2019/08/06 のログ
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」にロレッタさんが現れました。
■ロレッタ > ――――とすん、とす、ん。
足音と呼ぶにはいささか空虚な―――あまりにも軽過ぎる音が、ひとつ、ふたつ。
ぼろぼろの黒衣に身を包んだ、小柄な人影の足許から生み出されては、
生温い夜気の中に溶けて消えてゆく。
修道僧や修道女の集まる界隈、まともな人間なら寝静まる時刻。
人影も疎らな通りをとぼとぼと歩く、本人は最も目立たない場所、時間帯を選んだつもりでいた、が――――
果たして、他人の目からはどう見えているか。
目深に被ったフードの端から、ゆらり、銀色のひと筋が流れ出る。
影に沈んだまるい瞳は、人目などあっても気にせぬ風情で、前方の闇ばかりを見ていた。
■ロレッタ > 「……あし、重い」
半ば機械的に歩みを刻んでいた二本の足が、次第に鈍く、動かし難くなってきた。
それはただ単に、この身体が疲労を覚え始めている、というだけのことだったのだが、
その状態を正しく表現する言葉を見つけられず――――ひと言、ぽつりと洩らす。
左を見ても、右を見ても、同じような教会と思しき建物の姿。
かくん、と小さく首を傾がせた。
どちらの建物も、宿屋、というものではない気がする。
どちらかが宿坊の類であったとしても、泊まらせて貰う為に必要なものを、
己は持ち合わせていなかったが――――。
■ロレッタ > と、 と……… とと、ん。
もう、足が動かない。
一度そう認識してしまえば、疲労感は瞬く間に全身に纏いつき、
ローブに押し包んだ身体は己の意志など置き去りにして、ひとつの建物の扉へ向かう。
その先が無人の礼拝堂であろうと、怪しげな人々の集う場であろうと、
どちらでも構うまい、とさえ。
とにかく今は――――休む場所が必要だった。
キィ………ぱた、ん。
黒衣の陰をひとつ飲み込んで、扉は閉ざされた。
後にはただ、ぬるく湿った静寂だけが残り――――。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」からロレッタさんが去りました。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 修道院」にセシリーさんが現れました。
■セシリー > 繁華街であれば恐らくは未だ、宵の口と言っても良い頃合い。
けれど此処は信仰の都、表向きは心清らかな人々の住まう場所。
修道女たちはきっともう、穏やかな眠りの中に在る筈である。
少なくとも、己はそう教えられ、そうと信じ込んできた。
実際には此処の地下にも、甘やかな腐臭が満ちているのかも知れなかったが、
盲いた愚かな子供に過ぎぬ、己が知る由も無いこと。
豪奢な調度など無いけれど、掃除の行き届いた静謐たる空間。
寝付かれず、身の裡に燻る熱を御する術も見出せず―――この静寂の中に慰めを、
或いは愚かしい己を罰してくれる、神、と呼ばれる誰かの手を求めて。
修道衣に身を包んだ、取るに足りない存在の影が、手燭の灯りに揺らめき漂う。
既に勝手知ったる場所であり、見えずとも足取りに迷いも躊躇いも無く。
ただ、今宵は―――微かに。
違和感が、空気に混じる異質な匂いが、他人なら聞き逃してしまいそうなほどの異音が。
己の神経を、ほんの一瞬掠めた気がした。
「――― どなた、か、居られるのです、か……?」
祭壇の前で足を止め、手燭を軽く掲げて。
微かな震えを孕んだか細い声で、誰何の問いを投げる。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 修道院」にマヌエラさんが現れました。
■マヌエラ > しゃら……
清涼ながらどこか妖しい金属音。“修道女”の耳には、それを身に着けた人物が振り向いたのだ、ということまで分かっただろうか。
「……まあ。起こしてしまいましたか、修道女様……」
甘やかな声が返る。大人のそれだが、少し幼く、申し訳なさそうな響き。
燭の揺らめく不確かな灯りに照らされるのは、魔術師装の女だったが、灯りの持ち主にそこまでは理解し得ぬか。
女は全身で振り向いた。微笑む。起こしたことは謝るが、修道院に中にいる部外者という違和感には、女自身が頓着せずにいる。ある種堂々としており。
「まあ。なんて可愛らしい方」
などと、街中で出会ったような呑気な声を嬉し気に上げた。
■セシリー > しゃらりと響いた涼やかな音は、恐らく上等な装身具のものと思われた。
それに重なる微かな衣擦れの音も、空気の流れも。
次いで聞こえてきた声も、口調も、何ひとつ警戒すべきものとは聞こえなかったけれど、
何故だかひどく、胸がざわめいた。
閉ざした瞼に力を籠め、無意識のうち、胸元へ空いた片手を強く宛がいながら。
「いいえ、…謝罪には、及びませ、ん……でも」
己が起きているのは「彼女」の所為では無い、だから謝罪の必要は無い。
しかし、やはり―――相手の姿を見極める眼を持たぬ身は、次の問いを発してしまう。
「あの、……どなた、ですか……?
生憎、わたし以外…は、皆、もう……」
眠っていると思うのですが、と。
声の主が女性であると思えばこそ、疑念というより、未だ、ただの疑問として。
手燭の光が照らす「彼女」の姿は、きっと蠱惑に満ちて美しいのだろう。
灯りを携えた己の眼が、それを映すことは無いけれど。
■マヌエラ > 「ありがとうございます、修道女様」
声からして、明らかに年上。けれど、そこには神に仕える者に対する敬意が確かにあり。
それでもざわめきの消えぬ“少女”の感覚。
不意に、胸元の手に、女の手が触れた。そこまで近かっただろうか? 視覚以外は鋭敏なはずなのに、距離が詰められた感覚は全くないかった。だが女の手の感触は、現実として、優しく柔らかく、間違いなく触れており。
「私は、マヌエラと申します。
久しぶりに、院長様にお目通りに来たのですけれど。考えても見れば、規律正しい修道院の皆さまがお休みになっているのは当然でした。私、うっかりしていました」
ふふっ、と笑う口調は、ちょっと抜けた愛嬌ある女性といった風。
「でも、こうして、可愛らしい貴女とお会いできたのは幸運でした」
もう一方の手が、やはり頬を優しく撫ぜる。だが、その感触は寧ろ「官能的」というべきものであり……実際にその掌には、この女の背徳の魔力が……触れたものの熱と欲を刺激する力が宿っていた。