2020/04/21 のログ
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」にアリアドネーさんが現れました。
アリアドネー > 「ねえ、お父様また当たったわ!
 やっぱりアリアの言った通りだったでしょう?
 あっちの赤い髪の奴隷が絶対勝つって!」

血で濡れた闘技場では今まさに試合の決着がついた所だった。
倒れ伏す黒髪の大男、そして、片腕を失いながらも立っている赤髪の男。
勝った男もまた明らかに致死量の血を流しているが、しかし、それ故に観客は盛り上がっていた。
その中、いかにも可憐な金髪の少女はその見た目に反して誰よりも興奮しているように見えた。
隣に座るお父様と呼ぶ背の高い男の腕にしがみつき、甲高い声で嬉しそうな歓声を上げる。
その様子には凄惨な戦いに対する恐怖も嫌悪も感じられず、むしろ凄惨であれば凄惨であるほど喜んでいるように見えることだろう。
そんな娘の様子をお父様は優しい笑顔で眺め、うんうんと頷いてやる。

「ねえ、お父様!
 あの奴隷が欲しいわ!
 凄かったもの!」

お父様の肩に頬を擦り付け、子供が玩具をねだるように奴隷をねだる。
そんな娘をお父様は優しく諭す。
『でも、あの奴隷はすぐに死んでしまうよ。
 それに前の奴隷はどうしたんだい?』

「む~、残念。
 すぐ死んじゃうんじゃ面白くないわね。
 前の奴隷は飽きちゃった。
 だから、新しい奴隷が欲しいの!」

不満げに頬を膨らませる少女は熱気と血の匂いに包まれる闘技場で、周囲の目も気にせずお父様の腕にしがみついて甘え続ける。
そんな娘の頭を撫でながらお父様は闘技場を指差した。
『ほら、次が始まるよ。』
その言葉に娘は瞳をきらきらとさせて闘技場を見下ろす。

『さ~ぁ、次の試合はこいつらだ!
 まずは斧使いギーグ!
 3戦無敗のツワモノだ!』

司会は観客を煽るよう大声で戦士を紹介する。
3戦無敗、と言っても負ければ次がないことが多い世界。
戦士の大半は無敗なのだから、まだまだ大した戦士とは言えないだろう。
そして、対する相手は――。

ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」にヴォルフさんが現れました。
ヴォルフ > 闘技場の、地下へと続く扉が上がってゆく。その向こうに開くのは、黒々とした穴だ。
その、黒い穴から眩しそうに眼を細めて姿を現したのは…巨漢と言ってよい斧使いの男に比すれば、随分と小柄で、随分と細身に見える…一見少年といってよい姿。

胸と肩には、薄汚れた包帯を巻いていた。
編み上げたサンダルで固めた足が白い砂を噛む。
少年は、数歩そこで、足許へと視線を落としつつ、足踏みするかのようにしてサンダルの底を白い砂へと押し付ける…。

『三戦二勝一分け…シンドゥラの狼、ヴォルフ』
そう、己が呼ばれたとしても、別段名乗りを上げるでもない。
手にしていたグラディウスとバックラーとを一度砂の上に置き、少年は白い砂を手に。
まるで、その砂で手を洗うかのように…砂を両掌に擦り込んでゆく…。

シンドゥラ。数年前に王国に滅ぼされた、北方の蛮族の名だと、少しでも誰かの記憶にあっただろうか?
その、滅びた蛮族の名を戴いた少年は、グラディウスとバックラーとを手にすると、落ち着き払ったというより、むしろ不遜なほど…傲岸なほどに満員の観衆を睥睨しつつ…白い砂の中央へと進んでゆく…。

闘技場の砂は、白い。
鮮血が、より鮮やかに映えるからだ。
試合ごとに調えられるその白砂を、少年はゆっくりと踏みにじってゆく…。

アリアドネー > 闘技場で対峙するのは大男、そして、それと比べるにはあまりにも頼りない小柄な少年。
得物も大ぶりな斧対小剣と小盾となれば、戦うまでもなく勝敗は見えている。
大半の観客はそう思っていることだろう。

