2020/10/26 のログ
■レナーテ > 声をかけられた方へと振り返ると、貴族や王族に混じってたまに見かける欲望の化身じみた姿があった。
あまり人を見た目でどうこういうのは良くないのだが、まるまると肥えた姿は欲望に穢れきった象徴と思えてしまう。
顔には出さぬまま小さく頷くと、そちらへと歩み寄っていくと、揺れる髪からは淡い柑橘系の香りが零れ落ちていく。
「ご丁寧にどうも……レナーテ・ヘヒトと申します。いえ、商いそのものについて咎めるつもりはありませんので…」
奴隷という存在を認めていない組織として頷けないところだが、ここではそうもいえない。
苦笑いを浮かべながら答えていけば、続く言葉に小さく頷いた。
此方ですと一言添えると、肩下げの鞄から取り出した羊皮紙の命令書を彼へと差し出す。
書かれている内容を簡単に纏めれば、アーヴァイン・グラウ・カルネテルの命により、業務請負先であるチェーンブレイカーの人員が、誘拐された判断した人物を商品として持っていた場合、直ちに開放するようにという命令が記されている。
とはいえ、奴隷の入手経路等により損害が大きく出るのであれば、詳細を纏めて同組織へ提出するようにとも記載されている。
奴隷を手放せだけで手放してくれるなら良しだが、そうでもないなら多少の身銭は切らざるをえないという内容だ。
鎖の破壊者と銘打つ存在、それは王都や砦、城塞都市での戦闘にも顔を見せている傭兵組織であり、九頭龍山脈経由の商路を支える集落を取り仕切る存在。
自身が纏っている衣類に刻まれた紋や、背負った魔法銃といったものも、同組織でなければ手に入らないわかりやすい象徴でもある。
■ロブーム > 「(成程。意外――というと侮辱になろうが、穏当な処理をする)」
あくまで、こちらは犯罪の片棒を担いだ罪人ではなく、その被害者という事。
故に、(流石に費用の全額という訳でもないだろうが)補償も受けられる。
逆に此処まで譲歩されて、開放を行わないならば、次はチェーンブレイカー自体が本格的な調査に乗り出すことになるのだろう。
そうなれば、そこらの裏商人ではそうそう逃げ切れまい。
つまりは、後ろ暗いことがあろうがなかろうが、この提案は引き受けるほうが得。
そういう明示と見るべきだろう。
「成程、こちらの商品に"盗品"が混じっている可能性がある、と――そういう事であれば、対応せねばなるますまいな」
故に、男は理知的にそう言ってのける。
此処で反抗するのは余りに不自然であるし――何より、此処で無理に事に及ぶのは、男の好む所ではない。
「しかし、私の方もやんごとなき方……サーイ様より面倒を見てもらっていてなあ。
此処で、すぐに返答を返すのは難しい。あの御方の面子と言う物もあるでな。ほれ、これがその印よ」
サーイ。この辺りでサーイといえば、サーイ・オウジュ・ブライと言う、王族の名である事は解るだろうか。
捜査の手こそ巧妙に潜り抜けているものの、多くの不正や反社会勢力への支援の疑いがかけられている。
特に、奴隷の扱いに関しては、公私共に黒い噂が多い――事によると、魔族の国との奴隷取引の噂まである。
彼が手渡したのは確かに、彼の身元を証明する本物の公文書だが、それ故に疑いはより深まるかもしれない。
――まあ、実のところ、そのサーイと取引しているのがロブームなのだが。
「故に、此処は一度お引取りくださらんかね。
此処は人目もある。こうして、疑いをかけられている事自体が、既にサーイ様へのご迷惑なのだ。
私の泊まる宿は教えるから、後日そちらに来てくれんかね?」
と言ってみせるが、これは最後の"試し"だ。
サーイは、決して力ない王族ではない。
寧ろ、その気になれば、裏から手を回し、暗殺や社会的な抹殺も厭わぬ程の奸雄だ。
だが、もしも男が本当に後ろ暗い商人であるならば、後日改めて会ってくれる補償など何処にもない。
下手をすれば、目を離した隙に逃げられる事さえありうるだろう。
そうすれば、この奴隷達共々、男を取り逃す事になる。
つまり、自分達の正義と職務の為に、此処で危険を犯す事が出来るのか。
それを、ロブームは問うているのだ。
尤も、男は、あくまでも上と下で板挟みされている、善良な奴隷商人の皮を被っているが。
「さあ、どうかお引取りを――」
■レナーテ > さて、すんなりと終わってくれるかと思っていた矢先、相手が見せてきた証書がそんな考えをひっくり返す。
こちらにもその王族の情報は入ってきており、尻尾の一つでも掴んだなら始末しよう……と、祟り神としての仮面をかぶってるときの組合長が口にしていたのを覚えている。
