2020/09/27 のログ
はばり > 互いの目線は、互いの儘に。主観、主軸、どうあるかは各々に委ねられる。
彼が貴族であるように己は奴隷だ。奴隷の目線もまた変えることも崩すことも能わず。

「おぉ、おっかねぇでありやすね。そいつぁ大変だ。
 旦那もその奇妙な魔物とやらを調べに来たんですかい。ご忠告はしっかり聞いておきやす」
 
学のない自分には、その時その時をやり過ごす事しか出来ないのだ。

「あー……そりゃあそう、でさぁね。
 本音を語れるのはお貴族様とか同等の地位のヒトだからなンでしょうけど。気持ち悪いってこたァねェのに。
 綺麗なモンは綺麗ですし、褒めたらもっと綺麗な御姿が見られるかもしれねェってのに。勿体ねェ勿体ねェ。
 ……嬉しいってンならわっちゃあわっちゃなりに褒め称えますんで。わっちゃも本音しか語れねェんで」

言葉をペラ回すと止まらない性質なのか、兎はとつとつとよく喋る。

エイガー・クロード > だからまぁ、互いのこの見方はどう足掻いても、この国の常識で
変えようもない事実である以上、これが普通なのだ。

「えぇ、と言っても噂だけで、実物は全然影も形もないんだけどね」

ちゃぽちゃぽと、川に波紋を作りながら両足を動かす。

「んふふ、本音しか語れないなんて。
あなたはとても真っすぐなのね」

くすくすと、女性のように口に手を当てて笑う。
姿形は完全に男性でも、所作の一つ一つが、女性にしか見えないだろう。

「気に入ったわ。あなた、名前は?
私はエイガー。エイガー・クロードよ」

はばり > 「あんまお外には出んようにはしやす。今日安全だったからって、今後も大丈夫って保証もねェんで」

危機管理は己一人でやるしかない。主の命令には逆らえないが、ある程度主を選ぶためのコントロールは出来る。
こちらへと来たる水の波紋。ふと目で追いながら、恐る恐る顔を上げる。

「真っ直ぐっていうかぁ、ただ嘘をつくのが苦手っていうか。
 だって嘘をついて喜ぶなんて、演劇とか冗談とか、そういうのだけでありやしょう」

子どもだからその結論に至った――というよりは、ある程度の矜持的なものもあるのだろう。
恐れながらもしっかりと自分の意見を口にしていることがその証左だ。

「エイガー・クロード……エイガー、の旦那。
 わっちゃははばりってモンです。遠くの国から来たモンで、ちと喋り方も変わってるってようよう言われるんですが。
 よ、よろしくお願ェしやす、旦那」

畳んである衣服は布を合わせて着る着物という様式のもの。喋り方は荒くれものに近いが、親しみやすい口調。背丈は小さく体も薄いが女性であるその兎は、しどろもどろになりながらもそう己を紹介した。
――考えてみればモノホンの貴族と喋った事なんてねぇぞ、というのが内心の言であった。

エイガー・クロード > 「えぇ、それがいいわ。賢明よ」

ここで変に反発や、好奇心を発揮させないだけで正直落ち着いてていい子だと思う。
顔を上げてこちらを見るミレーに、こちらもあまり威圧感を与えないように横目で見る。

「なるほど……ね。うん……。
そうよね……それが一番いいし、そうであって欲しいわね」

その言葉に秘められた、想いを受け取る。
そしてこのミレーには、そのままであってほしいと願わざるを得なかった。

「ハバリ、ね。うん、変わってるって言っても方言とか、訛りみたいなものだし、気にしないわ。
うん、よろしくね」

少なくとも、腹芸が得意でもなければ腹を探ってくるような人でもない。
そんな、小動物のようなはばりに対して、悪戯心が湧いてくる。
だが今は我慢しなければ……

「それより、そろそろ出たら?風邪ひくわよ」

はばり > 好奇心で下手を打つのは愚策が過ぎる。己は身を守るための武術も何もないのだから。
安全に生きる為なら多少の取捨選択も肝要にならなければならない。
決して誰かが必ず助けに来てくれるわけではないのだから。

「うっす、そうおっしゃってくれるンならありがたいでありやす」

探りを入れる手合いとしては、貴族はあまりに分が悪い。もしやるとしても顔見せの段階でやるには少々リスキーだ。
彼が何を考え、何を思うかは分からない。故に慎重にならなければならないのだが。

「そうで……ありやすね。もういい感じに汚れも落ちたんでそうしときやす」

この言葉も純粋なやさしさというか、気遣いなのだろう。下心はない、と思う。
女性的な言葉で喋るから、多少は気持ち悪がられる事も少なかろう、そう信じて。
ざば、と川から上がり、再び裸身を風にさらす。羞恥に悶えたり顔を赤くしたりすることはないが、隠す場所はきちんと隠している。
小さな手指で隠す股座には、近づく際に女性には備わらない男性器がチラチラと見えるやもしれん。

