあるが、腹に一物…と言う訳でもなく、余裕と心のある商人…と言うことならばこのままここで別つよりも、使いの給金を削ってもいくらかお支払いして便乗させて頂いた方がいいと判断して、口にした。とてもこんないい馬車の座席を貸して貰うほどは払えないし、荷物扱いでも一向に構わないのだが……相手にして貰えるか不安そうに視線を投げかけた。

リス > 「それならば、サチさん。私の事も、リス、で構いませんわ?
 こんな口調ですけれど、私別に貴族でもありません、ただの商家の娘、ですから。

 ええ、サチさんが離れてしまったのも悪いでしょう、でも、乗合馬車の人も、定員の確認と、声掛けぐらいはしてもよかったのでは、と思います。
 が、状況を知らぬ第三者の、戯言であればお許しくださいましね。」

 商人だから、商売上の事だからでしかない。
 そこに個人の意思を介入させてもあまり意味のない事なのだと知っているから、少女は言わないだけ、言うなれば、乗合馬車の人も、職務に忠実だった、非難されるいわれがないだけと思っているから。

 返答に関しては、少女も腕を組むことにする。
 ううむ、難しいものですねと、思考する、万人とは言わないがもっとひとと、気安くできるような流れが欲しい、と。

「成程、所持金は多少。しかし、乗せてほしい。
 通常の乗合馬車の料金であれば、私は、かまいませんけれど。

 ―――その金額もないという仮定で、サチさんに選択肢を増やしておきますわ。
 貴女は、得意と言わず、人並みで良いですが、何ができますか?お料理、お掃除、戦闘……その他。
 何かしら、出来ることは在りましょう?


 ―――最悪、そうですわね?性的なご奉仕も含めてしまえば、必死に考えられましょう。
 女に抱かれるのは、嫌そうですし。」

 荷物をもって、町から出るのだ、まったく何もできない人がすることではない。
 だから、少女は笑って見せる、にこやかに。

「貴女を臨時に雇いましょう、そして、その対価として、サチさんを目的地へ。
 ―――如何?」

 ちゃんと、嫌なら嫌だという権利もあるし、お金を払えばちゃんと送り届ける。
 どうでしょう、と首を傾いで、空色の瞳で、じっと返答を待つように見つめる。

サチ > 「判りました、リスさん。可愛らしいお名前なのですね。
ううん……そうですねえ、それがあれば有難かったのですが……他の方はちゃんと乗られていた様ですし……しょうがないです、きっと私、影……薄かったんでしょうね。
いえいえ、暖かいお言葉痛み入ります」
声掛けもあったのかも知れないし、人数の確認もしたのかも知れない……けれどそれを運悪くすり抜けてしまった例かも知れない。何にせよ、せめて馬車の見える所で待機しておけば良かったとは今後の課題。
はは、と微苦笑気味に頬を掻いて。まあ、起こってしまった事はどうしようもないと言った所で。
「うく、ちょっとキツイ、です、けど……お支払いします……。
え? えっと……? 家事なら一通りは……。後販売や給仕なんかも経験があります、機織りとお裁縫……荷運びも多少は……
あ、あの、その……私、その、夜のお仕事はぜーんぜん経験がないので、これは、きっと逆に失礼に当たるかと…!」
夜伽以外ならば一通りの経験がある、さまざまな職場を渡り歩く労働者。支払いが不能という訳でもないが……労働で対価が支払えるならばそちらの方が助かる。
性的な話のくだりには判り易く顔を真っ赤にしつつへどもどとなり。
真っ青な眸で窺われると、下働きならなんでもござれです、と拳を握って。

リス > 「あは、お上手ね?サチさんだって、すごく素敵な響きがするわ。
 影が薄い……というようには見えませんけれど、とても快活で、表情もコロコロ変わってますし。」

 何故は問わないことにした、もう、起きてしまっていることなのだし、それを追求しても仕方のないことでしかない。
 なら、今はもっと建設的な、前を見て話すべきであるという切り替えを行って、少女はクス、と笑って返答を聞き流す。

「ふむ、サチさんは、労働力での対価支払いが一番という事で良いですね?
 それなら、サチさんには護衛の冒険者さん、後、私の食事を作ってもらう事を対価に致しましょう。
 食材などは在りますから、その時以外は、個々の馬車の中でゆっくりしててもらって構いませんわ。

 ふふ、後、エッチなことに関しては。私、自分から、商売女を抱きにはいきませんわ。
 相手が、たまたまそうだった、なら兎も角、お金を払って、お仕事としてのエッチは、気持ちよくありませんもの。

