2017/09/10 のログ
ご案内:「港湾都市ダイラス 船着き場」にイーリスさんが現れました。
■イーリス > 今宵の海はひどく凪いでいて、大きな丸い月を明るく映していた。
潮騒の音も静か…なのではなく、深夜という時間ではあったが、船着き場近くの酒場や賑やかだし、
酒に酔った男たちの喧嘩やら、近くの娼館の嬌声やらで掻き消されていたからだった。
「…次は人を見て絡むんだな。でないと…死ぬぞ?」
多くの船が停泊している桟橋近くにある倉庫群。
その通りに佇み、涼やかな声と視線を注ぐのは、足元に転がる人影。
酒場を出て、酔い醒ましに桟橋あたりまで歩いてきたが、肩が当たっただのなんだのと吹っかけられた喧嘩を買ったのは数分前。
幸い相手は酒に酔っていたから、軽く往なす程度でことは終わったし、何も命までとる気もないから、親切な言葉まで掛けて。
とはいえ、心底呆れたように、往なされて地面に伏せるその男を見下ろしては、深いため息ひとつ。
大きな丸い月がそうさせるのか、などと空を見上げてみたものの、それ以上の感慨がないのは、冷めた理性の所為でもあり。
■イーリス > 空を見上げていた視線が下へ落ちたのは、往なした男がくぐもった声を上げたから。
それを見下ろす視線は相変わらず涼しげであったし、起き上がろうとする男に手を差し伸べるわけでもない。
ただ、どうにか立ち上がった男は、覚えてろ、などという古典的な台詞を吐いて、
倉庫の壁に手を突いて身体を支えながらよたよたと歩んでいくから、その背中を見送る表情は、苦い笑いが滲んで。
「おかげで酔いが醒めたな…」
元々酔い醒ましに出てきただけ。
だから、酒場でわいのわいのと騒いでいる部下たちに声もかけなかったし、当然伴も連れていない。
大した喧嘩でもなかったから、再び歩み出し、桟橋近くの空き樽や木箱が倉庫の壁伝いに並ぶ海が見える場所へと向かい。
ちょうど座るにいいサイズの木箱に腰を下ろし、倉庫の壁に身を預け、片足を木箱の縁にひっかけては、その上にのんびり片腕を乗せる。
頭の芯の部分は確り覚醒していたが、涼しい海風と程よい酒精の残り香も手伝って、ずいぶんと寛いだ姿を晒し。
深夜とはいえ無防備な様子を晒せば、この辺りでは碌なメに遭わないが、
一方で、この辺りの者なら、うかつに己に手を出さないことも知っているからこその姿とも言えた。
ご案内:「港湾都市ダイラス 船着き場」にヴィクトールさんが現れました。
■ヴィクトール > 倉庫の一つからガタガタと物音が響く。
近くには大型の馬車と、その積荷を運ぶ少女やら男やらが忙しなく行き交い、木箱を積み降ろしていた。
馬車の周りの人物はと言えば、目付きやら人相の悪い男が多く、ひと目見た感じでは荒くれ者といった輩がバカ話をしている。
その中のひとりが、男達に軽く手を振り、群れから離れると口笛を吹きながらのんびりと海沿いの道を歩き……夜風に涼む彼女を見つければ、ニヤッとした少し悪どそうな笑みを浮かべた。
「よぉ、こんなところで何してんだ?」
彼女を見た瞬間、違和感を一つ覚える。
それが何かというのはまだわからないものの、これが正しくないというような違和感だ。
朝になるまでは住処たる集落にも戻れず、一夜明かす必要がある。
変わらぬ笑みのまま彼女の方へと近づきながら、何気なく視線を向けていたらしき海の方を見やった。
目を凝らすように金色の目を細め、首を突き出すようにしてじっと眺めた後、成る程といったように口角を上げて首を戻す。
「なんもねぇな」
何も見えない、あるのは闇に溶け込んだ海だけ。
そこに面白いものでもあるのだろうかと思っただけに、小さく溜息を付きながら彼女へ視線を戻した。
■イーリス > 立てた膝頭に預けた腕、その指先が時折潮風を感じようとするように、掌を上に、下にと手持無沙汰に動く。
さすがにこの辺りまでくれば、酒場の喧騒は遠くなっていたが、代わりに倉庫から積み荷を運ぶ騒がしさは、
それこそ港町らしいモノであり、この時間に発てば王都へは明るいうちに着くから、今から忙しい時間でもあった。
「………ん」
潮騒と喧騒とに混じって耳に届いた言葉に、返事というには希薄な声が零れ。
ゆると視線をそちらへと向けては、声をかけてきた男を…そして、海へと視線を馳せたその姿に目を細め。
「何をしていると思う?
