2023/05/11 のログ
■アスリーン > それは月の美しい夜のこと。
寄せては返す波の音と、月明かりが穏やかな海面に一筋の光の柱を作る。
本来なら魔物もうろつく筈の海岸には、珍しく何もいない。
いないということは、消えたのだ。跡形もなく消滅した痕跡だけが残る。
その白い砂浜に、遠目でもわかるような美しい、巨大な女が座っていた。
3mに届かないが、平均的なヒトの身長からすれば大きい。
長い銀の髪に、白い神聖な法衣服。
巨人族の女にしては、その肌は白く、顔は少女のようにあどけなく。
セルリアンブルーの瞳は月の光で輝いて、ただ天を見上げている。
その背には、うっすらと半透明の天使の羽が六枚。
貴方がどのような理由で、こんな時間に、この場に現れるのかは定かではないが。
遠くからでもその姿は見えるだろう。
ただ黙したまま月を眺める、巨大な天使の姿が。
ご案内:「セレネルの海」にアルブムさんが現れました。
■アルブム > 海岸にやってくるのは、遠目では少年とも少女ともとれる金髪ポニテの人影。
空色タイツの上に白のポンチョを羽織り、手には背丈よりも長い白檀の杖。
その先端にはランタンが吊るされているが、月明かりが十分なためあまり役に立ってはいなさそう。
同じく杖の先端にくくられている鈴が、しゃり、しゃり、と歩みに合わせて涼やかな音色を奏でる。
見た目は神聖系のファッションだが手作り感が色濃く、浜辺に佇む『天使』とは比べるべくもないだろう。
「……………………天使!?」
そう、天使である。浜辺に座り込む巨大な人影、背には翼、白い肌とヴェール。
遠目にもわかる威容に、アルブムはつい息を呑み、目を見張ってしまう。
基本は赤貧なアルブム。よほど懐が潤っていない限り、積極的に野宿をする。
これは《かみさま》が強いる修行の一環でもあるのだが。季節なんて関係なく、場所もさまざま。
当然野宿にはさまざまな危険やアクシデントがつきものだが、いろいろありつつも今までなんとか生き延びてきた。
……それでも、天使に偶然遭遇するなんてことは生まれて初めてである。
「……………………」
もしかすると見間違いかもしれない。船の船首の飾りが流れ着いたとか、それとも誰かがいたずらで砂の像でもこしらえたか。
アルブムは慎重にランタンを掲げつつ、その影に近づいていく。
■アスリーン > 天使は微動だにせず、人形のように天にかかる月を眺めながら座している。
潮風に髪が揺れ、瞬きもしない横顔は誰かが作った彫像に見えるかもしれないが。
呼吸をする微かな息遣いも、並の音の中に聞こえてくるかもしれない。
────が、そこまで近づく頃には、天使も貴方に気付くだろう。
ゆるりと視線を向ければ、座した天使の胸元にも頭が届かないような小さい姿。
セルリアンブルーの双眸が微かに細められて、数度瞬いて。
ふ、と柔らかい微笑へと変わる。
「まぁ、可愛らしい貴方。こんばんは」
鈴を転がすような心地よい声音が、貴方の耳へと届くだろう。
それは貴方の聴覚を侵していく声音。貴方に幸福感を植え付ける耳心地のよい声。
貴方に状態異常の耐性があるなら、それは只の声でしかないが。
そうでないなら、貴方は天使の声に安心感を覚えるだろう。
「さあ、いらっしゃい」
掌、もまた巨大なそれ。貴方の掌よりも何倍も大きい。手を置いたら、大人と幼児ぐらいの差があるかもしれない。
それでも細長く、傷一つない指先が、美しい動きで貴方を誘う。
■アルブム > 「は、はひっ! こ、こんばんわです!」
かけられた声に驚き、小さな身をすくませる少年。がらん、と杖の先のランタンが鳴る。
用心して近づいても、突然動き出せばやはりビビる。
そして近づけばやはり分かる、異常なまでの体格差。立ち上がれば少年の倍以上の身長がありそうだ。
一般的に天使と呼ばれる存在は皆こんなに背が高いものなのか?