 するなら、愛し合って、交わりたいと思うタイプですわ。」

 かわいらしい事。しどろもどろになっている姿を見て、クスクス、思わず笑ってしまう。
 ひとしきり笑ってから、中の店員に伝えて書類を持ってこさせる。
 サラリさらりと作り上げる契約書。

 サチとリスの労働契約。
 ・サチは、目的地までの馬車移動の対価として労働を支払うものとする。
 労働―――道中の食事制作。
 ・特別な理由があり、食事制作以外を願うときは、リスはサチに対価を金銭で支払うものとする。
 その際の対価は・一般的な冒険者依頼の物から、10%割り増しの料金とする。

「簡易的なものですが、之で宜しいでしょうか?」

 少女はペンを置いて、サチに差し出す。
 確認してくださいましね、と。

サチ > 「そうですか? 自分では地味だなーと思うんですけど。
てっきり存在感がなかったから忘れられたかと思って、今度からはもっと小煩い存在でいようと思ったのですが……薄くないですか、影……」
ふぅーむ。妙な決意を抱いていた女はそこでふと立ち止まって考え直すという選択肢を頂き、難しい表情で首を捻っていた。
「はい、きっと、私下働きでこそ真価を発揮できると思うのです。お値段以上にやって見せます…!
お任せ下さい。余り高級な物はお作り出来ませんが……お口に合う様に努めます!」
どん、と胸を叩いて請け合った。高級料理店での調理経験はないが、皿洗いや野菜を切るくらいの仕事で厨房に入った事はある。きっとどうにかなる、と意気込んで。
「そ、そうなのですね…ええ、それが一番いい事です。
えっと、プロの方はプロの方で技能があって凄い事だと思いますが……好きな方とが最良だと……」
かなり照れながらも神妙に相槌を打って同感し。それならば余計にここで行きずりの貧乏人を相手にするのは彼女にとっても良くはない事だろうと深く首肯した。
そしてご丁寧に契約書まで出て来ては少し驚いたように瞠目し。内容を確認してはパチと瞼を上下させて。
「あ、あの、私がお願いをして乗車させて頂くのですから、調理以外にもご遠慮なく申し付けて下さって構わないのですよ?
きっと元々食事を作る係の方だっていらっしゃるのでしょうし……」
自分がメインで腕を揮うという事でもないのではないか。それなら、他の事でも手伝うのが当然と受け止め。こちらに条件が良い様に感じ、気が引ける様に、ペンを受け取り名前を書く前に伺った。

リス > 「それは、素材を磨いてないというだけかと思いますけれど。何事もそうです、煌びやかな金剛石だって、綺麗に磨かねばその辺の石ころと同じようなもの。
 見つけて磨いて初めて、素晴らしくなりましょう。女の子としては、もっと、綺麗にしなさいと私はついつい言いたくなるくらいですわ。」

 地味ではない、綺麗は、可愛いは、自分で作り上げるもの、どうせと放り捨てるほうがもったいないのだ、と。

「いいのよ、頑張らなくて、お値段以上のものを出されたら、ちゃんとしたものに切り替えなければならなくなるもの。対価というモノは、釣り合ってこその物。
 貴女が素敵なものを作ると、それの補填を私は必ず致します。
 高級でなくていいのよ、作り立てに皆飢えているのですし。」

 そう、馬車一台ではどうしても資材などが限定されてしまうものであり、冒険者たちの保存食、馬車に詰める保存食で賄うことになり、結局は、シリアル的なものになる。
 冒険者たちが作るにしても、警戒しつつになるから、あまり上等なものではなくなってしまうのだ。
 新鮮な食材に新鮮な料理、それは旅の中では飢えてしまうのだ。

「まあ、私は、それなりに気が多いほうですので。
 いいな、と思ってしまうと、直ぐに口説きに走ってしまうんですの。ごめんなさいね?」

 ごめんなさいねの理由は言わない、でも、ちらりと見ればわかるだろう。
 とはいえ、直ぐに居住まいを正して、少女は彼女の方を見る、それは、商売人としての返答をするため。

「それはいけません、サチさん。契約とは、お互いに契り約束する事。
 正しく運用しないといけないものですわ?
 そうしないと、契約自体があやふやなものとなり、契約以外の事も、大量に舞い込みます。
 そして、それに押しつぶされてしまう事もありましょう、しかし、契約を結んでいる以上異を唱えられなくなります。