そして次の言葉もまた、反応に困らされるものだろう。
みすみす見逃すわけにも行かず、強行突入するわけにも行かない。
「わかりました、ここでの問答はここまでにしたいと思います」
無理な突入はあまりにも色んなものを賭けることになる。
困ったように眉をひそめて、小さくため息を零すと故に引き下がるような言葉を紡ぐ。
しかし、何も手がないわけでもなかった。
先程変わらぬうっすらとした笑みを浮かべていくと、すっと空を指差しいく。
「ですが、上をご覧いただけますか?」
その声は仲間達にも聞こえる念話の領域にも呼びかけ、合図とした。
指差した空には、自然には存在しないであろう明滅する光が見えるはず。
それは空で待機させていた旧神の眷属の背に乗る仲間が発したもの。
本来は集落で発着の合図に使う照明灯なのだが、存在を主張するには丁度いいというものだ。
すっと指を曲げつつ手をおろしていけば、改めて彼へと視線を向けていく
「万が一、誘拐犯がここに居た場合逃げ出すことも考えていましたので……空から見張りを立てています。どこにいるかは申し上げられないですが、数百m先を撃ち抜ける狙撃手も、ここを見ています」
ぞろぞろと手勢を連れて入れば、賊に逃げられる事も懸念して、敢えて返り討ちを狙って逃げ出さない事も考えた上での一人行動。
しかし、その実は見えないところから仲間達の手厚い援護が向けられており、下手に仕掛ければ返り討ち、逃げても追尾されるという状況。
けれど、それを明かすというのはこちらには得がないことだが、言い方を変えれば逃さないと暗に伝えていることにもなる。
「失礼ながら後日という言葉をすんなりと飲み込むことは出来ません。ですが、事を荒げる気もありません。なので、そちらの邪魔にならない場所でご相談できるまで待たせてもらえませんか?」
逃げようと思っても逃さない、手を出したなら即刻報復する。
その上で穏便に話はしたいので、言葉通り邪魔にならないところで見張りつつ待たせてもらう。
そちらに否がないのであれば、仕事の邪魔をしない分に顔を潰すこともない筈。
その上で待つ場所は相手に委ねたのは、此方の譲歩といったところか。
全く狙撃手から見えないところに置いても構わないし、空から見えないところに置いても構わない。
相手を見張る代わりに自身が身代わりになるような、そんな提案でさらに踏み込んでいく。
■ロブーム > 困ったような素振りで引き下がる少女を前に、男が感じたのは落胆だった。
チェーンブレイカーについては、それなりに噂を耳にしていた――その背景まで調べがついている訳ではないが、結果だけを考えれば、かの組織は大量のミレー族の安堵を実現している。
だが、その一端を担うであろう彼女は、この程度なのかと。
だが、それは少女の促しによって覆された。
男は、この交渉で初めて、心の中に笑みを浮かべた。
勿論、実際には表には出さないが――それでも、口の端が一瞬ぴくり、と動いてしまった。
「(素晴らしい……!)」
これは、明確な脅迫だ。
だが、その脅迫というカードを、今この場で切ってくるその胆力は素晴らしい。
世間体とか、組織内での評判とか、そういう物を切り捨てなければ、此処まで大胆にはなれないだろう。
此処に来て、男は彼女の価値を認めた――彼女は、我が城に招待するだけの価値がある、と。
男は、ふむ、と顎に手を当てて考え、そして「仕方ありますまい」と吐息し、
「そこまでのお疑いをお持ちであるならば、此処で身の潔白を幾ら訴えても空しい。
ならば、こちらが出来るのは精々、疑われぬ様最大限の協力をする事のみですな」
と言うと、男は立ち上がり、茣蓙を丸めて抱える。
それと同時、奴隷たちは自ら、列を作って、男の後ろについてくる素振りを見せる。まるで、調教された動物のように。
「現実的に言って、近日中に明確な返答というのは難しい。
理由としては、サーイ様はご多忙な御方であるのが一つ。
そして私の方も、こういう事態には経験がないので、法的な手続きや奴隷たちにかかった費用等を調べたりするのに時間が必要なのが一つ、だ」
奴隷商人というのも意外と大変なのだよ、と陰鬱に笑ってみせる男。
割とリアリティのある表情である――実際、この辺の事は部下に任せず彼自身が行っているので、その苦労は身に沁みている。
「故に、君たちに私のいる宿を監視して貰うのが、お互いにとって尤も負担が無いと思うが、如何かな?宿の全面を監視していれば、私が外に出てもすぐ気づくだろう?
