2019/03/16 のログ
ハルル > 果たして、彼女は奴隷になりたいのか、いやただ奴隷になりたい訳ではなく、
自分を生まれ変わらせる程の仕打ちを受けたいのか。たしかなことは分からないでいた。

「んー…。幸せばっかりが良いことなのかあー…。」

きっと彼女―ナータは自分の生まれが望んだものではなかったのだろうか。ハルルは、生まれた後に両親はどこかへ消えて
しまっていたから生んでくれた両親にまだ会えていないで長く生き成長してきた。いま、彼女が自分を消したい―そう思うのは
ハルル自身からみれば時期尚早だと思っていた。

「17歳で自分の生き方を詰まらせちゃだめだと思うよー…。いまは不満なことが多いかもしれないけど、生きていれば
今の自分にできることに気づいて、何かを見つけられると思うの。いやー、ムキになることないんだよーっ、ハルルは残念だとは
思ってないよ、お世話できないことにはねー?」

彼女がその場を去ろうとするので、最後に一言だけ言いたかった、すっと彼女の右肩に頭を添えて

「今のうちにいっぱい考えるんだよ、自由でよく考えられる内に。」

その言葉一つ一つには、ハルルが少女ではなく、既に長く生き―少女の悩みに羨ましさを感じているような、そんな
含みを込められていただろう。

ご案内:「奴隷市場都市バフート」からハルルさんが去りました。
ナータ > 「分からないです……けど、幸せになるのは悪いことじゃない、とは思います……」

少女は見た目通りの年齢であり、経験しかない。
長く生きるものからすれば拙い考えだったのかもしれない。

「ん、不満とかじゃなくて……」

何かを言いかけて、少女は止めて。

「は、はい、失礼します……」

礼をして、市場を後にする。

少女はただ壊れ蕩けたかっただけだったから―――

ご案内:「奴隷市場都市バフート」からナータさんが去りました。
ご案内:「奴隷市場都市バフート」にネイトさんが現れました。
ご案内:「奴隷市場都市バフート」にカナンさんが現れました。
ネイト >  
高値をつけてた商品が。
ミレーの女奴隷が逃げた。
そんな話で表通りは騒ぎになっている。
ハッキリ言ってバフートじゃ全ッ然、珍しい話じゃあない。

外に洗濯物を干してたのに通り雨が降ってきた、みたいに日常的な騒動だ。

問題は。

「くっそー!」

その逃げてるミレー族の女が僕だってことだ。
冗談じゃない、僕は男だぞ!!
あの変態魔術師の怒りを買って女に、ミレーに変えられただけの!!

買い手に引き取られる寸前で逃げ出した僕は、路地を滅茶苦茶に走って逃げている。
ちくしょう、この体はスタミナがあるな!?
元の僕だったらあっという間に息切れしてた。

カナン > 王国を支える奴隷経済の中心地、奴隷市場都市バフート。
猥雑で卑俗、腐敗の渦のド真ん中。人と獣が限りなく近づく場所だ。
こんな悪所を訪れたと知れば、あの父母でさえ眉をひそめ、私を咎める言葉を口にするだろう。

けれど、こういう場所だからこそ訪れるだけの理由があった。
この悪徳の都には、世界中の人が流れこむ。「余所者」などという概念が存在しないのだ。
たったひとつの区別があるとすれば、それは商品か、そうでないかだけだ。
人種も国籍も、もしかしたら種族さえもお構い無しで。
王国内で活動する地下組織が拠点を置くには、この上なく好都合な場所だったのだろう。
胸の悪くなる様な濁った空気と、露悪的な熱気にあてられずにいられるのなら。

広場の中央に絞首台のようなものが見える。
奴隷と奴隷商と買い手の代理人たちと、取引の様子を見にきた観光客と、そのサイフを狙う掏摸たちと。
観光客を当て込んだ露店主たちの客引きの声と、安食堂の店先から立ちのぼる料理の匂いと。
煮詰まった鍋の中にいるような雑踏の中、誰かとぶつかった拍子にごつごつした腕が押し当てられる。
偶然を装って身体をまさぐるその手を捻り、締め上げてきつく睨んだ。
肉付きのいい色黒の男だ。顔立ちも言葉も王国人のそれではなく。

