2017/11/01 のログ
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中の奇妙な宿」にクトゥワールさんが現れました。
クトゥワール > 妙な感覚がする。
山々の合間を縫うような街道を歩いていて、突然。雰囲気に違和感を感じた。
遠くにぼんやりとした灯りが見えた。何かと近づいてみれば、どうやら然程大きくはない小屋のようだった。
ちょうどそう認識した瞬間の事だった。

「こいつぁ……」

歩みを止めて耳をすませば、世界の音が断絶したような静けさ。
馴染みのある感覚だ。己が鏡の異界に出入りする時のような隔絶感。

「――誰かのお宅にお邪魔しちまったか?」

呟きながらゆっくりと家屋へ近づいていく。
建物の前へ辿り着いても人の気配はない――が、この場所が異空間だとすれば気配などというものはあまりあてには出来ないかもしれない。
ステッキを掲げ、ノックもなくゆっくりと扉を押し開く――誰もいない。

クトゥワール > 木造の、小さな山小屋という表現がしっくりくる建物。
中には灯りが溢れるほどに輝き、暖炉にも火が燃えている。
だが何者の気配もなく、異常なほどの静けさは変わりなく続く。薪の爆ぜる音さえまばらで、何処か遠慮がちだ。
ご丁寧に質素ながら寝室まで調えられており――

「……随分贅沢だな。」

思わずそう零したのは、建物の裏手を目の当たりにして。
大きな樹がある。枝には何かの実が生っている。
その根差した地面には大穴が開いている。中はなみなみと液体に浸されている――湯だ。
ほのかに甘やかな香りの漂う湯が、温泉のように満ちていた。

「桃源郷ってヤツだったか。」
「ま、良いだろ。そういう事ならな。」

異界は異界でも、そのようなものもある。
そうした場所に偶然踏み込んでしまうという逸話も、古くからあるもので。どうやら己もそうしたエピソードの一員になってしまったわけか。
辺りに相変わらず気配はない。放棄された異界なのか、自然発生した異界なのか。はたまた主がたまたま外出中なのかは判らないが、この場所が物騒でないと言うなら今の状況を割り切って楽しもう。
その場で衣類を脱ぎ捨ててゆく。筋肉に硬く鎧われたシルエットを曝け出し、遠慮なく湯の中に脚を突っ込み、

「かッ――は。こりゃいいわ。」

まさに桃源郷というべき程よい湯加減と立ち上る芳香を堪能し、湯べりに頭を擡げて笑った。