2019/08/01 のログ
ファナ > 「マスター、楽し、そう……」

うきうきと踊るように砂浜を歩くマスターを見つめながら、うんしょうんしょと力を込めてパラソルを砂地に突き刺しその下に布のシートを敷く。
マスターが疲れて帰ってきたら休憩できるように。メイドさんははじめてだけど、たぶんこんな感じでお手伝いするといいのだ。

「ふー……おわっ、た、かな?」

ぐいぐいとパラソルを揺らしてみて、しっかりと固定されたことを確かめる。
大丈夫そう。あとはお夜食と飲み物を詰めてきたバスケットを大事に抱えて、じっとご主人さまが戻ってくるのを待つだけだ。

「……うみ、っていうんだ。すごいなあ……水があんなに向こうまでいっぱい。マスターはこんなすごいところも知ってんだ。すごいなあ……」

無知な元奴隷では知りもしなかった広い世界を憧れとともに見つめて、そんな世界を知っていて、本を書くのがお仕事だというマスターの凄さに尊敬を抱く。
楽しげなマスターを見ているだけで楽しいし、うきうきする。そんな気持ち、はじめて。

レヴィア > 一頻り自由を堪能した所で忘れもしない、昨晩拾ってしまった可愛い幽霊少女の方をくるりと振り向くと、足先は勿論彼女の方に向うのだけど、パラソル?パラソル??苦手である太陽も眠り、親友である月が昇り照らす夜の世界なのにパーラーソール?

「ファナ?ファナちゃん?パラソル……設営ご苦労様?」

一先ず労いの言葉を頭の上に幾つも?を浮べそうな表情で少女に向けてから、軽く首を傾げるのだが一瞬で止め、深く考えるのも止めた、何彼女が設置してくれたのだから、使わない理由がない。

ので、素直に褒める事にしてメイド初心者の彼女の髪に手を伸ばすと、矢張りくしゃくしゃくしゃっと乱暴に撫で回そうとする。

愛情表現だけども、まだ誰かを慈しみ褒めるのは慣れていない、乱暴にする心算は少ししかないけど、どうしていいか加減も判らず子供にするような褒め方をしてしまうのだった。

ファナ > 「ん。疲れたらここで、やすめる、です」

振り返りパラソルとわたしの顔を行ったり来たりするマスターの視線。
なにか間違えただろうか。これがお作法だと、海に行くことが決まった後すぐ調べたんだけど。
怒られるのかな。こわいな……と首を縮こまらせていると、マスターはご苦労さまと頭をなでてくれた。
これ。これが好きなのだ。髪はくしゃくしゃになってしまうけれど、もともとそんなに頓着してないし。

「んんー……っ。マスター、ありがと、ございます。うれしい。マスターも嬉しいことあった、んですよね?」

にへ、と口元だけをふわふわにふやけさせて、マスターの掌に頭を軽く押し付ける。
おねだりしているとばれないように、それでいて今よりもうちょっとだけなでなでを感じたいから。
こうしているとマスターが優しくしてくれているのがよく分かって、しあわせなのだ。しあわせというのがまだ良く分からないので、多分と付くのだけど。

レヴィア > まあ良し、とにかく良し、今更ながら思うのだが幽霊少女……ファナは何かと此方を気にかけた行動をしてくれるのだが、それはいい、別に良い。

だがそれにしても幾分常識と言うものに欠けている、のか無知なのか、今回みたいに日差しを避けるためのパラソルを夜に持ち出したり、と若干のズレがある。

その部分は適時修正をして教育していくべきなのだろうけど、彼女が表情を綻ばせて笑むとか不安げな表情を浮べるか、すると叱るにしかれないんだよね……って。

なので是はこれ、後日今夜の事を忘れた頃合で教えるべきだと、結論付ければ今はこうやって彼女の髪をくしゅくしゅくしゃくしゃに撫でて褒めて伸ばす。

色素がぬけたような金よりもなお美しく見える少女の髪、絡んで滑る髪の感触を堪能しつつ、視線を合わせる為に軽く膝を曲げて屈めて、頭を押し付けてくるのだから、もっともっとくしゃくしゃと頭をなでまわす。

