2020/02/25 のログ
ご案内:「セレネルの海」にルエットさんが現れました。
■ルエット > 王都の城門から歩いてこれる距離の砂浜。
今日は学院の授業のうち夕方の部が空く時間割である。ひとりになりたいとき、ルエットはよくこうして海辺まで散歩に来る。
いまだ空は青いが、もう1時間もすれば朱に染まり始めるころ。沖合の方まで晴れ渡り、見晴らしは良いが海風は強く、冷たい。
「………………………………………………ふぅー……」
さくり、さくり、砂浜に革靴の跡を刻みながら、ゆっくりした足取りで歩く。
じっと斜め下を見ながら、とぼとぼ。稀に思い出したように顔を上げ、周囲を見回すと、気だるげに溜息をつく。そしてまた顔を下ろす。
なんの目的があるわけでもない。ただ気分転換のために、そして少しでも体力をつけるために、散策をする。
――少し前まで、暇な時はだいたい図書室に籠もっていたルエット。
だけど、ちょうど1ヶ月前のあの日、うっかりと不運が積み重なって、閉架書庫にて『禁忌』を犯してしまってからは。
気まずさが募り、とてもあの慣れ親しんだ図書室を再訪する気にはなれなかった。
そして、同時に。いつの間にか、人混みも苦手になっていた。
周囲に人影があればある分だけ、『心がざわつく』ようになってしまったのだ。
なぜか? すべてはあの日、閉架書庫で遭遇した『アレ』の仕業であるのだが………。
「…………………………………あぅ。……どーして、こんなことになってしまったんですかね……」
あの日以来、何百回目かもわからぬ自省、自戒。運が悪かった、で済ますには劇的すぎる己の変化。
そして実際、運が『悪かった』とマイナス評価で断じてしまってもいいのかさえ未だはっきりしない。
――もやもやとした気分がずっと続いているのに、なぜか体の調子はすこぶる絶好調なのが、これまた混乱の元なのだ。
■ルエット > びゅううっ。ひときわ強い海風が吹きすさび、ルエットの周囲で渦を巻く。
波打ち際からは離れて歩いていたつもりだったが、潮水の水滴がいくつも風に飛来し、ルエットの髪やローブ、眼鏡にふりかかる。
ルエットは立ち止まり、命の次に大事な丸眼鏡を顔から外すと、ローブの袖で丁寧に潮水を拭い去る。
眼鏡を掛け直すと、その所作から流麗に右手が前に差し出され、白い五指がなめらかに蠢く。何らかの紋を中空に刻んでいる。
「……………………………」
海風に掻き消されるほどにかすかな声で、5節程度の『ことば』を紡ぐ。
途端、ルエットの周囲で吹きすさんでいた海風がぴたりと止んだ。風音に掻き消されていた波音が、ざざ……と主張を始める。
周囲50m程度にわたる広範囲の大気操作。
とても静かな魔術行使であるが、魔力の感知を行える者がいれば、すさまじい魔力が短時間で魔術と化したことがわかるだろう。
「………………ずーっと風に吹かれっぱなしだから、風の操作だけは得意になっていくですね……」
自嘲気味にひとりごちる。そして、凪の中をまたトボトボと歩き始める。
閉架書庫で偶然にも手に入れてしまった『魔術知識』は、見習い魔術師に過ぎなかったルエットにとって手に余るにも程がある量と質だった。
そんなものをいきなり頭に詰め込まれて、以前と同じような暮らしを送ることは実に難しい。
……ましてや、余計な知識までおまけにブチ込まれてしまったのだから。ここ1ヶ月は実に心がざわつきっぱなしである。
――否。少女1人の心が少しざわついてる程度で済んでるのだから、マシな現状とも言えるのかもしれないけれど。
それほどまでに、あの日触れてしまった書物の危険度の高さをルエットは遅れ馳せながらに実感していた。
だからこそ、将来の己の行く末に不安がつきないこともまた悩みのタネであるのだけれど。
「……………なんとか、付き合って行かないといけないですね……」
強大な力を得て、それを傍若無人に振る舞うような気性はルエットには一切ない。
いまあるその自制心をいつまでも保っていかなければならない。それは理解しているし、頑張らないといけない。
■ルエット > 「……………………………………………ふぅ…………はぁ……」
ひときわ深い息を2つ吐くと、ルエットはぴたりと脚を止めた。歩き疲れたのである。