エイガー・クロード > そういう好奇心を持つのは悪いとは言わない。
だが危険かどうかを判断するだけの勘や理性は持っていてほしいと思う。
勿論、自分が近くにいれば絶対に守るが、そうであり続けることはできないのだから。

「早めに言葉に慣れるといいわね。いちゃもんも付けられやすそうだし」

嘘を吐けないと聞いてか、こっちもだんだんと遠慮がなくなってきた。
もっとも、言葉は基本新設から出てきているのだが。

「えぇ。よかったら石鹼貸す?いちおう持ってはいるけ……ど……」

川から上がったはばりを一瞬だけ目線を向ける。
運が悪かったのか、よかったのか。その股座が視界に写った。
小さな手指では、少し隠すのは心許なかったのかもしれない。
その手から見えた、男性器に少し言葉を詰まらせるが……

「…この場合男として扱うか女として扱うか難しいわね」

別の方向へと思考が行った。

はばり > 「もうちっと喋りが上手くなりゃあ楽なんですがね。
 スラムとか貧困街っぽい喋り方だって揶揄されるもんで、あんま奉公してていい気分もさせられねェんで」
 
 段々と砕けた言い回しになりつつあった言葉。礼儀は忘れることはないが、喋りのラインから相手との距離を測るのも仕事の内だ。

「いえ、石鹸を使うほど汚れてはいねェんでお構いなく。どうせまた汚れやすしそん時にまとめて……」

 そこまで口にしたところで、相手の言葉が止まったことに違和感を抱いて、服を取ろうとしたところで硬直した。
 己の股座に向かう彼の視線。割れ目もあるがなにより目立つその逸物が見られた。
 小さな体に生殖器が重複していれば、搭載する体の都合上、完全に隠し切るのは当然無理であった。

「えっと……その……。
 一応、胸も『ほと』あるんでオンナとして扱ってくれると嬉しいでありやす」

後者はつまり女性器の事だが、それはさておき。
思考が散らかっている間に服を着込み始める。

エイガー・クロード > 「ま、気になる人は気になるだろうしね。
貴族であればあるほど嫌がるでしょうし」

両手を頬に当てながらぼやくように。

そして、男性器もそうだが、女性器や胸も確かにある。
そういう種族があるのは知っていたが、まさかミレーにもいたとは。
だがまぁ、本人がそう言うなら気にしないでおこう。

「えぇ、わかったわ。ごめんなさいね、裸を見たりして」

本当に申し訳なさそうに眉が下がり、顔もしょぼくれる。
服を着ていくのを見ながら

「やっぱり、なにかお詫びをしたいわ。欲しいものとかある?」

と、全力投球をするのだった。

はばり > 「……なんかちと似ておりやすね、わっちゃら」

にべにもなくそんな事を言う。やはり本心から出た言葉なのだろう。
女性っぽい仕草や喋り方を揶揄されたりする彼と、訛りを謗られる手前と。
身分も立場も大きく違うが、同じ方向を向いている。そう思ったからつい口を突いて出てしまった。

「ああいやそんな、見られるのは慣れてるし減るモンでもねェですから。気にしないでください」

襦袢を着て、着物を纏い、帯を巻いてカチューシャを直す。しょぼくれた顔が貴族らしからない気がして、少し可笑しな気分になる。
ここまで『人間臭い』貴族というのも、珍しい気がした。己のような奴隷にも真摯な態度で臨んでくれる。
だからその言葉についまごついた。

「は……はぁ。いや何言ってんですか。
 じゃねえ……っとーそうだな……。あー……」
 
欲しいものはないか、と問われて己の体の上下を見る。露出した足先から、白髪を飾るカチューシャ。。
靴とやらがいい加減欲しい気がする……が、足を露出するのは奴隷の証、意識の切り替えに必要なものだ。

「……オンナらしく髪飾りが欲しいんですが。わっちゃっみてェな短髪にも似合う感じの」

エイガー・クロード > 「似てる……?私と、あなたが?」

呆けた顔で思わず、そうオウム返ししてしまう。
そんな風に誰かが自分と似てると言われるとは思わなかった。
だが、確かにそうかもしれない、と納得できる部分もあった。

「いや、減るでしょう?いつか未来のあなたのお嫁…お婿?さんが見る分がね」

自分のところでは見慣れない服を着ていく動作を興味深そうに観察する。
そうやって着ていくのか、と頭の中によく記憶しておくことにした。
知識はたくさんあって悪いものではないのだから。