 それは、許されない事です。
 私は、一つの店の店長として、契約の不用意な変更や欺瞞は、唾棄します。

 ああ、この契約を結んでいただいたら、この道中サチさんが、コック長ですわ。
 うちの店員にお願いしてはいましたが、店員も護衛に回ることができるようになりますし、さらに安全になります。
 調理は、この馬車の中で行えますので、外で危険な目に合う事もありませんからご安心を。」

 ちゃんと眺め、質問をしてくれる。ありがたく思いながら、少女はしっかりと説明をする。
 元の動機や流れは関係なく、実際に結ぶ契約が、正しいやり取りになるのだ、と。
 だから、必要以上の働きをしないように、正しい給料を渡すために、しっかりと固定し、限定するのだ、と。

「ああ、これは、今回サチさんとの、急遽の契約になりますから。
 本来のうちの商会での契約にするなら、もっと細かくしていきますわ?」

 にっこり笑う少女は、店長さんです。
 

サチ > 「そーですねー。女の子は綺麗にしてた方がいいですよねー」
のほほん、と同感した。自分は含めていないので完全に他人事の態で納得した様に頷いて見せて。
「いやいや、お値段以上に……と言うのは次に繋げる、世間での評判を獲ると言う宣伝みたいなものです。損して得獲れと申しますでしょ? 私は、精一杯させて頂いてご満足いただいて、また次回も…と思って頂ける様な仕事がしたいのです。
ボーナス…はちょっと有難いですけどね。皆さんに喜んで頂ける物を頑張ってお作りしますね!」
今からやる訳ではないだろうが、腕まくりすらして気合を入れた。野外での料理なので高級料理など誰も期待はしていないだろう。それならば庶民的料理ならば自信がある。私の出番と張り切った。
「リスさんはまだまだお若くて可愛らしい方ですから、それは仕方のない事なのかも知れませんねぇ。良いと思います。口説くのは自由ですよ」
どうぞ豊富な経験を積んで素敵な女性へと成長してください…と何故か暖かく見守るモード。やんわりとした調子で話していたが、商談となれば空気が変わり。
「な、なるほど。そう言う事でしたら了解いたしました。
私が料理長さんなんですね。多分調理中以外暇ですし、他のお仕事もバンバンお引き受けしたい所ですが、そちらは他の方との兼ね合いでさせて頂きます。
別のご用事に関しての報酬はその都度と言う事で。宜しくお願いします」
きちんと説明して頂き、真摯な表情になって了承した。
そんなに大きな商会で契約した事がないので少々委縮してしまうが…大きな組織となるとそれだけ規約がきっちりしていて、規約が堅い分不自由な所は有れど、契約に反した事はさせてはいけないし、どんぶり勘定みたいな事はしないのだと改めて感じ。
ペンを握り直して署名を記してお返しし。
「うーん、契約書読むだけで一晩掛かりそうですねー」
正式な契約にはもっと微細な書面が交わされると聞いて軽口交じりに。

リス > 「じゃあ、貴女も、綺麗にしないと、ね?自分だけ違う不利なんて……おねーさん許しませんよ?」

 にっこにっこにっこにっこ。ええ、良くいるのです、自分に自信のない人は自分を逸らし、自分は関係ないという風に装ってしまう人。
 だから、私はちゃんとあなたの眼を見て、言って差し上げましょう、貴女も女の子ですから、その範疇です、例外なく綺麗にしなさいと。

「お値段以上というのは確かにお得に聞こえますが、逆を言うと、お値段を不当に下げているとも言えますわ、作り手の渾身の作品を、正しくない値段で売る、それは、商売上の不義理と、私は思うのです。
 売り手の心構えに関しては確かに、損して得取れ、はあります。でも、本当に、それでいいのか、と考えないといけないのですわ。
 その損のために、何を出すのか、どういう得を得るべきなのか、と。

 はい、ボーナスは、はずみますよ、主に金銭で。
 あ……今夜は、スープが飲みたいです、温まる感じの。材料は揃ってますので。家庭料理、大好きです。」

 だって私庶民ですもの。やる気を出してくださる彼女に、やったうれしい、少女は両手を合わせてありがとうとほほ笑んだ。
 最近は、扱ったり寒かったりで、今日はなんか寒そうだから、温まりたいというのが大きかった。

