2019/10/07 のログ
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」にダリアさんが現れました。
■ダリア > この街に数え切れないほど存在する修道院の中でも、比較的小規模なひとつ。
聖堂も、附設された修道女たちの住まいもこじんまりとしているが、
良く磨かれ、金をかけて整えられた美しい佇まい。
――――それらは当然の如く、浄財で賄われているのではなかった。
修道院長の肩書を持つ女以外、修道女たちも、訪れる『信者』たちも、
誰もがその事を知っていた。
けれど、肝心の院長だけが―――己だけが、それを知らない。
今宵も、通常の勤めを終えた夜更け、修道女たちに個人的な『告白』をしたいと、
訪れる『信者』たちを迎え、或いは見送りながら、
己一人だけがその異質さに気付けないでいた。
ローブの長い裾を優雅に翻し、薄手のストールに肩から二の腕辺りを覆わせて、
今、また一人の『信者』の帰宅を見送り、聖堂の入り口でそっと息を吐く。
「……皆さま、本当にご熱心でいらっしゃること」
呟いて、柔らかく微笑む。
彼らがここを去る時の、満ち足りた笑顔が己の幸せである。
――――『何に』満ち足りた笑顔なのか、それすらも知らぬ癖に。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」にホウセンさんが現れました。
■ホウセン > その日、小さな人外の姿は、王都になかった。
平素であれば、抹香臭いと敬遠がちの神聖都市に足を伸ばしていたから。
辛気臭くて敵わぬと一方的にレッテルを貼り、忌避せぬまでも近付かなかった其処に現れたのは、理由がある。
「嗚呼、院長殿にお目通り願いたいのじゃが。
ちぃとばかり、『告白』があってのぅ。」
その修道院を訪れたのは、日が暮れてから暫く経った後。
修道女を呼び止め、取次ぎを願ったのは、異国に由来するとはいえ上等な装束に袖を通した子供。
黙っていれば見栄えのする顔立ちにそぐわぬ、古めかしい物言いをする小童は、有力な”後援者”の紹介だと添えた。
そう、ここを訪れたのは、商売柄付き合いのある貴族に、”面白いものがある”と情報の提供を受けたから。
その趣向が、悪趣味な妖仙の琴線に触れたのだ。
夜更けに少年が一人、修道院を訪れる奇異さは拭えぬが、ここではそれさえも罷り通るやもしれぬ。
凡その事情を察したらしい修道女に導かれ、院の中に通されて。
訪問の目的たる院長と引き合わされるのは、はてさてどの部屋だっただろう。
■ダリア > 聖堂の灯守をすべく、中へ入ろうとしたところで、
比較的古株の修道女に呼び止められ、来客を知らされた。
「まぁ、……わたくし、に?
わかりました、……灯りの様子をみたら、すぐに参ります」
己に『告白』をとやってくる『信者』も、勿論居るには居る。
そう珍しいことではないから、己の対応も慣れたものであった。
特に気負いも構えも無く、けれどやはり足早に灯の見回りを済ませ、
『信者』が待つ筈の部屋へ向かう。
修道女への『告白』のために用意された部屋は、普通、
彼女たち自身が寝泊まりする私室である。
それ自体、相当に異常なことであろうけれど――――
院長たる己の場合だけは、少し違っていた。
私室は飽くまでも、己自身が寝泊まりするだけの部屋。
代わりに、建物の中でも最も奥まった場所に、『告白の間』が設けられていた。
扉は特別に分厚く、室内の調度はどれひとつとっても極上。
ふた間続きの手前は、贅を尽くした応接間の体裁を整えていたが、
――――扉ひとつ隔てた奥には、『告白』のための部屋がある。
寝台があり、訪れる『信者』の嗜好次第では、淫具の類すら用意される。
けれど己にとって、扉の奥は存在しないも同然。
そこへ入った記憶が『ない』のだから。
「お待たせいたしました、…――――あら」
先触れのノックの後、扉を開けて一礼。
