2019/07/16 のログ
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」にシスター・マルレーンさんが現れました。
シスター・マルレーン > あれから、手紙が複数届いた。
出場の案内とか、挑戦状が届いていますとか、そういう。
基本彼女はこういった仕事を好まないので、当然のように断りを入れ続けていたが。

教会にどうやら「弱腰だ」的な意見が届いたらしい。
力があることを見せ、頼りがいがあるところを見せつけてくるのも務め、と即座に指示が飛んできて、今私はこの闘技場にいます。

くすん。

力を見せるだけならエキシビジョンでいいですよね、と、強引にねじ込んだおかげでエキシビジョンマッチにはなりましたけど。
ああ、また観客の前で試合をするのかあ、と遠い目をするシスター。
今日は修道服も短くカットされ、ぴったりと体に吸い付くようなタイツでの参戦である。

シスター・マルレーン > 『では本日のエキシビジョンマッチ! 血に濡れた修道女が帰ってきた! 壁を壊して修理費も支払わずに帰った剛腕シスター、今宵は誰を破壊して神の教えを刻み込むのか! シスター・マルレーンの入場だ!!』

あ、そういえば支払ってなかったわ、と思いながら。
好き勝手言われて死んだ目になりながら、右手を挙げて入場する女。
いえーい(投げやり)

「………ああ、二度と来たくなかったのに。」

とほほい。
今日の相手は聞かされてはいない。まあ、勝っても負けても恨みっこ無しとは聞いているが。

シスター・マルレーン > ………がらがらと向かいの扉が開いて、そこにいるのは………目が血走った、明らかに大きな狼。

ああ、なるほど。 シスターは一人、内心納得する。

勝っても負けても恨みっこ無しのエキシビジョンを、あっさりOKするわけですね。
負けたら私、エサですか、これ。

もしかしたらあれですね、狼とまぐわうとかそういうオチまでありですか。
ああ、なーるほど、なるほど。

「………本当に試練のバリエーションが豊かですね、ほんとに!!」

怒鳴るように声をあげながら、構えた棍がキィィィ、っと小さく振動し、黄金色に輝く。
ひゅん、ひゅんと空を切り、真っ直ぐ相手に向けて構えて。

「………では、やりましょうか。
 若干機嫌が悪いんで、さっさと終わらせてさっさと帰りますからね。」

唇の端を持ち上げて、笑う。

ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」にクレス・ローベルクさんが現れました。
シスター・マルレーン > 勝負は一瞬でついた。
エンチャントで強化した棍で鼻先を強かに打ち据え、少し引いたところで更に鼻先に突きを一撃。
二連続で同じ場所を痛烈に攻撃され、思わず顔を振ったところで更に喉。

戦意を一瞬で喪失させれば、ふん、と鼻を鳴らして。

「………エキシビジョンの意味を知らない相手を据えて、事故で終わらせるつもりだったんでしょうけれど。
 そうはいきませんよ。」

なんやかんやで、勝率は割といい。
そんなシスターがそうそうあっさり、一瞬で終わった試合だけで帰してもらえるわけもなく。

『さあ、準備運動も終わったようなので、本当の試合と行きましょう!』

その発言に、頭の上に!?を浮かべるシスター。
あ、これ本当に私を殺しに来てるな? と表情が引きつる。

クレス・ローベルク > その日。
剣闘士、クレス・ローベルクは不機嫌であった。
理由は単純。闘技場側から、急に仕事を無理矢理押し付けられたからである。
それだけならば、まあ嫌な顔をするだけで済んだのだが、その相手というのは、前に救けた女の子らしい。
それを聞けば、男の怒りボルテージは4割から一気にMAXに膨れ上がった。

「(出る予定の選手が母親の葬式で居ないとか!招待状まで送ったのに不戦勝とか格好がつかないとか!俺が!知るか!)」

しかし、とはいえ。
観客まで既に来てしまっているのだ――エキシビジョンマッチと言えど、此処まで来て中止には出来ない。
故に男は『剣闘士としてではなく、あくまで一個人の参加者としてなら』と出場を許諾したのである。