「じゃあ、サチさんを口説きましょう、ふふ、経験値に、なってくださいますね?
 口説くのは自由と言った言葉、自分の言った言葉の重みを、噛みしめて……。」

 言質取りました、肉食獣モードに移行しますね?反論も異論も聞こう、でもやめない。

「はい、サチさんが料理長です、なので、助手として、店員を付けますわ。
 食材の場所や機材の場所などの解説もしますわ。作業のお手伝いも命じておきますから。手が空くようなら、外の警護に回るよう言ってくださいませ。

 はい、あまりほかの人のお仕事を取らないようにしてくださるとうれしく。
 ただ、護衛の人とか依頼があれば、私に言ってください、状況を判断して許可しますから。その際はお金もお渡しします。

 あら?契約書は、一日で読むものじゃありませんわ。
 もっと時間をかけて、本当にそれでいいのか、確認をするための書類ですから。

 一番身近な契約は―――ええ、結婚ですわね。
 あれは、一種の終身雇用契約です、一番あいまいで、一番適当に結んで失敗する人が多いと噂の。」

 そうならないように、親切に事細かく決めるものなのですよ。
 少女は笑うのだ。

「さて、契約が成立ならば、乗りますか?」

 ふかふかの椅子が待ってますわ?少女はいたずらっぽく舌をちろと出して、扉に手をかける。

サチ > 「そーですねえ……いつかその内、余裕が出来たら考えます」
綺麗にしろといわれてもそうするにはそれなりに手間もお金も掛かってしまう。今は全然そんな余裕はないので不可能な事だが借金返し終わったらその内。と考えてのらくらと返答した。
「うーん……何事も正当な適正価格と言うのは大事ですけど……こんなに美味しいのに思ったより安い、とか、これしか払えないのに、こんなに良くして貰った……やった側も、少しオマケして、少し多めに仕事をしてこんなに喜んでもらえた…とそれはそれでお互いのメリットだと思うんですよ。お金だけじゃなくって、気持ちのメリット……それはプライスレス、です。だからと言ってタダ働きは私もしませんし。
判りました、暖かくて元気になる様なスープを作りましょう。それは良かったです。家庭料理ならばお任せ下さい」
ニコニコしながら請け合った。リクエストがあればやりやすい。具だくさんのあったかいスープ。自分も飲みたくなってきた。無邪気に喜んでくれる様子に、頑張りますとまた笑い返して。
「いや、いやいやいやいやいや。お気を確かに、確かに…! 誰かー!お嬢様がご乱心ですよー!?」
まさかタゲられるとは思ってもなかった何かの冗談だろうと思いながら。慌てて馬車の中の方にいんですかこれ?!と狼狽しまくって。
「判りました。助手さんのお手を煩わせない様に努めさせて頂きます。
ええ、他の方のボーナスに手を出す様な真似はしません。でも、あの…ちょっとしたお願い事くらいなら……お目こぼし下さいます?」
本当に些細な用事までいちいち勘定していくと返って無駄が増えてしまう。労働となればきちんと算出した方がいいだろうが、普段の日常で金銭のやり取りにするまでもない雑事程度ならばお許し願えるかと一応確認して。
「うーわあ……私、きっと……リスさんの所でちゃんと雇って頂くのは無理ですねえー」
雑な雇用条件で生きている女。契約書の量でもう参る。絶対無理だし、相手もコイツは雇う気になるまいて。ハハハ、とどこか乾いた笑いを零して。
勿論結婚にも慎重派らしいと持論を聴いて頭が下がり、御見それしました、となんとなく降参した。
「あ、はい、お邪魔します!」
いつまでも馬車を停めていても良くない。急いで頷いて、舌を見せるどこかあどけない所作に、こうしてればバリキャリというか普通の女の子なんだけど、不思議なものだと感じつつ彼女に続いて馬車にお邪魔させて貰おう。

リス > 「それは絶対に、後回しにしてやらないフラグですわね?次にお会いしてみた時にやってなかったら、お仕置きを考えますわ。」

 彼女の返答に対して、少女は半眼でじぃ、と見据えつつ言葉を紡ぎますのらくらで、逃がすほど私は甘くありませんよ、と。
 だってさっきロックオンしたのだから、その位はしておくべきなのです。

「はい、それは、自分で料理して作って提供したり、自前で作りうる人であれば良いと思います。
 が、私のお店は、商店は、仕入れて物を売るタイプのお店ですから、その人の作品―タマシイ―を、その人の同意なしに勝手に安くするわけにはいきません。
 でも、なるべく皆様の手に入りやすくするために、作り手さんに出来る限りの値段交渉をいたしますし、特別なルートを使い、安く大量に運ぶ。
 そういった努力は惜しんでおりませんわ。私たちが適正価格で売るのは、作った人の誇りですから。

