2020/04/22 のログ
■ダァト > その草原の傍らの森から小柄な人影が姿を現した。
それは草原の真ん中に灰を落としたような光景にひとつため息をこぼすと
立ち止まり、ゆっくりと空を仰いだ。
見上げた空には白銀の月。
かつてはその月明かりに照らされ銀色に輝いていたはずの草原は
今や真白い花に埋め尽くされ漂白されている。
「……白冥花」
無感情な声質のままゆっくりと歩み寄りながらそれらを一望し
足元に這い寄る細い根をみとめると、ゆっくりと一歩だけ下がる。
微風に香る甘い香りと神々しさすらある美しい花。
幻と言われる霊花だがその実態は人どころかときに魔族でさえ絡めとる捕食者だ。
しかも神出鬼没、薬効すらその時代時代で違うものと聞く。
……捕食者であり続けるために変化し続けているのか、それらの性質をすべて併せ持つのか。
研究すら難しいそれは未だ探求の最中であり、その性質は未だ未知数。
おかげでこうして此処にたどり着くまでに時間がかかってしまった。
「……ふ」
とある研究者にこの花のようだと罵られたことがある。
その時の記憶がこうして足を運ぶ理由になったのだから
なるほど経験というのは馬鹿にならない。
確かに色素の薄い容姿という点では似通っているかもしれないが
「違う、な」
それ以外はあまり似ていないなと実物を前に物思いにふける。
■白冥花 > 純白の花びらは月光を浴びて艶やかに輝く。
それは純白の花を眺めるものを魅了し捕食する為だとか、月光を魔力に変換する際の副産物とか、様々言われているが事実は定かではない、何故なら生きた白冥花の栽培に成功した者は居らず、今だ未知なる部分が多い希少な花であるからだ。
もっとも、栽培で出来ずとも繁殖は成功しているとも噂はある、好事家がメイドや奴隷を苗床にして増やしているだの、何だのと方法が無いわけではない、だがその方法どれもが外法で有るが為、実践する者が少ない、それに万病の薬の材料となれば高く売買される為、それが何であるか研究する者など稀なのだ――…研究者が女性であれば、そのどれにも当てはまらぬ末路が有るわけだが。
今宵は彷徨い人の好奇と郷愁を誘い、白冥花の群生地へと誘う甘美な香りを漂白された真っ白な領域に広げていたが、何者かの香り…或いは気配、体温、空気の震動ともいうものでそれらはざわめき色めき立つ。
夜風が吹く。
物思いにふける女をまだ少しばかり冷たい空気が撫で、当たりを埋め尽くす真っ白な花にも夜風は区別無く撫でていく。
――…普通なら、風に吹かれれば煽られ花達は風を受け止めて揺れるのだが、今は違う、彷徨い人を歓迎するように風の方向に関係なく、まるで踊るように左右に揺れれて、揺れた分だけ匂いを広げて、辺りにまた桃の果汁を薄めたような香りを撒く、撒くと同時に捕食者たる一面を彷徨い人に理解させる。
それは揺れて香りを放つ純白の花達の一部でありながら白ではないのも、されとて赤ではなく新緑、白冥花の蔓である。
それは音も無く、蛇蝎の如く素早く地を這い、這う軌道を積もり重なる花弁を盛り上げて位置を教えながらも、女がこの地に到達した際に伸びた根よりも尚素早く、この地に止まらせる為に灰色のローブの裾から中へ、その両足首に1本ずつ絡ませて、足を大地とつなぎとめようと。
それと僅かワンテンポか遅れて、ほかの蔓が……跳ねた。
地面を叩くように踏みしめて鞭のしなる音に似た音をパシンッと響かせて、間髪入れぬ次なるそれらは女の両手首を狙ってである。
その細い手首を捉えて、大地とその手を繋ぎ止めんがために。
―-…渇望、その者を苗床、或いは自分たちを守護する騎士へと創り返すために。
■ダァト > 「焦る、な」
本来であれば咄嗟に体を引いただろう。
素早く迫るものにはつい体は後ろに流れるものだ。
けれど、
「……」
衣擦れの音とともに足元にローブが落ち、潜り込もうとした根に被さった。
そのまま手首へと延びる蔦をかるくはじくも逃げるわけでもなく
まるで散歩でもするかのようにその足は前へと進む。
誘うようにうごめくその花畑のその真ん中に向けてゆっくりと。
「……逃げなど、せぬ、よ」
それが捕食花であることは知っている。
その性質を知っているからこそ、ここに来たのだから。
もしかしたらと一縷の望みを抱いて。
「ほら」
月光の下、
彼女は歩を進め、そしてぺたりと座り込むと
金白色の髪を結っていた紐をほどき、一つ頭を振った。
そのまままるで愛おしいものを抱きしめるかのように両手を空へと広げる。
「……好きにシて、いい、よ?」
噎せ返るほどの甘い香りの中心で
まるで純白の寝具に腰掛ける乙女の様に
一糸纏わぬ裸体を無防備に全てをさらし掠れた声で囁く。
少女のようなその体は殆ど無毛に近く月明かりに負けないほど真白かった。
