2023/05/27 のログ
ご案内:「セレネルの海」にリュークさんが現れました。
ご案内:「セレネルの海」からレフェーリアさんが去りました。
ご案内:「セレネルの海」にアルブムさんが現れました。
アルブム > 日もとっぷり暮れた、夜の海岸。
王都のすぐ近郊であり(それでも徒歩2時間くらいは離れているが)、薄ぼんやりと向こうに街明かりも伺える。
魔物の出没例は少ないが完璧に安全というわけでもなく、火を焚かなければ暗闇に包まれる、そんな場所。

アルブムは砂浜の只中、満潮時にも海水が来ない位置を選び、そこにキャンプを設営していた。
宿賃の節約と修行を兼ねた野宿である。
乾燥した草木を集めて焚き火を作り、すぐ傍に簡易テントも設置。
中で寝そべるのがやっとの、ごく小さなもの。就寝中に雨風を防ぐためだけの、麻布製の三角筒である。

火を熾し、柔らかな明かりが野営地を包む。夕食の調理と獣避けにかかせない焚き火。
しかし時候はすでに初夏。暖をとる用途としては不要どころか、むしろ避けたくなる頃。
パチパチと燃料が爆ぜ、火がいっそう大きく揺らめくと、ローブ姿の少年は顔をしかめて火元から距離を取る。

「……………暑ぅい……というか、なんか今夜はすごく蒸しますね……」

どういうわけか、体感気温が昼間とほとんど変わらない。おそらく海から吹き続ける南風のせいだろう。
昼間しこたま暖められた海水が蒸発し、風に乗って陸地へとやってくる。
絶え間なく吹く潮風は決して強くはないが、それゆえに涼しさを提供せず、ただひたすらに湿度のみを海岸に募らせていく。
砂浜からの蒸散も合わさって、いまこの海岸の不快指数は文明人の許容範囲を大きく超えつつある。
――苦行者たるアルブムにとってはよい修行場とも言えるわけだが。

「さすがにローブは脱いでいいですよね、《かみさま》……あ、ダメ?……はい………」

空色の全身タイツの下で、絶えず汗が滲み続けている。じっとりと湿った布地が肌に張り付いて、不快感がすさまじい。
さらにそこから蒸散する湿度がポンチョ風のローブの中にわだかまり、熱気を逃さない。
適度に湿気を気化熱に変える力を持つ特殊繊維性のタイツなのだが、度を超えた湿度の中では用をなさない。
熱中症にはぎりぎり至らない気温なのがせめてもの救いだが、不快なことには変わらない。
いまここですべての着衣を脱ぎ去ったらどれだけ爽快なことだろう? 当然そんな真似を《かみさま》が許しはしないが。

「…………ふぅ………ふぅ………うう………」

全身に絡みつく不快感に喘ぎながら、それでも《かみさま》の課す苦行からは逃れられず。
熱気を避けつつ明かりが届くぎりぎりの場所に座り込み、持ってきた食材のカットを始めるアルブム。
にんじん、じゃがいも、数種類の葉物。そして岩塩ひとかけら。調理は不要だが干し肉もわずかばかり。
ナイフと鉄串以外の調理器具はなく、大した料理はできない。ただ皮を剥いて焼くだけのものだ。

アルブム > しゃり、しゃり、しゃり。根菜類の皮を剥き、大雑把に切って串に刺していく。
刺し終えたなら、極力熱源に近づかないよう精一杯に手を伸ばし、焚き火の傍に串を立てる。
続いて手頃な位置にある石ころを2つ取り、ローブの袖で軽く砂を払う。
岩塩のかけらをポーチから1つ取り出し、石ころの間に挟んでぐいと力をかけ、砕く。さらさらになった塩粒を木製の小皿に取る。
焼き根菜の味付け用、加えてミネラル分補給のための塩気。それ以外の香辛料は贅沢品のため、なかなか持ち歩けない。
大変に質素な夕食である。