『それでは、真打登場!剣闘士歴十年以上!
様々な意味で観客の期待に応え続けてきた、Mr.女の敵!その名もクレス・ローベルク!今日は、一般応募での参戦です!』

うおおおおおお!と、湧く観客。
その中を凄く嫌そうな顔で歩くクレスは、今日の対戦相手のシスターを見ると表情を改めて、笑顔に。

「や、どうも。暫く振りだね。
体調はすっかり良くなったみたいで良かった。今日は、お手柔らかに」

朗らかな笑みだが、先程の紹介を聞けば胡散臭くも見えるだろう笑み。
さて、シスターはどう感じ取るのか。

シスター・マルレーン > 「ははは、お久しぶりです。
 おかげさまでこんなにすくすく元気に育ちまして。」

あはは、と遠い目をする女。
対戦相手が知り合いなのは二度目だ。そして、彼女はさほどそれを気にしない。
微笑を浮かべたまま、す、と頭を下げる。
知っている相手が目の前に立っていても、それを気にしないという精神性は、ある意味異質に映るかもしれず。

「………神の使いとして、お相手頂きます。
 お手柔らかにお願いいたしますね。」

善性の塊のような笑顔を浮かべて、棍を握り締める。
その棍は長く、そして金色に光り輝き。

前情報としてあるだろう。黄金色に輝く武器を使い、壁だろうと床だろうとぶち抜く修道女と。

「それでは、一つよろしくお願い。」

しますね、と言わずに棍をその場で振り回せば、地面を思い切り大きく、まるでアイスか何かのようにえぐり取って、土と石を散弾のように相手にぶちまける。
目くらましと遠距離攻撃をかねた、聖女らしい先制攻撃である。

開始の合図? え、ありましたよ?
聖女らしい先制攻撃である。

クレス・ローベルク > 相手は、こちらを気にしていない。
一応、覚えられてはいるみたいだが、知り合いである事を重要視はしていない。
冒険者やシスターというよりは、規律の良い傭兵に近い精神性だと思う。
しかし、その考察はあまり長くは続かない。あちらが、自分の棍に、何らかの力を込め始めたからだ。

「いや、まさか、マジで?」

"こういう事を"する相手とは、何度も戦った事がある。
"ルールは有っても、運用されるとは限らない"――闘技場における鉄則は、何も女性参加者を貶めたりする為だけにあるのではない。

試合の盛り上がりのためならば、その逸脱を許す傾向はある。
しかし、相手はシスターだ。まさか、仮にも聖女たるおヒトが、
――反則スレスレ奇襲攻撃とか。

「してきやがったあああああああ!?」

ステップで後ろに下がりつつ、こちらは剣で頭から顎までをガードする。
幸い、整備された土の地面である。石は混じっているが、致命になりうる程の大きさの石は混じっていない。
だが、

「くそっ!何がシスターだ、バーサーカーじゃねえか……!」

目に土が入り、慌てて腕でこすり取ろうとする男。
腕が上段に集中している今は、正に隙だらけといった様子で。

シスター・マルレーン > 「そりゃあ。」

ばちん、っとその棍を、剣でも振るうかのように端を両手で握り締めて。
ぎちり、っと音が出るくらいに、強く、強く掴む。

「しますよ!
 私は強さを示してこいとしか言われてませんからね!!」

テンションが高めの声で宣言しながら、棍を思い切り長剣のように振り回す。
頭を?
胴を?
………狙うは当然脛。もっと言えば、膝。

元より刃のついていない棍だ。一撃で息の根を止めるには不向きであり、固めていても衝撃を加えることは容易い。
狙うべきは防具に守られていない箇所ではなく。
守られていて、なおかつ弱い場所。

脛当てを狙って、膝当てを狙って。
大きめのスイングで足を防具ごとへし折りにいき、空ぶれば返す刀でまた脛を狙う。
さっさと足をへし折って勝負を終わらせんとする、あまりに実戦向きなシスター。

クレス・ローベルク > 視界が塞がれた男は、足音で彼女の接近を知るや否や、再び後ろに下がる。
だが、これは結果として判断ミスと言わざるを得ない――何故なら、彼女は脛を狙っていたのだ。
後ろに下がれば、当然もう一撃が来る――それを知ったのは、視界が回復して彼女の構えを見たときだというのだから、もう救いようがない。
後ろはもう駄目、強いて言うなら、彼女が狙う足の反対方向に逃げれば回避の目はあるが、それは賭けでしかない。

