2017/10/10 のログ
アイン > 半歩後ろへ下がり、建物の壁に背を預ける。
風に煽られて、軒先に逃れていても雨粒に濡れてしまうが、まだ冷え込む時期ではないのが唯一の幸いだろう。

「昔なら、こういうこともなかったけど、な」

自嘲気味な呟きを落とし、少し苦く笑って。
昔なら―――奴隷だったときは、闘技場と訓練場の往復だけがすべてで、手にも足にも首にも重い鉄の拘束具があったが、
こうして雨に降られて路頭に迷う、などということはそもそも考えられなかった。
そうなると、自由に動ける、というのは中々考えることも面倒も多い気がしてならない。

降りしきる雨の中、ただ一人ぽつんと雨宿りなどしていると、少し感傷的になったのか、
そんなことを思う様に、また自嘲的な笑いが覗く。

「とりあえず、修道院まで戻るか」

少なくとも先ほどは、娘を届けた際に対応にでた中年の男がいた。
奴隷商の男によく似た雰囲気を持っていたが、一応ここは“神聖都市”だ。
雨に降られた迷える子羊を無碍にはしまい。
そう思うことにして、一つ息を吐いたのち、大粒の雨が降る通りへと出て、修道院へと向かって走り出し………。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート」からアインさんが去りました。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 聖堂」にローズマリーさんが現れました。
ローズマリー > ――――鬱陶しい。

幾度と無く飲み込んだ其の台詞を、今度こそぶつけてやろうかと思いながら、
己の正面に立ち塞がる、太った壮年の男を冷やかに見据える。
煌びやかな祭服にだらしなく肥えた身を包んだ此の男は、先刻からずっと、
己を個室へ連れ込みたがっているのだが―――生憎、此の男は己の趣味に合わない。
初めはやんわりと微笑みながら、次には慎み深い令嬢らしい怯えを前面に押し出して、
何とか解放されようとしたのだが――――

『所詮、悪魔憑きの穢れた娘だろう』

己の耳に届かないと思っていたのか、ひっそりと呟かれたひと言で、
ますますもって、此の男の思い通りになどなってやるものかという思いが募る。
胸に提げたロザリオを、両手で握り締めて堪えているものの、
其の鎖がきしきしと、内側から腐食を始める気配。
此れが千切れたなら其の瞬間には――――何をしてしまうか、己にも分からなかった。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 聖堂」にウィルバーさんが現れました。
ウィルバー > 仕事の打ち合わせを終え、ついてにと立ち寄った聖堂で傍から見ても分かる程に不穏な空気を醸し出している男女を見かけた。
吸血鬼であるこの身が堂々と出入りできるような建物であり、既に神聖と言った物など微塵も感じられないこの場所ではさほど珍しくもないのだが。

僕の様な部外者が首を突っ込むべきかと思索しつつ、尼僧の方に視線を向ける。
よくよく見ると、尼僧にしては珍しい魔性を感じた。
ちなみに男の方は年相応に腹がでっぷりと垂れ下がったどこにでも居そうなタイプである。

興味をもった僕は尼僧に執拗に迫っている男の肩に手を載せてから瞳に魔力を漲らせた。

「神父様、先ほど探しておられましたよ。 どうやらお急ぎのご様子でしたが。」
彼の眼には、僕の声も姿も下男か何かに見えたことであろう。
何の力も持たない男はすんなりと術にかかり、盛大に舌打ちをしてからこの場を去っていた。

「大丈夫でしたか? 貴女も大変ですね。」
男が力任せに扉を閉めた所で、尼僧に声をかける。
魔法を使っていることに気付かれたかもしれないが、気にすることは無い。
遅かれ早かれ、彼女には僕がヒトでないといづれ気付かれてしまうだろうから。

ローズマリー > 立ち塞がる男の、主に横幅が邪魔して、周囲の人影は見えていなかった。
其の男の肩に誰かの手が掛かり、はっと息を詰めて、ロザリオを握り締めた十指へ力を籠める。