王都から海岸まで、そして砂浜を20分ほど。これまで運動をサボり気味だったルエットにはそこそこの距離である。
しかし、『冒険者』としてやっていくには、たったこの程度の歩程で音を上げるわけにはいかないものだ。
――ルエットは魔術師としての実践力を積むために冒険者の真似事をしている。
そして、不意に強大な力を手に入れてしまった現在、その『実践力』をこれまで以上に積む必要があることを自覚している。
海辺の散歩もそのための準備運動という側面もあるのだが、まだまだ研鑽が必要なようだ。
立ち止まったルネットは水平線の方を向き、そして青く澄んだ冬の空を見上げる。
大部分には雲ひとつ見られないが、水平線を覆うようにはるか彼方に白い綿雲が見える。
自然のつくる壮大な彫刻をまじまじと見すえながら深呼吸。己の心を安らげつつ、体力回復を図ろうとするが……。
「………………………………………あ……………ちんぽ……」
紡ぐ前の綿のように水平線に横たわる雲の帯、その一部が弧を描く棒を模って天に向かい伸びる様が目に入ると。
ルエットの薄い唇はまったく意識せず、その形状を男性器に例えて、明瞭な言葉として放ってしまう。
次の瞬間、白い頬は燃えるほど真っ赤に染まり、髪を振り乱しながら首を振り、次いで俯いてしまった。
「な、なに言ってるですか、わたしは! ばか! ばか! 腐れマンコ! ビッチ! ……あああああああ!!」
己の発した言葉に遅れ馳せながら身悶え、脳裏に混乱が押し寄せる。その結果、さらに卑猥な言葉を自分に向けて発してしまう。
もうこうなると思考がどんどんこんがらがっていく。しゃがみ込み、頭を抱え、目をつむる。
己の学んだことのない言葉や概念が、己の認識しえない脳の奥底から湧き出て来る。それを振り払うように、叫ぶ。
何か意味のある言葉を紡いではいけない。そこから連鎖して、いけないワードが舌に乗ってしまう。だからただ叫ぶ。
「あああああああ!! もう!!!! ああああああああっ!!! ーーーーーーーーーッ!!」
滑稽な光景である。しかしルエットにとっては……1ヶ月前までただの無垢な少女であった彼女にとっては、深刻な問題である。
ご案内:「セレネルの海」にルヴィエラさんが現れました。
■ルヴィエラ > (叫び声が砂浜に響き、そして波の音に打ち消されて行く
其の残響は、少なくとも周囲にも居ない誰かに、届く筈は無かったろう
だが――かさりと、砂を踏みしめる音が、彼女の背後より
つい先刻まで、少なくとも誰も居なかった筈だと言うのに
何時の間にやら、酷く近くから、次の声は響いただろう。)
「――――――……もし、其処の御嬢さん?」
(其の声音は、何処かのんびりとした、けれども何かの台詞回しめいた抑揚で
また、一歩、今度は彼女の背後、右後ろへと移動する気配を知らしめた後
その横顔を、ひょい、と覗き込むように、長い銀の髪と、紅の瞳が夕日に浮かぶだろう
冬の日、にしては余りにも薄着の姿で、けれども、寒さなんて感じていないかの如くに平然と
そして、その視線はきっと、彼女の瞳を捉えてから――僅か、首を傾げて見せ。)
「―――――おや? ……失礼、人違いの様だね。
知人かと思って声を掛けたのだが…。」
(声を掛けた側で在ると言うのに、不思議そうな表情で彼女へと謝罪を向けるだろう
失礼、と、一礼を向けてから、けれど矢張り不思議そうに、暫し、彼女を見下ろして)。
■ルエット > 「ひっ………!」
無人――ルエットただ一人と思い込んでいたこの海岸にて、まさかいきなり他人から声を掛けられるとは思ってなくて。
その声の発生源から反射的に飛び退くように、しゃがんだ脚を蹴ってしまう。
しかし屈み込んだ姿勢からいきなりビクついてしまったせいで、ころりと無様に転んでしまった。
黒のローブも、黒のロングヘアもたちまち砂まみれになっていく。
「だ、誰ですか貴方は!? いつの間にこんな近くに? お、おとこの人!?」
砂浜を掻いて無様な姿勢を懸命に正そうとしながら、顔は男の方を向き、驚きと混乱を隠せない様子で色々と疑問をまくしたてる。
だがすぐに、ある1つの懸念に気づく。――もしかしてさっきの独り言、聞かれた?