「畜生、やっぱりこの子シスターじゃねえ……だ・け・ど!」

後ろも、左右も駄目。
ならば、前に出るのみだ。
彼女がスイングを行うのとタイミングを合わせ、前へと跳躍する。
その理由は、

「根って、"近接武器"じゃなくて、"やや遠めの近距離武器"なんだよね……!」

振り回す際のモーメントが大きければ大きいほど、力を発揮する武器。
持ち手の場所を変えることで近接武器にもなるが、通常はある程度長くリーチを確保する。
逆に言えば、その内側に入ってしまえば、満足に打撃力を確保できない。

「悪いけど、そう簡単に負けられないんだ。こっちも、ね!」

顎を掬い上げるような跳び蹴りは、彼女の意識を揺らすための蹴り。
身体能力が上がっていても、有効な、"魔法戦士殺し"の定石だ。

シスター・マルレーン > 壁を壊した、床を壊した。
その名前を、畏怖を、彼女は存分に利用する。

マトモな相手なら、そんな女の振るう武器のリーチには入りたくないものだ。
そして彼女の武器は光り輝くから、その武器のリーチがはっきりと目に見える。
危険な範囲がここからですよ、とあえて教えるように、きらきらと光り輝く。

それで威圧して、相手を寄せ付けずに一方的にタコ殴りにするのが彼女のパターン。

「ん……な、っ!」

飛び込んでくる相手に、思わず声が出る。
攻撃、攻撃、更に攻撃。ひたすら攻撃をしてさっさと終わらせようとしていたシスターに油断が無かったのかと言われれば、あった、と口にできる。

がん、っと目の前が揺れ、顎が跳ね上げられて。
彼女の身に着けていたフードが宙を舞う。金色の髪がぱ、っと散って。明らかな打撃が入った音に、歓声が一層強くなる。
くら、くらと一瞬棍を振るう手が止まり。一歩、二歩と後ろに下がってふらつく頭を押さえ。

近づくことを恐れるかのように、するりと左腕に抱えた棍を前に突き出して距離を取ろうとする。

ええ、怖がっているように見えるでしょう。
その奥で、右の拳を握り締める女。目の前がくわんくわんと揺れているが、ゼロ距離をこのまま相手が選んでくるなら、喉にかみつかんと牙を研ぐ。

クレス・ローベルク > 着地した男は、その後遠慮なく追撃を入れに入る。
棍は最早怖くない。懐に入ればいいだけだし、そもそもそんなふらついた状態では、狙いも定まるまい。
剣は左手に握っているが、攻撃には使わず、右手や肘を使った打撃の連打だ。
女性を殴るのは心が痛まないでもないが、しかし剣は諸事情あって使いたくないし、投げはやっぱりクライマックスに使いたい。

「(……やけに簡単すぎるな)」

反撃の余地を与えない様に打撃を送りつつ、男はそう思う。
勿論、そういう結果を期待して、そういう戦術を選んでいるのだ――効果を奏しているのは、当たり前でしか無い。
だが、大抵の対戦相手は、当たり前ではないのだ。
故に、男は勝負を決めにかかる。相手が策を弄する時間を縮めるためだ。

「念の為だ、恨むなよ!」

選んだ一撃は、振りかぶりからの顔面打撃。
それも、拳ではなく、剣の柄を使った凶器の一撃だ。
一応、右手は腹に添えているが、それでも振り被ったその構えは、好機としては十分と見えるだろう。

シスター・マルレーン > 「ぐ、っ。 ぅ……っ!」

攻撃に防御を合わせ、身体をよじるも、拳がねじ込まれて声が漏れる。
鍛え上げた身体ではない、割と柔らかい身体。
攻撃が入るたびに苦悶の声が漏れて、じりじりと後ろに追い込まれていく。