(くそーこの甘え上手めぇ……)

口は出さない、けど愛らしくてたまらないのである。

「そうねぇ私(わたくし)は仕事に一段落ついたのが、嬉しい……事かしらねぇ。あとは発売された本が売れて、お金が入ってきて、美味しいものが食べれてチヤホヤされたら最高ね。」

ふむ、と最初にひとこと加えてから、嬉しいことを一つ一つ説明をすると、最後にそれが嬉しいことと縦に頷くのである。

ああ、そうだ。

「ところで、ファナは水着は?まあ私も水着は着てないのだけど、ファナの水着姿見たかったなぁーと。ああ勿論ファナの気に入らなかったら仕立て直させるけど、一応持ってきてるのでしょう?あの水着。」

其処で水着の話題を思い出す。

海に来る、水着必須、これは外せない事柄である。
勿論ファナにも彼女にも事前に水着を購入して渡した筈である。

一応一緒に買いに行ったわけでもなく、仕立て屋に頼んだわけでもないので、市販の凄くシンプルな面積広めの白いビキニ、本当はもっとリボンふりふりとかひらひらーとかが良かったけれど、急遽海に行くことを決めたから、希望のものは買えなかったのだ。

最終手段はあるんだけどね。
白いビキニが嫌とか持ってくるの忘れた!とかであれば、ほら今自分の着ている服みたいにすれば良いですし?

ファナ > 「う…………」

出会ったばかりだけど、マスターのあの考え込むような顔はわかる。
お勉強しなさい、って言う時の顔だ。わたしはバカで愚図だからお勉強しなきゃいけないのはわかるけど、お勉強自体があまり得意ではない。
ううん、カッコつけるのはやめよう、得意じゃないんじゃない。得意じゃないうえに嫌いなのだ。
頑張るとは言ったけれど。捨てられないように精一杯覚えると言ったけれど。でもそれとこれとは別だと思う。
だからお勉強のさせかたを考えているだろうマスターに、やだーって想いを込めた視線を送ってみる。伝わりますように。びびび。

「でもいっぱい撫でてくれるからマスター、すき、です」

そんなふうに勉強をさせようとしながらも、いっぱいいっぱい撫でてくれるマスター。
痛いことも怖いこともしない、優しいマスターにすっかり気を許してしまった。
そんなマスターが嬉しい、仕事が終わった、お金がもらえたと言うのがわたしも嬉しい。

「えっと……お弁当、途中で買ってきたサンドイッチ、あります。それから、えーっと……ちやほやー?」

道中で夜食にと買い求めたサンドイッチ入りのバスケットをぽんぽんと叩き、よくわからないちやほやは声に出して復唱することでわからないなりに頑張る意思を見せる。
さて、お夜食を広げないと……というところでマスターからの確認が入る。

「みずぎ……水着。あの買ってもらった布なら、持ってきて、ます。見たいです? わかり、ました」

水に入るときに着るもの、と言って買ってもらった布。多分偉い人が着けてる下着みたいな形のやつ。
あれはしっかり鞄に詰めてもってきた。汚れ一つ無い白い、きっと高かっただろう服。わたしなんかが着るのはもったいないし、着ていいのかもわからないけれど、マスターが見たいなら。

「んしょ……んんっ、よいしょ……」

怒られたから肌を見せないように、袖から手を引っこ抜き、ローブを着たまま布だけを裾から突っ込んで水着を着けていく。
全部しっかり着けたならば、ローブを脱いで敷いたシートの隅っこに丸めて置いて。
うっすらとあばらの浮いた痩せた身体に、不似合いな健康的に丸く育ったバスト。
手足は付け根から魔導機械と同じ金属の義肢になっているが、おかげで胴体ほど棒っ切れのように骨と皮になっているような痩せた印象は受けないだろう。
そしてやはり幽霊のように色の無い、そんな身体に白いビキニを貼り付けて、もじもじとマスターの前に身体をさらけ出す。
恥ずかしいとかじゃなくて、こんな高そうな服を素肌に着けるのが落ち着かないのだ。