………はは、そうだな、何もない、な。ただ海が広がっているだけだが…今日は凪だ、月も見えるし、悪くない景色さ」
問われた言葉に問いで返す声は、少しばかり笑いを含んでいる。
相手の視線を追って、海を見れば、月明かりに照らされているとはいえ、どこまでも広がる漆黒の海。
彼が表現するように、“何もない”海ではあったが、それでも続けた言葉に、海への愛着が滲んでいる。
■ヴィクトール > 「ナギ? ぁ~……風がねぇ時、海の上じゃそういうんだったな」
聞き覚えのある言葉を繰り返すように呟くと、一人思い出しながら納得したように何度か頷いた。
短い言葉ながら、その景色を好んでいることは音からも分かるが、自身に宿った魔の力でも、感情がオーラのように揺らいで映る。
安らぐ色、景色にどうという風流なものはあまり持ち合わせていないが、何となく言わんとしたことは伝わり、なるほどなと呟きつつ、淡い光を跳ね返す水面を一瞥する。
「……ところで、なんで男の格好なんざしてんだ?」
彼女から感じる音は、男にしては高い響きに聞こえる。
そして何より、喉元を見てみれば、男にあるはずの起伏が見当たらない。
さも当たり前のように、しれっと問いかけながら彼女の方を見やる。
その評定は最初に見せたときと同じ、ニヤッとした何処か悪どそうな人相の悪い笑み。
■イーリス > 海を眺めていた視線が、男の声に反応してそちらへと向く。
どうやら海に疎いらしいその言葉に、はは、と思わずと言った風に声に出して笑いを零してしまう。
確かに、何の気もなしに発した言葉であったが、海に馴染みがない者にとっては、今彼のような反応をしてしまうのも理解できた。
「おかげで今夜は、商売あがったり、だ。月夜に凪じゃ、運がない」
膝頭に置いていた腕が、漸く下ろされて、代わりに両腕を軽く広げ、大仰に首を竦めてみせて。
月夜は“船”が見つかり易し、凪だと船速が出せず、獲物を追えない。
だから、今夜はこうして陸に上がって酒に浸っていた、という事情だが、
当然それを知る由もない相手と、語るつもりもない己ゆえ、一般論的な返答を返すにとどまった。
「………なんで、とはまた妙なことを聞く。
君が“なんで”男の恰好なのか、と聞かれているのと同じことだろ?」
相手の表情を眺めるのも、月明かりが手伝って容易である。
一瞬、言葉に詰まったのが、相手が察した通りの己が女であることを認めた証拠とも言えた。
が、すぐに笑みを浮かべる己の表情も彼には見えているだろうが、
その表情のままに告げた言葉の言外には、自分も相手も“同じ”男だと言いたい様子。
素直に答えるほど、己を晒すまでには至らぬようで、涼しげな眼差しと穏やかな表情を向け、少し首を傾げて相手を見遣る。
■ヴィクトール > よくわからないままでいたが、彼女の機嫌は損ねなかったようだ。
続く言葉には、頭から疑問符が出てきそうな様子で軽く首を傾げたが。
「……んなこといっても、漁師って格好には見えねぇけどな。軍属にも見えやしねぇ」
海で仕事をするとすれば、だいたいそんなところだろうと思えば、彼女のリアクションとは裏腹に、訝しげに眉をひそめた。
ただ一つ、真っ当ではない仕事をする輩は知っている。
だが、それなら何故、女がそれをしているのかというのは奇妙で気になるばかり。
彼女の考えとは異なり、言葉の裏に潜む僅かな意図を読み取っていたのは、察しが良いのか、運が悪いのやらか。
「……嘘だな、まぁいいや。男の格好かどうかなんざは男と生まれたからとしか言いようがねぇが。男である理由ならいえるぜ」
