2022/08/10 のログ
ガイウス >  
 ガイウスは突如全身を襲う力場の波動に身を委ねる。

「……ほッ、と」

 その力場の流れに、ガイウスは抵抗しない。
 魔術は相手の十八番。
 抗っても無駄に力を消耗し、その間にさらなる攻撃が飛来しないとも限らない。

「それで……」

 そうして彼我の間に、また少しばかりの距離が開いた。

「なるほど」

 相手の手札が見えてくる。
 魔術師は近接戦に得意ではなく、戦士の縄張りで戦おうとはしない利口者である。
 また弱い一撃をあえて受けるのではなく、あるいは今度も危険を承知で躱そうとするのでもなく、
 あくまで傷を嫌い、二文節の詠唱でガイウスから距離をとろうとする。

 ――つまるところ。

「魔術を使うんだな」

 その言葉は少々大きく、観客席にも聞こえるかもしれぬ。
 相手にも聞こえ、魔術師はフードの奥で怪訝な表情をした。
 だからどうしたというのだ? と言わんばかりに。

 ガイウスはそして、奇妙な行動を見せる。
 あえて相手の魔術師から、一歩、また一歩と距離を置いていく。
 魔術師を相手にするならそれはさしづめ、自殺行為だ。

クレス・ローベルク > さて、駆け引きの時間だと、クレスは思う。
相手は敢えて距離を取った。それも、魔術師の魔術を利用してと言える形でだ。
当然、此処で警戒すべきは罠だ。
疑心暗鬼を呼び起こす為に"策もなく距離を離した"事さえも警戒すべきという意味で。

だが、魔術師も決して翻弄されるばかりではない。
距離を離されたならば、遠慮なく詠唱させてもらおうじゃないかとばかりに、朗々と長い詠唱を始める。
それは、一見すると異様だが、熟達した戦士やクレスからすれば、

「(お互い、攻めるねえ!)」

という感想を持つものだ。
既に、魔術師の前方には魔法陣が配置されている。これは、魔術防壁だろう。
その防壁とガイウスのライン上を睥睨するように、更に一つ、魔法陣が浮かび上がりつつある。
これは恐らくは、魔術砲台。レーザーを放出し、相手にダメージを与えるタイプだ。
詠唱に時間はかかるが、一度設置されてしまえば自動発射――精度も決して甘くはない。
つまりこれは

「(脅しだよね。ガイウスに対する。
『お前から攻めないなら、こちらは幾らでも準備できるぞ』っていう
或いは『無策で試合を停滞させるなら、こっちで観客の耳目を引くぞ』という挑発かな?)」

このまま詠唱を放置すれば、幾らでも砲台を設置できる。
かといって、飛び込めば魔術防壁で防がれ、その隙に魔術砲台の反撃を受ける。
厭らしいが――しかし、同時にこれは剣闘士として、試合を"巻かせる"動きでもある。

「(観客は退屈を嫌うからね――時間はお前の味方じゃないと、そういう試合運びは大事だ)」

つまりは、塩試合許すまじというところ。
今ならまだ、魔術砲台の魔法陣が完成する前に、懐に飛び込む事も可能だろうか――

ガイウス >  
ガイウス曰く。
敵を誘引できるのは、敵に利益を見せて釣るからであり、
敵を遠ざけられるのは、敵に彼の不利を見せるからである。

魔術師は距離を歓び、一方で罠を警戒した。
なぜ彼が警戒したのか? 話がうますぎたからだ。
もし魔術師が少しでも剣の使い手たろうとしたならば、
彼は心の一寸に、あえて身体を前に踏み込む危険を冒す心を宿したかもしれぬ。

しかし魔術師は結局のところ"魔術師"であった。
彼は魔術には敏いが近接戦には疎く、罠を警戒しながらあえて敵地に踏み込もうとはせず、
魔術障壁の防護はみずからの正面に集中した。
――集中させてしまった。

敵軍との間に距離が開く危険を、熟練した将兵はよく知っている。
本当の危険とは遠距離から攻撃されることではない。降り注ぐ弓矢や魔法、
しかしその大部分は防備を整えている軍であれば外れるか、もしくは鎧や盾によって防げるからだ。

本当の危険とは、側面からの攻撃に完全に無防備になることだ。
前方に備えれば後方が手薄になり、右方に備えれば左方が手薄になり、
全方位に備えれば、今度はあらゆる方位が手薄となる。
距離が離れれば離れるほど、相手の動きは見えづらくなり、見なければならない範囲も増える。

「私が防勢に転じると?」

魔術師の長い詠唱をガイウスは嗤う。ガイウスは一歩踏み込んだ。その先には魔法防壁がある。

ように見えた。

『エクゥス――』

その瞬間、彼の身体は目にもとまらぬ速さで駆け。
見るものはそれが高速移動の魔術であることに気付くだろう。

ガイウスは正面の魔法防壁を完全に迂回し、
魔術師が予想もしていなかったであろう魔術師の側面から彼の懐に瞬時に飛び入り、一撃を加える。

戦場の魔術師が闘技場の魔術師ほど身を護る術に長けていなかったとするならば、
闘技場の魔術師は戦場の魔術師ほど"兵士"足り得はしなかった。
命を賭して自らの手札を隠し、態勢を隠そうとはしなかったのである。