「怖い顔したってダメですからね。出るとこ出ましょうか」

しらばっくれようとする男の腕をさらにギリギリと締めあげる。
ここは王の威信及ばぬ化外の地。衛兵の代わりに顔役の子分にでも引き渡してくれようか。

考える間もなく、俄かにあたりが騒がしくなる。人ごみの向こうから嵐のような混乱が近づいてきていた。

ネイト >  
人いきれの街を走り抜ける時に肩が当たらない。
以前の僕では考えられないスピードで走れる。

なのに、ちっとも嬉しくない。
悪い夢は続く。
あいつらに捕まったら僕はどうなるんだ!?

「どいたどいたどいたー!!」

クソッ、逃亡奴隷がそんなに珍しいか平民ども!!
そもそも僕は奴隷なんかじゃない!
誇り高き貴族、オルブライト家の……

長い黒髪の女にぶつかりそうになって慌てて減速する。
慣れない体でスピードを出しすぎたか!?

カナン > どこか聞きおぼえのある声がして。

「え……?」

台風の目が人ごみを割って現れる。
青みがかった長い黒髪にぴんと立った犬の耳。北方犬種の特徴を備えた神獣族―――王国流にいえばミレーだった。
今は見る影もなく薄汚れ、身を覆うものといえばボロボロの布きれが一枚だけ。
錆びた首輪を填められ、それなりに高価な部類の値札をさげて。

最後に会った時からは随分変わり果ててしまったけれど……私はこの人を知っていた。

「先輩……? 何してるんですか!!?」

私が呆気にとられた隙に、男が腕を振りほどいて逃げていく。
先輩の背後からも怒号が迫ってきていて。
状況がまるでわからない。一体何があったんだろう?

「待って。待って下さい!」

とっさに手首を掴んで引き止める。
そうしないと、もう二度と会えなくなりそうな気がして。

ネイト >  
げぇ!!
変な女に捕まった!!
よく見れば綺麗な女だが、この状況では死神という印象しか受けない。

「先輩ってなんだよ僕はお前なんか知らないぞ!!」

周囲の人だかりが騒然となる。
僕らを見てひそひそと話をしている。

「何を見ているんだ平民ども!!」
「いや…お前らの節穴みたいな目と割れた鍋の蓋より役に立たないアタマによく刻み込めよ!!」
「僕は貴族だ、オルブライト家の長男なんだ!!」
「早く然るべきところに連絡しろー!!」

そこまで叫んで周りの眼差しが憐憫と侮蔑と的外れな嘲笑に変わる。
クソッ、誰も信じてくれない!!
奴隷市場に繋がれてた頃とは見てる層が違うのに!!
リアクションは一律かよ!!

「わかった、わかった……僕は先輩、お前は後輩だな…?」
「それじゃ僕は用事があるのでお先に失礼する」

力ずくで振りほどこうとするけど、全くその通りにならない。
女の細腕なのは相手も一緒なのに。
追っ手の足音を幻聴に聞いて頭がおかしくなりそうなくらい鼓動が跳ねた。

カナン > 「は? 何言って……ほんとに大丈夫ですか先輩」

あの優しかった先輩が。誰よりも凜としていてカッコよかった先輩が。
今はドサンピンの小悪党みたいな口調で、自分は貴族だとかとりとめもない妄想を叫んでいる。
何か恐ろしい目に遭って、すっかりおかしくなってしまったのかもしれない。

「大丈夫。わかりましたから落ち着いて……落ち着けって言ってるでしょう!?」

紅い瞳でキッと睨む。ああ、先輩にこんなことをする日がくるなんて。
獄卒にそっくりな用心棒たちに続いて恰幅よく丸々と太った中年男性が汗を拭きながら現れる。

「ちょっと、何なんですかあなたたち。寄ってたかって追い掛け回したりなんかして」
「先輩も先輩です。っていうか困ったことになっていたなら連絡くらい下さいよ!」

言いたいことは山ほどあるのに状況がそれを許さない。もう逃げられないことだけはたしかで。
先輩の腕を掴んだまま、剣呑な雰囲気を遮るように追っ手の一団との間に立つ。

ネイト >  
こうしてまごついてる間に追っ手が来る。
あ、来た。
終わった。

「大丈夫大丈夫全然大丈夫だって大丈夫だし大丈夫だから大丈夫なんだ」

ガクガクと震えながら相手の手を振りほどこうと必死になる。
そもそもこの女なに!? 誰!?