瞳に映るゆらぎは、嘘の色。
男であると言い張るような彼女の言葉は、裏を返せばその理由を彼女は持ち合わせているということだ。
変わらぬ笑みのまま背中へと手を伸ばすと、大剣の柄を握る。
ゆっくりと刃を鞘の中で滑らせながら抜刀すると、夜闇に溶け込みそうな漆黒色に染まった、細身のクレイモアが晒される。
闇の濃い魔力を宿した刃の切っ先を、海へと向けた。
「俺は細けぇ事考えるのは駄目だ、けど、兄貴はそれでいいつってな。仲間と女のために敵をぶった斬る、んで、いい女を抱いていい気分で眠りてぇ。俺が男である理由なんざそんなもんだ」
静かに刃を卸せば、かつっと切っ先を地面に突き立てる。
逆手に握りながら剣を支えると、改めて彼女に振り返り、視線が切っ先のように鋭くもまっすぐ琥珀色を見つめた。
「で、アンタはどうして男をやってんだ?」
改めて問いかけるのは、格好ではなく、そうある理由。
楽しげに口角を上げて問うのは、少々失礼かもしれないが。
■イーリス > 先ほど声を出して笑ったから、さすがに悪いと思っているようで、
声を出さぬようにしてはいたが、小さく肩が震えてしまう。
なるほど、彼はこうして真剣に考えているからこそ、疑問符付きの表情をするわけだ。
そして、大よそ己の事も察しがついているのだから、聡いだろうし、なかなか興味が沸くというもの。
だからこそ、普段なら一蹴して終わり、な会話であっても、興味深げに相手を眺め、時折相槌まで返して話を聞いている。
嘘だと言われても表情は崩さずにいたが、不意に相手の手がその背後に回り、
抜刀したことにはさすがに驚いたのか、目を見開いてしまうが、
その剣先の深い闇を思わせる色に瞳を奪われ、琥珀色の瞳が静かに見つめる。
「………ふ、ははっ」
が、すぐに。
涼やかで軽やかな笑い声が落ちる。
「いや、すまない。…はは、君は………まったく、面白いな。なるほど、それが君の男である理由、か」
笑ってしまったことを謝罪はしたが、その笑いにも言葉にも、相手を嘲笑するものではなかったし、
むしろ、彼のその実直なまでに明快な理由を断言する姿が微笑ましくて、と言った具合の笑みである。
だからこそ、ひょい、と首を竦めるようにして、その実直さに負けた、とでも言わんばかりの仕草を見せたのち、
「察しの通りさ。私は船に乗っている。まぁ、言えば、軍や自警団に追われる方の、というやつだ。
…そして、そこが私の家であり、そこに居る者が家族だ。
だから、私も家と家族を守るために、こうして…男であろうとしている、というわけさ」
海賊稼業ではあるが、自分にも、彼と同様に守るモノがある。
お互い、単純明快な理由を持っていたが、素直に口に出した相手と、言いよどんだ自分とでは、
やはり相手の方が“男”らしく思えたから、何とも完敗の気分である。
であったのに、表情も口調も、彼を眺める眼差しも、今宵の海同様に穏やかなもので。
■ヴィクトール > 馬鹿は馬鹿なりに考えるというところで、察しの良さはある。
相手が笑っても、凡そ自分が馬鹿なことをいったか、無茶なことを宣ったかぐらいにしか思わず、険悪な表情を浮かべることはない。
自身が命を賭し、魔族の血肉から得た魔力で研いだ刃は、夜の闇に喜ぶように黒光りする刀身を魅せる。
「おいおい、そこまで大笑いするこたぁねぇだろ?」
愚直過ぎるとでもいうのだろうか、分かっていたが、彼女の笑みに苦笑いで軽く文句をつけながらも刃を収めた。
謝りながらも確かめる言葉に、そうだと言うように頷けば、首を竦める仕草に怪訝そうに片眉が上がる。
