2020/01/17 のログ
アルナ > 相手に勘違いをさせたことになど、気づく頭は持っていない。
優しくしてくれるなら懐くし、もしも酷いことをされたとしても、
ひと晩寝たらけろりと忘れられる程度の頭の持ち主だ。
――そして、用いた呼称が男にクリティカルダメージを与えたことにも、
当然、気づきやしないのだった。

「わぁい、おじちゃん大好き!」

そして、満面の笑みでもってまた呼んだ。

ケージの大きさは、今のウサギの大きさでは窮屈すぎるのだが。
中には空のスープ皿が転がっていて、明らかに何かを飼っていた風情。
またしても誤解を生んだことになど気づく由もなく、屈託なく丸い瞳を瞬かせて。

「せ、い、ん……セイン?
 えっと、アルナは、アルナ、だよ」

自己紹介にも何もなっていない、上に、初対面でいきなりの呼び捨てである。
おじちゃん、よりは、マシだと思ってくれるかどうか。

ぱちん、と小気味良い音が響いた直後。
何もなかったテーブルの上に、豪華な食事が所狭しと。
零れ落ちそうに見開いた瞳はすぐに、きらきらと嬉しそうに輝き出した。

「うわあ、すごぉい!
 セイン、魔法が使えるの?」

すごいね、すごいな、なんてはしゃぎながら、テーブルに飛びつくウサギ。
相手がそっと涙を拭っているのにも気づかずに、キラキラの笑顔で振り返り。

「これって、人間が食べるものだよね?
 アルナが食べちゃっても良いの?ホントにぜぇんぶ?」

――――誤解はもう、修復不可能なところまで加速するかも知れない。
鈍感力を極めたウサギは幸せいっぱいで、相手が頷けばすぐにでも、
椅子に座ってご馳走に手をつけることにする。
――――所詮はウサギであるからして、テーブルマナーは期待してはいけない。

セイン=ディバン > 「……そうか……」

満面の笑顔と、おじちゃん、という言葉。
普段の男であれば、中年扱いされればそりゃあ盛大にキレる。
自覚していても他人にオッサン扱いされるのはイヤという、面倒な性分なのだ。
だが、可愛らしい少女の笑顔を曇らせるなど、どうしてできようか。
男は、ただ、力なく微笑むしかなかった。

「ん。よろしくな」

相手が自身の名を呼び捨てにするのも。男は気にしない。
基本、子供は敬称をつけて他人を呼んだりはしないものさ、と。
男なりに、理解しているからだ。

「まぁね。こう見えても、実はオジサンは凄いオジサンなんです」

料理を見て、ものすごくテンションの上がる相手を見ながら。
男は、えへん、と胸を張る。
だが、相手の次の言葉を聞けば。

「……くぅっ……。
 あぁ、いいんだ。いいんだよアルナちゃん。
 好きなだけ、お食べ……っ!」

人間の食べ物、などという言葉を聞けば勘違いは最大加速。
この子は、この村で。酷く虐げられていたに違いない。
あぁ、だからオレはこの村一帯が嫌いだ。
そんな勝手な同情を抱きつつも。
男は、まぶしい相手の笑顔と言葉に、視線を逸らしながらそう告げる。
頬をぬらす涙を見せぬようにしながら、チラ、と相手を見れば。
素手で料理にかぶりつくような姿。

(なんて可哀想な……。
 きっと、まともな教育も受けさせてもらっていないのだろう……)

ここまで勘違いから同情し続けると、逆に失礼な話なのだが。
男は、目頭を押さえることに必死であった。

アルナ > 基本的に、常識というものに大変疎い身である。
失礼とかいう概念も知らないし、他人の心の機微を察知するなんて無理な話だ。
ただ、名乗ってくれたので取りあえず、おじちゃん、と呼ぶのは終了するが。

「そぉいえば、セイン、このマントもさっき、お空から出してくれたよね。
 そっか、セインはすごい魔法使いさんなんだ……。
 ――――え、ホントに良いの?わぁい、いっただっきまぁす!」

良くも悪くも素直なウサギは、魔法で出されたと信じ切ったご馳走に、
躊躇いもなく食らいついた。
いただきます、を言えただけでも奇跡に近い。
そしてもちろん、思いっきり、パンもお肉も手掴みだった。

