2019/08/07 のログ
■セシリー > 声は己より幾らか年上に聞こえる、落ち着いた大人の女性のもの。
―――否、落ち着いた音色である筈なのに、何故か鼓膜をざわつかせる。
気付けば、ざわついているのは、鼓膜だけでは無くて―――
「―――――― ぁ、っ……!」
思わず、高い声が零れてしまった。
いつの間に触れられるほど近く、距離を削られていたのか。
衣擦れの音も、靴音も、聞こえてはこなかった筈だ。
けれど己の胸元で強張る手の甲は、今、確かに、彼女の温もりに包まれている。
柔らかくて、暖かくて、―――けれど、それだけでは無く。
「…… マヌエラ、さ、ま……。
先ほども、申しました、が…院長も、きっと、もう……っ、
―――――― ぁ、あの、っ……!」
頬が、同じ体温に包まれる。
暖かい、柔らかい、けれどこれは、やはり「違う」。
何が、どう、とは言えないけれど、明らかな違和感が背筋を貫く。
貫かれて、じわじわと、炙られるように―――広がってくるのは、己には未知の感覚。
恐ろしくて、それなのに振り解けなくて。
声が、呼吸が、鼓動が、上擦り、暴れ始める。
彼女の眼に映る己の顔はきっと、もう、耳まで赤い筈。
「どう、か、もう……ご来訪の、ことは、お伝え、しておき、ます……!
ですから、どうか……どうか、今宵、は、」
つる、と、震える手指から燭が離れた。
悲鳴を上げる暇も無く、床に転がり落ちて―――満ちる、暗闇。
闇の中、そんなものはもうずっと、慣れっこの筈だったのだけれど―――
怖い、と、呟く声が、不自然に熱い吐息が。
彼女の耳に、届いたかどうか。
■マヌエラ > 「ええ。もう“お休み”になっていらっしゃるのでしょう。
“お勤め”中でも、こちらにはいらっしゃらないでしょうね」
謎めいた言葉。だが、それに気づく余裕が、修道女にはあったかどうか。
焦り、上擦る声。それは、感覚の正しさを示すものではあったが、身を護る術には必ずしもなりえず。
「あらあら、まあ。赤くなていらっしゃいますよ、修道女様」
跳ねる鼓動、昂る熱に抗って発される健気な声を、女は一切意に介さず。
「……大丈夫ですよ、修道女様。
何も怖いことなどありません」
耳元で囁き返す声。甘く熱い吐息が耳朶をくすぐり、すぐに。
修道女の身体は、女の柔らかな姿態に包まれる。抱きしめられる。その中へ埋もれるように、感触も、聴覚も、女が占有する――。
もしそこに誰かがいれば。
本当に二人が「闇の中へ溶けていく」様を、眼にしたかも知れなかった。
■セシリー > もし、己がもう少し賢い子供なら。
彼女の台詞の中から、警戒すべき断片を見つけ出すことも出来たかも知れない。
しかし残念ながら、己は何処までも愚かしい、物知らずな子供に過ぎず。
彼女の声音に、重なる温みに、幼い心を乱されるばかり。
「……… わ、わた、し……わたし、
ま、待って、くだ…さ、……わたし、だめ、もう、これ以上…っ、」
触れないで、温めないで、掻き乱さないで。
そう願うのと同じだけ強く、まるで逆のものを求めてもいた。
引き裂かれてしまう、と―――何かを、暴き立てられてしまう、と。
恐れて、怯えて、震えて、頭を振って、身体をもぎ離そうと―――
出来ずに、己の身体は女の腕の中、懐の中、夜より深い闇の中。
溶け落ちて、跡形も無く、飲み込まれてしまう。
後には炎の消えた手燭だけが床へ転がり、静かに冷えていくばかりで―――。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 修道院」からセシリーさんが去りました。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 修道院」からマヌエラさんが去りました。