「ねえ、お父様、随分小さいわ。
 今日の羊かしら?」

少女もまた少年が勝つ可能性などまったくない……それどころか気高き狼の名を持つ少年を羊呼ばわりした。
――羊、それはただ凄惨に殺されるだけの役目を持った哀れな生贄。
観客からも『こーろーせー!こーろーせー!』と狂気の声援が飛ぶ。

「あんな斧が当たったらすぐ死んじゃうわね。
 今回はあっちの大きいのが勝つわ!」

少女はお父様の肘に腕を回ししがみつき、これから凄惨な処刑が行われるであろう闘技場を楽しそうに見下ろす。

――そして、戦闘開始の銅鑼が鳴らされ、一気に決着をつけるべく大男は巨大な斧を振り下ろした。
それは小さな盾ではとても受けきれるとは思えない大重量を伴った一撃。
しかし、その狙いは少年の頭ではなく左肩。
大男のにやつく顔は、己の役割を完全に理解している表情だった。
……簡単には殺さず、嬲って痛めつけて出来るだけ長い時間苦しめて……観客を沸かせようと。

ヴォルフ > 銅鑼が鳴る。
殺し合いが始まる。
勝利を確信した巨躯の男が、その余裕を示すかのようにゆったりと歩を進め、斧を振りかぶったその刹那。

少年は、吼えた。

まだ、声変わりしたてのどこかに高さを残す声だ。そんな少年の声はしかし、獅子吼と、そう言ってよいほどの咆哮だった。
それは一瞬、闘技場の喧騒すら圧する。

先刻までのどこか物憂いような表情は消え、牙のような八重歯を剥き出しにし、少年は姿勢低く地を蹴ったのだ。

後ろでも、横でもない。
少年は、前へ。
大ぶりの斧の一撃は観衆受けがすることだろう。
けれど、少年のその低い低い跳躍こそは、一見地味な、けれど必殺の歩法であったのだ。

バックラーを、構えすらせずに。
少年は大ぶりの斧に怪我をした肩を掠らせる。
けれど、姿勢は崩れきりはしなかった。低い位置からまっすぐに突き込まれたグラディウスが、深々と男の左の上腕を斬り裂いた。

さすがに、大斧の一撃は、少年の姿勢を多少は崩していた。
避けきれていれば、グラディウスは間違いなくその太い腕に深々と刺さっていただろう。

巨躯の男の悲鳴が上がる。
腕斬り裂いた男を少年は、そのまま足蹴にした。
裡膝を砕くように蹴る。
遠目にしている観客たちには、何が起きているのかわからぬだろう、地味な駆け引きだが…それは、地味であるからこそ、恐ろしく…効く。

少年の挙動の一つ一つには無駄がない。

無駄なく…人を『壊せる』。
そういう動きをしているのだ。

アリアドネー > 一瞬で勝敗は決まる。
あとは如何に少年を壊して殺すか……それだけがこの試合の見所のはずだった。
しかし、一瞬の交錯の後、悲鳴を上げたのは処刑人たる大男のほうだった。

「え?何?今何がどうなったの?」

戦う術など何ひとつ身につけていない……そもそも身につける必要すらない少女にはその一瞬に何があったか目で追うことすら出来なかった。
それは少女に限らずこの悪趣味な殺し合いの見物に興じている人間のほとんどがそうだっただろう。
故に上腕から血を流し、膝を抱えて苦しむ大男の姿を驚愕の表情で眺める。
上がる歓声、怒声……。
そして、驚いた表情で思わず立ち上がった目立つ金髪の少女の姿は闘技場からでも見えただろうか。

大男は呻きながら斧を構える。
しかし、砕けた膝はその巨体を支えられず膝立ちにもなれない。
腕の傷は深くはない……だが、立ち上がれない大男にすでに勝機はなく、すでに勝敗は決したと言っていいだろう。
……だが、まだ戦いの終わりを告げる銅鑼は鳴らない。

ヴォルフ > 巨躯の男の頭が、下がる。
最も感覚器官が集まり、人体中最大の急所の集合体が。
これを、少年は待っていた。

もう一度、会場を少年の獅子吼が圧する。

狼の遠吠えのようなその咆哮と共に少年が振るったのは…グラディウスではなく、バックラーだった。
バックラーの縁。
細い細い一本の線となるその縁を…少年は振り抜いた。