「……あぁ、そういう奴か」
海の上で追われる仕事といえば、海賊ぐらいなものだ。
納得したように何度か頷くものの、どうしたものかと笑みの裏では考えていた。
何せ、自身が所属するのはそういうのを追い払う仕事なのだから。
穏やかに語る言葉は、男らしさがなければ、存在を軽んじられるもの。
改めて納得したように頷くと、隣に並ぶ木箱へどかっと座りながら、隣の彼女を見やる。
「そいつぁ、そういう格好しねぇと面倒だわな。あぁ、それと……この紋着けてる船には手ぇ出すなよ? 船沈められかねねぇからな」
隣に座れば、黒装束の姿もよく見えるだろう。
そう告げて首元に巻いていた防刃のスカーフに描かれた紋を見せつける。
千切られた首輪と鎖のエンブレム、ここらでも漁業と海運を担う軍に抱えられた傭兵団の印だ。
本来なら敵同士になるところだが、それには何も言わず、代わりにその顔を確かめるように眺めた。
「それと……お休みの日ぐらいは女に戻ったらどうだ? 何つぅか、こう、城とか戦場でみる、いい女みてぇな顔立ちしてるからよ」
美人や可憐と言った女らしい褒め言葉より、凛々しさ感じる美形といった雰囲気を覚える。
戦場でも男顔負けの胆力を見せたり、城で号令をかける騎士然とした女にある、力強い魅力。
それはそれで魅力としてはいいもので、楽しげに笑いながらそんな事を平然と宣う。
■イーリス > 一頻り笑ってしまったあと、落ち着かせるように息を吐く。
散々笑ってしまったものの、相手の表情から察するに、どうやら性格も実直なのだろう、気を悪くはしていないようである。
ゆると見遣った彼の手にある剣の美しさたるや、闇夜を思わせたが、
それ以上に深い闇が溶けていて、初めてみる類の物だったから、彼がそれを鞘へと納めるまで、つい視線が追った。
「あぁ、すまない。でも、君のようにありたいと思ったのは事実だ。
君の言う、兄貴殿の言う通りだと私も思うがね」
緩く腕を組み、倉庫の壁に凭れながら、すっかり寛いで、彼に対する警戒も緊張もなく。
むしろ、一連のやり取りで、親近感めいたものさえ持っているかのような穏やかな表情。
隣に並ぶ木箱へと腰を下ろしたことで、月光の力も借りれば、容易にその姿を見ることが可能で、
紋たるそれを眺める際には、目を細めて。
「そういうことさ。船に女が乗るわけにいかないからな。
その印は…あぁ、なるほど…いうなれば私と君は、水と油というわけか。
しかし…そうだな、君の忠告はありがたく頂いておこう」
その印に見覚えはあった。
軍が背後にいるから、今のところ手は出していないが、裏返せば軍が扱うほどのモノを取引しているのだろうから、
それこそ海賊にとって、実入りのいい連中である。
常にハイリスクハイリターンの中で生きているが、ここでその証を見れば、大げさな仕草で首を竦めてから、承諾するように頷いた。
「………っ」
何とも返答しがたい褒め言葉めいたそれに、また一呼吸分程度には反応が遅れて言葉が詰まる。
男であろうとする理性と、彼の助言に従って女でありたいとする本心とが鬩ぎあって、混乱してしまうから、
事もなげに笑いながら、そんな言葉を口にする目の前の男が何とも恨めしいわけで。
「…君と話していると、調子が狂う。………調子を狂わせる君の名を聞いておこうか。私はイーリスだ」
そう、何とも彼には調子を狂わされてしまう。
だからそう恨めし気に言ってのけたのち、単に名を知りたいだけなのに、あてつけがましい台詞もくっつけて、自ら名乗り。
