2016/11/30 のログ
ご案内:「ハテグの主戦場」にダイラさんが現れました。
■ダイラ > 王国軍の起こした火だろうか、明かりが見えるが女がいるのはそれより遥か遠く、
戦場の片隅。岩に腰掛け歌っていた。
野に花でも咲かせたような朗らかな歌だったが、女の足元にはうねうねと黒い影が蠢いている。
時折その影がハッキリと形を成せば、それは五指の長い手だったり、
何かを叫ぶような人の顔だったり、禍々しい光景であった。
足元に広がる泉下に向ける女の瞳は柔らかく、全てを慈しんでいるようで
――その実、苦しむ死者の怨念をまったく無視しているだけ。
一旦歌を中断させると、影の動きは明らかに緩まる。
「…今夜は静かで良い夜ですわ。
皆様もそう思いません?」
影はうねるばかりで返事をしない。できない。
それでも女は愉しげだった。
身体は大人の女性らしく脂を乗せ、膨らみ、括れた様子だが、笑い声はまるで少女のよう。
器と精神のアンバランスさが、そこからも窺えよう。
ご案内:「ハテグの主戦場」にフォークさんが現れました。
■フォーク > 体が燃えるように熱かった。
久しぶりに一兵卒として戦場に立った。兵卒ほど一身に殺意を受ける階級もない。
数え切れないほどの敵を殺し、傷を受けた。
己の血と敵の返り血に塗れているからだろう。
血に酔い、獣性を隠せなくなっていた。
「ブフッ!」
布が裂けるような咳が出た。
おぼつかない足取りで戦場をさまよい歩いていた。戦槌も妙に重たい。
撤退の最中だった。戦友とも離ればなれになり、一人で戦場を彷徨っていた。
歩みが止まった。
歌が聞こえる。戦場にはそぐわない美しい歌声だった。
人か、魔か。
男は声のする方に向った。
女がいた。女が歌っていた。
「ここは戦場だぜ、危ないぞ」
重たい体を引きずりながら、女の前に出る。
■ダイラ > 男の声が聞こえたとき、泉下の影はまるで怯えるように地に這い、
そして溶けるように消えた。それが彼らの意思だったのか、歌っていた女の意思かは
定かではなく、ただ戦場にいるには軽装過ぎる女はそれを合図に振り返る。
苦々しい血の匂いに、それに似合う図体の男。
女の表情は、街角でナンパでもされたかのような軽い微笑みだった。
「―――静かなのは、貴方が大勢殺したからなのかしら。
わたくしの心配をしてくださるほど余裕なの?
貴方のそれ……返り血だけではないようにお見受けしますけれど。」
生き物の命そのもののような、生臭い匂いに眉根を寄せて首を傾ける。
仕草だけは相変わらずの能天気ぶりだが、
男の様子に警戒をまったく見せていない風でもなかった。
瞳の奥が一瞬ひんやりと冷える。
■フォーク > 女の顔を見る。この世のものとは思えない妖艶さだった。
さらに血まみれの自分に、街で出くわしたかのような気軽さで話しかけてくる。
思い切り、自分の額を殴りつけた。
それでも女は消えない。やはり幻覚ではないらしい。
「……俺一人ではここまで殺れないよ。軍が動いたのさ。
それに、俺は兵士だ。殺し殺されるのが仕事だ。でもお前さんは違うだろう?」
たまたま今日は生き延びた。それだけに過ぎない。
どうやら女は敵意はないようだ。殺意に包まれた戦場から抜けた安心からだろうか。
男は尻餅をついてしまった。
腰が痺れたように感覚がない。疲れがかなり溜まっていたのだろう。
「へへへ、お前さんが死神じゃないことを祈るぜ」
いつかは戦場で散る運命なのはわかっているが、それでもまだ早いだろ、と言いたいのだ。
■ダイラ > 今にも燃え出しそうな様子から一転、男の雰囲気が変わったので女もきょとんとした。
ここで真の聖女ならば見ず知らずの相手に対してでも回復魔法を使ってやったり、
それが叶わずとも手当の一つや二つしてやるのだろうが、生憎そういう存在ではない。
死神に近いかと問われるとそれもまた、遠い気がするが。
女は岩に腰掛けたまま男を見やる。
雰囲気は柔らかくなっても、血の匂いは相変わらずで皮膚がゾワゾワする。
「感心しませんわ。
たしかにわたくしは命を奪うことには特別興味がありませんけれど、
そう簡単に気を抜いては貴方の命もいつまで続くやら。」
明日死ぬなら死ぬで、そういう存在と話すことには魅力を感じるが。
脚を組んでその上に頬杖ついて、やれやれと呆れた表情を隠さない。
「歩いて帰れますの?
わたくし、死神ではなくともお人好しではありませんよ。」
心配というよりは、単純な興味だ。
彼がここで死ぬのなら見ていたいという好奇心もあるが、どうやら
すぐには死にそうにはない。
■フォーク > どうやら本人が言うように、女は戦とは無関係のようだ。
戦場治癒魔術師なら傷を治すだろうし、敵方なら理由をつけて自分に近づこうとするだろう。
だから男は女が本当に敵かどうかを確かめるために、あえて女の前で尻餅をついたのである。
もし近づいてきて、敵と見なせば、そのまま拳で殴り抜くつもりだった。
確かに腰は立てない。しかしパンチ一撃くらいは撃つ気力は残っている。
「ま、そんなに簡単に死ぬような鍛え方はしていないがね」
死なないように鍛錬を重ねてきた。
それこそ薄紙を貼り合わせるような気の長い鍛錬だ。だから何事もなければ生きて街に戻れるだろう。
「そうだな、助けてくれるなら……戦場で拾ったものをやるよ」
腰に結わえていた袋の中身を、地面に転がす。
中身は宝石やよくわからないマジックアイテムなど男には不要なものだった。
今度は男が誘ってみる。
血に酔っているのだ。気が抜けた途端、女が欲しくなった。生の執着なのだろう。
■ダイラ > 『戦場で拾ったもの』を見下ろす。
移ろう視線がそれらを値踏みした。
「兵士だと言ったかしら。
盗賊となんら変わりありませんのね。」
嘲るわけではない。
兵士とは、そういう生き物なのかと初めて知った様子だった。
人並に紆余曲折あったとはいえ、根は世間知らずなのかもしれない。
地の底で怯えていた黒い影が、女に命じられたようで再び姿を現す。
地面の一部が黒く染まったかと思えば、ぬるりと細く小さな黒い手が幾つも浮き出る。
転がる宝石たちを手探りで掴もうとしては上手くいかず、掴み損ねたり
指先で撫でたり、試行錯誤して終始する。
まるでまだ、男に怯えているようだった。
しかしその様に女は急かすでもなく、気分を害するわけでもなく。
「わたくし、物欲もありませんのよ。
…何か手に入れても使い道がありませんの。
だから貴方に助ける価値があるかどうか、見せてくださいません?」
生かされているから生きているだけの女は結局抜け殻のようなものらしい。
そんな、身体だけは立派に育って実った空っぽな女に
魅力を感じるか否かは、好みと状況次第なのだろう。
女の問いはどのように答えてくれても、見せてくれても、と、
疲労困憊の相手を試す形だった。