2021/10/12 のログ
ウェンディ > 常識で考えるなら、この状況は明らかに、普通ではない。
外界からの完全なる隔絶、それが、この店が店として機能するための、
絶対条件として存在するのなら。
店主と客との会話の傍らに、ほかの客の滞在を許すなど、
どう考えても、おかしいことなのだ。

しかし、未だ客人とも呼べぬ身の上の己に、異を唱えることは出来なかろう。
だから仕方なく、店主と傍観者、双方へ注意を向けながら、
口を開くことにしたわけだが――――、

「……わたしの雇い主の依頼を受けて下さるなら、
 王都との往復、身の安全は保障されると思って良い。
 かの御方には、それだけの力があるし、――――――」

ローブの人物が問うた意味を、恐らく過たず理解したと思う。
ほんの数拍の間を空けて、カウンタからやや身を乗り出し気味に、
そう、掻き口説くように言葉を連ねた、唇が強張る。
差し伸ばされた指先に、臆したのではない。
その口から紡がれた、言葉の内容、はっきりとこちらを指した問いに。
瞠目し、睫毛の先を微かに揺らし、―――――半歩、身を引きかけたところへ。
何事か、呟く第三の声が聞こえた。そして、書物を閉じる音。

「――――――っ、っ………!」

呪詛、のひと言に、弾かれたように振り返る。
強張った半開きの唇も、見開いた瞳もそのままに、
刹那、まるで恐ろしい化け物でも見てしまったかのように。
カウンタを背にする角度で、数歩先の椅子に座る男を凝視して。

――――――数秒、あるいは、もっと長い時間。
息詰まるような沈黙の果てに、己は意識して肩から力を抜いた。
俯く素振りで双眸を半ば伏せ、ふう、と深く息を吐いて。

「――――― ならば、これ以上、ここに居ても仕方が無いな。
 扉を、戻して頂けるかな、店主殿、……わたしは、帰る」

果たして、どちらが店主なのか。
どちらがより、優れた術者なのか、その判断はひとまず措く。
だが、いずれにしても、解呪を望めぬというのなら、
己には、この場に留まる理由が無い。
退却、逃散、どう呼ばれても構わないが――――とにかく、終わりだ。
さあ、扉を、と繰り返し、顔を上げて視線を向ける先は、
店主ではないかも知れない、礼装の男の方であったが。

ルヴィエラ > 「―――――まぁ、そう結論を急くものでは無いよ。」

(閉じた本を、棚へと戻す。 会話の主導権が燕尾服に移った事で
店の主――その様に見えていたローブ姿は、静かに傍観者となった
解呪が望めぬと言うのであれば、相手が此処に居る意味は無いだろう
帰して欲しいと、そう願ったのは当然の事だ。 ――だが。
もう少しだけ、話を聞く様にと、そう促しては。

帽子を取り、傍のハンガーへと掛けて。)

「――――呪いを解かずとも。
其の呪いを解析して、情報を与える事は出来る。
呪詛を放った者の手掛かりが、其処から読めるかも知れぬからね。
それに…、……其の呪いが、どんな力を持つのかもね。」

(――少しばかり、最後は、双眸を細めて。
まるで、相手がきざまれた其の呪いに、性別を変質させる以外の意味がある可能性を
予感させて、そして、其の上で。 店の奥にある、別の扉を指し示して見せては。
ゆっくりと立ちあがり、相手の元へと、ゆっくりと歩み寄って行きながら。)

「勿論、其れでも帰りたいと言うなら、無理強いはせぬよ。
だが…、……僅かな手掛かりでも得たいからこそ、此処迄訪れたのだろう?
――…外法にすら頼りたい、と。」

(僅かに首を傾げ、其の顔を覗き込む様に。
そうして、其の瞳を覗き込んでは。 ――深奥を、人で無い色の瞳が。
其の身を、呪いどころか、其の全てを見通すかに。

――ちり、と、女である其の肉体に、男では感じ得ない感覚が僅かに奔るやも知れぬ
覗かれる事を、干渉されることを厭う其の呪いが、まるで
拒絶を示す様にして、其の身を、蝕もうとする、感覚が。
女と言うだけでは無く、其の身を。 雌として堕とし切ろうとするかの
――本来の、呪詛の力を、次第に現し始めるかの如くに。)

「――――……遅かれ早かれ、其れは君を蝕むだろうね。
時間は…無いのだろう?」

ウェンディ > 「――――――生憎、だけれども」

積極的に口を利き始めた、やはりこちらの男が『主体』なのかと、
頭の片隅で認識を新たにしつつ。
それでも、己が導き出した結論は、結局のところ、変わらない。
今度こそ真っ直ぐに、恐れも怯懦も無い眼差しで、燕尾服の男を見つめ返し、

「わたしは、ひとの善意というやつを信じない性質なんだ。
 それが、魔術を操り、ひとを玩弄する力の持ち主なら、なおのこと、ね」

考えたことがない、とは言うまい。
この身を蝕む呪詛の至る先、タイムリミットを迎えた後には、
いったい、どんな結末が待ち構えているのか。
躰の性別を取り戻せないだけ、それで済む事なのかどうか。
―――――しかし、己はゆるりと首を振る。
近づいてくる男の、その、最後の一歩を阻むべく、
右手を伸ばし、立てた人差し指で、ツ、と彼の胸元を衝き。
今や明らかに『ひと、ならざるもの』の輝きを宿し始めた、その眼差しを見返しながらに。

「わたしが求めているものを、貴殿は、少し勘違いしておられるようだ。
 わたしは、ここに、……解呪をしてもらうために来た、わけじゃない。
 だから、ね、――――――妙な小細工は、やめてもらおうか」

ぞく、ん。

躰の芯を駆け抜けた、悪寒にも似た感覚を。
それが生じた理由を、原因を、目の前の男だと断じた口調で。
もちろん、我が身を苛む呪詛こそが、そもそもの原因なのだろうけれど、
――――――いま、感じた違和感の原因は、この男にもある筈だから。

「わたしは、帰る。
 貴殿の暇潰しの玩具になるのは御免だよ、……さあ」

扉を。
もう一度だけは、そう、繰り返し求めよう。
この求めが拒絶されるなら、実力行使に訴えるだけだ。
跳び退り、刃を向けて、それがこの男を切り裂くことは無い、かもしれない。
しかし、明確な意思表示にはなる筈だった。
すなわち、己は決して、優れた術者の慈悲を乞いに来たのではない。
己は術者を、斃すために来たのだ、という――――――――

その顛末は、ただ、閉ざされた扉の奥の秘事となる。

ご案内:「奴隷市場都市バフート」からウェンディさんが去りました。
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