「んんん、おいひ……、
 おいひいよぉ、へいん、ふっっ、ごくおいひいよぉ!」

ウサギというよりリスの類か、口の中をいっぱいにしてモグモグと、
はしゃいだ声が何を言っているのだか、表情から察してもらうしかない。
汁物の皿にはさすがに手を突っ込めず、スプーンを手に取ったが、
ぎゅう、と柄を握り込んだ持ち方は、明らかに不器用そうな。

――――しかし、ふと。
美味しいものを口にしたせいか、ようやっと、相手の異変に気がついた。

「……セイン、どぉしたの?」

泣いてるの?なんて、直球な問いかけ。
口の中身はいったん嚥下したが、口のまわりが大変なことになっているので、
シリアスな雰囲気とは程遠かった。

セイン=ディバン > 「ふふ~ん。そうだぜ~。
 ま、凄い魔法使い、っていうか。本当は凄い冒険者ってところなんだが……。
 あぁ、召し上がれ。たんと召し上がれ」

あくまでも、この男の見せた奇跡は魔術の産物。
家にあった料理を、転送呪文で取り出しただけだ。マントだって同様である。
だが、作りたてほかほかの料理にかぶりつく相手には、そんなことはどうでもいいだろうし、説明は省く男。

「……そうか。いや、良かった。
 もちろん、食べ切れなかったら残してもいいんだぞ。
 お金もいらないからね」

あまりにも幸せそうに食べる相手の姿が、まぶしすぎて。
男は、言葉少なくなっていく。喜んでもらえて、なにより。
しかして、この後どうするか。どうすればいいのか。
男はそこに考えを至らせるのだが。

「ん。あ、あぁ、気にしなくていいぞ。
 ……ところで、アルナちゃん。キミ、家族もいないんだよな?
 村の人もいなくなっちゃったし……どこか、行くあてはあるのかい?」

涙をぬぐいつつ、相手にそう尋ねる男。
口の周りがだいぶ汚れているので。
それを、ハンカチでぬぐってあげる。
そのまま、無意識に、相手の頭を撫で撫で。
もしも行くあてがないのなら、何とか力を貸してあげよう、と考えている。

アルナ > 「……ぼお、けんしゃ?」

その職業は、残念ながらウサギの知識には入っていなかった。
かくん、と首を傾がせつつ、危うい発音で復唱だけはしてみせたが。

「残す、なんて、もったいないことしないよぉ。
 次、いつご飯もらえるか分かんないし」

いちいち誤解を招く発言を、そうと気づかず投下するウサギであった。
ともあれ、そんな当人は文字通り、幸せをお口いっぱい噛み締めている。
噛み締めてはいるのだが、――やっぱり、少しだけ。

「んん、ふぅ、ありがとぉ……
 でもぉ、セイン……なんだか、悲しそぉ、だよ?」

お腹すいてるんだろうか、なんて、ウサギの頭で思いつく『悲しいこと』は、
しょせん、その程度のことである。
何しろ、気にしてみたは良いのだが、んー、と心地良さげに口許を拭われたり、
頭を撫でられればますますふにゃふにゃと、幸せそうに目を細めてしまう。
そうしてホンワカ顔のままで、またしてもあっけらかんと。

「行くとこなんてないよ、アルナ、ひとりだもん。
 美味しいご飯くれるひとがいたら、また飼ってもらうかもだけど」

――――ウサギの常識は、人間の非常識だった。

セイン=ディバン > 「あー、冒険者分からないかー」

まぁまぁ、気にしなくていいよ、と言いつつ。
相手の食事風景を見守る男。

「いや、食べ過ぎるとお腹痛くなるよ?」

あんまり無理するな、と言いつつ。
そうか、食事もろくにもらえていないのか、と勘違い。
どうにも、この二人の会話、見事なすれ違いを起こしている。

「あぁ、いや。ちょっと、ね……。
 大丈夫、気にしなくていいからね」

子供の前で弱った様子など見せられまい、と。
男は、笑顔になり、相手の頭をなで続ける。
なんだか、相手がとっても蕩けた表情なので、今度は両手で。
わしゃわしゃわしゃ~、となでてみたりもする。なんだか楽しい。

「……くおぉぉ……。そ、そっかぁ……。
 し、しかし。この村にはもう人がいないからなぁ」

飼うとか。いよいよダメじゃないか、と思う男。
う~んう~んと頭抱えて悩んだ結果。男の出した答えは。

「……じゃあ、ウチにくるかい?
 しばらく、泊まっていいし。
 もしも暮らせる場所が見つかったら、出てってもいいし」

いわゆる、仮の宿としてウチを使うかい? などと。
そう提案するのが精一杯。
ムリヤリ連れて行くのも、問題だよなぁ、と思ったからの言葉であった。

アルナ > 分からない、と頷きひとつ、気にしなくて良いというのなら、
相手の職業については謎のまま、美味しいご飯を出せる人、という認識に。
食べ過ぎを心配する言葉にも、にぱ、と笑顔で首を振り。