■ヴィクトール > 「俺のようにねぇ……んなにいい生き様はしてねぇぞ?」
自分のようにと言われれば、思い浮かぶ人生はろくなものがない。
兄と出会ってからはまともな方へと傾いているが、根っこにある獣っぽさと、雄としての意志の強さは衰えることもなく。
困ったように眉をひそめながら、頭を振って告げた。
緊張の解けてきた彼女とは異なり、こちらはずっと馴れ馴れしい程の近寄り具合だろう。
「まぁ、文句言わせねぇように力でねじ伏せちまえばなんてこたぁねぇんだろうけどよ。気にすんな、今日は仕事は上がりだ」
魔石を運び込むこともあれば、大量の武器類を運搬することもある。
彼女の目測は当たっているが、実入りの良さ以上の刃も携えている。
だからか、承諾する様子に安堵したように吐息をこぼし、薄っすらと笑っていた。
「……こういうのは初めてか? 戦場だとちょくちょく見るぜ、自分の中にある何かのために、すげぇ気迫になれる女がよ。別に家に居て良妻してろっていいてぇワケじゃねぇさ、抜ける時に力抜かねぇと、ちょっと強く圧されると折れちまう。男だろうが女だろうが、そこは同じだからな」
男勝りの部分の否定もせず、女らしくあれとも言わない。
息抜きはすべきだと、当たり前ながら本来の性を思い出すように安らげというのは、今ある彼女が守るために肩肘を貼る姿だからだ。
カラカラと笑いながら告げるものの、先の言葉の通り、そんな女が魅せる一面は、他の女たちにない色香があるもの。
混乱する様子を微笑みながら見やれば、恨めしそうな言葉に変わらぬ笑みを見せた。
「狂わせとけよ、その方が流れて力抜けんだろ? イーリスか、俺ぁヴィクトールだ……で、流され相手としてはどうだ?」
こちらも名を答えれば、そのまま変わらずに誘いかける言葉を紡ぐ。
普段なら肩やら頬に手が伸びるところだが、男を着飾った鎧がある今は敢えて触れず、彼女の答えを待って動くことにした。
■イーリス > 少なくとも、彼の言動を見ていれば実直で、聊か愚直ともいえるほどの真っ直ぐさだ、
人間そうありたいとも思えてくるから、彼の言葉に、そんなことはないさ、と首を振る。
「そうかな。少なくとも君は自分に素直だ。そういう生き方は、ちゃんと生きてこないと出ないものさ」
多分、自分とは違う生き方だろうと推察すれば、それも羨ましいとも思えたし、
彼の言動は、実に素直なモノで微笑ましくもあった。
「まぁ、君と…君のその剣と、海で交えることがないことを祈るよ」
勿論今は彼の忠告に従う心算である。
とはいえ、こちらも“仕事”であるし、実入りのいい船を見つければ、当然手を出すのが海賊としてのプライドでもある。
しかし、彼の表情を見れば、こちらの言葉に安堵した表情を覗かせているから、それ以上言葉を紡ぐのはやめておいた。
「…君の言うことは、解る。解っている。
君自身に理解があるということも、一般論として真っ当なことを言っていることも、だ。
だが、男であり続けなければならない以上…女に戻ったら…もう男では居られない気がするんだ。そういう…恐怖がある。
家や家族のために過ごしているのに、女に戻るのは…私自身のために過ごすということだろう?」
一時でも女に戻るということは…護るべきもののために生きているのを、否定することになる、という危惧を、
今宵初めてであったというのに…どうしてこんな弱々しくも本音を曝け出してしまったのか。
言った後で、後悔が過ったように、ふると少し首を振る。
