2023/05/11 のログ
ご案内:「奴隷市場都市バフート」にラディエルさんが現れました。
ラディエル > 「有難う、おっさん。 また来る」

差し出した金の感情に忙しい店主へと短い挨拶を残し、商店らしからぬ廃屋まがいの家を出て、数分。
奴隷市場の中心からは幾らか離れているせいか、熱気や喧騒は遠く、比較的静かな―――というより、
女性の一人歩きは絶対に控えるべき、というような裏路地を辿りながら、
ふと、背後から視線を感じた気がして歩調を緩めた。

目深に被ったフードの端をそっと片手でずらし、歩みは止めぬまま、
肩越しに背後を窺ってみたが、確証は得られない。
細く入り組んだ通りの左右には、似たり寄ったりの古びた家屋が軒を並べ、
道端には木箱やら天幕やら、隠れる場所にも事欠かない。
ひとつ溜め息を吐いて、マントの上から胸元へ逆の手を宛がい、そこに先ほど収めたばかりの品を確かめた。

「まさか、これが狙われてる、ってことは無いだろうし」

非合法な薬物を使っているらしい、とは聞いたが、掌サイズの球状のそれは、
有事の際、敵の足許へ投げつけて破裂させ、目くらましに使うだけの代物だ。
腕に覚えの無い身で、最低限、逃げる隙を作るだけの、有り触れた品。
そんなものを奪うために、男の後などつける者が居るとも思えなかった。

とすれば、目的は金か、あるいは己を女と誤認しているのか。
どちらかと言えば前者だろうか、とぼんやり考えながら、視線を正面へ戻す。
少し行った先に、目立たないけれど枝分かれした細い道がある。
あそこへ飛び込んで、全力疾走で振り切ってしまうのが一番か、それとも―――。

ラディエル > ――――――それとも。

懐に入れているこの品を、早速使ってみるという手もある。
立ち止まって、振り返りざま、全力投球を――――――

「………勿体無い」

低く呟き落として、即座に脳内で却下した。
いつも幾つか纏めて仕入れているものだけれど、気やすく使えるほど安くもない。
つけられているかどうか、はっきり確かめた訳でもないうちから、
やたらと放り投げられるものでもなかった。

ならば、やはり、先刻の案か。
そろそろ己自身が怪しまれそうなぐらい、ゆっくりした歩調をキープしたまま、
ちらちらと背後を、それから周囲を窺っては思案する。
今宵の宿まではもう、速足でならほんの数分だ。
しかしつけている相手が居るのだとしたら、連れて帰る形になるのも―――

もうひとつ溜め息を吐いて、今度はぐるりと首を巡らせ、
フードがずり落ちるのも構わずに、しっかりと肩越しに振り返り、背後を睨んでみた。
動く影があるか、あるいはなにも見当たらないか。
それともただ、同じ方向を目指しているだけの無実の誰かが、怯えた目を向けてくるか――――。

ラディエル > 結果――――――


誰も居ない。
あるいは、居ないように見える。

何度目かの、最も盛大な溜め息で肩を揺すり、フードを被り直しながら踵を返した。
ついてくるなら来るが良い、そんな破れかぶれの気持ちを抱いて、
やや大股に、せかせかと、宿を目指し――――――。

ご案内:「奴隷市場都市バフート」からラディエルさんが去りました。