「だいじょーぶ、アルナ、頑丈だから。
 ちっちゃいけど、壊れにくいの、ちょっと自慢なの」

えへん、と何故やら胸を張って、ぽんとお腹を叩いてみたり。
壊れにくい、という表現も、もしかすると誤解の種になるだろうか。
――――悲しそう、な顔ではなくなった相手が、わしゃわしゃと頭を撫でてくれるなら。
ウサギはきゃー、と子供っぽいはしゃぎ方を披露する。

「セイン、そんなにわしゃわしゃしたら、毛並みがぐちゃぐちゃになっちゃうよぉ。
 気持ち良いけどぉ、あんまり気持ち良いと眠くなっちゃうよぉ」

実際は、撫でられようが撫でられまいが、お腹が満ちれば眠くなるのだが。
相手がうんうん悩んでいる間にも、食べかけのパンの塊にかぷりと齧りつき。

「だぁれもいないなら、だれか、探しにいくしかないんだけど…、
 ――――え、セインのおうち?」

もぎゅもぎゅ、ごくん。
パンのかけらを飲み込んで、そう問い返したウサギはと言えば、
一応考えているような顔をしていても、ろくに考えていなかった。
美味しいご飯をくれる人、に、バッチリ当てはまっている相手である。
さして時間もかけずに、こくん、と大きく頷いた。

「うん、アルナ、セインのおうちに行く!
 今日からはセインが、アルナのご主人さま、ね!」

色々すっ飛ばして、そんな結論に辿り着いたと同時。
跳ねるように椅子から降りて、相手の身体にも飛びついた。
そうしてにこにこと上機嫌そのものの顔をして、ご主人さま、なんて呼んでしまったりも。

相手の誤解が解かれる日は来るのか、むしろ混迷の一途を辿るのではないか。
前途多難と言うほかないが、少なくとも相手がやっぱりパス、と言い出さない限り、
ウサギは嬉々として彼についていくだろう。
苦労するのはきっと、相手だけ、ということになるのは間違いなく―――。

セイン=ディバン > 「……そうか。いや、それならいいんだけど……。
 ……頑丈……?」

笑顔のまま相手が口にした言葉に、男は再度違和感を覚える。
頑丈。小さな子供が使うにしては、ちょっと難しい言葉だ。
壊れにくい、という言葉も。怪我しにくい、なら分かるが。
だが、相手の頭をなでているうちに、そういった疑問も、どうでもよくなる。
ずいぶんと、可愛らしい反応だから。ちょっと癒されてしまうのであった。

「あぁ、すまんすまん。
 ……うん。でも、あれだぞ? 眠くなったら寝てもいいんだぞ?」

寝る子は育つ。寝たいなら寝るべきだ。
相手が寝るのなら、男はそれを護るつもり。
なんだか、すっかり情が湧いてしまっている。
それもこれも、相手の反応などが可愛らしいからなのだけれども。

「そうか。探しに、かぁ……。
 うん。もしもよければ、ウチを、宿にしてくれてもいいんだけど」

別段、一緒に暮らそう、とまでは言わない。
ただ、男の家は王都の富裕地区にある。
この少女のことを知っている人間が見つかるまで、不自由なく暮らせる場所を提供するくらい。いいのではないか、と思う男であったが。

「お、おぉ。そっかそっか。
 じゃあまぁ、しばらくの間よろしくな……って。
 ご、ご主人さまぁ!?」

なぜそんな立場になるのだ、と困惑する男。
だいたい、こんな小さな子がご主人様だなんて。
やっぱり、そういう生活をおくっていたのか!? と勘違いしてしまう。

だが、男としては。相手に信頼され、飛びつかれるのも嬉しくないわけでもないのだが。
相手を家に招けば、また別の問題が生じる。
なんというか、天然で無防備なこの少女。
はたして手を出さずにいられるだろうか、なんて。
悩みつつ、男はこの少女を、とりあえず居候とするのであった……。

ご案内:「ゾス村」からアルナさんが去りました。
ご案内:「ゾス村」からセイン=ディバンさんが去りました。