 ………と、申し訳ありませんねこれは、私の商売としての持論です。サチさんには何ら関係のない事。
 不快でしたら、謝罪いたしますわ。
 サチさんのいう事も、商売として正しく、心がけるべき所なのです。ですから、どうか、お気を悪くなさらないように。

 スープ……あ!そうそう。お肉、残ってましたわね、悪くならないうちに使ってしまいましょう!」

 彼女が私のために行ってくれること、お客様視点での言葉は大変にうれしく思う、そして、重々理解しているところだが。
 うまくそれを組み入れきれないのが、困ったところなのである、申し訳なく思い、彼女に頭を下げる、持論で反論すべきではなかった、と。

 スープのリクエストが通った、わあいやったと、思っていたけれどそう言えば、保存庫に肉があったのを思い出す、入れていても悪くなるだけだ、せっかくシェフ長が出てくれるなら、使い時だと提供する。
 お肉が入ると、冒険者さんもやる気になるし、何より、温まるから。

「乱心でも何でもありませんわ?
 サチさん、十分かわいいと思いますし、最初なんて、小動物みたくて、抱きしめてよしよししてしまいたかったぐらいですし。」

 ちなみに、中にいるのは店員であり、周りの護衛も含めて。

 ま た か と、言うような、くそでかい溜息が返ってきました。

 にこにこしながら、すすーぃ、と近寄る肉食獣。いな、肉食竜。
 でも、まだ、手は出しません。まだ。

「まあ、そうですわね。ちょっとしたこと、であれば。必要な分の事であれば、それは大丈夫ですから。」

 彼女は正式な店員でもない、道連れとしての対価を願うだけの、日雇いだ、其処までがっちりするつもりはないので、大丈夫ですよと、うなずいて、同意するのだ。

「そうでしょうか?
 ふふ、一度、体験してみてからでも遅くは在りませんわ?それに―――トゥルネソルは色々な場所がありますし、其処に特色がありますから。
 もしお困りでしたら、扉を叩いてくだされば。」

 きっちりしていることと、働きづらいとはイコールではない筈だ。やる前から無理というのはさすがに損もいいところなので。
 一応、ちゃんと見てから考えてくださいましね、と。

「どうぞどうぞ。
 乗合馬車に乗れない体にして差し上げますわ。」

 軽くぱちりとウインクをして見せる少女。
 内装は別にごてごてしているわけではない、普通の乗合馬車よりもいい素材を使っているとかぐらい。
 ただ、足元も、座るためのベンチも柔らかくふかふかであり、さらに言えば動いても振動が来ない。
 そんなレベルの、馬車の中なだけだった。

サチ > 「私には私の事情がありますので……お仕置きと申されても困ります」
別に好きで磨かない訳でもない。先立つものがないだけだ。一方的にそんな事を言われて悲し気に首を振った。到底お嬢様のお相手になれる様な人間でなかった。
「そうですね、それはとっても素敵な商売方法だと思います。まあ……それが出来ない私はせめて出来る限り頑張って喜んで貰えるメリットを頂くだけです。
気を悪くはしませんよ。商売はとっても自由なフィールドですしそれぞれのやり方があっていいと思います。
まあ、お肉があるんですね、じゃあそのお肉に合わせたスープが作れますね」
頭を下げる所作に、いえいえ、お互い様とあっさり笑い掛けて。
それから何のお肉か確認したら、あれこれとレシピを模索するだろう。
喜んで食べて貰えるなら作り甲斐がある。
「あんまり年上の貧乏人からかわないで下さいよ……。私はそんなおこちゃまじゃないんですからね?」
小動物、と評されてそれは確かにそうだったかも知れないが……笑顔で迫って来る様子に、思わず後ろ足で一歩引いて。きっとからかって面白がっているのだ、と認識した。
そして、些事ならば問題ないと聞いて安堵して。それじゃあ、邪魔にならない程度にと返答した。
「いやあ……契約書半分目を通しただけでギブする自信があります……。
私では却ってご迷惑になってしまいそうですが……臨時で契約書が薄い場合はお願いするかもです」
今回の様に急遽で臨時ならば多少お手伝いさせて頂けるかも知れない。けれど正式に、とはきっとそこまでの働きをする自信もなければ――紹介では他の人材を雇いたい所だろうて。そう判断してまた機会があればお願いします、と頭を下げるにとどめた。
「あ、それはやばい……。是非ワタクシ床で。床で鎮座させて頂きとう存じます。私の為に。是非」
今後乗合馬車に乗れない体質にされてしまうと本気で困ってしまう。故に私は寧ろ床がいいのですと主張する。
そして、結局床が邪魔だから小綺麗で快適な座席に座らせて貰ったか、それとも床で済んだかはまた別の話。
ともかく、運よく乗せて貰った馬車に揺られて、調理のお仕事をさせて貰いながら街まで無事に帰りつく事が出来ただろう――