レヴィア > うっ……拒絶の視線である。

あの視線は勉強を拒絶したいけど自分ではいいだせないから、察して欲しいし、出来れば許して欲しいという視線に違いなく、これ……少女が始めて見せたおねだりはコレであった。

だがダメなのだお断りなのだ。
吸血鬼、この私の庇護に納まると言うのなら、勉学と自分を磨くことを止めさせるわけにはいかない、ので首を横にふって、勉強をやめることは無いです、と言いたい所だが考えている時間が長かった所為もあって少女は次なる行動に出ていた。

「その、幾らでも撫でて差し上げたいのですが勉強はね?自分を磨くことの大切さを……って、ほら着替えない!幾ら私の前でもローブを脱がなくても着替えられるとかだとしても、岩陰幾らでもあるでしょ、蝙蝠で遮光カーテンを作るのも……あー……もーう…………。」

何とも思い切りの良い彼女。
一先ずのところ勉強に関しては自分磨きに関しては其処は譲れませんので、一応ハッキリと言葉に告げるが目の前で行き成り着替え始めたのには驚いたほんきで驚いた。

着替えを見るのが嫌とか、そういうのではなくて淑女として恥じらいがあると思っていたのにコレである、思わず眉間に指を添えて皺を刻むのを阻止しつつ、これはダメである、もう一つ勉強することが増えました。

さて……圧倒言う間に着替えを終えてプレゼントした白いビキニ姿の少女に改めて視線を向けよう。

何といっても羨ましくなる病的な程に透けて見えそうな白い肌、これは本当に羨ましい、それに痩躯に見えるアバラが若干浮いて見える不健康な上半身なのにたぷたぷな反して健康的に育っている柔乳、ウエストもしまって何とも羨ましくなるのだが、手足の義手義足、魔導機械を思わせるその手足は何と表現すべきだろうか。

カワイソウ、ではない。
カッコウワルイ、でもない。

少女が少女であるがため、その四肢にきっと相応しいものであるのだろう、だからそれを否定することはしないし、侮蔑の言葉を吐くのは誰であれ許せないと思う。

でも、何れ少女が知識を得て、美しくありたいと考えたなら協力してあげようとは思うのだ。

たぶん、眷属に堕とせば四肢の再生くらいはかなうだろうし、だがそれは少女が望まねば絶対にする事は無いだろう。

「よし、私のメイドは2日連続で眺めても可愛い!可愛い!思わず噛み付きたくなる可愛さだし、水着以外も着替えさせたくなるし、……怒りたいのもあるけども、ちょっと私の傍に来て背を向けて座りなさい?」

色々と言葉にしたりないけども、まず手始めに自分から白い砂浜に膝をついて座ると、少女が指示に従うのを待ちながら、表情はイイコトを思いついたときの顔と笑みをして、その時を待つのであった。

ファナ > 「やった……」

いくらでも撫でたい。マスターの言葉に小さく拳を握って喜ぶ。
だって嬉しいんだもの。マスターに撫でられるのは嬉しくて心地いい。叶うならば一日中だって撫でてほしいとおねだりしたいけれど、でもそれはマスターのお仕事のじゃまになるので駄目。
そんなふうに我慢できる分別はあるのだ。
だから、マスターの方からいくらでも撫でたいと言ってくれるのはとてもうれしい。いつでもどれだけでも撫でてください。その後のことは聞こえなかった。聞こえなかったったら聞こえなかったのだ。

「……? だって見てるのマスターだけ、だから……マスターなら見られても平気、だし。マスターは、見ないの?」

奴隷は主人の前で隠れてはいけない。着替える時はなにか隠し持ったりしないように主人か監視の前で。
そんな習慣が根付いてどれだけ経っただろうか。少し恥ずかしいけれど、もう慣れたから気にせず着替えていたけれど、マスターは駄目って言うからもう少し考えよう。
次があればお家からずっとローブの下にこれを着ておくとか。