眼の前、苦悶に呻き涎に濡れる、醜い傷の走る斧使いの男のその、顎先に。

激しく頭を揺さぶられ、男は刈り取られた。
その、意識から。

綺麗に、糸が切れた人形のように崩れた男は、そのまま白い砂の上へと俯けに突っ伏した。

そして再び、歓声が上がる…。

誰より速く立ち上がった少女の姿も、そこに飲まれてゆくだろう…。

けれど少年は、勝利を誇るように片手を上げもししなかった。
じくじくと血を滲ませ始めた左肩を一度だけ抑え、ぐるりと満員の観衆をゆっくりと睨みつけてゆく。

その、手負いの仔狼の視線を娘は、受け止めただろうか…。

アリアドネー > 本当に一瞬の出来事だった。
きっちりと最小の労力で意識を刈り取られた大男は白目を剥いて砂の闘技場に仰向けに転がる。
誰の目にも明らかな勝敗。
殺せ――そんな言葉すらも出てこない。
苦しみ悶え叫び呪いながら死んでいく姿を見るのが楽しいのであって、意識がない男の首を裂いた所で何も盛り上がらない。
シンと静まり返った会場に仕方なく決着の銅鑼が鳴り響く。

「凄いわ、お父様!
 あの奴隷すごく強かったわ!
 よく見えなかったけどすごく強かったわ!」

歓声を一身に浴びる少年から目を離さず、しがみついたお父様の腕を揺さぶって興奮を伝える。
小さいほうが勝つなんて信じられなかった。
それもあんな圧倒的に。
そして、何より……あんな誇り高き怒りの視線を向けられることなど初めての経験だった。
少女は、少年の視線を真っ直ぐに受け止める。
何ひとつ曇りのない、悪意の欠片すらも感じさせない純粋な歓喜に煌めく蒼い瞳で。

「お父様!あれがいいわ!
 あの奴隷が欲しいわ!」

その声は果たして少年の耳まで届いたか……。
だが、届こうが届くまいが、すぐに手配され少女が待つ部屋へと連れて来られることとなるだろう。

ヴォルフ > 少年は、ぐるりと満員の観衆を睨みつけたその後に、勝ち名乗りすら受けることなく倒れる男に背を向けた。

手にしていたのは、闘奴達が使いまわす武器なのだろう。
その手の剣と盾を、両方とも白い砂の上に放り捨て、そして…一度だけ唾を吐き棄てた。

白い砂を踏みしめる。
今更ながらに吹き出す汗を拭いもせず、その頬と黒い髪に、白い砂煙の余燼を纏い…少年は再び、黒い穴に飲まれてゆく…。

ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からヴォルフさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からアリアドネーさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」にクレス・ローベルクさんが現れました。
クレス・ローベルク > 試合場は、今日も大盛況――ではなかった。
寧ろ、水を打ったように、しんと静まり返っている。
その静寂の意味するところは、つまり退屈と無関心だ。
その理由は――

「(つ ら い)」

今、表面上にこやかに観客先に手を振っている男の試合にあった。
今行われていたのは、クレス・ローベルクの試合。
その試合の内容が、あまりにも詰まらなかったからである。

「(いや、だってしょーがないじゃん!?
幾ら俺でも、武器捨ててガタガタ震えてる奴隷相手に、面白い試合とかできないって!)」

仕方ないので、一撃で意識を刈って試合を終わらせたが。
しかし、これは辛い。負けて犯されるよりある意味辛い。
罵声すら浴びせられないこの虚無。
流石にこれは不味いと思ったのだろう、アナウンスの声が、

『前座が終わりましたので、まもなく本戦を開始いたします。
観客の皆様、もうしばしお待ちくださいますよう――』

素人には聞き取れないだろうが、若干アナウンサーの声が震えている。
気持ちはよくわかる、と男は思う。何なら自分も泣きそうだ。
とはいえ、このアナウンスの意味は、別の試合の参加者を回してくれる、という意味だろう。
この際、何だって構わないが、頼むから何かしら華のある選手を回してくれる事を願いたい。

「(頼む、頼むぞ運営。俺の生活がかかってるんだからな……!?)」

そう願う男の前で、扉が開かれた。
それは、男の救世主なりうるか、それとも――