「なんでもいいのよ!私も、嘘は吐かないから!」

ふんす、とどこか胸を張って。
こういう時こそ貴族の力を使う時だと誇示するように。

「髪飾り?いいわねぇ……確かに、あなたに映えるアクセサリーが欲しいわよね。
富裕地区に有名なアクセサリー屋さんができたし、今度一緒に買いに行きましょうか?
絶対にあなたに似合うものが見つかるわ!」

はばり > 「……あいや、気にしないでくだせェ。聞き流してくだせェ」

 ふと、慌てて手を伸ばしながら、宥めるかのように手を振る。子供が否定する時のリアクションにほど近い。
 そういうこと、あんま言っちゃあいけないだろうと。

「嫁も婿もその日暮らしに現れるか分かったモンじゃあありやせんよ。
 体売ってる身ィからするとそういう気ィも薄れるっていうか。
 でもわっちゃも十五でありやすから適齢期でもあるんですがね。10年もしたら売れ残りになるんで、相手ェ見つけられたらなァ」

 先ず以って見つける気も今のところはないわけで。
 やっと着付けを終えた所で、相手は何やら張り切っていた。
 裸体を見せただけでこうまでの反応になるとは予想外だったのか、今日一番たじろいでいた。
 たかが胸の薄い貧相な体だろう、とは言わんが。

「え、はぁ富裕地区……え、っと……はい、御用命とあらば……?」

 こんな薄い布を合わせて着ているだけのカッコのオンナに?
 一緒に行こうと彼は言う。良いなら良いが、否、良いのか?
 つい仕事の感覚で請け負ってしまった。仕事以外でそちらに出向くことはなかったのに。

「……その、ホントのホントに? エイガーの旦那ァ、からかってるわけじゃあありやせんよね」

目を白黒させながら、恐る恐る問う。片方の眉が困ったように下がるが、迷惑だと思っているわけではない。ただ困惑しているだけである。

エイガー・クロード > 「ん……いえ、別に気にしてるとかそういうのじゃなくてね。どうしてそう思ったのかなって」

顎に手を当てながら、手を振る動作を見てちょっと笑ってしまう。

「それもそうねぇ。身売りしているならそういうのも思いつけないだろうし。
でも、少なくともそういうのを諦めていいような年齢ではないでしょ?
最悪身請け先がなかったら私が一生買ってあげるわ」

さらりと簡単にミレー一人の人生を買うと言い切るが、そこまで深い考えはないだろう。
親切か、同情か、憐憫か。少なくともそのどれかが混ざっているのは間違いない。
だが、それでもそのどの言葉も、本心なのも間違いはないのだ。

着替え終わる最後までしっかりとその衣類の着方を観察する。
そう言う服、自分も着てみたいと思うのがこの男のサガだった。

「えぇ。あぁでも、その格好のままだと店の前でお断りにされそうね。
ちゃんと富裕地区でも問題ない恰好をしないと……体の採寸後で測ってもいいかしら?」

すでにもう行くのはこの男の中では確定しているらしい。
どんな髪飾りにするか、この国で一般的な奴か、あるいはオーダーメイドをするか。
人を着飾らせることに余念がないのだ。

「あら?さっき言わなかったっけ?あなたのこと、気に入ったって。
私、少なくともあなたをからかうような言葉はずっと言ってこなかったつもりだけど」

はばり > 「あー……そりゃあその……。旦那のその喋り方や体が女性っぽいのって、何かあるにせよアイデンティティみてェなモンじゃあねェですか。
 それを否定されたり気持ち悪いって謗られるのは……いい気分しねェでしょうし。わっちゃはこーゆー口調があーだこーだ言われるンですが、母国から貰ったモンは大切にしてェってんで。
 そしたらなんかこう、立場ァ違ェし尺度も違ェけど、やっぱ似てるところがあるって思いやして」
 
 嘘を付けないし、今思ったことだからそれをかみ砕いて別の印象を与えるよう思考を回す余裕はなかった。
 ありのままの言葉をそのまま伝えてしまったのだ。流石にこりゃ怒られるか、と覚悟はした。

「……つってもわっちゃあ、オンナらしさもオトコらしさもありゃせんので。
 明日食う飯だってどうしようかって悩む立場上、婚姻とかそういうのは考えるのがむつかしいってなモンです。
 寄り添って生きる相手とか、それこそ旦那のようにわっちゃを買って、飼ってくれる人がいりゃあ、まあ。
 ……わっちゃあ、炊事洗濯掃除に遣いと夜伽しか出来やせんけど」

貴族ともなればミレーの一人くらい買えるのだろう。日雇いでミレーを小間使いに出来る平民階級すらいるのだから、一生分の金を出す事だってきっと容易い筈だ。
金で雇われる手前、そういった手合いも反応は鈍くなっているのか、純情無垢な子供のような反応はしない。
どことなく本気度の滲んだ声に、言葉に、あまり茶化さずスペックだけは伝えることにした。

