2017/12/31 のログ
■エズラ > 倉庫群の裏手――防波堤の付近に、ポツリと座る男が一人。
ぼんやりと海を眺めながら、微動だにしない――
その手には、年季の入った釣り竿。
傍らの籠には、既に釣り上げた獲物が数匹放り込まれていた。
程なくして、竿が緩やかにしなり、追加の一匹を釣り上げる――
「今日は調子が良いな――この辺にしとくか」
趣味と実益を兼ねた釣りを終え、道具を肩に、歩き始める。
やがて、並んだ空樽の前に差し掛かった折――
思わず足を止めざるを得ない光景に出くわした。
「こりゃまた――天下の海賊女王様が、猫と戯れていらっしゃるぜ……――」
■イーリス > 特等席を手に入れた猫を追い払う真似はしないが、せめて一撫ででも、と手を伸ばすと、
無言のうちに猫は顔を上げ、その猫目でこちらを見てくる。
触ってくれるな、とでも言いたげなその仕草に、首を竦めて苦く笑い、撫でようと伸ばした手を下ろすと、
猫は当たり前のように再び前足に顎を乗せて寛ぎ始める。
「もう少し愛想ってものを学ぶべきじゃないか?」
猫に小判、な呟きを一つ落としてはみるが、やはり追い払うことはせず、
膝は猫の枕と化したまま、上体を少し背後へと倒し、倉庫の壁へと身を預ける。
幸い天気はいい。青い空と同じ色の穏やかな海。
長閑極まりない景色の中で、膝を猫に占領されている姿は実によく馴染んでいる。
「………ん?」
まず声を上げたのは、手を翳してもいないのに膝の上の猫が顔を上げたから。
しかも、件の目を向けるのはこちらではなく前方。
その視線を追うように馳せた先に、男の姿。
帯刀はすれども手にしている道具を見れば。
「………君はいつから漁師になったんだ?」
笑いを含んだ揶揄する言葉は、相手に届く程度の声量で発せられ。
膝の上の猫は、相変わらず顔を上げているだけで、降りようとはしないから、よほどこの膝が気に入ったと見える。
■エズラ > 「――本職にゃ及ばねぇがよ、今日は調子が良かったンだぜ?」
こちらも笑みを返しながら、猫との戯れの邪魔をせぬよう、二つ隣の空樽に腰かける。
怜悧な美貌と紳士めいた口調はいつもの通りであったが――今日の彼女の姿は、いつもよりやや幼く見える。
そう言えば歳を聞いたこともなかったが――ひょっとして、考えているよりも年若いのであろうか――そんな疑問が浮かんだが、まさか問うわけにもいかず。
「しかし、そういう姿も様になるもんだ――猫の女王、いや、そりゃその膝の上の奴か?」
なら騎士かな――?などと揶揄して。
実際、膝の上に陣取る一匹以外にも、彼女の周囲には数匹の猫がたむろしていた。
それらを手懐けているというわけではないのだろうが、彼女の持つ雰囲気が大型の猫科動物のそれに類似していると感じている男には、その姿がどこか高貴なものにすら見えて。
■イーリス > 膝の上の猫は、身じろぎひとつせず正面を向いたまま。
温かい膝の上という特等席を死守するつもりか、それとも退散するつもりかを見極めるかのようにじっとしたままである。
「猫は昔から船に乗るからな、私にとっても馴染みがある。
しかし………どうやらこの猫は、ヒトサマの膝が温かくて好んでいるようだ」
船乗りと猫、というのは共存関係であることを口にし、それゆえ大人しく膝を献上していると苦く笑って。
こちらも猫も、彼が少し間をとって腰を落ち着かせたことを見て取ると、
猫の方が先に身体を動かし、三度寛ぐ算段で上げていた顔をおろした。
その様子に更に苦笑いを深めて、やや大げさに首を竦める仕草をしてみせる。
「で、調子が良かった、というのは釣果のことか?
………どうだ、エズラ、この猫神様に奉納しないか?