「ヒッ」

一喝されると息を呑んで身を竦める。
そこにやってきた追っ手の一団から隠れるように女の影に避難。

「あのな、お前たち……僕はミレーじゃないんだ、オルブライトに連絡を取れって何度も言ってるだろう」

言いながらも怯えきった表情で自分の現在の持ち主を見る。
あんなの男でも女でも関わり合いになりたくないタイプの人間だ。
今の自分、耳が折れて尻尾が垂れ下がってるんだろうなぁ。クソッ。

カナン > 「この人は私が連れて帰ります。もう関わらないで下さい」

私より背の低い人がいない。先輩はこんな様子だし、頼れる人はだれもいない。
気圧されたら負けだ。取り返しのつかないことになる。

そうはいかない、などと中年男性が脂汗を流して答えた。
よほどの不摂生を重ねてきたのか、ぜいぜいと喘ぎ喘ぎ言葉を続ける。
この女は自分が買った。たとえ身内だったとしても、勝手に連れて行く権利はないのだと。

「………そんな……あの、こんなこと言うのも何ですけど先輩は黙ってて下さい」
「落ち着いて。私がなんとかしますから……なんとか…」

こんな時、昔の先輩だったらどうしていただろう。
今は見る影もなく奴隷にまで身を落として、ひどく怯えているこの人だったなら。

「…………だったら。ええ、それなら結構。私が買います」

口論は意味を持たない。困った条件を突きつけられる前に押し切るしかない。
先輩が下げてる値札を見て目を疑った。

「9,600……王国のゴルドじゃなく? 金貨で??」

そんなに。

ネイト >  
僕の太った飼い主が僕を所持する正当な権利について語っている。
それだけで反吐が出そうなくらい不快だ。

「なんとかって……」

とりあえずもう頼れるのは目の前の女性だけらしい。
ああ、綺麗なオンナだなぁ……男のままだったら口説いていただろう。

「ああ、紛れも無く僕の値段は9,600だよ」

よく働く農奴が5人は買えるだろ!!
ふざけるな、僕に高値をつけて何をさせるつもりだ変態ども!!

絶望と諦観と、現実感のない倦んだ怒りに苛まれながら立ち尽くす。

カナン > 否、と男が肉に埋もれた首を振る。舌なめずりして15,000だと告げる。

「……………」

数字に現実感がなさ過ぎてめまいがする。
奴隷交易の相場は知らないけれど、恐ろしいほどの暴利に決まっている。

北方帝国シェンヤンにおいて、書令史の俸給は安くはないけれど、特別高いわけでもない。
宮中図書館に奉職し、俗世から遠く離れている分、袖の下とも無縁の世界だ。
たとえその機会があったとしても、主上の信に背くことなど絶対にありえないけれど。

私の蓄えのすべてを足しても足りるはずがない。
いつか誰かに嫁ぐときのために積み立てていた持参金も取り崩すことになる。
借財をして、返済しきるまで何年もかかるかもしれない。

「………だとしても」

先輩は今ここにしかいない。手を放せば、もう二度と会えないかもしれない。

「わかりました。11,000、すぐに用立てましょう」

聞き違えかな、と男が笑う。交渉が始まった。

ネイト >  
このクソ奴隷商人、値段を吊り上げやがった!?
えげつない値段を僕につけやがって!!
そんな値段したミレーの女が売れるわけないだろ!!

「え………っ!?」

それに対して、だとしてもと返した目の前の女。
死神なんかじゃない、慈悲の女神か!?
もう俺が買われていくルートを外れるために!
この女の交渉を頼る他無い!!