「……え、あ……そりゃ全然」

良い、というしかあるまい。あらゆる前提からして上位者の言うことは絶対と仕込まれている手前、否とは言えない。
人を悦ばせる立場のハズだのに、己が喜ぶためにあれやこれやと尽くしてくれる。悪い気分ではないが、むずかゆい。
 己の裸で貴族がここまで言ってくれるなら、これもまた対価として見るのが良い。自分の精神的に。

「ごもっともで……。ご采配、とっても嬉しいでありんす。
 それじゃあ、はい。御言葉に甘えさせて頂きやす。よろしくお願いしやす、旦那」

深々と頭を下げて礼を尽くすのだった。

エイガー・クロード > 「……そうね……。うん……。…………なるほどね。
…………わかった。確かに、そんな風に並べられたら似ている、そう思うわ。
あなた結構聡いじゃないの」

感心したように目を細めて、そして笑う。
怒っている様子など、微塵もなかった。

「うーん、確かにね。婚姻なんて考えてる余裕はないか。
あんまり言いたくはないけど、その体の問題もあるしねぇ。
……?いちおう言っておくけど、ペットみたいな意味じゃなくて侍女とかそういうのよ?
ウチ、侍女一人もいないし。家が大きいからそう言うことしてくれる人がいると助かるわ♪」

るんるんと踊るような声で嬉しそうに自分の両手を握る。
まだ確定はしてないが、できることを羅列するということは前向きに検討してくれるのだろう。
そう自分も前向きに考えた。

「じゃあ富裕地区でも問題なく歩けるように衣類も見繕いましょうか!
ドレスとかー、ワンピースとか……んふふ、楽しみねぇ~。
……そんな、頭を下げるようなことじゃないわよ!元はと言えば私が悪いし。
それに私がお金なんてこういう事にしか使ってないのもあるしね?」

キラン、ととても男の癖に可愛らしく美しいウィンクをした。

はばり > 「……お、おう。
 そうおっしゃって頂けンなら……光栄でありやす」

まだまだセーフだった。寛容な人というか、そういう風に優しく接してくれる人と言うのはこの一連のやりとりで確定した。
怒るどころか、感心して聡いとまで言ってくれるのだ。心臓が縮む感触を引っ提げながら深く息をつく。

「金ェ貯めて帰郷出来りゃあ地元で子沢山ってのも出来るんですが、夢想にしかなりやせん。
 ここで一生暮らすってンなら、ミレー同士イイヒト見つけるのが良いんですがね。兎ってここらじゃあ見かけねェし。
 
 ……侍女ってェとあの、身の回りの世話ァとかする。
 お勤めは……一応は得意ではあるんで……やれって言われたらやることはやるやすから」

 メイドとか執事とか、煌びやかな言い方をすればそんな言葉を連想させる。
 ただの話の物種ではあるが、もし本当に買ってくれることがあるのならば……それもたぶん、悪くないのかもしれないが。

「自分の体にここまで価値があるっていうのが幾分衝撃的だったもんで……わっちゃの為に金ェ使ってくれるっていうのも、全然経験が無くてですね。
 町ン中にいる娘さんみたいなおべべ着て歩けるとか……夢みたいで……つい夢を見そうで……」
 
 暗にそれが楽しみで仕方ないのである。一張羅の着物以外に召し物を纏う事があることに、顔にはあまり出ないが言葉は浮足立っていた。
 男性ながら綺麗なウインクに射抜かれそうな心地がして、口元が緩んで仕方がない。
 自分のほっぺをつねってみた。痛いから夢じゃなかった。

「わっちゃあいつでも行けるんで、予定は絶対に、絶対に空けておきやすから。綺麗な服着て……髪飾りを選ぶのを楽しみにしておりやす……!」

年相応の少女のように目を輝かせて、握りこぶしを胸元でつかみながら意気込んでいた。

「あ、……今日はもう今の勤め先に戻らんといけないんで。
 仕事が終わったらでも良いんで……いつでもいいんで」

はやる気持ちを抑えながら、今の立場と職務を思い出す。深呼吸しながら赤色の眼はしっかりと彼を見据えていた。

エイガー・クロード > 「ふふ、いい子いい子」

つい、ビビっていることが多いこの少女が可愛くて頭に手を伸ばして撫でる。
嫌がって離れるのなら、そのままちょっと驚いた後素直に謝るだろう。

「ふーん、いつかは故郷に帰りたいの?いや、でも出稼ぎなら帰りたいわよねぇ。
そうねぇ、ミレーはこの国だと、人権は他の国の制度の奴隷より人権ないかもしれないし。
でも可能なら同族と一緒になりたいわよねぇ。