もう酒精は残っていないし、頭の芯も思考もしっかりしているというのに、なぜ口にしてしまったのかは解らなかった。
「…ヴィクトール、か。………私は」
彼の名を口にして、暫しの沈黙。
騒がしかった倉庫の積み荷の運び出しも、今は静かになっている。
潮騒の音が、静かだったはずなのに、己の鼓動と共に妙に耳について。
そして、逡巡した間の後。
真っ直ぐに相手を見つめる琥珀色の眸が、相手の金色のそれとかち合えば。
何も言わず…いや、むしろ何を言えばいいのかを知らないから、無言のまま、相手の方へと身を寄せて、
その肩口あたりに額を押し付けようとして。
■ヴィクトール > 素直であることがいい生き方だといわれれば、訝しげに眉の間に皺が寄る。
面と向かって素直と言われたことは少ないが、何よりもそれが良いというのはどういうことやらと考えてしまう。
思案顔をみせる辺り、馬鹿なりに考えるがそこまで深い意図を、こうだとはいえず、答えに行き詰まる。
続く言葉にそうしてくれと答えると、語られる言葉は、戻らぬ理由…というよりは、迷っているようにも聞こえて。
「……そっか。なんつぅか、多分…だけどよ、イーリスは男をしちゃいるが、しなきゃいけなかったってところじゃねぇのか? だから、やるぞって決めたのが崩れたら、自分で戻せるかが怖ぇんだな」
馬鹿なりに考えるのは、彼女の根にある男に対する意識。
真面目な顔で耳を傾け、成る程といわんばかりに何度か頷けば、その顔を見つめながら苦笑いで語る。
女に戻りたくないとは言わない、それがきっと望みの一つのように聞こえる。
けれど、課したルールがそれを許さない。
ジレンマに陥る彼女を見つめつつ名を答えれば、僅かな沈黙が流れ……言葉を間違えたかなんて思いつつも、視線は逸らさない。
「……もし、戻れなかったら面倒ぐらいみるさ」
寄りかかってくれるなら、男としてそれを支えるまで。
肩口に重なる額、その体を抱き寄せるように腕を回すと、ぎゅっと体を密着させていく。
戦装束越しにも引き締まった体付きを伝えつつ、大きな掌が少しだけざらついた掌で、背中を優しく撫でていく。
その掌は髪の方へと伸びていき、プラチナブロンドの髪の合間をするりと指の間で梳くように撫で、優しく可愛がるだろう。
■イーリス > こちらの言葉が、どうやら彼を悩ませてしまったらしい。
少し申し訳なさそうに苦く笑って見せたものの、何か解決の手立てを口にできるわけでもないし、
口にしたことは嘘でもなしに、ただ間近で相手の眉間の皺がなくなるのを祈るだけ。
「………ん」
静かに、相手の言葉をゆっくりと頭の中で咀嚼して、理解する。
その前段階として、相手の言葉に一つ、相槌めいた吐息を零して。
おそらく、彼の言うことは正しいし、それが己の弱さになっているとも理解できる。
そして、どこか己の根っこの部分に、女でありたいという今まで見ないようにしてきた願望が燻っていることも、おぼろげながらも理解に至った。
だからといって、その願望のままにしたら?という疑問が畳みかけてくる。
それに対する答えは…やはり自分は持ち合わせていなかったし、
持ち合わせていないが故に、こうしてぐずぐずと悩んで煮え切らない状況なのだと、こちらに関しては明確に理解していた。
「………まったく、君は。………どうして、こうも調子を狂わせるんだ」
逞しい腕が背に回って、抱き寄せられた瞬間、思わずそんな悪態じみた言葉が口を突くも、
その声色は穏やかであったし、それに応えるみたいにゆると身を預けて頬を摺り寄せるのは、年相応の少女の仕草のようでもある。