「……今日も一日、ぼくを見守ってくださりありがとうございました、《かみさま》。いただきます」

根菜に火が通るのを待つ間、干し肉を取り出して齧る。
保存性を増すためにスパイスの味付けだけは濃いが、薄く、固く、黒く……というか正直何の肉なのかさえ分からない代物。
お世辞にも美味しいとはいえないが、生きるためには必要なタンパク源。丹念に噛み締めてから嚥下する。
そして水筒から水を一口含み、口内を焼く辛味を洗い流す。やはり水も生ぬるい。
水もまた生存には必要な元素。《かみさま》もキレイな水だけはいくらでも恵んでくれる。

「ん、こっちも焼けましたね。……はふ、はふ………んぐ……」

ほんのり焦げ目がついた根菜類を手に取り、塩をふりかけて口に含む。やはり味気ない。
王都の酒場などで供される食事には到底及ばないが、その分コスパも比較にならないほど良い。
食事に愉しみを覚えるのは時々でいい。過度の享楽は《かみさま》が許さない。アルブムもそんな生活に慣れてしまって久しい。

「ふう、おいしかった…………。……うー……うう……でもやっぱ今日は蒸しますね……夜なのに……」

お腹は膨れても、全身にまとわりつく湿度の不快感はいささかも和らがない。
ぐったりと砂浜にお尻をつけ、夜空を見上げながら食休み。お散歩という気分にもならない。

アルブム > 「…………! あ、い、良いんですか《かみさま》! 上着脱いでも!?」

そんなみじめなアルブムをさすがに見かねてしまったのか、脳内におわす《かみさま》から温情の一言がかかる。
他者には聞こえない謎の人物の言葉に、アルブムはおもわず上ずった歓喜の声をあげてしまう。
暑苦しいローブを脱ぐことを許可されたのだ。少年は跳ねるように立ち上がり、ありがとうございます、と一つお礼を述べて。
するり、裾を大胆に持ち上げて、小さな身体を包む白い布地を肩から抜き取ってしまう。
覆いの中から現れるのは、ぴっちりと肌に張り付く空色タイツに包まれた少年の肢体。
股間や乳首の膨らみもくっきり浮き彫りになり、常識的にはかなり恥ずかしいカッコといえる。
だが、先刻まで彼を苛んでいた不快感からわずかでも解放されるなら、他に誰もいない夜の海、多少の羞恥心は捨てられる。

「ふあぁぁ……♪ ちょっとだけ涼しくなりました! ……ちょっとだけ」

湿気を捕らえるローブの覆いがなくなり、潮風が直接タイツに当たり、気化熱を発生させる。
それにより多少は暑苦しさが減り始めた。思わず顔をほころばせ、背伸びをしてしまうアルブム。

「で、できればこのタイツも脱いで……あう……や、やっぱりそれはダメですよね……。
 はい……海に入るのもダメ……ええ、それはぼくも重々承知してますけど……うう……」

残念ながら、それ以上の己の解放は《かみさま》に制止されてしまったアルブム。
夜の海は昼間以上に恐ろしい。どこに深みがあるかも分からず、人に害をなす生物が水面下に潜んでいるかも分からない。
無人の夜の海で倒れたら、助ける者はまず現れないだろう。
よしんば安全が保証されたとしても、タイツを海水に付けたらあとの手入れが極めて面倒になる。

「……ああ、でもすごい解放感です。せっかくなのでこのまま少し歩いて来ようと思います」

ともあれ、多少は気が紛れたアルブム。食後の運動のため、タイツ一丁のままとぼとぼと歩き始める。
もっとも夜の海はどこもかしこも暗闇で危険。篝火から大きく離れることはできない。
キャンプ地の周りを円を描くようにぐるぐると歩くだけだ。

アルブム > とぼとぼ、ぐるぐる。とぼとぼ、ぐるぐる。夕食の消化を促し、後の眠りを深くするためだけの無為なお散歩。
もっともこの高湿度の中、ただ立ってたり座ってるだけよりはわずかでも動いたほうが気化熱による涼もとれる。
周囲を包む闇の中には最大限の注意を払いながら、1時間ばかりの円運動を続けた頃……。

「……ふぅ。そろそろ眠くなってきました。寝ます……」

組み立て済みのテントへと歩み寄るアルブム。小さな三角柱の骨組みにかけておいたローブを取り、着直す。
さすがに夜が更ければ冷え込むかもしれない。タイツ一丁のまま寝るわけにもいかない。