「あ、あう、あうあうあうあ、ああああっ、えっと、えっと、えっとえっとえっとーーーー……ああああ……」
再び顔が真っ赤に染まる。初対面の男性に向けて、大変にオボコな反応にも見えるだろう。
ルエットはあまりにも恥ずかしいその懸念を払拭しようと、何かを尋ねようとして……しかし言葉にならない。
なりそうなのだが、勢い余って変なことを付け加えて放ってしまいそうで。
こんな局面、『あの時』から何度となくあった。そのたびに数日寝込むほどに気持ちをやられてしまったものだ。
――これだから未だに、家族以外との会話に慣れない。
……と、そんなあからさまな戸惑いを見せるルエットに、男の側から次の言葉が掛けられて。
それを聞いてようやく思考がまとまったルエットは、不思議そうに男の顔や身なりを見据えた。
「……ひ、人違い…ですか? あの、わたしに似てる人なんて、そうそう居ないと思う……ですけれど。
……というか、お兄さん……寒そうなカッコですね……」
砂浜にへたり込んだまま、間抜けにも聞こえる声色で相手の薄着を指摘する。
シャツ1枚はこの海風の中ではかなり寒々しい。自分だってローブの下にインナードレスを2枚は着込んでいる。
■ルヴィエラ > (――――確かに驚かす様な声の掛け方だったのは認めよう
だが、其れでも、砂浜へと転がるとは思わずに、思わず瞳を瞬かせた
少なくとも、人と話す事に慣れていないのか、或いは『男』に慣れて居ないのか
何処か挙動不審な其の姿を見ていれば、なんとなしに察知出来る部分も在る、が
――言葉にならず、ただあうあうと声を垂れ流すだけになって居る様子を見ては
ふふ、と、可笑しそうに微笑み、肩を竦めて。)
「失礼、通りすがりでね。 ルヴィエラ、と言う者だ。
嗚呼、心配しないでくれ給え、年頃と言うのは中々に繊細な物だ
『私は何も聞いて居なかった』、其れで良いかな?」
(誰、と問われ、あっさりと名乗る己が名。 そして彼女にとっては大問題だろう先刻の叫びは
多分、恐らく、其の物言いからして十中八九、聞かれて居たという事が知れよう
一応、秘密にしてくれる、と言う様相も見ては取れるだろうが――
さて、彼女の反応や如何に。 もし先刻の如くに百面相が始まるのなら
恐らくはしばらくの間、可笑しそうにその様子を眺めて居るだろうが。)
「――――……ふむ、いや、見た目では無いのだよ。
そうだね…纏う気配、と言った所かな? ――君を最初に見かけた時、ふと思い出したのだよ。
随分と古い、過去の友人をね。」
(さて、何故だろうねと可笑しみながら、薄着の儘で彼女の問いに微笑みを返す
――其の、刹那。 僅かに強い潮風が、二人の居場所を通り抜けていった際
或いは彼女ならば気付けるやも知れぬ、彼女だけでなく、己が周囲にも、凪が訪れている事に)。
■ルエット > 「……心配するなって。そんなこと、笑いながら言われても信用ならないですよぉ……うう」
こちらを心配させまいと浮かべたのであろうルヴィエラの笑顔が、心を病んだルエットには逆に堪える。
今にも泣き出しそうなほどに顔に苦悶を浮かべつつ、それでも必死に堪えながら、ローブの砂を払いつつ立ち上がる。
盛大に転げ回ったので未だに布地や髪は汚れっぱなしだが、まぁ海を歩けばいつだってこのくらいは汚れる。
諸々含めて、そんなみっともない姿を初対面の殿方に晒してることのほうが、乙女としてはつらみがある。
「ルヴィエラ……さん、ですか。わたしはルエット……コクマー=ラジエル学院の学生です。
……纏う気配、ですか。むずかしい言葉ですね。似ている、とどう意味が違うのかわたしにはわからないです。
…………ん」
『あの時』以来、魔術行使能力が向上したルエットは、周囲の魔力の流れを感知する力も増している。
あくまで感覚的、直感的な感知だけれど。
その直感が告げている……似た術式、ルエットの用いた風を抑える魔術と似た効果が、ルヴィエラと名乗る男からも放たれていることを。
――マネされた? 先程の魔術行使の様子も見られてた?
実際に見られて真似されていたとして、それが許しがたい行為であるとは言えないが、何か心にざわつくものを感じてしまう。
「………古い友人、ですか。えと……その、ルヴィエラ…さん?
失礼なことを伺いますですが、貴方はどういったご職業の方でいらっしゃいますでしょう……?
その………なんか、その言い回し、なんかその、含みがあるようにも聞こえてしまうのですけど」
男にはほとんど免疫のなかった箱入り娘のルエット。しかし今の彼女には『淫魔』由来の知恵が植え付けられている。
自然と、そういう誘惑の意図が含まれた言葉にもぴりりと神経が反応してしまう。
いや、決してそれは不快なわけではないのだが、いまのささくれた心にざわつきを覚えてしまうとどうしても警戒してしまう。