2016/08/20 のログ
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」にレガトゥスさんが現れました。
■レガトゥス > 2試合目……これこそが、メインイベントとなる筈だった。
入場してきたのは、期待されていた通り、女の選手。
レディ・シザー。
両脚で相手の首を挟み、投げ飛ばす技が得意だから、そう呼ばれている。
だがこの日、彼女は、両腕を交差させる入場パフォーマンスを行わなかった。
それどころか、ふらふらと足取りもおぼつかないまま、視線も焦点定まらず、闘技場の真ん中まで歩いて来る。
何事か。
その答えは直ぐにも、レディ・シザーがその場でコスチュームを脱ぎ、両脚を大きく開いたことで衆目に晒される。
彼女の両脚の間を、酒瓶さえ満たせそうな程の、大量の白濁が滴り落ちたのだ。
メインイベンターが、試合の前に敗北している。
これは間違いなく、異常事態である。
そして、衆目が闘技場の真ん中、倒れ伏した女戦士に集中したころ。
フォークの正面、入場口から、また別の一人が現れる。
少年と呼ぶには線が細く、少女と呼ぶには背の高い、若い男か、若い女だった。
どこにでも売っていそうなズボンとシャツを着て、その上に、丈の長いマントを羽織り、フードを被っている。
フードの下の顔もこれまた、男であるのか、女であるのか、一瞬では判断に困るところであった。
その影は、右手を高く掲げ、親指のみをピンと伸ばし――
「……ふん」
その指で、喉を掻き切るような仕草をして見せた。
堂々たる悪役ファイター『ザ・バーバリアン』を前に、こちらも轟然たるヒールぶりであった。
■フォーク > どうやら自分が倒すはずであった女闘士を、先に倒した者がいるらしい。
しかし男は動じない。男はこれまで拳を交える相手に対し、臆しもしたことはない。その代わり甘くも見ないのだ。。
徹頭徹尾、自分の持つ最大限のパフォーマンスで立ち向かう。それだけである。
「ほう、随分と愉快なパフォーマンスをしてくれるじゃないか」
相手の性別は不明だが、倒された女闘士が溢れんばかりの精を放たれている所を見ると、男と見てよいだろう。
しかし、闘技場の暗黙のルールが通じそうな相手ではない。
「こいつは少し、気合いを入れないといけない相手のようだな」
両拳を打ち鳴らす。男の褐色の肌に張りが漲った。
相手の夢告のパフォーマンスに、男は手招きをする。
(かかってこいよ)
そう言っているのだ。
■レガトゥス > 手招きに応じるように、〝それ〟が構えた。
右足を前に置いて、それに体重を掛け、大きく前傾になる姿勢。
右へはいかない。左へも曲がらない。
前へ突っ込むこと以外はあり得ない、そういう構えだ。
「グルゥゥゥウウウウルルルルァアアアアァッ!!!」
咆哮。雑多の獣の入り混じる、複数の声での咆哮であった。
そして、その構えの通りに正直に、〝それ〟は突っ込んでくる。
走りながら、右腕を、真っ直ぐ横へ張り出した。
この腕を、相手の喉元へ叩き込めば、ラリアットなどと呼ばれる技になるが――二者の身長差は20cm以上。
接近し、衝突の寸前、〝それ〟は跳躍し、跳躍の勢いをそのまま腕に乗せ、相手の喉へ打ち込もうとする。
その威力に、手加減は無い。170cm程度の体格のくせに、巨漢レスラーの、渾身の一撃と変わりが無い。
そして――競技用でない、殺傷用の威力を攻撃に持たせながら。
攻撃自体のフォームは、まるっきり、パフォーマンス用の技なのだ。
■フォーク > 聞いたことのない獣の声。
いや、聞き覚えはあるがそれは一頭の声ではない。複数の獣の咆哮が重なったような奇怪な叫び声だった。
(わからん。何か魔法を遣っているのか)
呪歌というものが存在するらしいが、男には呪術・魔法の心得はない。何の関係もないかもしれない。
そんなことを考えている暇はない。スピードスターは迅速にこちらに吶喊をし、喉笛めがけて腕を振りぬいてきたのだ。
「喰らってやってもいいんだが……」
(この甘い声が一生しゃがれ声になるのは嫌だもんな)
こちらの太い両腕を眼前に付き出し、ラリアットを受け止める。
巨漢が背後に吹っ飛んだ!!