顔を上げて名乗ろうとしたところで、ほんの少し、双眸を見開いた。
珍しい、異国の少年と思しき来客である。
瞬きをひとつふたつする間だけ、戸惑ったように言葉が途切れる。
■ホウセン > 案内される道中、修道院の規模からしたら分不相応な内装に、かえって得心がいったらしい。
雪駄の底をペタペタと鳴らし、小幅な歩みで修道女の後に続く。
導かれた先は、清貧を旨とする事の多い信仰とは懸け離れた豪奢な部屋。
尤も、この国全体の不敗具合を鑑みれば、特別に奇異な代物ではないのかもしれないが。
応接間に通され、来客用のソファに小ぢんまりとした身体を預けること暫し。
目的の”院長”が訪れた時も、妙に身構えることはない、面の皮が厚さが透けて見える風情。
「ホウセンじゃ。
クロム伯の紹介でまかり越した次第じゃが…
ふむ、北方帝国の民では、話をすることはできんのかのぅ?」
ソファから立ち上がり、沈黙した女の前まで進み出る。
己の風体がこの場にそぐわぬことは重々承知しているから、特段気を悪くした風もなく。
小柄な体躯のせいで生じた身長差に由来し、斜め下から見上げる。
友好的な態度を崩すつもりはないようで、すっと右手を差し出すのは、握手を求めているよう。
商いを営む中で身につけた、営業用の微笑を貼り付けて。
差し出した手を握ったのなら、見目を裏切らぬ細く柔らかな指の感触と、子供らしいやや高めの体温が伝わるだろう。
「いやさ、早々に宗旨替えをするというものではないのじゃが…
王国にいる以上、知らずに食わず嫌いというのも聊か公平性を欠くように思えてのぅ。
折角じゃから、儂の『告白』を通じて、如何な信心か知ろうと思うてな。」
国教と縁がないからこそ、この場に現れたのだと嘯く。
件の”後援者”には、その仲立ちをしてもらったのだとも。
強いて言うなら布教活動の一端ということになるのだろうか。
此処で門前払いをされたのなら引っ込むしかないだろうが、もしも受け入れられるようなら。
これまでの『告白者』がそうしてきたように、応接室の先に続く部屋へ、姿を消すことに――。
■ダリア > 『告白』のために訪れる者は、圧倒的に男性が多かった。
そして、彼らの年の頃は、これもまた圧倒的に、壮年以上が多かった。
――――つまり己が戸惑った理由は、彼が異国の民であることよりも、
彼の外見が、明らかに年端もゆかぬ少年と見えたからである。
それでも、三度目の瞬きをする頃には、金縛りが解けたように表情が緩む。
申し訳無さそうに眉尻を下げて、後ろ手に扉を閉ざしながら。
「ホウセン、さま……いえ、失礼いたしました。
シェンヤンの方、ですのね?
わたくしのことは、ダリア、とお呼びくださいまし」
遅ればせながらこちらも名乗って、そっと膝を折る礼をひとつ。
こちらが見下ろす角度になるも、深紅の瞳の何処にも、
彼を侮る色は浮かんでいないだろう。
差し出された掌へ、己の白い掌を、指を、そっと預ける。
「ごめんなさい、……どうか、お気を悪くなさらないでくださいまし。
クロム卿のご紹介でなくとも、歓迎いたしますわ」
姿かたちは少年だけれど、言葉遣いは―――そして恐らく、頭の中身も、
立派な成人男性のそれと見るべきであろうことは、すぐにわかる。
相手が見たままの子供であっても勿論だが――――
かの帝国を訪ねる機会など、ありそうもない身の上でもあり。
異郷の彼が語る物語を、聞いてみたい、とも思った。
奥へと誘う仕草に、己が抗うことはない。
扉を開けて、その先にある部屋の様子を見た後には、どうなるかわからなかったが。
きっとその時にはもう、何もかもが手遅れなのだろう、と――――。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」からホウセンさんが去りました。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」からダリアさんが去りました。