2020/01/16 のログ
ご案内:「ゾス村」にアルナさんが現れました。
アルナ > ウサギがその村に滞在し始めてから、かれこれ10日ほど経っていた。
人間の姿をしていたわけではない、白い小さな仔ウサギの姿で、
村の子供に拾われ、ペットとして飼われていたのだ。

ご飯はもらえるし、優しくしてくれるし、
ときどき過剰に撫でられたりするのは鬱陶しかったが、
まあ、良いかなと思い始めた頃だった。
何しろ冬は寒いし、出奔するなら春になってからでも、なんて――

――――しかし。

「……お腹、すきましたの……」

2日ほど前から、ご飯がこなくなった。
ご飯だけではない、子供たちも、大人たちも、誰も見かけなくなった。
いったいどうしたんだろう、と、頭のゆるいウサギですら思うほど。
それに何より、お腹がすいたし――

そんなわけで、ウサギは人の姿になって、飼われていた家を抜け出した。
静かな月夜、静か過ぎる夜だ。
人の気配がしない、明かりがついている様子もない。
とぼとぼと月明かりが照らす道を歩きながら、ウサギは首を傾げる。
何があったんだろう、皆どこへ行ったんだろう。
――――今はまだ、警戒する、というほどではなかったが。

ご案内:「ゾス村」にセイン=ディバンさんが現れました。
セイン=ディバン > 「……チッ。手遅れか」

ゾス村。国内の寒村。男にすれば、この村、そして周囲は嫌な思い出しかない場所だが。
依頼とあれば、足を運ぶのもやぶさかではなかった。
依頼の内容は……。

『ゾス村、および周辺に異常が発生。
 魔物、災害、その他の恐れがあるため、調査されたし』

その依頼を受けて村にきた男であったが。
表情は明るくない。……生存者どころか。
死体の一つもない。魔物の襲撃とも思えぬのに、人の姿が無い。
何かが、あった。それしか分からない状況の中。
男は少女を見つけ……。

「おい、キミ、大丈夫か!
 何があった……? キミの家族は?
 村の人間はどこにいった?」

駆け寄り、相手に声をかける男。
ようやっと見つけた生存者だ。保護せねばならない。
そう思い、男は、空間からマントを取り出し、相手にかけてあげる。
今夜は、寒すぎるから。

アルナ > ――――足音、そして、ひとの気配。

静まり返った界隈で、さすがのウサギもその気配には気がついた。
気がついた、がしかし、逃げるとか、警戒するとか、
そういう方向には行かないのがこのウサギである。
声をかけられるまではぼんやりしていたし、声をかけられると、
きょとんとした顔であっさり振り返るのだ。

「アルナ、……アルナは、なんとも、ありませんの。
 お腹、すいてるだけですの」

まるで、閑散とした村の様子よりも、空腹の方が重大事件だと言わんばかり。
そこでいったん口を噤み、そっと小首を傾げて思案するような間をあけた。
そうこうする間に、手品のように現れたマントが、小柄なウサギの身体を覆う。
ぱちくりと一度瞬いて、にへ、と、気の抜けたような笑顔を見せながら。

「ありがとぉ、ですの。
 カゾク、は、いませんの…アルナは、もとからひとりですの」

ここで飼ってくれていた子供を、家族と呼んで良いものか。
分からなかったので、ウサギの頭でも記憶している真実だけを伝えることに。

「村の、ひとたち……気がついたら、みんな、いなくなってましたの。
 アルナは、なんにも知りませんの」

そこで、きゅるるる、と。
緊張感のかけらもない、お腹の虫の音があたりに響いた。

セイン=ディバン > 声をかけた相手が、なんだか、ぼんやりした反応であることに男は違和感を覚える。
だが、もしかすると、辛いものを見過ぎたか。
あるいは、屋内にいて惨劇を免れた可能性もある、と思い。

「アルナちゃんっていうのか。
 ……腹、減ってんのか……」

相手の名乗り、そして語りに、男は笑顔を向ける。
警戒させぬよう。そして、安心させるように。

「……そうなのか。……あぁ、とりあえず。
 メシを食わせてあげるから、適当な家に入ろう」

家族がいない。元から一人。
村の人間はいつのまにか居なくなっていた。
それを聞き、男はこの少女からの情報収集は不可能と判断する。
ならば、まずは食事をあげよう、と思い。
相手の手を引き、身近な家へと入ろうと。
しかして、触れた手の柔らかさ。そして少女の可愛らしさに。
男は、若干下心を抱いてしまうが。意思の力で、ギリギリ我慢しようと努力する。

アルナ > 実際のところ、ウサギは特に酷い目にはあっていなかった。
ご飯を貰えなかったから、お腹がすいている、というだけのことだ。
しかし、単におつむの足りないボンヤリさんと、
恐ろしい思いをしたばかりのぼんやり虚脱状態とは、
もしかすると、傍目にはとても似て見えるのかも知れない。

ともあれ、相手が笑顔を向けてくれるなら、ウサギは簡単に懐く。
ご飯をくれるというのなら、なおのことである。

「おじちゃん、アルナにご飯くれるの?
 嬉しいな、アルナね、お腹と背中、ぺったんこにくっつきそうだったの」

相手が大人の男性であれば、基本、ウサギが選ぶ呼称は『おじちゃん』である。
名前を教えてもらうまで、そしてウサギがそれを覚えるまでは。
繋いだ手は指先あたりがずいぶん冷えて、けれど繋いでいればすぐに温かくなる。
多分、人間よりはだいぶ、温かく感じられるようになるはずだ。

たまたまだけれど、選んで入った家はウサギが飼われていた家だった。
なんの変哲もない、一般的な民家である。
ただ、部屋の片隅に、いかにも子供の手作りらしき、木製の小さなケージがあった。
あ、と思い出したウサギは、空いている方の手でそのケージを指し示し。

「おじちゃん、アルナ、ここにいたの!
 ここ、アルナがいたおうちだよ」

――――聞きようによっては、盛大に誤解を招きそうだが。

セイン=ディバン > 相手の言動から、男は見事に勘違いをしてしまう。
まぁ、それも男が冒険者であるからこそ、仕方の無い勘違いなのかもしれない。
相手が警戒しないのなら、まずは男は安堵し。

「あぁ。腹ペコじゃあ動くに動けんだろうしな……。
 ははは、じゃあ、たくさん食べさせてあげよう。
 ……お、おじちゃん、って」

少女のおじちゃん呼びにダメージを受ける男。
中年い言う自覚はあるが、おじちゃん、と呼ばれるのはキツかった。
そうして、男は部屋に入り、何を食べさせようか、と考えるのだが。

「ぶおっ!? そ、そ、そうなのか……。
 それは……大変だったな……。
 えっと、とりあえず。オレはセイン=ディバン。
 よろしくな、アルナちゃん」

檻。ケージ。え、これが家って。そこまで考え、男はまた盛大に勘違いをする。
きっと、この子は辛い目に遭ったに違いない。
そう思い、男が指を鳴らせば……。机の上に、豪勢な食事が並ぶ。
肉、魚、サラダ、飲み物。宮廷のコース料理のように。

「さぁ、好きなだけ食べろ!
 おかわりだってあるぞ!」

微かに浮かぶ涙を見せぬようにぬぐいながら、男がそう言う。
この子は、せめて今宵だけでも幸せにせねばならぬ。
などと、勘違いを増幅させたままの男である。