「本気じゃねえな、このやろう!!」
男は勝敗はともかく百戦錬磨だ。相手が本気で襲ったわけではないことに気づいた。
外見は人間の癖に、獣のような戦闘能力を持っているようだ。だから遊びのような技でも人が殺せる威力が持っている。
例えて言えば熊が軽い気持ちで人をなでても、それだけで頭部がすっ飛ぶように!
ここで一つ、男に疑問が生まれる。
(こいつ、人間ではないのか)
ふわり、と男が前に出る。防御に徹した行動だ。敵の攻撃力が高いほど、風に揺れる柳のように回避ができる。
そして男はそれを確かめるため、打撃を相手の顔面、喉笛、鳩尾、金的にそれぞれ連続的に放った!!
■レガトゥス > 本気か? 本気でないのか?
それに答えを出すとしたら――本気である、と言うべきなのだろう。
パフォーマーは、本気を出していないのか。
否。本気で、観客への娯楽を提供しようとしている。
いかに手を抜いた技だとて、2m以上の高所から、頭を下にして落とされる職業――
本気で鍛えていなければ、死ぬ。
本気で鍛えている怪物達がいることを、この獣は知っている。
「しゃああぁっ!」
吹っ飛んだ獲物を追い、真っ直ぐに、また走る。
相手もこちらへ向かって来る――距離は忽ちに埋まるだろう。
そして〝それ〟は、人間の顔のまま、口を大きく開けた。
噛み付きだ。
悪役ファイターが、ブーイングを浴びながら放つような技を仕掛けようと、大口を開けて突っ込み――
カウンター、拳一閃。
「ギ、ガッ!」
開いた口、唇を思い切り殴りつけられ、〝それ〟は悲鳴と共に仰け反る。
立て続けに、喉、鳩尾――当たるごとに、ビクンと身を震わせ、身を捩る。
痛みに体を丸めようとしながら、だが打撃の勢いで体が仰け反るため、こんな不自然な動きになるのだ。
しかし――股間への打撃ばかりは、左手で素早く――見せることを意識しない迅速さで、打ち払い、防ぐ。
「ぎぃ、い、いいっ」
〝それ〟はしばらく、地面でのたうちまわるだろう。
眼は死んでいないが――何かを狙っているというのも、また違う。
例えて言うならそれは、ザ・バーバリアンが、ナッツ・クラッシャーに声を掛けた時と、似たような目なのではあるまいか。
本気か? 本気でないのか?
この獣は、本気だ。
本気の技で、ショーをやろうとしている。
■フォーク > (入った。入った。入った……防いだ!)
連撃が三発。相手の肉体を抉った。しかし金的を狙った一撃だけは払われる。
悶えながら地面にのたうつ相手を見下ろし、男は考えた。
入った三発も本気を出せば、防御ができたはずだ。いや、男の腕をカウンターのカウンターで粉砕することもできたかもしれない。
つまり、本気で遊ぼうとしているのである。このザ・バーバリアンと本気のショー・ファイトをしようとしているのだ。
男の口から、自然と愉快な笑い声が漏れていた。
構えが、変わる。
連撃を放った時の構えは、戦場で命のやり取りをするフォーク・ルースの構えだった。
しかし今は違う。闘技場のスーパー悪役覆面ファイターのザ・バーバリアンだった。
大きく、雄大で、恐ろしく隙だらけな構えだ。
「さあ、来い。愛しき挑戦者(チャレンジャー)。俺様は、ちと手強いぞ!」
全力で遊ぼう。男は相手が立つのを、腕を組み待った。
■レガトゥス > 〝それ〟が、恐ろしく端正な、研ぎ澄まされた刃物のような笑みを放った。
批難される小技を繰り出し、カウンターで倒された、悪党の乱入者。
これが立ち上がるのを、堂々と見下ろして待つのは、まさに格上の仕事である。
上等。
だからこそ獣は、格下のムーブを楽しめるのである。
「しぃいいいぃぃぃ……」
端正な顔を歪めて、唇を剥き、歯列を見せつけるような凶暴な顔を作り、ザ・バーバリアンの周囲を回る。
腰を落とし、両手を顔の横で開手に構え、唸り声を上げながら、ぐるぐると回るのである。
そして、二周、三周――会場の声が静まる瞬間に、〝それ〟は前に出た。