えぇ、そうよ。家の掃除とかー、私のご飯を作ってくれたりとかー。
後一緒に遊んだりとか!」

だんだんと笑い方が気持ち悪くなってくるが、どこまでも楽しそうだ。

「そりゃ、価値を見出すのは人それぞれだけど、私はそんなことないと思うわよ?
磨けば光る原石よ、あなたは。少なくとも、私はそう保証するわ」

ほっぺをつねるのを見て、そっと左手で頬を撫でる。
どこか扇情的な撫で方で、同時に槍を振るい慣れた男の手でもあり
そして、よく手入れされている、柔らかくて優しい手だった。

「えぇ!約束よ!私の領地を教えておくわね?」

そう言って自身のマントの一部をちぎって、そこに羽ペンで書き始める。
……とても高級な、そして年代物のマントだ。

「いつでも来てね。騎士としての仕事があるけど、その場合家で待ってて。
どうせ誰もいない家だから」

その言葉をしっかりと受け止めて、興奮気味な赤い瞳をどこまでも慈しむように見つめた。

はばり > へぷ、と頭を撫でられて変な声が出た。
嫌がることもなく相手を受け入れ、大人しくなでられていた。

「出来ればそうしたいところでありやす。立場上は奴隷ですし、国も遠いんで。
 そっちだとまだマシな扱いは受けておりやすが……中々ここも居心地は良いもんで。
 子どもも出来りゃあ欲しいんですがね、他種のミレー同士はちと抵抗があるし」
 
 人ならばそれはそれで良いのだけど、階級制度が敷かれている手前大っぴらには言えない。

「……結婚できなくても、そういう風に過ごせるのはきっと楽しいんでしょう。
 飯作るのも遊ぶのも得意なんでありやすよ、わっちゃあ。チェスならお付き合い出来やす」

 楽しそうな彼の水を差すことは出来ない。とことん乗って楽しさを共有するのがこの場ではベストなのだろう。

「どこまでもどこまでも、わっちゃの小さな掌には収まりきらないお言葉でありんす。
 尽くし甲斐があるお方だ。恩義に報いるに相応しいというもの」
 
 己なりの精一杯の丁寧な賛辞なのだろう。忠義を尽くすことに意義を見出す己のポリシーに沿った良い人に違いない。
 貧しい暮らしの中で出会った光明めいて、彼の優しい手付きはそれだけで果てそうな程に優しい。
 女性的な優美さと煽情さを併せ持つというのに、その手はしっかりと男らしさを感じで雌が疼きそうになった。
 我慢、我慢。

「ンン!?」

 我慢、しようとしたところで面食らって色々なものが引っ込んだ。口元がびっくりして閉じたまま奇怪な声を上げる。

「いや何して……あー、あぁ……こんな値打ちモンを……」

貧乏人でも分かる。彼のマントにどれほど値打ちが付くのかは計り知れないが、それでも価値だけは理解していた。
恐る恐ると言った様子で彼の筆跡で書かれた領地の情報を受け取る。
――ああこれ、あとで宝物として後生大事にしなきゃならねェや。誰かに見つかったら殺されるどころじゃすまねぇ。
そう胸中でざわめく感覚に打ち震えていた。

「は……あ………はい。
 ……びっくりしやしたけど、ホントのホントに楽しみにしておりやす……そんで、ありがとうございやす」

もう少し仕事が頑張れる気がしてきた。生きる目標というか、活力を得ることが出来たのだ。

エイガー・クロード > 大人しく撫でられてれば、その感触を気に入ったのかしばらくそのまま撫でられ続けるだろう。

「なるほどねぇ。……えっ、ここが居心地いいんだ」

かなり意外そうに言う。だってそうだろう?
こんなにも苦しい生活を強いるこの国の居心地がいいなんて
……でも、そう言ってくれてこうして驚く自分と、同時に嬉しいと思う自分もいた

「最悪男の他の奴隷のミレー族を見つけて買うとかしたら?
あまり良くないかもしれないけど、最終手段の一つとして、ね。
あら、じゃあ今度お試しで雇おうかしら?私、意外とわがままよ?」

くすくすと、今度はからかうような、試すような言葉をかける。
そしてその撫でる手を、ゆっくりと離す。

そして、平民との感覚の差が大きいのかもしれない。
どうしてこんなに恐れているのかわからないのだ。
だから気軽に、そんなものも渡してしまった。

「……ううん、いいの。どこまでも頑張ってるあなた達には、私は感謝してるもの。
平民も奴隷も、貴族や王族、そして国の生活を支えてる大事な存在だからね。
……だから、本当ならもっと、ご褒美とか、いい生活とかさせてあげたいけど」