そうすればきっと明日のカジノ運は向上するぞ」
彼がどれだけの成果を得たかは知れないが、ふと冗談めかした表情になると、
口許に笑みを浮かべてそんな戯言を口にし。
膝の上の猫は、相変わらず素っ気なく、人間サマに迎合する気がさらさらないようだが、
膝を献上しているこちらは、常の貪欲で強欲で高慢な姿ではなく、
人好きらしい饒舌で、穏やかな雰囲気を纏っている。
それは、例えば豹だとかネコ科の大型獣も牙や爪を仕舞う時があるのと同じであろう。
■エズラ > 「まったく、羨ましい猫だな――自分がどんなに豪勢な場所で寝ていやがるのか、分かってるのかね……――」
心底羨ましそうな――そんな顔付きをわざと見せた後、続く提案には、やはりそうくるか――と言外に語るように肩をすくめる。
「……「お頭」の命令じゃあしょうがねぇ」
未だ彼女の船に乗船したことはない。
しかし船着き場で幾度かその威容を目にしたことはあり――以前、ちょっとした災難から逃れる際に口から出任せを言ったくらいである。
傍らの籠の中に手を突っ込むと、程よい大きさの魚を一匹、その尾をつまんで取り上げる。
別段、口惜しいという風でもなく、一人で食べるにはどのみち多すぎる釣果である。
こうして験担ぎの捧げ物にするのは、悪くない――
「ほれ、食うか、女王様――いや、どっちかな」
彼女の膝の上で丸まっている猫の性別までは分からなかったが――
手にした魚を放ってやる。
■イーリス > 「ははっ、この猫神様は、そういうことは微塵も考えてらっしゃらないらしいぞ。
何しろ、膝を提供している私が撫でるのを許してくれる愛嬌も寛大さもお持ちになっていないからな」
相手の表情を見て、思わず吹き出すように笑ってから、猫神様を奉じるような口振りで、一撫でしようと手を伸ばしてみる。
やはり日差しが遮られた状況で、触れる前から猫は顔を上げて、にゃあ、と低く鳴いた。
今度は明確に、眼差しだけでなく、鳴き声で、触るな、とでも言いたげである。
結局、やれやれ、と首を竦める仕草をして、彼が言うところの「豪勢な場所」などとは冗談でも思っていないらしい。
「その通り、私の命令は絶対だからな」
笑みを深めながら、彼の言葉に悪ノリ気味に頷いてみせ。
中々機転の利く彼のことである、船に乗せたとして、十二分に働いてくれるだろう。
その上、釣りまで得意なら、この猫神様もお喜びになる、などと戯れめいたことを思っていれば、不意に猫が顔を上げた。
…かと思うと、散々膝の上を譲らなかったわりに、すく、と身を起こしたかと思うと、そのまましなやかに飛び降り、
足元の放られた魚に一直線。
「………ふむ。猫神様は、ずいぶん現実主義らしい」
素っ気ない態度の猫は、最後まで素っ気なく愛想もない。
魚の胴体をはぐ、と咥えたかと思うと、他の猫たちに先んじて、並ぶ木箱の影へとたっと駆け出してしまう。
「……残念なお知らせだが、猫神様は君にカジノ運を与えぬまま、その住処に戻られたようだ」
真面目な顔と物々しい口振り。まるで、本当に神様について話しているかのような雰囲気。
ではあったが、すぐに、ふっと息を吐いて笑い、餌をくれる人だ、と認識したらしい周りの猫たちが、
にゃあにゃあ、と忙しなく、こちらはずいぶんと愛想よく彼の脚元へと擦り寄るのを眺め。
■エズラ > 「……こりゃ、強かな猫だぜ……いや、野良はやっぱりこうでなくっちゃな」
しなやかな動作で膝を降りた猫が、驚くほど素早く魚を咥え、去っていく。
いっそ清々しいその後ろ姿を見送っていたが、かけられた言葉にがくっ、と肩を落とす。
「ぬがっ……しまった――信仰心が足りなかったか?」
奉じるのならば、恭しく眼前にまで運んでやれば良かったか――否、きっと一定の距離にこちらが近付くことを、容易に許しはすまい。
それよりも、困った――
「あ~……これだ、ったく仕方ねぇなぁ――オレの食い扶持は残させてもらうからな――?」
港の猫の習性というものに舌を巻きつつも、ほれ、ほれ、と籠の中から次々に魚を放ってやる。
飛びつき、咥え去る者――取り合いながら、転げ回る者――
まったりとしたひなたぼっこの空間が、一時的に騒がしくなってしまい。
その様子を見ていた男が、不意にフフッ、と笑みを浮かべる。
いつもの助平心混じりのものではなく、何かを思い出して笑うような――
「……そういや昔、魚嫌いの猫獣人に会ったことがあったぜ」
などと呟いて。
■イーリス > この辺りの野良猫となれば、ここに住む人間と同じような気質なのか、孤高である、といえば聞こえはいいが、
単に人間慣れせず、気ままな野良暮らしな猫だから、用が終われば人間に興味も見せない。
残念そうではあったが、かといって足元の猫を抱き上げることはせず、のんびりとその姿を眺めながら、