仮に傍らでその光景を見ているものがいたならば
純白のアルラウネの様にも見えたかもしれない。
■白冥花 > 白冥花(ハクメイカ)には音を理解する器官は存在しても、言葉を理解する知性は無い――…だが、何かしら今宵の彷徨い人から感じるものがあり、通じるモノがあった、若しかしたら偶然かもしれないが、女が囀る小さな声色に反応する様子を見せた。
焦るな、と言葉を奏でれば白冥花は一瞬動きを止める。
動きを止めた後に歩む者を受け入れるように、手首を縛り上げる事で大地と繋ぎ止めようとした蔓はソロリと女の手首に触れただけで、地面へと落ちる。
逃げなどせぬと言葉奏でれば、足首を絡めとろうと伸びた蔓は衣擦れの音共に落ちた布に覆われ、静かに身体を横たえて、かの彷徨い人の足首に絡みつく事無く。
青々と冷たい夜空に浮かぶ月。
白い魔性の花に魔力を与える月光を浴びて、輝く白い花よりも妖しく白く白い世界において唯一の白以外の白いである女を迎え入れる白冥花達は彷徨い人……或いはアルラウネに似た女に誘われ、ざわめきと共に女の周囲で喜びに大輪の花を揺らす。
神秘なる光景、か……。
新たな魔性の誕生か、それだけ見るものを魅了する美しい光景なのに見るモノは女自身と白き花達のみ。
夜空に両の腕を広げて抱きしめるような仕草の一糸まとわぬ美しい彷徨い人に、魔性の花は躊躇いも無く白で塗りつぶそうと蠢く。
しゅるり、しゅるり、しゅるり、しゅるり……。
夜空に広げた女の両手首には改めて新緑の蔓が抱擁に応えるように螺旋に絡みつきながら巻きついていき、蔓の表面と女の肌がすれる度にトロと蔓の表面から琥珀色の粘液が滲んで、その腕を伝って地面へと落ちる、それは月光を濃縮して作り上げた液化した魔力、蔓はそれを生み出しながら先端を更に伸ばして、その両肩まで辿り着くだろう。
そうしてもう一つ
白く美しき彷徨い人を前に女の頭部程もある巨大な蕾をもった白冥花が、その蕾を重たげに揺らして積み重なる花弁を追いやりながら立ち上がると、同族とも見えてもおかしくない白く美しき彷徨い人の紫紺と紺の瞳の瞳の前で、螺旋にねじれた蕾を緩やかに広げると、ふわと大きく厚手の花弁の広げ大輪の花を咲かせる――だが美しき光景は此処で一度途切れ、美しき花の雄しべがあるべき場所に存在する空洞より
ずりゅ
と薄気味悪い音と琥珀色の粘液と共に人間の生殖器と同じ形をした柔らかく不気味な雄しべを排出し、その雄しべでもってグニュリと女の三度言葉を紡ぎ出した蠱惑な唇を撫で上げる、寧ろ舐めあげたと言ってもいい、べったりと無味であるが不気味な程に粘り気のある琥珀の粘液と、人のそれに似た太さの柔らかな雄しべ、その用途目的は形状が全て物語る。
■ダァト > 一瞬の静寂の後、再び動き出し
両腕へと巻き付いていく蔦を興味深げに見つめる。
その蔦から零れる雫はまるで蜜のように
とろりとした質感で腕を滴っていく。
「……ふふ」
指先に絡むそれを僅かに舐めとる。
やはり植物とは親和性が高い。
本来魔力というのは多少反発するものだが
まるで楓の樹液のような質感のそれは
明らかに魔性を帯びており、
浸み込むように肌に馴染む。
「…っ」
口元をなぞる質感に思わず僅かに顔を逸らし吐息が漏れた。
声が嗄れて久しいが、もし嗄れていなければ
驚いて声が漏れたかもしれない。
その見た目のインパクトもあるが
やはりその重たい質量感は判っていても少し驚いてしまう。
可憐な見た目にアンバランスなごつごつとした形状のそれは
実に意外性に富むと同時にそれがどのような捕食形態をとるのかを如実に表していた。
「……少し、意外で、は、ある」
食虫植物のように動物を取り込むタイプではなく
苗床として寄生するタイプの植物だとは知らなかった。
……もっともその方が目的に近いともいえる。
それに、副産物として楽しめるかもしれない。
「遠慮、はいらんで、の」
両腕まで絡みついた蔦に自由を奪われながらも
啄むように雄蕊へと軽く口づけし、くすりと笑った。
■白冥花 > 今宵は一段と白冥花達は艶やかに咲き乱れるだろう。
そしてその中心には白き花にも負けぬ美しき彷徨い人がいる。
彼の女の堕ちる先は種子の運び手か、花を守る騎士か、或いは更なる美しき花を咲かせる苗床か、或いは花を咲かせても尚ヒトとしてあるか、その未来を知るにはまだ遠く、今宵は白き花と白き乙女はまぐわい続ける……。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 自然地帯/純白の花畑」から白冥花さんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 自然地帯/純白の花畑」からダァトさんが去りました。