「ん……マスター、どう、ですか……?」

着替えの仕方も勉強だな、と言わんばかりのマスターに半裸の身体をさらけ出して、話を逸らすように問いかける。
マスターの選んだ水着はちゃんと綺麗に着れているだろうか。
こんな奴隷にこんな上等の水着なんて与えて後悔してないだろうか。
マスターの見たかったわたしに成れてるだろうか。
不安と心配の篭った眼差しで、身体を頭の天辺からつま先まで検めるマスターの視線を追う。
その視線が義肢に留まったのを見て、せめて手だけは申し訳なく身体の後ろに隠す。
嫌いだっただろうか。私も欲しくて手に入れたものじゃないけれど、でも私がマスターと出会うまで死なずにいられたのはこれのおかげで。
この義肢を見ると辛い奴隷生活を思い出すけれど、この義肢がなければ歩くこともものを手に取ることも出来ない、生きるための必需品。
それをじっと捉えて離さないマスターの視線に、チリチリとした不安と焦燥が湧き上がる。
マスターに嫌われたらどうしよう。この義肢を引っこ抜いて海に放り込んだら許してくれるだろうか。でも、そうするとマスターにご奉仕も出来なくなってしまう。ただの荷物になってしまったら、このまま此処に置き去りにされてしまうかもしれない。
怖い。どうしよう。怖い、不安で、寂しくて、悲しくて――えっ?

「か、わ……? あぅ、噛んでもいいです、から……怒らないで……」

けれどマスターがくれた言葉は意外なもので、こんな見た目のわたしをかわいいと褒めてくれた。
怒りたい、と言われるとびくんと固まってしまうけれど、その恐怖を頑張って飲み込んで、マスターの前に背中を向けて座り込む。
叩かれるのだろうか。それとも言っていたとおり噛みつかれるのだろうか。
痛いのも怖いのも嫌だ。大丈夫、きっとマスターはそんなことしない、そう思っても震えはどうしても抑えきれない。

レヴィア > 吸血鬼だって考え事をするし、深く深く何かを考えた際に負の感情のスパイラルに陥る事だってある……筈、生粋の吸血鬼で人と触れ合わず生きる変人はともかく、人と交われば矢張りそんな思考にもなっていく。

その経験があるから彼女がファナがネガティブな考えをしている時はそれとなく察することが出来るのだ、よくもわるくもであるが……拾った責任があるし、自分の庇護にある者を邪険に扱うのもコレも吸血鬼のプライドが許さないからね。

「ファナの素肌はお風呂の時に好きなだけ見れるし、成長を記録することも始めたいし、だから見るときは今ではないわ?」

少女が不安にならないように彼女が紡いだ言葉を取捨選択して、薄く淡く今宵浮かんだ月のように薄い曲線を描いて笑むと、くす、と軽く小さな声で笑うのだ。

心配そうなその表情を浮べていた、でも今は言葉通り指示通りに背中を向けて素直に座り込んだ少女の頭を一度だけ、くしゃくしゃっと撫でてから、さて指先は彼女の後ろ髪に触れて手慰みではなくて自分でウィッグを弄るときの要領で、簡単にではあるが彼女の伸ばしっぱなしの髪を結う。

少し後頭部に近しい位置に親指と人差し指の輪で束ねて捕まえたファナの髪をもっていくと、もう片方の指でその指先から眷属の蝙蝠を呼び出し、更にその蝙蝠を変化させてゴムひもを作ると束ねた髪をキュとまとめて、もう片側を同じ様に軽く鼻歌を歌いながら、指の輪で束ねて眷属を呼び出してゴムひもに変えてきゅっと結んで……と。

眷属であればまあ有る程度何かあっても何とかなるし、黒いゴムひもは少女の髪にバッチリあうし、ゴム紐につけてワンポイントの蝙蝠の飾りも可愛いだろ、絶対に可愛い、少女と合わさって無敵である、可愛いヤッター流石私の可愛いファナである。

前髪は後でこちらを向かせた時に何とかしよう。
一先ず後ろ髪は完成で、俗に言う三日月をイメージしたラビットスタイル、少し華やかであるがファナの髪は長いだろうし、これくらいの方が似合うだろうって。