「……ィイイイイアアァッ!」
低い姿勢での疾走。
〝それ〟の頭の位置が、相手の腰よりも低い――膝タックルへ行くような体勢に見えるだろう。
然しその疾駆は、ザ・バーバリアンの間合いに入る一瞬手前で、跳躍へ切り替わる。
獣のバネを用いた、3mもの高い跳躍――
跳躍の頂点で、〝それ〟は、膝を胸に抱えるように身を縮めた。
重力に従って落下に転じても、まだ、膝を抱えていた。
そして、相手へ十分に近づいた時――両脚をぐんと伸ばし、左右の足の裏を同時に、ザ・バーバリアンの頭部へと打ち出した。
超超高度からのドロップキックであった。
■フォーク > (ほー。先輩に対する礼儀がわかっとるな、コイツ)
無頼に見えて、芯は真面目なのかもしれない。
相手が男を中心に回り始めた。
そして、やはり突撃をして来るのである。
(その手は食わんぞ!)
男が手刀を真一文字に振る……が、空を切った。
相手の身体は、遥か頭上にあるからだ!!
両脚を揃えた蹴りが男の脳天を狙う。
しかし男は、ノーモーションで飛び上がり、相手の蹴りに合わせるかのように、同じ両脚を揃えた飛蹴りを鉢合わせさせたのである。
空中で激突するドロップキック。ザ・バーバリアンは何度も地面を転がる。
瞬時に相手の頭上に飛び上がる相手もすごいが、それに合わせるザ・バーバリアンもすごい。
観客は両者の絶技に大歓声を上げるのであった。
「観客を……いつまでも静かにさせていてはいかんぞ。ザ・ビーストスター(獣の星)」
相手の名を知らないので、男は勝手に命名をした。
「客を極限にまで湧かせてこそ、一流の闘技場ファイターだ!」
つまりお前ももう、俺たちの仲間なのだよ。ザ・バーバリアンはそう言っているのである!!
■レガトゥス > ドロップキックとドロップキックの衝突――
ショーの領域を超えて、本気と本気の領域に突入して初めて魅せられる曲芸技。
誰がこんな技をできるか。
――俺だ。私だ。僕だ。自分だ。
〝それ〟の中にある無数の個が、己であると自負する。
――己と、〝あれ〟だ。
この一個の群体と、一個の超肉体が、初めて可能とした技だ。
そう思えば、あの男が無性に愛おしくさえ感じられてくる。
獣欲の一切介在しない恋心とでも言おうか。究極にプラトニックな、肉体への慕情とでも呼ぼうか。
両手から地面に着地した〝それ〟は、直ぐにも、手足を全て地面へ降ろした、獣の姿勢に移行する。
無論、人間の身体部位を持ったままこの構えを取っても、前足に対して後ろ足が長すぎる為、まともに動くのは難しい。
だから結局、前へ出る時は、前足――両手は地面を離れた。
幾度か近づく両者の肉体。
ザ・バーバリアンは、ザ・ビーストスターの囁きを聞くだろう。
「投げるぞ」
人の声で、確かに獣はそう言った。
刹那、獣の手が走る。
右手が、相手の足の間に滑り込みながら、片脚の太腿を持ち上げ、姿勢を傾けさせようとする。
左手が、傾いて地上へ近づく首を、抱え込もうとする。
相手の体を天地逆に抱え上げる投げ技、ボディスラムの形――
だが、獣は、そのままに投げることは無い。
獲物を捕らえたのなら、その様を見せびらかすように、その場から小さく輪を描くように、獲物を抱えたままで歩くだろう。
そして、会場の全てが見たと確信した時、獣は跳躍する。
人間の身長を遥かに上回る跳躍力を以て、獲物を抱えたまま飛び、自分の体重を浴びせて落下し押し潰す――
それはどこまでもショー的で、途中のあらゆる段階で獲物の協力を得ねば完遂できないくせに、派手で、相応の威力を秘めた大技だった。
■フォーク > 男は勿論、対戦相手の肉体に数多の意志が宿っていることなどは知らない。
知らないが、相手に宿る全ての意志が、男にとっては愛すべき存在なのだ。
相手の肉体を信じて攻め、己の肉体を信じて受ける。
血と肉をぶつけあう奇妙な友情讃歌がそこにはあった!!