「水浴びは……ええ、やっぱり今日はダメですよね。あまり今日は善行積めませんでしたし。
 明日朝、近くの川に行って沐浴しましょう。今日はこのまま……うう……こんなじっとりとした服で寝れるかな……」

テントの帳をめくり、狭い室内にいそいそと潜り込む。
厚い布地1枚で地面とは隔てられているが、日中の陽気を孕んだ地面からはなおもムワムワと熱が放たれ、テント内も相当に蒸し暑い。
しかし羽虫も活動を始める時期、さすがに吹きさらしで寝るわけにもいかず。
不快感に耐えながらも、アルブムはこの小ぢんまりの小型テントで寝るしかない。

「…………ふぅ…………ふぅ…………うう……ん……」

たっぷりと少年の汗を吸ったタイツとローブ。ねばつくスライムのように皮膚にまとわりつき、身動ぎ1つにすら違和感が伴う。
そこから発せられる白檀の香気が濃厚にテント内に満ちているが、自身の体臭は自身の安らぎにはいささかも貢献せず。
当然といえば当然、なかなか寝付けない。

ぱち、ぱち……。獣避けのために点けっぱなしにしている焚き火から、薪の爆ぜる音が断続的に響く。
ざざ、ざざ……。打ち寄せる潮のさざめきが遠くからメロディめいて聞こえてくる。
かさ、かさ……。小動物や鳥が下生えの草を揺らす擦過音があちこちで鳴る。
日中の運動の疲労感が身体を重くしていき、自然のおりなす子守唄もあいまって、徐々に睡魔が勝っていくが。
やはりじっとしていれば湿った布地の拘束感も気になってしまって、意識を落としきるに至らない。
ん、とか細い喘ぎ声ひとつと共に寝返りをうち、アルブムは目を閉じたままぼそりと呟く。

「明日はもう少し、いい天気になりますかねぇ……カラッとした空気になってくれるといいんですけど……。
 ………うぇ……午後から雨? しばらくそんな感じの天気? やだなぁもお……」

心底厭気がさしたような声で毒づくアルブム。しかしその顔にはほんのりと笑顔も。
なんだかんだで一人ぼっちの夜ではない。
どれほど悪辣で厳格な存在であっても、《かみさま》という話し相手がいるだけで、孤独な少年の気は紛れる。

初夏の夜が更けていく……。

アルブム > ――翌朝。
夏至の近づくこの時期は日の出も早いが、少年が目覚めたのはさらに早く、太陽が姿を表す前、東の空がほんのり白み始めた時刻。
なんだかんだでしっかり休息を取れたアルブムは、眠い目をこすりながらテント内で身を起こす。

「ふあぁぁ………あ。ん、おはようございます、《かみさま》。よく眠れました。
 ……ん。タイツが綺麗になってます。《かみさま》、いつもありがとうございます……!」

寝付く前にはじっとりムレムレになっていた空色のタイツが、今はさらさらに乾き、おろしたてのような感触。
ローブは相変わらず湿気を孕んで重たいが、直接身につける肌着から不快感が消え去っていれば、爽快感で顔もほころぶ。

「潮風も控えめですし、いい朝です! んー、気持ちいい!
 まずは川で水浴びですけど、今日も一日、修行がんばりますよっ!」

テントから這い出て、ぐぐっと背伸びをし、次いで朝の体操へと移るアルブム。
昨晩のうんざりするような熱気もない。さわやかな朝の空気の中では自然と身体が動いてしまう。
無事翌朝を迎えられたことを《かみさま》に何度も感謝しながら、アルブムは手早くキャンプをたたみ、出発の準備をする。

……ちなみに、アルブムのタイツが綺麗になっているのは《かみさま》の力だが、乾かしたのではなく寝てる間に着替えさせたもの。
1日分の少年の汗で丹念に漬け込まれた昨日の着衣はいま、《かみさま》の手元にある。
『献上』されたタイツで《かみさま》が何をするものかは、アルブム自身を含め誰も知る由はない……。

ご案内:「セレネルの海」からアルブムさんが去りました。