「……後ろ髪はこんな感じかしら?次は前髪なんだけど、ハイ、満足するまで眺めたらコッチを向いてね?」

オシャレの必需品。
手鏡を眷属の蝙蝠で作り上げると、彼女の肩越しにその量太股の上にそっと置こう、で、それで後ろ髪がどうなってるか、見たらこっちを向いて欲しいと言う事で……既にもう片方の手で前髪を何とかするための髪留めも眷属を使って製作中で、……こうやって誰かを着飾りたかったのか、表情は穏やかでありながら、無邪気な子供のような笑みを浮べてしまっている。

ファナ > 「ん。……はい」

背中の後ろで優しく笑うマスターに、前を向いたまま頷く。
優しく諭すように教えてくれるマスターは、確か本を書く以外に先生というお仕事もしていると聞いた。
だからなんだろうか。私なんかにもこんなふうに優しくしてくれる。奴隷なんて叩いて躾ければいい、なんて言わないでちゃんと言葉でお話してくれるのが、人間として扱ってもらえているようでなんだかむず痒くも幸せで。
そんな気持ちを胸に抱いたまま、マスターの手がもう一度くしゃりと頭をなでてくれたのが嬉しくて、気がついたら初めての笑顔のようなものが浮かんでいた。
マスターには背中を向けているから見えないだろうけれど、自分の顔にこんなふうにしっかり表情を作る機能が在ったなんて知らなかった。

「マスター……? 何、してる、ですか?」

そんなふうに初めての笑顔に戸惑いながらも、悪くない気持ちでいると、マスターの細い指先が髪を漉いて集め、束ねていく。
優しく髪を扱われ、時折指先が擽るように頭の地肌に触れるのが擽ったくて、でもとてもうれしくて。
右、左とマスターの鼻歌に合わせててきぱきとまとめられていく感触。まるで布を巻いたように髪で覆われていた首の後ろや背中が、その御蔭で一気にすーすーした。
少し肌寒いくらいだけど、そのまま伸びるがままに放り出しているより邪魔にならないのがいい。
ところでさっき髪を結わえた紐、さっきまでそのへんを飛んでなかっただろうか。
えっ、これなんだろう。ドキドキする。変な虫じゃありませんように。

「満足……眺める、ですか? えっ…………わ、わぁ……うわぁ、これ、わたし……です?」

太腿に載せられたのはお金持ちじゃないと持ってないような綺麗に透き通り、曇り一つない手鏡。
それを汚さないように壊さないように恐る恐る、慎重にゆっくり持ち上げて顔を見れば、ただのばし放題で放置していた長い髪がふたつに分けられ纏められていて、ふんわりと弧を描いて落ちるその房はまるで垂れ耳のウサギさんのよう。
髪を束ねる紐に付いているコウモリさんの飾りも可愛くて、わぁわぁと歓声を上げながら手鏡を動かし色んな角度からいつまでも髪を見てしまう。
そしてマスターに向かい合うよう言われていたことを思い出して、大慌てで向き直りぺこりと頭を下げた。

「マスター、ありがとうござい、ます。こんなの、はじめて……ふつうの子、みたい。マスターすごい……だいすき、です」

奴隷でもなんでもない、ふつうの女の子のような格好でいられることへの感謝を込めて、マスターに想いを伝えるのだ。
こんなに可愛がってくれるマスターのことを、すっかり好きになってしまっていた。

レヴィア > 彼女は自分の所有物であるならば、自分の傍に置くべき物は可愛い出なければならない、可愛いのが好きだから。

ファナには素質がある。
見た目も言動も何もかもが磨けば光る金剛石の原石みたいなものだ。

ほら、手鏡を見てはしゃぐ姿にこちらを向いて頭を下げる仕草に全部が全部可愛いでしょう?うちの子可愛いでしょう?って自慢したいが相手がいない、今度吸血鬼のお茶会にでも連れて行こうかしら?とまで思う。