(む、む。やはり常軌を逸した怪力……)
巨体が獣に担ぎあげられる。
男を持ち上げられる闘技場ファイターは決していないわけではない。
しかし、ここまで軽々と持ち上げるファイターはこれまで存在しなかった!
ましては男を担いで、ギャラリーに見せびらかす余裕など。
男の視点が更に上がった。
己を担いだまま、獣は高く飛び上がったのだ。人外離れした身体能力だ。
このまま地面に叩きつけるつもりだろう。
(ようし、全力でやってくれよ!)
地面にノックダウンして試合終了……では並のファイターだ。
では、我らがザ・バーバリアンはどうしたかというと――
「っっしゃあ!!」
投げ飛ばされた刹那、相手の延髄めがけて蹴りぬいたのである。
五体兇器に鍛え上げた男の蹴りに、これまた人間離れの怪力が投げる遠心力をプラスしての延髄蹴りであった。
この攻撃が成功するにしろ、しないにしろ、男は地面に仰向けになり、演技ではなく気絶をするのである。
■レガトゥス > この投げに、名を付ける意味は無いのだろう。何故なら、他にできる選手がいないからだ。
できる選手がいたとて、誰が受ける。こんな技を望んで受けたがる選手など、どこにもいない。
いたとしたら、その選手はよっぽど頭がおかしいか、或いはよっぽどの酔狂者か。
この蹴りに、名を付ける方法は無いのだろう。何故なら、二度再現される局面では無いからだ。
局面が再現されたとして、誰が受ける。五体凶器の蹴りを首に、自らの技の威力まで乗せて受けたがる選手など、どこにもいない。
いたとしたら、その選手はよっぽど頭がおかしいか、或いはよっぽど、そういう行為が好きなのか。
地面への衝突――
首への蹴撃――
その双方が、生物が鳴らす音としては破格の大音量を響かせ打ち込まれた。
壮絶と呼ぶには言葉が温い。残酷と呼べば、真意を違える。
崇高ではあるが、凄絶であり、超絶的で、破壊的。
炸裂の後、地面には二つの肉体が横たわっていた。
歓声が聞こえる。観客達の、もはや狂気的とも言える熱情が、枯れた声を張り上げさせているのである。
その声の中、先に立ち上がったのは、ザ・ビーストスターであった。
地面への落下の衝撃を、ザ・バーバリアンの体をクッションにして緩和した彼/彼女は、まだ辛うじて動けた。
そして、〝それ〟は考える。
動けるなら何をする。
攻撃――否。追いうちをできるほど、賢く力を残していない。
痛みに悶えるふり――否。元より痛い。これ以上に苦しんで見せても仕方がないだろう。
逃げる――否。そればかりは、決して否。勿体無いにも程がある。
「観客ども! 俺が新しいチャンピオンだ! 俺を讃えろ!」
〝それ〟は、渾身の力を振り絞って駆け出すと、闘技場の柵に登り、観客席へ向かい、中指を立てて吠えたのである。
歓声とブーイングとが、滝のように降り注ぐ。それを浴びながら今度は、反対側の柵へ――喉を掻き切る、入場時の仕草で、また煽る。
90度向きを変え、別な柵に登っては、「豚に黄色い声を上げる豚ども」「腐った目玉しか持たない愚図」と観客を罵り、
また別な柵に登っては、「俺を讃える詩を作れ」「俺の為に繁殖用の女を用意しろ」と、傲慢に嗤うのである。
そうしながら、待っている。
無防備な背を闘技場の中央に晒しながら、観客の声援を煽り立て、〝それ〟は待ち望んでいる。
■フォーク > 試合後――。ザ・バーバリアンはこう語る。
『あの後、俺様がなぜあんな真似が出来たのかはわからねえ。おそらくファイターとしてのプライドがさせたんだろうな』
地面に投げつけられた事で、ザ・バーバリアンは完璧に意識を失っていた。
しかしその肉体は炎を失ってはいなかったのである。
倒れていた巨体は静かに立ち上がり、無防備に背を見せている獣に向かい、ゆっくりと歩いていた。