勿論、これから私自身で君達を連れて案内し、宿の中に一度はいったら、君達の許可なしで外には出ない。出たならば、その場で拘束してくれても構わない――」
と男は言う。
時間に余裕を与えてしまうという点で、レナーテにとってはあまり嬉しからざる提案だろうが、しかし同時に男の立場としての譲歩としては最大限のもの――何せ、男は今、わざわざ後ろ盾であるサーイと、連絡することを強制されているに等しいのだから。
「幸い、そこまで遠くはない。あそこの、高級宿が見えるだろう?
あの部屋の最上階に、部屋を取ってある」
そう言って指差すのは、バフートの薄汚れた空気にそぐわぬ、白亜の城に似た高級宿。
わざわざ奴隷用の部屋まで作ってある、奴隷商人御用達の宿だ。
広さはともかく、高さも他と比べて頭一つ飛び抜けている。
「問題がないなら、部屋に案内しよう。
幸い、最上階にも複数部屋はある――向い部屋を取ることも可能だろう。結構高いが」
■レナーテ > 逃げるなら殺すと、言葉にまで出さないにしても脅迫の様に感じる情報を与え、その上であくまで交渉の上で終わらせようと考える。
彼の唇が僅かに動いた理由が、不快感を与えた結果だろうかと思っていたが、実際は全く違うとは気づく由もない。
そして、此方の提案に考える彼が出した答えは、拒否とも受諾とも異なる、理解と行った言葉。
立ち上がった彼に続く女達に少々不安そうに視線を向けるも、続く言葉にその表情を戻しながら凛とした顔で彼をみやる。
「……扱うものは違いますが、言わんとしていることはわかります」
装備の更新や兵站の補充など、それを調べ直すとすれば今すぐとは言い難い。
特に彼に決定権が強くない様子をみれば、サーイが動き出すまでは進展しづらいだろう。
そこで彼が提案したのは、まさかの監視だったことに金色の瞳をまんまるにした。
こちらも彼の動向を抑えることができれば、そこまで全力で縛るつもりはなかったのもあり、想定外というところ。
そもそも短期決戦の構えでもあったので、逆に時間を取られるというのは彼の考え通り嬉しくはない。
けれど、これ以上相手に譲歩させるのも酷でもあるし、何よりこの話が破綻しかねないと考える。
念話の域では、それほど長くリトルストームを使えるのか、狙撃を維持できるのかなど、口々に参加メンバーが不安の声を零していた。
瞳を閉ざし、顎に指を当てて考え込む仕草を見せると、次の手を考えていき、すぐに仲間達へと伝えていく。
(『トップスピードがでるクリムゾンクレストを……一人あてがいましょう。狙撃は長距離狙撃隊から交代で二人、ロブームさんには今日は私がいきますが、明日からは別に一人ついてもらいます』)
少数精鋭故にあまり手札を抑え込まれるのは望ましくない、それならばせめてより精鋭で数を絞る手段を取る。
音もなく念話で仲間達に指示を送ると、了解と異口同音に可愛らしい返事が重なっていった。
ゆっくりと金色を開けば、薄っすらと微笑みながら彼の提案に頷いていく。
「ありがとうございます、その様にさせてもらいますね」
その提案に頷いた後、指差した先を確かめる。
ここら辺では一等に値が張る高級宿ではあるが、白城という見た目とは裏腹に奴隷をしまい込む市場ならではの宿だ。
本来なら泊まるのも嫌な場所だが、こうなっては仕方ない。
「お願いします。向かい部屋は……必要になった時にお借りします」
そこまで長丁場にならないことを祈るしかない。
苦笑いで答えていくと、彼の案内に続いて宿へと向かう。
それが罠とはまだ気づく様子もなく…。
ご案内:「奴隷市場都市バフート」からロブームさんが去りました。
ご案内:「奴隷市場都市バフート」からレナーテさんが去りました。