「お化粧道具もそろえなくちゃダメよね……。その鏡はあくまでも間に合わせだから、富裕地区のお店でもっといいものを……はい、次は前髪ね?」

好かれて嫌な気持ちになんてなる筈も無い。
それに今夜の髪結いは思ったより上手くいき、何度も言いたくなるけど彼女に似合ってとても可愛い、そもそも彼女の伸ばし放題の髪はこうやって遊ぶのに丁度良かった。

さて、今度は言葉通りの前髪である。

前髪は思ったほど長くは無い。
でも彼女の垂眼気味の愛らしい瞳を眺めるのにちょっと邪魔な前髪は掌でそっと左右に払って、額が軽く出るようにした状態で前にたれてこないようにパチ、パチと眷属でつくったシンプルな髪留めでその前髪をこめかみの辺りで止める。

「……そう、アナタは普通の子よ?私の庇護下にある間は普通の子だから、奴隷なんて無粋な存在じゃなくてアナタはファナ、私の大事な大事なファナなんだから……。」

自分の両手を合わせて、ハイ完成、と言わんばかりに笑みを浮べて見せる。

視線は真っ直ぐと庇護したファナの碧色の瞳を見つめて、じーっと、その小さく愛らしい唇をも眺めて、うん、矢張り満足げな表情を浮べるのだった。

ファナ > 「あっ……」

楽しげに眺めるマスターの視線に気づいて、いつもの魂の抜けたような基本の表情に戻って手鏡をそっと膝に降ろす。
マスターはきっとわたしの見た目を評価してくださっているのだろうけど、わたしがそれについていけるかわからない。
だって期待が過分な気がしてならないんだもん。マスターの目が本気すぎるのだ。これは多分、親ばかだとかそんなふうに呼ばれるやつにちがいない。

「おけしょう……? もっといい鏡……?」

ほら。ほら言わんこっちゃないんだ。マスターは暴走してるようにしか見えない。
こんな拾われっ子の奴隷に、そんな貴族のお嬢さんみたいなお金の使い方なんてよくない。
でも……でもちょっとだけ、そんなふうにマスターの好きなように着飾られて、いっぱいマスターに可愛がられたい気持ちが芽生えてしまったのに気づかないふりをする。
少なくとも、伸ばし放題にしていた髪をマスターが楽しげに弄ってくれるのはわたしも嫌じゃないし、むしろうれしいから。
やっぱり、なんだかんだ好きなのだ、マスターのことが。だからちょっと暴走してるような気がしても、その暴走に付いていけるように頑張りたいという気持ちが先に立つ。

「……ぅぁ」

そうこうしている間に前髪が払い除けられ、額と目をしっかり出すように留められてしまった。
遮るもののない視界でマスターの顔が直視できない。気恥ずかしくて、視線をごまかしてくれる前髪が居なくなったせいにしないと恥ずかしくてたまらない。
けれど、そんな恥ずかしさなんて些細なことだと吹き飛ばすマスターの言葉に、思わず涙が流れ出て。視界が滲んだおかげで、前髪が払いのけられたことへの不安や恥ずかしさも吹き飛んでくれる。

「ふつうの子……奴隷じゃなくて、ふつうの子でいいの……? 大事? ほんと?」

ふつうの子供でいい。大事なんだから。
それはきっと、たくさんの子供が当たり前にもらえたはずの言葉。
でも、わたしにとってははじめての言葉だから、涙が溢れて溢れて止まらない。

「うぐ、えうっ……ましゅた、わたっ、わたっし、ますたーに、ます、マスターに死んでも、おつかえ、し、します……! すきぃ、ますた、だいすきぃ、ですっっ……!」

ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らして、マスターに抱きつくように甘えて泣きながら、綺麗に結わえてもらったこの髪はずっと大事にしようと心に決めた。

レヴィア > 抱きつかれるのは嫌いじゃないが、泣いている顔は大嫌いなのである、だって泣いている顔より笑顔の方がきっと可愛い筈で、しかし、今の彼女の顔は泣いているけども可愛くない訳ではなくて……人間という存在は複雑であるな、と思う。