手を掛けた男と、掛けられた僧衣の男との間で、短い遣り取り。
下品な舌打ちなど残していったが、存外すんなり立ち去った僧衣の後ろ姿を、忌々しげに見送ってから。

「―――御礼を、申し上げるべきかも知れませんけれど。
貴方……今、可笑しなことを為さったわね…?」

改めて向き直った、もう一人の男。
其の姿を、顔を、子細に観察する眼差しを向けながら、
緩く首を傾がせて、尋ねる言葉の語尾を僅かばかり上げる。
はっきりとした証拠は無い、けれど此の男が今、何某かの『力』を使ったのは明らかだ。
一方、薄笑みのかたちに綻んだ己の唇も、眼差しも、きっと、只のシスターのものには見えなかろう。

ウィルバー > 尋ねられると、口角を僅かにあげて答えた。
「流石に鋭いね。
彼には僕がここの下働きにでも見えていたはずだよ。
彼は貴女とは違って耐性も何もないようだから簡単にかかってくれたね。」

両の手でロザリオを強く握る尼僧と視線が交わる。
同時に、彼女から漂っていた魔性はより強く僕の身体に伝わっていく。
あの男が口にしていた『悪魔憑き』と言う言葉は恐らく正しいのだろう。

「しかし、彼も運が良かったね。 
僕がもう少し声をかけるのが遅かったら指の一本位無くなっていたかもしれないね。」
僕は尼僧の豊かな胸元や、腰回りに視線を巡らしつつ笑みを浮かべていた。
彼女がどういった人間かはわからないが、金色の瞳には酷く美味そうに映っていた。

ローズマリー > 「私……と、違って……?」

戸惑う素振りで目を瞬かせつつ、先刻とは逆の方へ、そっと首を傾げてみせる。
さら、とヴェールの下で黒髪を揺らし、ロザリオごと胸元へ、抑える様に両掌を宛がって。

「……何を仰っているのだか、良く、分かりませんわね。
外へ出れば確かに、父がつけた護衛の者が居りますし……其の者ならば、
先程の様な無礼な殿方の一人や二人、実力で排除するぐらいするでしょうけれど。

私はご覧の通り、只の、か弱い女でございますわよ……?」

赤みの強い瞳を煌めかせて、うっそりと微笑む。
其れから、ふわり、踝までを隠すシスター服の裾を揺らして、
護衛の者が控えている筈の、聖堂の外へ向かおうと踵を返し―――。

ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 聖堂」からローズマリーさんが去りました。
ウィルバー > シスターが去っていくと、こちらも聖堂を後にする。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 聖堂」からウィルバーさんが去りました。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート 地下聖堂」にルシルさんが現れました。
ルシル > (ふだんは王城の外はおろか、部屋からも出されない立場。
それでも月に二度ほどは、ひと目を避けて夜更けに、小さな旅に出されていた。

その夜だけ、一般にひろく開放されているらしい、地下の聖堂。
天井も壁も床も、何もかもが純白の、そのただ中に、ひとり。

白い簡素なローブだけを纏い、頭には白いヴェールをかぶって、
己の両手は、胸の前で組み合わされている。
祭壇を背にして用意された肘掛け椅子に座り、うつむいて祈りを捧げるような姿勢は、
けれど、己の意志でほどけるものではない。
両手首は白絹で括られ、細い首にはやはり白い首輪。
項部分から伸びたしろがねの鎖が、祭壇の傍らにある、頑丈な柱へ結ばれて―――

つまり己には逃げることも、隠れることも、祈りを止めることも許されていない。
頭がぼんやりして、からだが熱くなる、不思議な香を焚かれた聖堂の中で、
ただ、ひと晩を過ごす。

己の純潔が奪われ、からだが変質してからというもの、この夜の意味も少し変わった。
いわく、己は穢れを受けたのだから、禊につとめなければならない。
この白い聖堂で夜を過ごすたび、浄化されてゆくはずである、と。
―――――疑念を差し挟む権利は、認められていなかった。)