背に感じる手の感触も、髪を撫で梳く指先も、今は何もかもが心地よく、
それをもっと堪能しようと、少しばかり遠慮がちながらも腕を伸ばし、その身体に抱きつけば、ゆると瞼を閉じて。
■ヴィクトール > 自分が感じた、彼女の男としての部分を語ると、納得したようにも聞こえる。
だが、否定も肯定もない。
どうすればいいのか、そう考える彼女よりも早くこちらは答えを出していく。
可愛らしい悪態の響きに、ニヤッと笑いながらも、腕の中に包んだ彼女が見た目と背丈の割に幼く感じさせられる。
「調子……じゃなくて、イーリスのメッキを剥がしてんだよ。また貼り直せなくても、気にすんな」
その理由はもう告げている、貼り直せないなら女のままいられるようにするだけと。
もっともと強請るように抱きつくなら、目を閉ざしたところで、髪をなでていた掌が頬をなでて顎のあたりに指をかける。
10cm差、それほど大きくない背丈の差故に、視線も重なりやすい位置。
此方を向かせる角度も小さいが、それでも僅かに上向きにさせられるのは、女が男にされる口吻の所作そのもの。
有無を言わさず、顔を近づけて唇を重ねれば反対の手は腰元に周り、抱き寄せて体を重ね続ける。
僅かに唇をずらして、重ね直しながらのキスは数秒ほどだが、無音の世界は少しだけ長く感じるはず。
ゆっくりと唇が離れれば、出会った頃に見せたニヤッとした笑みを変わらず浮かべ、改めて頬をなでた。
「場所変えようぜ? んで…変えちまったらどうなるかぐらい、分かるだろ?」
女として可愛がり、貪り尽くす。
いい女をだいて気持ちよく眠りたいと宣ったそれに、彼女を当てはめる。
そのまま頷くなら、夜更けでもランプの落ちぬ、連れ込み宿へ彼女を連れ去るだろう。
悪戯にナイトドレスでも着せたりもしながら、女としての安らぎをその身に深く刻み込む夜は更けていく。
■イーリス > その腕の心地よさについつい甘えるように身を寄せたものの、耳に届いた言葉に小さく笑ってしまう。
「全く、メッキ、とは言ってくれる。………気に、……―――しない」
男であろうという決意も、メッキだと言われれば、確かにその程度なのだろう。
でなければ、こうして彼の腕で甘えてなどいないだろう。
だから、僅かな間の後、気にしない、という答えを出して。
実際に、今は…ただの女である、という意識であったから。
心地よい温もりに身を預けていたものの、指先が髪から頬に触れたのに気付いて、ん、と小さく吐息を零し。
すり、とその甲に頬を寄せたあと、促されるように顎先を上げれば、
驚くほど間近に相手の顔があって、今更ながら少々身体が強張ってしまう。
更に唇が触れた感触に、硬直したように身体の強張りは強まって、うっかり呼吸さえ止めてしまったほど。
おそらく数秒程度の口付けなのに、目許を朱に染め、唇が離れて行ってしまうと、
はっ、と短く息を弾ませ、切なげで、何よりそれ以上を強請るような色を含ませた揺れる瞳が彼を見上げてしまう。
「ん………解って、る…。私も…そ、したい…」
そんな言葉に驚いたのは自分である。
何とも弱々しく、そして………飾らず、素直な言葉が唇から零れてしまう。
女としての悦びと、何より彼と過ごす心地よさを、少しだけ…そのココロの鎧を寛げて、時間が許すまで、全身で味わったのは二人だけが知るところで―――。
ご案内:「港湾都市ダイラス 船着き場」からイーリスさんが去りました。
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