ブーイングがでかかったのも幸いしたのだろう。気配を感じさせることもなかったはずだ。
がしり。男の両腕が、獣を担ぎ上げる。先程とまったく同じ状況だ。
獣が男の顔を覗けるのなら、男の瞳には何の輝きもないことに気づくだろう。
それは明らかに気を失っている者の瞳である。
ふわり。獣を担いだまま、男が飛び上がる。やはり高く、高くだ。
そのまま、投げ飛ばさない。
強烈な握力で獣の首と腰をホールドしながら、共に落下していくのである。
獣の顔面が地面と熱烈なキッスをするかのような態勢で。
男が無意識の極限状態で放つ技。それはまさに『力の爆弾(パワー・ボム)』の如しであった――
■レガトゥス > 獣は、〝それ〟は、振り向かぬままに、観客を煽り続けた。
観客の声援の色が変わっても――自分へ対するブーイングが掠れ、英雄の帰還に場内が沸いても。
中指を立て、親指を地上へ向け、ありとあらゆる卑語と暴言を、延々と吐き続けるのだ。
それは、背後からの腕が、ファイターとしてはかなり小柄な部類に入る体を、易々と担ぎ上げた時に止まった。
こうして持ち上げられて見れば、やはり体格差とは、絶対的な説得力となる。
見れば、誰もが分かるのだ。
この体格差では、逃げられない。防げない。一撃で覆すことができる。
ファイターの肉体は、美女の衣装や化粧と同じ。違うのは、いかに汗に塗れようと剥がれ落ちないことである。
仰向けにされ、首と腰を手で固定されれば、〝それ〟の体は石詰みの橋のアーチのように、日常ではありえない弧を描いた。
闘技場の空を見ながら、骨が軋む音を聞かされて――そして、空が少し、近くなる。
空中で上下が入れ替わり、体を反らされたまま地上を見た時、〝それ〟は初めて、自分がいる高さを知った。
普通の戦いなら、どうあっても受けたくない技だ。
けれども今の上体からは、もうどう足掻いても逃げられない。
手足をばたつかせようが、体を捩ろうが、ザ・バーバリアンの万力の如き両腕は、ザ・ビーストスターの体をロックして放さない。
決して受け身を取れない姿勢のまま、地上が近付くのを待つのは、ギロチンの刃を眺めるのにも似ていたが――
「よう。派手に落とせよ」
せめて一言、意地を張る。
もうもうと舞う土埃が晴れた後には、俯せに伏す獣を、蛮人が下したその様が、最大の歓声と共に浮彫にされるだろう。
――偶発的に起こった、この、ショーでもない、真剣勝負でもないが、双方以上に過酷な何か。
戦いの後、担架で救護室に運ばれた〝それ〟は、目を覚ますや猛スピードで会場外の闇へと逃げた為、コメントは残されていない。
いないのだが、それはそれとして、後日、アケローン闘技場。
小柄だが、派手な跳躍や噛み付き技、そして尽きることの無い観客への悪態を武器に、ザ・ビーストスターなる闘士が、時折出場するようになったとか、ならないとか。
■フォーク > 後日――
「ええ~。こんな技、本当に俺がやったの?」
選手控室でフォーク・ルース(覆面は付けていない)は首を傾げる。
先日のザ・ビーストスターとの一戦の録画映像を見ながらの一言であった。
今の自分には出せそうもない激しい投技だった。
それはそれとして……
闘技場を映す画面には、ザ・ビーストスターが客に向かって悪態をついている姿が映っている。
ブーイングも人気のパロメーターの一つなのだ。
「ぐぬぬっ……強敵出現っ」
悔しいーーっとハンカチを噛む男である。
闘技場に立っていない時は、意外とせせこましいのである。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からフォークさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス アケローン闘技場」からレガトゥスさんが去りました。