アスリーンとはまた違う青いろの瞳をぱちくりと瞬き、その動きを目で追う。
「………お、おっきい……ですね、お、お姉さん……。
いえ、僕がチビなだけかもしれませんけれど……」
とはいえ、その偉容とは裏腹に、発せられる声は可愛らしいもの。
相手が魔物やお化けの類でないことがわかれば、緊張もすぐに解け、誘われるがままにアスリーンの方へと歩みを進める。
……残念ながら(?)、アルブムは精神がとりたてて強くはない。むしろ弱い方だ。
誘惑の類への抵抗力はなく、精神操作が行われていることに気づきすらしない。
危険な誘導であれば《かみさま》が警告を発してアルブムを正気づかせるところだが、今のところそのような介入もない。
「………えと。お姉さんは、天使様……なんですか?」
もしかすれば、座った状態でさえアスリーンのほうが目線が高いかもしれない。
そんなのっぽさんの傍らにまで歩み寄り、警戒心ゼロの視線を相手の顔に向ける。
ローブの裾から、清涼なる白檀の匂いがほのかに漂う。
■アスリーン > 「可愛らしい貴方。貴方からは、不思議な力の流れを感じるわ」
近づいてきた貴方を、天使はじっと見下ろす。
貴方の天使への感想も、言葉も、まるで聞こえていないかのようだ。
元より人間ではない何かとは、人外とは、そういうものである。
貴方を見つめる瞳は嬉しそうに細められて、愛おしそうに見つめるが。
それは決して人間の価値観で持つ愛情とは呼べないもの。
貴方の耳から、聴覚を通って脳へ伝えるのは幸福感という侵蝕だ。
見えざる蔦のように這いよっていく。
それに警鐘を鳴らすものがなければ、貴方は徐々に天使の与える幸福に晒され続ける。
傍らに寄った貴方の頬へと伸びる掌。そっと触れれば、心地よい温もりが貴方に伝わる。
慈しまれ、愛され、貴方を愛おしむものが、貴方を想い撫でるかのよう。
「────ええ、ええ。
わたくしは、天使アスリーン。大地に生きるヒトに、幸福をもたらすもの」
小さな貴方を抱き寄せて、天使はそのまま貴方を膝の上に招く。
天使の大きな腕に包まれて、それは貴方を守るようにできた、逃がさぬ檻。
「愛しい貴方。……貴方の中には、なにがあるの?」
いつもならば、天使はヒトを愛し、快楽(こうふく)を与えるけれど。
小さな貴方の体の中に、魂に、頭の中に、ずうっと見守るようにある存在を、見据えている。
『ねえ、貴女────。貴女はなあに?』
揺さぶるように、天使の声は何重にも重なるように響いていく。
■アルブム > 「アスリーンさん……いえ、アスリーン様ですね。僕はアルブムって言います。
僕もみんなを幸せにできるよう毎日修行してるんですけど……あはは……天使様の前でこんなこと言うの、おこがましいですよね……」
紡がれる言葉、移ろう手指のきらめき。天使の一挙手一投足が、アルブムにとって輝いて見える。
すっかり幸福侵蝕の術中である。
はじめは偉大なる存在に相対したとき特有の恐縮もあったが、声に心が絆されれば、初対面の天使なのに親しい間柄にさえ思えてきて。
「………僕の中、ですか。む、難しい問いなのです。
僕、まだまだ修行中の身で……悟りとか、真理とか、そういうのまったく見いだせてなくて……」
かけられる問いには答えを出しあぐねる少年。
しかしその戸惑いとは関係なく、誘われるままにアスリーンの膝にそっと腰を下ろしてしまう。
彼女の言うがままにしていれば、難しい難問や日々の苦労から解き放たれ、安寧と悦楽の中で休息できる。
そういう『確信』が、アルブムの身体をひとりでに動かし、恐れ多くも天使の純白の裾に触れさせた。
「………僕の中には……えと、《かみさま》がいますけど。………今は声、聞こえないです。
……それより僕、アスリーンさんともっとお話したい……です……」