そこまでの力はない。ましてや自分は没落気味なのだから。
少しだけ、無力な自分を何度目かわからないが、恨んだ。

「だから、負けないでね。私は応援してるし、手助けも可能な限りするから」

ぎゅっ、とこのミレーの少女の頭を、思わず抱きしめる。
左手も、籠手で覆われた右手も、どこか温かく。男だが、どこか優しく、包むように。
鎧が当たらないようにする気遣いも込めて……。

はばり > 柔らかな髪は奴隷なりに手入れをしているのか、悪いものではないだろう。
うさ耳に撫でる手が擦れたりすると、一層ふわふわした感触が楽しめるかもしれない。

「そりゃまあ、下品なのは多いし、わっちゃの扱いはよくはありやせん。
 治安も悪ィんですが……人情ってンですかね。それ相応に人の距離が近い分、息遣いがとても間近に感じられるんです。
 だからたぶん、それが心地いいんだろうなって」

 忌憚なく喋る所感は、良い物とは言えないが、国にいる人となりは悪い物でも無かろう。
 貴族とて、彼のような人がいると分かっただけでも収穫だ。自分をいたぶり、はずかしめるだけのそれとは違うモノがいるだけでも。

「身なりは絶対に良いって保証はありやすが……男の奴隷はちと鼻持ちならない印象しかなくって。
 男娼みてェなのは扱いが大変でしょうし、プライドも高そうで」
 
 多少なり、相手を選べるならえり好みはしたくなる。性奴隷ならまだしも、番と言うなら話は別で。
 仮に買うなら自分より年下の男の子が良い。反抗的じゃあない子なら扱いも容易かろう。
 ――まあ彼の言う通りの最終手段だ。奴隷が奴隷を買うという思考にハマることはなかったから、一つ新たに考えられる知見を得られた、ということにしておこう。

「お望みとあらば、わっちゃはどこでも、誰にでもお仕えいたしやす。
 わがままな御方の相手は得意でありやすから。満足いくよう努力しやすよ」

 無礼な言葉であろうと、ここまではっきりと物申した方が心証は良いだろう。毅然と胸を張ってそう答えた。

「……わっちゃ……いや、わっちゃらには勿体ない言葉でありやす。
 わっちゃらはただ今を生きるのに必死なだけで、だから頑張っているんですよ。
 労働力として、縁の下の力持ちとして――耳障りの良い言葉ァ並べりゃ幾らでも思い付きやす。
 ただ明日食う飯の対価を得られればわっちゃらはそれでいいんです。
 そのための下地がありゃあ、きっとみんな楽に暮らせるようになるんですがね」
 
 そんなところは奴隷が手を出せる権利もない。国の云々というのも政治も分からぬ。
 パン代を稼ぐことが結果的に国の為になるというなら、稼ぎやすい国になれば良くなる。そこに手を入れられるのは貴族なのだから。

「旦那……」

 ぎゅっと抱き締められた。愛撫・慰撫の類ではなく、憐憫や慈しみにも似た抱擁。
 冷たくも優しく、堅くも柔らかく。己一人にここまで語り、寄り添ってくれる。
 悪い感情を抱く余地すらない。緊張した体は一度吐いた吐息と共に肩を撫でおろす。

「……旦那ァ、旦那なりに頑張ってらっしゃるんでしょう。
 暮らしが良くならねぇってぼやく奴隷もおりやすけど、旦那みたいなヒトがいるって分かっただけで収穫だ。
 手助けや応援に甘えるだけってのもこっぱずかしい。精々自立して働けるように頑張りまさぁ。
 ……優しい旦那でありがとうごぜぇます」

エイガー・クロード > 「なるほどね。それは確かに、この国の特色なのかもね。
外から来る人もたくさんいて、その人がこの国を大きく、そして豊かに
さらに有名にしてきたんだものね……ある意味では、常に扉は開いてる国なのかもしれないわね」

嚙み締めるようにそう言って、自分が住む国に思いをはせる。
自分のような、本気で国を案じる貴族などいないに等しいが……だからこそ、自分のような者にとって、国の居心地がいいと言われるのは、至上の幸せであった。

「確かに、そうかもしれないわねぇ……ちょっと、分かっちゃうかも」

苦笑いを浮かべながら、頷く。
とはいえ、あくまで最後の手段としての提案であり、さすがに本気ではないが……。
提案した身でありながら、ちょっと自分の発言を恥じた。

「ふふ、吐いた唾は吞めないわよ?その言葉、信じさせてね?」

少し膝を曲げて、目線を合わせて、その張った胸を軽く人差し指で突いた。

「そんな、今を必死にさせなきゃいけないと強いてるのが、悔しくてね。
本当なら、みんなみんな、階級とか関係なく楽しく生きられたらいいのに。
……そんな下地、作れる力は私にはないけれどね」