彼女に負けず劣らず細い両腕で抱きついてくる少女の身体を受け止めて、もーと言わんばかりに仕方ないなって笑みを口元に浮べてから少女の事を慰めよう。

その背中を掌でとんとんっとリズムをつけてやんわりと叩くと、これじゃ散歩って気分じゃなくなったし?今夜は素直に帰ろうと、お夜食は別に屋敷で食べてもいいかなって思うので、帰宅に決定。

メイドなのか娘なのか傍に置く十分な理由をもつ少女、抱きしめた状態から、片腕を上手に彼女の両膝の下に入れて、立ち上がるタイミングでひょいと抱き上げて、泣いている少女をお姫様だったこする、うーん、是はされたい側だったのだが、するのも案外悪くない。

「あーもう、前はどんな主人に仕えてたか想像つくわ。ほらファナ泣かない泣かない、今夜は一度屋敷に戻って、海水浴はまたにしようなー?散歩なんて何時でも来れるし、水浴びなら屋敷の裏手にプールでも作ってしまえばいいし……な?だから今夜は一度帰る、んで、お夜食食べて、一緒に寝て、起きたら次を考えよう。」

言葉の終りにチチチッと舌打を数回。
すると眷属の蝙蝠達がバサバサササっと何処からともなく集まって、荷物の片づけを始める。

少女が何もしなくても何とかなるのだけど、是はコレで味気ないので明日も明後日も少女に準備を任せよう、勿論次は彼女に片づけまでさせる心算だ。


ああ、言葉の終りくらいから、口調が素に戻りかけたけど、仕方ないよね。って
自己完結して、気にしないことにもした。

ファナ > ぐすぐす鼻を鳴らして、涙を零しながらうれしいうれしいと繰り返す。
痛くない、怖くないのに涙が流れるなんて不思議。でも、この涙は嫌じゃない。
だから私が怖がったり、怯えたりするのを好まないマスターも、きっと許してくれるんだと思う。

マスターの細いんだけどしっかり力を感じる腕が抱きしめてくれる。マスターの胸に身を預け、抱き合い泣けば、涙と一緒に奴隷だった時の嫌な思い出、悲しい思い出が流れていくような気がした。
あやすように背中を叩いてくれるマスターは、ご主人さまという以上に、もっと偉大でもっと敬愛するべきひとだとわかる。
たぶん私に家族が居たことがあれば、これは家族に対する親愛に似た気持ちだと理解できたのだろうけれど。

「ん、うん。かえり、ます。おかたづ……きゃっ」

帰ろうか、とお散歩を切り上げるよう提案するマスター。わかりました、とパラソルやシートを片付けようと抱きつく手を離した途端、ひょいと一息に横抱きに抱き上げられてしまった。
目を白黒させて、マスターの横顔をじっと見上げることしかできない。
浮いているような感覚は不安だけれど、でも支えてくれるのがマスターならどんな場所より安心できてしまった。

「ん……なかない。なくの、やめます。うん……お家に帰って、お夜食食べて、マスターと一緒に寝る…………」

こくこく頷く。昨日に引き続き、マスターと一緒に。
昨日はだきまくらにされるままだったけれど、今日は少しだけ甘えてもいいだろうか。
少しだけ、ほんの少しだけこちらからもマスターに触れて、しっかりくっついて。
そうしたら、よりぐっすり眠れそうな気がするから。

「わ、わっ。コウモリさん、ありがとう、ございます……!」

マスターが呼んだのか集まってきたコウモリさんたちが片付けてくれるのにしっかりお礼を言って、マスターにぎゅぅっと抱きついて一緒に帰れる喜びを全身で受け止める。
叶うならば、これからもずっとずっとずぅっと、マスターと一緒にいられますように。
海の上に浮かぶ星にお願いをして、大好きなご主人さまとの穏やかな夜を楽しみに家路に就くのだった。

――それはそれとして、明日からのお勉強はなんとか少しでも易しくならないかなと逃げる手段を考えないといけない。
だってこんなに幸せで頭がぱんぱんなときにお勉強なんてしたら、破裂してしまいそう。

ご案内:「セレネルの海」からレヴィアさんが去りました。
ご案内:「セレネルの海」からファナさんが去りました。