「おや、君はずいぶんと信仰心が篤いようだ。…まぁ、こうも可愛い猫神様に囲まれればそうなるか。
ん、魚嫌いの猫獣人…?…猫なのに魚は食わないのか?あぁ、獣人だから魚より肉?」
大仰な物言いで猫へと魚を放る彼の信仰心の篤さに、わざとらしく片手を胸に当て、恭しく頭を下げ。
その仕草はどこぞのレディをエスコートするかのように自然なものだが、表情ばかりは戯れの笑みが浮かんでいる。
その仕草を解き、笑みを浮かべた相手の言葉に、想像が付きがたいらしく疑問が口を突く。
その合間も、新鮮な貢物を手に入れた猫神様たちは、先ほどまでの暢気な日向ぼっこを楽しむ姿から一変、
騒々しくも微笑ましい光景を見せてくれている。
■エズラ > 恭しい、彼女の態度――無論それが冗談であると理解してはいる。
しかし、何とはなしのその仕草の端々にも、どこか高貴な生まれを感じさせた。
知らぬ間に、一時、その姿に目を奪われてしまっていたが。
「茶化すなよ――アア、でも猫の神っつーのは、いったいどんな幸を授けてくれるのかね――」
誤魔化すように、そう告げて。
続く問いには、人差し指を立てて返答――
「そう!連中は基本的に肉を食うのさ。獣人にも、ほとんど獣が二足で立ったようなのもいりゃ、オレ達とそう変わらねぇ連中もいるだろ?」
頭の上に、ちょんちょん、と獣耳を思わせるように自身の髪を引っ張って。
「オレの知ってる奴ぁどっちかといやぁ人間に近かったがよ、それでも魚は臭くて食えねぇと言っていやがった――ま、泳げねぇクセに海戦に混じって海へ落ちたこともあると言っていやがったから、単に海産物がトラウマになてってるってだけかも――って、しまった!」
からからと思い出話を語りながら、つい、籠の中身を最後の一匹まで放ってしまっていた。
少しばかり、本格的に肩を落としてしまい。
■イーリス > 自然と出る所作が、生まれによるそもそもの素質かどうかは己には解らぬものの、
性別を偽って生きている身であるから、女性的な所作より、男性のそれのほうが馴染みがあるし、自然と身体が動いた。
「いやいや、意外だっただけさ。これは本当に猫神様のご利益があるかもしれんな。
そうだな、猫神様だから………さて、何だろうな」
明らかに茶化している、と言われて然りな表情と声色、そして言葉。
長閑な港の景色がそうさせるのか、常よりもずいぶん言葉遊びに興じる程度に饒舌であり。
「へえ、猫なのに肉なのか。…まぁ、船だと鼠を捕まえるから、解らなくもないが…魚じゃないのか」
なんとなし猫は魚、なイメージが先行しているようで、何とも複雑な表情を浮かべ。
確かにミレー族などを思えば、彼らは軒並み我々と変わりない。
ふむ、と相手が髪を引っ張る仕草に目を細めながら、可愛いもんだ、と付け加え。
「へえ。猫は猫でも、魚は臭い、か。猫神様たちは大喜びのようだが、ね。
しかし…なかなか面白いな。獣人族ってのにはさほど馴染みがないが…―――おや、君はよほど猫神様の御利益が必要と見える」
ミレー族は須らく奴隷商へ送るべし、というのが海賊の己にとっての認識であるから、
獣人族とミレー族の違いもあやふやであったし、彼が話す獣人族の話は興味深く、相槌を打ちながら聞いていたものの、
ふと発した声に、視線が足元の猫たちへと向けられる。
そして、相変わらず揶揄するかのような言葉を付け加えて、軽く肩を震わせて笑えば、
「そう肩を落とすなよ、エズラ。猫神様の御利益、というわけにはいかんが、貢物の礼に酒でも奢るよ。
今夜船が出るまで、まだ暫くある、そこの酒場でどうだ。
…君は私より、いろんな話しを知っていそうだし」
視線を投げた先にあるのは、倉庫群から通りを挟んで向こうにある昼の食事の忙しさがひと段落ついた酒場兼食堂である。
この時間なら酒も飲めることを知っていたから、そう声をかけて先に腰を上げる。
その所作に、足元の猫たちは、一瞬身構えてこちらを見上げたが、
それより新鮮な貢物にご執心なようで、すぐにまた騒々しくなる。
■エズラ > 「あ~あ……ヒョッとすると、今日の釣果が良かったのは、猫の神様がオレを操りやがったのか……?」
額に手を当てて、ため息――周囲を見渡し、魚を奪い合ったり舌鼓を打ったりと、気ままに食事を楽しむ猫たちを恨めしそうに見やる。
しかし、続く誘いに男の肩が、ぐん!と持ち上がる。
「なにっ!そいつぁウレシイねぇ――オレのくだらねぇ思い出話でよけりゃ、いくらも聞かせてやるよ――」
奢り、という言葉には、いつだって脊髄反射で応じるのがモットーである。
空っぽになった籠は少々寂しかったが、気分一新、釣り竿を肩へかけて立ち上がる。
そして、誘われるままに彼女の後に続くのであった――
ご案内:「港湾都市ダイラス 船着き場」からイーリスさんが去りました。
ご案内:「港湾都市ダイラス 船着き場」からエズラさんが去りました。