「ああ……っ。」

頬を打たれ、腹を打たれ。
頑丈ではあれど、防具を着込んでいても、それは健康で強い、普通の身体でしかなく。
割とあっさりと身体が軋む音が聞こえるだろう。

「恨みませんよ。」

ああ、そう、それが動くのを待っていた。
相手の振り上げた手首に、今度はこっちから、頭を叩きつける。
さらりと金髪が空中に散って。
打ち付ける前に自分から、ええ、先ほどやられましたからね。

「恨まれる方ですからねぇっ!!」

右の拳。白い手袋に包まれていたはずのその拳が黄金色に輝いて。
斜め下からボディ目掛けての、袈裟懸けに切り上げるようなアッパー。

クレス・ローベルク > 「いっ……?」

振り被った左手に、早すぎる手応えがやってくる。
彼女が自ら頭を叩きつけた手応えだ。
無論、打撃と言えば打撃の手応えだが――勢いが乗っていないそれは、余りに浅い。
そして、それを待っていたというかのように、光り輝く右拳。

「しまっ……!」

油断した、訳ではない。何かしらの策はあると警戒していた。
だが、彼女が着けていた手袋がいけなかった。
聖別されたその手袋の"力"に阻まれて、彼女が篭めていた"力"を感じ取れなかった。
そう、見えない物を警戒はできても、見えている物を警戒など仕様がない――!

「が、ぁっ!」

彼女のアッパーは、正しく効果を発揮した。
打撃点はギリギリずらしたが、その圧倒的な暴力は、些かも減じない。
成人男性の身体は軽々吹き飛び、そのままぐしゃりと堕ちた。

「……っ、ふ……っと」

辛うじて、剣を杖に立ち上がる。
負けてはいない。まだ。しかし、それは――

『おーっと、クレス選手!噂によれば鉄の壁を叩いて丸めてボールにして遊んだとすら言われる、シスター・マルレーンの拳を受けて立ち上がった――が、しかし満身創痍!これは勝負が決まったかァ――!?」

つまりは、そういう事。
普通に考えれば、後はシスター・マルレーンの一撃で全てが終わる。
――その男の口端に浮かぶ、注視しなければ分からない程の薄い笑みを無視すれば、だ。

シスター・マルレーン > 「……い、っつ。」

思わず声が漏れる。防具越しに人間を吹き飛ばす威力の打撃だ。
衝撃が余りに強く、右手を一発で傷める。
ただ、畏怖は残る。 彼女は自分を最大限に大きく見せる。
この女に手を出すとどうなるか、はっきりと見せつけるように。

「いやそこまではしてないですけど。」

思わず遠い目になってツッコミを入れた。
彼女がやったのは鉄の扉をタックルでぶち抜いた程度だ。
(彼女の中では)あまりに恣意的に操作された情報に世の中の理不尽を感じる。
ぷるぷる。

「………とはいえ。
 意識があると可哀そうですよね!」

だん、っと地面を蹴って相手に突っ込む。
傷めた右の拳をぐっと握って光らせ、大振りで相手に振るい。
そこをガードしたところで、反動をつけた膝蹴りをお見舞いする算段。
計算ではここで意識を刈り取るはず。 計算では。

クレス・ローベルク > 誇張化された情報に、恐れ戦く観客達。
まあ、勿論これはただの脚色――どのレベルで脚色かはシスター・マルレーンのみぞ知るだが、闘技場は盛り上げとケレン味がすべての場所だ。
だが、そんな裏事情などよく知らない観客達は、素直に彼女を恐れるだろう。

「……」

そんな中で、男は、笑う。
それは、何時もの事だ。
勝つ時も、負ける時も、満足の行く戦いの時は常に笑っていた。
つまり、男の笑みとはそういう事であり――

「(特に、勝機とかそういうのは見えてなかったりするんだよねー)」

とはいえ、流石に相手の狙いは解る。
明らかにオーバーキルな右の拳はフェイク。本命は解らないが、まあ、解らなくても仔細ない。何を食らってもどうせ一撃で沈む。
勿論、マジでシスター・マルレーンが右拳で殴りつけてくる可能性もあるが、そこはもうシスターの良識に賭けるしかない。
今それ食らったら、最悪死ぬぞ俺は。ただでさえ骨とか折れてるんだから。