自嘲して、そして自分の無力を笑ってもらえるように。
それはどこまでも現実で、本当の事だから。
自分はせいぜい、この国の膿と、澱み、そして腐ったミカンを排除することしかできない。

だから、こうして今必死に生きている民を見て、いつも思うのだ。
もっと自分に力が、そして貴族たちが平民や奴隷のことを想ってくれれば、と。
その考え方そのものが、異端であるのは理解しているし、共感など得られるはずもない。
だが、思ってしまうのだから仕方ないし、その想いは胸に秘めているだけだ。
……だから、こうして、誰かに弱音を吐いたって、いいだろう?
例え、初対面の、ミレー族が相手でも。

「……ううん、頑張ってるなら、今だって私は国の為に何かしてるもの。
私は、私ができる事しかしてないし、出来ない事を出来るようにする努力だってしてない。
……自立して生きてるなんて、あなた達を見て胸を張って言えない。
でも……あなたたちの、必死に生きてるこの国を守るぐらいは、頑張れるつもりよ。
……こちらこそ……いつもパンを作ったり、花を育てたりしてくれて、ありがとう」

チュッ、と軽く、そのミレーの少女の額に、唇を落とした。
どこか悲しくなるような、それでいて、甘い感触だった。

はばり > 来る者は拒まず、去る者も然程追わず。自由といえば聞こえはいいが、この国で過ごすことそのものは自己責任の塊だ。
悪い事ではない。こうして己のような存在も、人権が無いとはいえ許容してくれるのだ。
魔族であれ何であれ、様々な種族が出入りする在り方は――褒められたものではないにしても、それもまた特色なのだ。
そして当人が良しと許容するのならばそれもまた――。

「お貴族様の発想はわっちゃには理解できやせん。その一端が知れたんで勉強になりやす」

客として貴族と相手をする時の、ひとつの指標・思想の参考材料になるやもしれない。
こうした何気ない発言や会話から読み取って行くのも生き抜くコツだ。
件については、考え方の範疇ということに留めて置くが。

「信頼を失わせる真似は致しやせん。満足して貰えるよう誠心誠意勤めやすから」

人差し指で突かれてもなお揺らぐことなく。こういった信念は硬いのだ。
奴隷なりに、一人の生物なりに、誇るべきものがあって然るべきなのだから。

「でも、こういう在り方も必要だとは思いやす。平等で暮らしていけるならそれに越したことではありやせんが。
 雑多に入り乱れて、それでも上下がきっちり組まれているこたァある種の秩序です。そうしないとやってけねェってことなんでしょうし。
 弱ェモン同士手を取り合って、人情って曖昧なモンが結託して生きる事に全力を尽くす。平等の中じゃあそういうの生まれんですよ、たぶん。
 政治も戦争も経済も、わっちゃはどーしても分かりやせん。今あるこの状態からそういうモンが出来上がったなら、違う方法で同じことが出来たと言えるかは分からんでしょう。
 現状でも良いけど、少し楽になったらいいなって戯言です」

 憂う気持ちに共感はしよう。どうしようもないものはどうしようもないと理解を示そう。分からないなりに首肯はしよう。

「旦那がこの国を想ってくれるのは痛い程よく分かりやす。ただあんま、考え過ぎない方が楽ってモンです。酒飲んで飯食って笑えるだけでもわっちゃらは生きてるって思えるんです。
 ……旦那はやっぱ優しい人だ。そういうのが増えてくれりゃあいいのに」」

抱き締められては顔は見れない。何を思って吐露し、思考しているのかは分からない。せめてその身に寄り添うように、恐れ多くも彼の背と頭に手を伸ばして撫でるのだ。

「……いえ……はい。
 とてもとても勿体ない慈悲深い御言葉。感謝の言葉しか出てきやせん。必死こいて生きたわっちゃらを見ていてくれて、ありがとうございやす」

 額に堕とされた口づけに、毛布で包まれたような心地よさを想起する。慈愛に満ちた濡れた感触に眼をうとりと細めた。

エイガー・クロード > この国の在り方……正直、自分は好きだ。同時に嫌いだ。
常に抗争と搾取に明け暮れる貴族たち。王族たち。
平民や奴隷をモノとして扱う他の騎士や同僚。
それらを止めることができない自分。
これらがあるせいで、嫌いな部分はどうしてもあるのだ。

「えぇ、わからなくていい。なまじ分かっちゃえば、もう幸せなままでいられなくなることもあるから」

そういう処世術の相手としては、確かにエイガー・クロードという男はいい相手かもしれない。
なぜなら、怒らないし、癇癪も起こさないから。
だから、逆にそう言う相手の練習相手にはならないが……。