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道」からサチさんが去りました。
リス > 「あら?その事情は、汲み取れるものなのでしょうか。お聞かせ願いたく。」

 悲しそうに首を横に振る彼女に対し、少女は優しく笑う。認識の齟齬というのは、まずは話して聞かなければ判らない。
 そもそも、異星人並みに常識がすれ違っている気がするので、特に詳しく聞いてみたく思うのだ、こう言うのは得てして、商売の利にもなる。
 自分と違う視点、違う思考は―――それを持つ人への理解にもなるし、理解すれば、その人が使いやすくすることもできるから。

 そんなこんな、わちゃわちゃきゃいきゃい。
 新たに同道することになったサチさんと、会話をしながらの行程は、それまでの時よりも食事事情が改善される。
 素朴でおいしいご飯が出るようになり、冒険者も食事の際に手を開けることができて、トゥルネソルの店員も又。
 だから、さらに安全に、おいしいご飯付きの楽しい行程となるのだった。

「あはは、小動物じゃないんですから―――。」

 軽い冗談だ、乗合馬車に乗れないからだというほうは、それに対して真剣に悩んで床を提案する彼女に。
 楽しさを覚えながら、扉は閉められる。

 短いだろう馬車の旅は、楽しくも暖かく、街道を進んで、無事に到着するのだった―――

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道」からリスさんが去りました。
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」にアルヴィンさんが現れました。
アルヴィン > 山道を抜け、街道へと騎士がようやく至ったその時には、既に日は落ち夜は更けていた。
山中、依頼の対象である魔物を求めて一日歩き回り、おびき寄せ、そうしてなんとか討伐を果たしたのが、夕刻。
夥しい血が流れた場所に長居をするわけにはゆかぬと、騎士は疲れた身体を強いて山道に歩を進めて、ようやく街道筋へと出たのだった。

返り血のこびりついた頬を拭い、顔を上げればそこには。
春霞に煙る月が朧に夜空にかかっている…。

騎士の口許が、笑みを刷いた。
昨夜、露営を設けた大樹まではまだ、距離があるようだ。
せめてそこまでは距離を稼いでおかねばなるまい。

愛馬は、山中道もないところに赴かねばならぬことから、伴っていない。
往路も帰路も、鎧を纏っての徒歩の旅だ。
疲労は、さすがの騎士にも重くのしかかるものとなっている…。

無理はせずに、ゆっくりと。
騎士は、鎧を鳴らして歩を進めて、昨夜露営地とした大樹を目指して街道をゆく…。

アルヴィン > 四半刻ばかり歩を進め、行く手に昨夜騎士が露営をとった大樹が、闇の中に黒々と浮かび上がってくるのが、見える。
疲れ知らずの騎士ではあるが、我知らずほっとしたように息を漏らしたことは否めない…。

鎧を鳴らし、歩を進めて。
騎士は、大樹の根方に昨夜の露営の痕を確かめて、ようやく大きく息をついた。
盾を降ろし、バックパックを降ろして。
マントを外すと、まずは露営のために石を組む。

火を、燃やしておけるようにせねばならない。
鎧を脱ぎ、身体を楽にする前に、それだけはしておかねばと騎士は立ち働く。

身体を休めるのは、露営をきちんと営めるようにしてからだというのは、これも老いた師から、この若い騎士が徹底的に仕込まれたことであったからだ…。

アルヴィン > 石を組み、火を灯す。
枝を組み、水気を飛ばす。
一夜を凌げる火が、闇夜の街道の端にしっかりと整えられて、初めて。
騎士は我が身の軍装を解くことを己に許した。

板金の装甲を外し、鎖帷子の着込みを脱いで。
皮革で随所を補強した、鎧下と呼ばれる姿に騎士はなり、ようやく、人心地をついたのだった。

見上げれば、霞んだ朧の月はもう、随分と傾いている。

剣を抱き、マントにくるまり、騎士は大樹の幹へと身体を預けた。
そうして…朧の月を見上げたままに、騎士の草臥の夜は更けてゆく…。

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」からアルヴィンさんが去りました。