「さて、それじゃあ、精々命がけで勝ちを拾いに行きますか」

男は、腰に指してあるホルスターから、薬品注入器を取り出す――それは、クレス・ローベルクの数少ないファンならお馴染み、【試練の媚薬】
一回目なら、感覚を増幅させ、身体を活性化させるその薬品を、男は自分に注入する。

「(さて、今回はどれぐらい"保つ"かな)」

活性化した視界の中で呼吸を整え、意識の全てを彼女の一挙一動に傾ける。
すると、彼女の身体の速度が視界の中で緩やかになる――実際の速度はそのままだが、彼女の動きを、脳が高速で判断処理しているので、身体が何時でも彼女の動きに反応できるようになる。
それが、視界の緩やかさという形で現れているのだ。

大ぶりの右拳は、よく見れば引きがやや弱い――そして、足に力がやや入りすぎている。
つまり、やはり右拳はフェイクで、本命は蹴り技。
だが、そこで理解が及び、気が緩んでしまった。

「クソ……!」

そこで、意識が通常に戻る。
集中力が切れ、刹那の世界から常人の世界へと。
その世界では、今正に、彼女が拳を男の腹に叩きつけるモーションに入っていた。

「(あ、やべっ)」

動きを注視するのに集中しすぎた。
今からではガードするにも遅すぎる。
そしてこのまま喰らえば、多分ワンツーでフィニッシュだ。
フェイク本命どっちも食らって、結果男はボロ雑巾の様に吹き飛ぶことになる。多分、決まり手は観客席まで吹っ飛んだ事による場外だ。

「……あー、嫌だなあ、もう」

防御は間に合わない。
故に、消去法的に、男は攻撃を選択した。
彼女の右の拳を狙って、こちらの左の拳を叩きつける。
当然、こちらの骨は(下手すれば腕ごと)砕けるが、あちらも拳ぐらいは痛めるだろう。
その動揺の隙を突き、右手で彼女の顔を包むように握り、

「引き倒す……!」

彼女がどんなに怪力であろうが、どれだけ身体を強化しようが、立体としての物理法則は免れない。
突然のことに踏ん張る事もできず、頭部に力が加わわれば、それで姿勢は崩れ――頭部を強打する。
少なくとも、彼女がそれを読んでいない限りは。

シスター・マルレーン > 殴るパンチの威力は、当然フルスイング。
力はあまり籠らないが、それでも無防備で受けるなら一撃で倒すパワーはある。
防御や回避をするなら、膝をねじ込んで。
どちらに転んでも攻撃が入るはず、だった。
少なくとも彼女の頭には、流石に両方は入らずとも、顎に膝を突き刺されて崩れ落ちる姿まで、思い描けていた。

「あぅ………っ!?」

流石に、これは読めない。
相手が何をしたのかもわからないし、行動を読み切っていたことも知らない。
ただ、痛めた拳を振り回して威嚇するはずが、その拳に相手が拳を合わせてくることは想定外。
弱った拳ではそこまでの力はかけられないように見えるが、運悪く、彼女の力はエンチャントされたまま。
圧倒的な破壊力はここでも存在感を示して、お互いの拳を砕く。

ぐしゃり、っと音がすれば、白い手袋が赤く染まって、流石の女も顔を歪め。
そこにははっきりと隙ができる。
相手の思い描いたように頭を抱えられれば、顔面から地面に突き刺さるように叩きつけられ。
身体を僅かに震わせて、ぐったりと動かなくなる。

二人とも倒れ伏して、動けない。
……女の方は、軽い失神気味だ。

クレス・ローベルク > 男の方はといえば、こちらはより残酷なことになっていた。
何せエンチャントした右拳を思い切りぶん殴ったのだ。
これを言い換えるなら、こういう設問になろう。

Q.時速60kmぐらいで飛んでくる鉄の塊を、人間の拳で殴ったら、その人の身体はどうなるでしょう?
A.ただではすまぬ。

つまり、そういう事になり、そういう結果が生じた。
拳を殴った瞬間、乾いた音と共に右腕全体が動かなくなる。
その後、引き倒した所までは、脳内麻薬の力か、痛みを感じず動けたが、彼女が倒れた後でガッツリ痛みが来た。