クレス・ローベルク > 「あ、うまい……」

クレスは、つい感嘆の声を漏らした。
上手いのは勿論、ガイウスの動きだ。
敵の側面に回り込むというのは、戦術の基本。これ自体は定石手だ。
だが、彼が上手かったのは、一つには勿論、敢えて距離を離すことによって警戒心で相手を縛った事だが。
もう一つには、手札の隠し方が見事だった。
高速移動魔術は、戦闘において非常に有用。故に、魔法戦士系ならば試合序盤でかけてもおかしくはない。

だが、それをあえてせず、要所で使う事に拠り、魔術師の計算を狂わせた。
未だ未完成の砲台魔術は起動さえしない。
それでも、再び魔力を手に宿らせ、防ごうとしたのは流石と言うべきだが、
――その腕諸共、叩き切られてはどうしようもない。

「(そりゃあ、そうだよなあ――)」

さっきの浅い攻撃と違い、今度は速度も乗った一撃だ。
とても、簡易魔術で防げるような類のものではない。
それが増して、業物によるものなら猶更の事である。

腕一本を失い、倒れる魔術師。
急ぎ、闘技場の医療スタッフが腕ごと彼を回収し、医務室に運ぶ。
それが終われば、ガイウスの勝利を告げるアナウンスが流れるだろう。

「(あの魔術師も、闘技場の中じゃ上澄みの方なんだけど……相手が悪すぎたねこれは。
面白い戦いだったけど……相手にするにはちっとキツいかもなあ)」

複雑な心境を抱えつつ。
さておき、試合はこれにて終了と相成るのだった。

ガイウス >  
 運ばれていく魔術師の影を見やりながら、ガイウスは剣を天へと掲げ、
 観戦していた観客にパフォーマンスを行う。観客の少なさにもかかわらず、
 興奮した観客は彼に可能な限りの拍手と称賛を送った。
 
「(危い、危い、殺してしまうところだった)」

 その中心で、ガイウスは仮面の裏では冷や汗を流していた。
 流石に首や胴を斬ってしまえば、いかなる術式も効果の及ぶところではないだろう。

「(賠償も痛いが、無用の人殺も御免だ。全く、剣闘は力加減が難しい)」

 全力を出し、なんとしても生き残ることが彼の人生の至上命題であったからこそ、
 今のこの環境は彼にとっては困難であり、だからこそ必要なことでもあった。

「(力加減を知らぬようでは困るからな――)」

 魔術師には、文字通り痛い勉強代になったかもしれない。
 称賛の波も収まると、彼もまた息を整えて、闘技場の奥、控室へと消えていきながら。

ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場 観客席」からクレス・ローベルクさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場 観客席」からガイウスさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場 」にクレス・ローベルクさんが現れました。
クレス・ローベルク > 闘技場の入口が、謎の異空間と化した。
そんな連絡を受け、渋々と。気持ち的には渋々々々々々と。
剣闘士兼アケローンの便利屋ことクレス・ローベルクは、闘技場の入口の前に立っていた。

元は劇場だという闘技場の入口の扉は、何処か美術品めいた佇まいでその場所を封印していた。
この扉を開けたものは、全員異空間に取り込まれ帰ってこないらしい。

「……呪いの闘技場か。まあ、確かに呪われても仕方ないような事が日常的に起きてるけど」

幸いなのは、その異空間の解析が既に済んでいる事で。
どうやらこの異空間は、先んじて取り込まれた誰かの願いや欲望を核にしているようだ。
恐らくは、此処が劇場だった頃に産まれた精霊か何かが、昔を懐かしみ、強制的に"演劇"をさせようとしているとかなんとか。

「つまり、今から俺はこの中の誰かの、理想たっぷりの脚本に付き合わされた挙句、そいつを連れて帰らないといけないのか……」

どんな罰ゲームだとは思うが。
しかし、そうは言っても、闘技場には恩義と言うか弱みがある。
此処で帰る訳にもいかないと、男は溜息をつきつつ、その扉を開けるのだった。

クレス・ローベルク > 扉を開けると、そこは靄の中だった。
足を踏み入れた瞬間に、扉は消え、後には男が残される。
ちょっとした怪異現象だが、しかし男には不安はなく、寧ろ安堵があった。

「("役者"として認められたか。ありがたいね)」

今、靄に包まれているのは、"役者"が唐突に来たので、まだ"舞台"が構成されきってないからだろう。
もう暫くすれば、演劇空間として、何かしらの環境が設定される筈だ。

うっかり"観客"や"裏方"になったらどうしようかと思ったが、やはり畑違いとはいえ、普段から観客の前に立っている事と、闘牛士服という格好が舞台衣装染みているのが功を奏したのだろう。
精霊も、疑う事無くクレスを役者として認めてくれたらしい。

「(後は、舞台が整うのを待つだけか……)」