ハラハラしながら交渉を見守る。
どうなるんだろう。どうなってしまうんだろう。

カナン > 金貨。現金で12,600枚。
腐っても商都だけあって、決済はあっけないほど簡単に終わってしまった。
蓄えを全て失くして、頭に靄がかかったみたいで将来のことも考えられない。

気づけばもう日が傾いていて、街は夜の顔へと移ろっていく。
男たちがホクホク顔で引き上げた後、身体じゅうの力が抜けて路傍にへたり込みそうになった。
こんな出費に見舞われるなんて思いもしなかった。今日はもう仕事にならない。

それでも。

「………よかったですね先輩。危ないところでした」

先輩が見ず知らずの人に売られずに済んだと思えば。
望み通りの結果が得られたんだから、きっと喜んでもいいはずで。

「私、がんばりました。褒めて下さいよ。昔みたいに、名前を呼んで……」

気疲れから立ち直れないまま笑みを向ける。

「首輪、取ってはいけないならせめて可愛いのにしましょう? 服も替えないと……」

ネイト >  
全てが終わった後に。
残ったのは僕を好きにできる権利が目の前の女に移ったんじゃないか?という漠然とした不安だけで。
そもそも先輩と呼ばれているのも人違いで。
怒った彼女に殺されるのではないかとオドオドするしかない。

「あ、ああ……そのことなんだが………」

全部終わった後に切り出すのは、アンフェアだ。
それでもそうするしか助かる道がなかったのは確かで、
何より目の前の女の疲れた顔と財産を投げ打ったであろう事実が。

僕を正直者に変えてしまった。

「あのさ……僕は君の先輩じゃない。多分人違いだ」
「僕は悪い魔術師に男からこの姿に変えられて一週間ほどで」
「君の思い出になるような時間をこの体ですごしてはいないんだ」

硬く目を瞑って沙汰を待つ。

カナン > この上なく気まずそうな様子で打ち明けられた話に、静かに耳を傾けた。

「その記憶が、植えつけられたものでない確証はありますか?」
「魔術師というのは、どこのどなたですか? 思い出せないことはありませんか?」
「まだ混乱しているんですよ。これから時間をかけて治せばいいのだと思います」

王都の実家か、あるいは帝都の同僚に預かってもらうのもいいかもしれない。
先輩は今まできっと、辛い目に遭いすぎたから。

「本当に全部忘れちゃったんですね」

私のことも知らない様子で、意地悪な冗談を言っている風にも見えない。
本当に記憶を失ってしまったに違いない。
姿形はそんなに変わっていないのに、私の憧れだった人の面影はほとんど残っていない。
生きているのか、死んでしまったのかさえわからないままでいるよりはずっといいけれど。

「………あんなに愛しあったのに」

薄汚れて、肌も露わになった柔らかい身体を抱き締める。肩口に顔を埋める。

「…………あれ? 先輩ここにあった黒子どうしました???」

ネイト >  
記憶? 確かに……魔術師のことは記憶を操作されたのかうろ覚えで。
混乱しているのか?
僕は本当にオルブライト家の長男じゃないのか?

抱きしめられると、いい匂いがした。
ここのところ、心をすり減らす思い出で埋もれていた心に。
柔らかくて温かなものが

「……黒子?」

やっぱり人違いじゃないか!!!
これからどうするんだよこの勘違いと莫大な金のやり取り!?

これが僕と彼女のファーストコンタクトで。

ご案内:「奴隷市場都市バフート」からネイトさんが去りました。
カナン > この先輩には、あるはずの黒子がない。
神獣族に特有の獣の匂いもよく似ているけれど、記憶の中のそれはほんの少しだけ違ったかもしれない。
違和感にひとつ気づけば、次々と些細な違いに気付いてしまう。

「…………もしかして、本当に先輩じゃない?」
「まじですか先輩……先輩じゃない人。先輩のそっくりさん略して先輩……」

人生最大の勘違いに言葉を失い、驚いたり怒ったりするような気力なんてあるはずもなく。
あまりの負荷に耐えきれず、雷に打たれた様に愕然としたまま意識が遠のいていく。
ぐるりぐるりと世界が回る。回っているのは私の眼の方だ。
崩れ落ちていく私を支えてくれる、誰かの存在をすぐ近くに感じながら。
しめやかに卒倒して。

「きゅう……」

これが先輩との出会い。私にとっては二人目の―――。

ご案内:「奴隷市場都市バフート」からカナンさんが去りました。