「お、おおおおおお……!痛ぇ……!む、無理……!」

痛みには慣れているといっても、流石に粉砕骨折ともなれば苦痛に悶えるしか無い。
倒れ伏し、右腕を抑える男。意識はあるが、これはもう戦闘不能と言って差し支えなかろう。

『両者、戦闘不能!この勝負――引き分けです!』

アナウンスが告げる決着。
観客達は、不完全燃焼のような、そうでない様な顔を、お互いに見合わせていた。
そして、その下の試合上では、医療班が急いで治療の準備に取り掛かっていた。
直に担架なども到着するだろう。

シスター・マルレーン > 「………は。」

目が覚める。僅かに目を開けば、石造りの控室。
ずきり、ずきりと痛む腕が、あの戦いが夢ではなかったことをはっきりと身体に教えてきて。

「………い、っつ………。」

ベッドから身体を起こせば、右の手を抱えて思わず声。
ああ、負けたんだな、と。意識が無いからこそそう事実を捕らえて、溜息をつく。
エキシビジョンではあるが、この状態の自分で無事に帰れるのか、僅かに心細さも覚え………。周囲をきょろり、っと見まわす。

相手もよっぽどダメージを受けたはずだ。
そこは確信がある。

クレス・ローベルク > 「ん、ああ。起きた?」

見れば、彼女の直ぐ目の前に、男が壁を背に預けて立っているのが見えるだろう。
右腕を包帯で巻いた所を見るに、彼もまた、未だ全快ではないらしい。
「ちょっと待って」と手で彼女を制すると、男は、手にしていた筒状の魔道具に口をつっこみ、何事か話して、

「今、医療班に君が起きた事を伝えたから。
痛み止めとか要るならその時に言うと良い、と」

そう言うと、棚の上からコップを取り出し、水を注いでベッドの左脇にあるテーブルに置く。
然程難儀していない振る舞いは、それなりの慣れを感じさせるだろうか。
その後、男は直ぐにベットから離れ、話しかける。
場を保たせる為という風でもなく、寧ろ興味深そうに、

「それにしても、君、本当に強かったよ。
切り札まで出したのに、引き分けまでしか持っていけなかった。
シスターって、皆あんななのかい?」

シスター・マルレーン > 「……ありがとうございます。
 いえ、その………痛み止めだけはもらっておきましょうか。」

あはは、と弱々しく微笑みながら、右の拳を左手で押さえる。
流石にちょっと無茶をした。
相手の方がダメージが深いことを視線で確認しつつも、痛いものは痛い。
貰った水で少しだけ喉を潤して。

………ふぅ………っと深めの吐息。

「………そんなことありませんよ。
 こう、シスターの中でも単純に争える人だけが選ばれて育てられてるだけで………。
 シスターとしては下っ端ですし、ええ。」

褒められれば頬を少し染めつつも、いやいやいや、と首を横に振る。
そうか、他のシスターもそうみられちゃうのか、と新発見。

クレス・ローベルク > 「あー、成程。戦闘技術が高いのも居れば、普通の信徒とかも居るよな普通は。
ほら、シェンヤンとかだと、お坊さんが武術習ってたりとかするし、てっきりシスターもそういうもんなのかな、と」

感心そうにそう呟く男。
実際、割と感じ入る所はある――神官戦士とか、そういうのとは結構戦ったりするが、ただのシスターと戦ったのはアレが初めてだ。
成程、ヤルダバオートに住むあの子やその子は隠されたパワーとかは持ってなかったんだな、と安心する。

「でもまー、正直、君みたいな娘がこんな所に来るのは意外だったよ。
敬虔なタイプっぽいし。何なら、今も少し警戒してるっぽいしさ」

意外――というか、疑問だった。
正直、彼女はあまりこういう場には似つかわしくない。
此処がどういう場所か解っていないお花畑であれば、もう少し打ち解けて話しているだろう。
逆に、覚悟して此処に来たのであれば、寧ろ真っ先に自分の体の異常を確かめる筈だ。