「……うん、期待してるわ。そうねぇ……。
次、買い物に行く日に、あなたを雇おうかしら?侍女としてね」

くすり、と笑う。

「……そっか。……そうよね、孤独では生きていけないのは、ここでも同じ。
むしろ、ここだから手を取り合うことを学べるのかもね。
なーんて……私が言っちゃ行けないのだろうけど」

このミレーの少女が、少しでも顔をあげれば。
悲しげに端正な方の顔を歪ませている、彼の顔が見れるだろう。

「……うん。……ありがとう。
どうしても私は、そう言うのを考えちゃって……お酒もあんまり飲まないからね。
晩酌でもあなたにしてもらおうかしらね?」

ふふふ、と元気をもらったのか、少し声が弾む。
そして、伸ばされた手に合わせるように、少し膝を曲げた。

「……うん、よし。私もあなたのおかげで少し頑張れそう。
次に会う時、楽しみにしててよ?」

はばり > 「…その御言葉も、肝に銘じて置きやす」

知らぬふりをして、見て見ぬふりをするのも良い。
王族・貴族と出会う機会なんて早々無いし雇われることもそう多いわけでもあるまい。
慰み者にされるのがきっと幸せで、何処かもわからない土地に売られたり、バラされたりする可能性とてあろうが。
ならば知らないふりをして生きるのが、きっと懸命なのだ。

「侍女として振る舞いながら買い物を……。理に適っていやすから、丁度良い機会でありやすね」

 ただ服を着替えただけで言動がそのままでは、少々お粗末だろう。
 複合的に己を雇うという体裁さえあれば、上の階級の街に行っても然程怪しまれるリスクも減る。
 都合が良いし、悪くない提案。兎は乗り気であった。
 ――メイド服とか着れたら良いな。

「こうして旦那と話しているからこそ、学べることもございやす。
 どんな階級や立場であろうと、わっちゃらを案じてくれる人は早々おりやしません。
 言う資格は十分にあるし、それだけでありがたい。わっちゃらの支えにだってなれるんでございやす」
 
 それこそ紛れもない、己が言える正直な言葉である。
 じっと彼を見つめる。悲し気な顔をしていた。
 気持ちを推し量ることも出来ず、ただ小さく頭を撫でることしか己にはできなかった。

「侍女の役目であればいつまでもお付き合いいたしやす。雇ってくれるならどこでも、どれくらいでも。
 子守唄や膝枕だってしやす。甘えたいときはいつだって甘えて良いんでございやすよ」
 
 先ほどの彼の言動からして、彼はいつも一人なのだろう。甘える相手もおらず、こうしてミレーの少女に泣き言をふと漏らす、独りなのだろう。
 一助となるのが己の役目。不安も悲しみも和らげることができるのなら、尽くしたいと思う。

「期待しておりやす。その時まで無理のないよう、尽力を尽くしてくだせェ。
 またお話ならいくらでも聴きやす。だからどうか……無理だけはしないでくだせェ」
 
 そう口添えし、もう一度深々と頭を下げる。名残惜しそうに手指は彼から離れ、荷物を纏めてしょいこむ。
 また会いやしょう。彼と、彼に付き従う馬に一礼をしてから、兎は一直線に街道へ向けて歩いて行くのだった。
いつの日か再開を夢見て。

エイガー・クロード > 微笑みを浮かべて、頷く。
こうして話せるのはもしかしたら今だけかもしれない
だからこそ、子の時間を大切にしたかった。
ミレー族と話すのは、実は初めてだったから。

「でしょう?それに、いろいろ着れるいい機会になると思うわ」

我ながら名案!と思いながら頷き続ける。
建前も十分、自分でいろいろこの子で遊ぶこともできる。
至りに尽くせりだろう。
いろいろ、着せ替えて遊ぼう

「そっか。……うん、それだけでいい。
そう感じてくれたら、これ以上なくうれしいわ……」

頭を撫でられて、少し泣きそうになりながら、それでも精一杯微笑む。

「……うん。その言葉、信じてたくさん甘えさせてもらうわね。
あなたが、そして私がもし耐えることに我慢できなくなったら……いつでも、あなたを買うから」

そんなことは、そう簡単にならないとは思うが。
最近の自分は、イマイチ弱くなっていると感じが故に。

「えぇ、そっちも。自分の身は大事にしてね。
そうね、月並みな言葉で言うなら……あなたの身は、あなただけのものじゃないからね」

ぽんぽん、とこのミレーの少女の肩を叩いて元気に笑う。
そして自分も馬へと乗って、彼女のを見下ろした。
一直線に国へと戻る、一匹の兎を、どこまでも見守っていた。
……いつでも、彼女が訪ねてきてもいいように、家の鍵はあけておこう。
そして自分もまた、騎士へと戻るのだった。

ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 自然地帯」からはばりさんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 自然地帯」からエイガー・クロードさんが去りました。