アルブムの中にある『貴女』。その存在を見透かすような凛とした声が海岸に響く。
アルブムは己の中の《かみさま》に直接言及されていることに気づいていない。
しかし当の《かみさま》は天使に存在を見抜かれるや否や、だんまりを決め込んでしまった。
……実のところ《かみさま》は天使のようなガチの上位存在と相容れない。
アルブムと接続を保ったままでは《かみさま》側にも影響が及ぶかもしれない。そう思って『切断』した。
「……えへへ、あったかい、です……♪ それに、アスリーン様の目、声も、香りも、とっても綺麗で……。
しばらく、こうしてていいですか……?」
そんなわけで、天使の『侵蝕』から一切の防御を失った少年アルブム。
まるで幼子が母の懐でそうするように、あるいは飼い猫が主人の下でそうするように。
アスリーンの膝の上で、うっとり夢心地になりつつある。
■アスリーン > 「────あら、残念」
少年の中に『いる』ものを引きずり出すことは、叶わなかったようだ。
切断され、隠れられてしまっては致し方ない。
幸福感に酔い痴れる腕の中の貴方をゆりかごを揺らすように、腕の中で抱きしめる。
天使を慕うように、懸命におしゃべりをする貴方の声に耳を傾け、言葉を聞いているようで。
天使は微笑みながら、真上から貴方の蒼い瞳を見下ろす。
目が数秒でも合い続ければ、視覚から侵そうとする幸福感。
温もりを与えながら、同時に貴方がまとう白檀の香りに合う、貴方の好ましい香りもするだろう。
「そう、貴方にもかみさまがいるのね。
……愛しい貴方。ええ、わたくしの腕で、ゆっくりお眠りなさい」
無防備になっていく貴方の体を、天使の掌が這う。
頭を、頬を、首筋を。胸元から、腹部、脚に至るまで。
ここにある限り貴方は何の不安も心配もなく、愛され、愛でられ、身体の芯から脳髄の隅々まで幸福感で満たされていくだろう──。
ご案内:「セレネルの海」からアスリーンさんが去りました。
■アルブム > 「……あうう。天使様のお眼鏡にかなう答えが出せなくて申し訳ないです……」
残念、という言葉を自分への失望と受け取ってしまい、つかの間しょんぼりと目を伏せるアルブム。
しかしすぐにまた天使へと視線を合わせる。その美貌から、その瞳の青から、目を離すことができない。
もっとも、誘われるままに抱きしめられれば、そのバストで再び視界を覆われることになるのだが。
天使の四肢と翼が織りなす『籠』に囚われた小動物の気分。なのにたまらなく心地がいい。
夜なのに、そして視界が巨大な柔肉で覆い尽くされているのに、まるで白昼の陽光下にいるように目が白む。
「……でも。今はもういいんです。《かみさま》よりも《てんしさま》のほうがいい……。
修行とか、苦行とか、どうでも良くなってきました……こうしているだけで、すごく、しあわせだから……」
人を幸せにする神の使徒として、完全な敗北感を覚えるアルブム。その敗北感さえ心地よい。
いっそこのまま天使の柔らかな巨躯に埋もれ、取り込まれ、ひとつになれたら……とさえ。
そうして深く身を委ねるうち、本当にアスリーンの中に取り込まれる錯覚を覚えながら、意識を失う。
……いま思えば、天使と遭遇したこと自体、夢だったのかもしれない。
翌朝になれば、着の身着のまま浜辺に横たわる少年がひとりあるのみ。
そして当然のごとく、繋がり直した《かみさま》からは昨晩の邪な振る舞いについてこっぴどく叱られたわけだが。
もちろんこの遭遇は、夢ではなく現実。
天使が少年に刻み込んだ『侵蝕』、己の中の存在への疑念、真の上位存在がもたらす超常の幸福。
それは確かにアルブムに根付き、変化をもたらすだろう。あるいはそれは天使への憧れともいえようか。
ご案内:「セレネルの海」からアルブムさんが去りました。