「何か事情でもあるのかなーって。あ、これ半分親切半分口説きだから。答えなくてもいいよ」

そう茶化して、聞いてみる。
実際の所は、半分口説き、四分の一親切、四分の一興味だったりするのだが。

シスター・マルレーン > 「そういうもんじゃないです。
 あー……………そりゃあ、そうでしょうね。」

まずはシスターに関する誤解を解いて。
その上で、相手のもっともな疑問に頬をぽりぽりと掻いて、少しだけ言葉を選ぶように間を置き。

「………私はいわゆる、冒険者と兼任しておりまして。
 教会は、いわゆる口だけで、実際には人を助けたりしないと揶揄されることも多いじゃないですか。
 ですから、私が実際に動いて、実際に助けるんです。

 どんな人の依頼でも掬えるよう。」

目を閉じて、緩やかに、それを疑うでもなく、自分の言葉として語る。

「………その上で、本当に助ける力があるかどうかを人に示してこいということだそーですよ。」

あ、ここはちょっと膨れて拗ね顔をして口に擦る。
どうにも納得はしていないようだが、話の流れとして筋は通っている。

「………まあでも、示すことはできたんじゃないでしょうか。
 負けてはしまいましたけど。」

まだまだ元気ですし、大丈夫そうです。
なんて、笑顔で拳を握る。
本当はめちゃくちゃ痛いけれど、弱みは見せない。

クレス・ローベルク > ふむ、と男は彼女の言葉を聞く。
冒険者と兼任のシスター。それだけ聞くと何だか特殊な立ち位置っぽいが、しかし別の解釈をするとすんなり腑に落ちる所がある。

「ああ、成程。要するに君は、教会という組織の実戦部隊な訳だ。
人を助ける……つまり、自分の組織の目的のために、実力を行使する、と」

そう考えれば、非常に納得の行く話である。
国が国を守るために軍隊を持つように、教会は彼女の様な存在を使い、人助けをする。
考えてみれば、シェンヤンの武僧なんかも、その類なのだろう。

「でもまあ、正直その為なら魔族退治なり、魔物退治の方がよっぽど正道だろうに……よりにもよって闘技場で戦えって。
アレだね?正直、君の上司って相当碌でもないね?」

無能なのか別の理由があるのかは知らないが。
どちらにせよ、まともに神の道に沿って歩いている人物とは思えない。
此処は神様の教えから尤も遠い場所だろうに。
だからこそというのはあるだろうが、それにしたってあんまりである。

「まあ、そりゃあんだけふっ飛ばせばね……信じざるを得ないでしょ。
対戦相手からしてみれば、神の力っていうか、神の理不尽だけどさ
そんなに鍛えてないっぽいのに、そんだけの力が出せるのは凄いよねえ」

苦笑いして、笑顔に応える。
実際、あの力は割と理不尽だった。
あの力を見れば、大抵の人は神を信じてしまうのでは無かろうか――従うかは別として。

シスター・マルレーン > 「……そういうことになりますね。
 そうだといいんですが。」

小さく呟く言葉は、ふふ、と微笑みと共に消える。
今や彼女にとっても一番のリスクは、教会に裏切られることにある。
シスター仲間からは若干疎まれているし、一部の倒錯した人間からは、強いからこそその身体を云々とか言われてドン引きしているし。
闘技場で戦うのも、勝てば勝ったで有名になり、負けたら負けたで壊されるところが見られるというろくでもないもの。
ええ、それはよく知っています。

「その言葉に同意できるわけないじゃないですか。」

なんて、微笑みながらウィンク一つ。
ここまで見に来てるわけですからね、なんて、唇で伝えて。
ぺろ、と舌を出して苦笑する。

「………鍛えてはいるんですけれど。
 まあ、そうですね。………おかげで困っている人々の力になれるのですから、ありがたいことです。
 さ、私はそろそろ行きますよ。
 痛み止めにしろ何にしろ、ここで薬やら注射は頂きたくないんです。」

微笑みながら。
きっと彼女はどういうところか、よく分かっているのだろう。
傷ついて動けなくなっているところを見せれば、どんなものを混ぜられるかわかったものではない。
話しながら冷静さを取り戻し、痛みを顔に出さぬままに、背中を向けて。

「次は勝ちますよ?」

なんて、てへ、と笑顔を向けて立ち去るのだ。

ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からクレス・ローベルクさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からシスター・マルレーンさんが去りました。