2019/09/04 のログ
■クロ > 『(聞こえますか?クレス選手。今、視線で貴方に直接語りかけています……頼むから何とか観客の機嫌を損ねないように盛り上げてくれ!)』
そんな運営側の都合、運営側の問題を選手に押し付けて解決しようとするあたり大概無茶振りもいいところなのだが、そこは長い付き合い。
視線で通じる腐れきって爛れた縁が成せる美しい友情ということにできない気もしなくもない。
「クレス!私(クロ)覚えたよ!……うん?ふたり、二人?一杯人がいるのに、クレスは数が数えられないの?わぁ……!そっか、クレス強いんだ?ありがとっ!じゃあ、遠慮なく――!」
開始のアナウンスと共に派手な演奏。
あくまで『見世物』ということであり、剣闘士として此処で長く活躍する相手はその辺りも熟知している。
見世物ということは、観客が理解できない行動はしてはならない。例えば、観客が見えない程の速度だの、分かりづらい手段での攻撃だの、達人同士の読み合いによる気で制空権を手を出さずして奪い合う静かな戦いだのと様々なものが該当する。
裏返せば、そういう事態、トラブルにも対応できる程度に彼は経験があり、対応できる術を持っているからこそここまで重用されていると言えるし、だからこそ過去にそれこそ魔王だのと肩書きを持つ者相手にも試合を成立させて観客を愉しませる事が出来たのであろう。
一方、このミレー族らしき特徴を持った女はその辺りの事なんて全く弁えていない。
闘士という面で言えば、ずぶの素人だ。
そもそも、誰かに見られる、誰かを愉しませる為の戦いなんてした事がない。
そういう意味合いでも、素人相手に観客の為の見世物へと昇華させた試合運びをしないといけない相手に対する運営側の信頼は厚い。
無理ならば最初から頼む事すらしないのだから。
拳をぶつけあってから離れた相手が剣を引き抜く。
獣は、拳、自身の体こそが武器だ。
勝手に植え付けられたものだからこの体質がふたなりなるものという名称なんて知らず、大変な失礼な返しをして怪訝にするが油断はしない。
仮に知っていたとしても、それならそれで脱ぐまでもなく見抜く観察眼に凄いすごいとはしゃいだことだろう。
初手を譲る彼の流儀は、寧ろ強者の余裕だと捉えた。
なら、ある程度好きに遊んでも、きっと大丈夫。
明るい声音、どうにも緊張感の欠ける笑顔が、変質する。
瞳孔が収縮する。
緩んだ空気が一転、巨獣の顎が闘技場を対戦相手も観客も区別なく咬み喰らうが如き無指向な殺気として噴き出し、空気が揺らぎ、目が合ったわけでも拳を向けられたわけでもない観客の声が一瞬止まり、静まり返る。声を出せば殺される、見つかったら死ぬという狩られる側、弱者の生存本能だ。
そして、此処に立つ獣(おんな)は、捕食者であるという証明。
みし、と鳴ったのは握り固めた拳の骨か、肉か、踏み締めた地面が耐えきれずに罅割れた悲鳴か、静寂を破られた空気か。
二歩下がった彼の眼前目掛け、姿勢を前に傾け地面が爆ぜる冗談のような踏込の膂力からの踏みこみ。
二歩目など要らない。
血の香り、獣の薫りを纏わせた女の形をした獣は瞬時にという言葉そのままの通りに間合いを殺しにかかる。
剣の間合いから、拳の殺傷範囲へ。
「――――。」
笑顔である。
但し、先程の屈託ない人懐っこい緩んだものでなく、獲物を前にした獣の獰猛な笑み。
強者を前に、暴れて良いという酷く残酷な無邪気さ。ケダモノのそれ。
もし、戦いに矜持だとかあれば挑発だと受け取って怒ったのかもしれないが、獣の戦いとは遊びであり、狩りである。
殺せる時に、殺す。
そうでなくては自分が殺される。
ヒトを殺すのは楽しくないが、多分こんな申し出をするのだ。
きっと相手は強いに違いない。
殺す気でやっても、大丈夫なはず。
なら、申し出を断る理由がない。
無駄など無い。
踏み込むのは距離を詰めるだけの目的ではなく、突進。
右手は既に突きだされている。
振り上げ、振り下ろすという工程を省略した、踏み込む速度をそのまま殺傷の為の推進力に変換し、突出し、貫き、砕き殺す余計な動作を省いた直線、点を狙った一撃。
まだ爆ぜた床があげる音も届いていない。
音が届く前に次の行動を完結している獣は剣闘士の胸の中心よりやや左、心臓目がけて狙いを定めた。
躱されるか、いなされるか、剣が間に合うか、それとも別の手があるか。
獣の目も、耳も、肌も、何もかも全神経が相手へ注がれる。
いっそ、愛するように全てを知ろうとする。
対応された場合、即座に臓腑を抉り出すか、首を掴みにかかるか、そのまま突進のまま体当たりに移行するか、或いは攻撃から防御、回避に徹さなければならない反撃、殺意の応酬がくるか。
嗚呼、楽しみだ。
獣の腕は魔槍もかくや、確実に命を奪い取る為の容赦の無い軌道と十分な威力、速度、一切の躊躇いの無さで繰り出され――
■クレス・ローベルク > 元より、男は実家の教育により、"人ならざるもの"や"異形"への感度は高い。
魔王との戦いによって、最近はその感度は更に高まっている。
その感度が、男に明白に告げた。
「(あ、こりゃ駄目だ)」
相手がふたなりという単語を知らないほど無教養だったからではない。
寧ろ、それ程に無教養な娘が、まるで一流の役者が表現したかのような、濃厚な殺意を振り撒いた事が、この救いようのない現実の確度を上げていた。
演技役作りは人間の世界。そして、人間とは教養が作るもの。
ならば、無教養である彼女の殺意は演技ではない。
本物だ。
本物の殺意を載せた一撃が、男の急所めがけて真っ直ぐ翔んでくる。
「よっと」
だが、男はその殺意に取り合わない。
男は、単に足を真っ直ぐに前に差し出した。
突き出した、のではない。まるで、不格好な踊りの様に、靴底を彼女の腹の前に差し出しただけ。
そして、それで十分だ。過不足無く、十分だ。
何故なら、彼女の速度で障害物に当たれば無事では済まないことは、彼女自身が証明してくれている。
そして、彼女がどんなに疾かろうが、存在として捕食者だろうが――手より足の方が長いという、人体の構造は超えられない。
「(だから当然、君はそれを迂回しようとする)」
跳躍か、回り込むか、そこまでは解らないが、とにかく。
方向を変えるならば、減速するしかない。
そこが、男の狙いだ。
先程の瞬足ならともかく、一度減速してしまったならば、次に加速する為に、再び地面を蹴らなければならない。
その方向さえ見る事ができれば――
「後はその軌道に攻撃を置くだけだ……!」
跳躍ならば剣を突き出し、迂回ならば切り払う。
剣は衣服以外は切れなくしてあるが、鉄の棒相当の威力はある。
突いたり振りぬいた軌道に飛び込めば、当然、相当のダメージを食らうことになるだろう。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からクロさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からクレス・ローベルクさんが去りました。