2019/07/28 のログ
ベルモット > 「あ、解った。あたし知ってるもの。吸血鬼は鏡に映らないーって奴でしょう!
貴方が魔術に長じているのはもう知っているんだから、そうやってあたしを驚かそうとしたってだーめ」

鏡を渡しながらに自らの髪の毛に触れ、そろそろ結ってもいいかなあ。なんてのんびりと考えていたし。
この癖毛がすらりとしなやかで指通りのよい髪の毛だったらいいのになあ。とも考える。
ルビィさんの少し特徴的な髪色だけど、指通りの良さそうな髪の毛をちょっとだけ羨ましくも思う。
何しろ髪の毛は乙女の生命線。何時の日か癖毛だって絹糸のように変える薬品を作ってみせると思考を束ねながらの鏡の話。
あたしは不敵に笑って招かれるままに近づいて、仲の良い友人同士がするかのような不躾さで頬を寄せて鏡を視た。

「──え?」

次の瞬間に全ての思考がばらけていった。
ルビィさんの姿は──紅茶色の瞳も、整った容貌も、羨ましく思った色艶の髪のどれもが確かに鏡には映っていなかった。
人間の冒険者の振りと彼女は言った。青白の光が満ちる夜に彼女は吸血鬼だとも言った。
怪物は人の在り方で変容するのだと、面白い語り口で怪談を謳う証拠が今、鏡に映し出されている。

「…………」

そっと、寄せた頬を離して隣を見る。
ルビィさんが微笑んでいる。
鏡をもう一度見ようか迷って、あたしは一歩、後退った。
想起されるのは台石に乗ったまま、噴水に打ち上げられるあたし達じゃあなくって。
もっと、恐ろしいものだ。

「わ、わあー凄い魔術ね!びっくりしちゃった!……ところで、冒険者のフリをしている理由って、どうして?」

人のフリをして人の街に居る。
ルビィさんが吸血鬼ならその理由は街の子供だって答えられようもの。
あたしは雑談の形を装ったまま無意識に首元を抑え、また一歩、後退った。

ルビィ・ガレット > 「………」

女は少女の様子に、声を出さずに笑う。漏れるのは呼気のみ。
異形の姿を鏡越しに目の当たりにして、相手は言葉を失ったようだった。
さすがに、再度確認するのは躊躇われたらしい。女に手鏡を預けたまま、少女はむしろ離れてしまって。

それに指摘も咎めもせず、会話を続けるダンピール。

「……手持ちの鏡だと――婚約者がくれたんだけど――、逆に、人間の姿しか映らないのよね。
 魔力的加工が施されていて。『人の姿で過ごす時分に不便でしょう』って。贈られた訳なんだけど。
 ――魔術? すごい、魔術。……はは、まあ、そう言えなくもないか――なぜか、って?」

お互いの距離感がまた離れる。それを目にして、気分を害した様子もなく。
相手からわざわざ、手鏡を借りた理由を話す。少女はなんだか現実逃避に近いことを言っている気がした。
だが、そういう言い方ができなくもない。人の振りをしている際、払っている労力は確かに魔力――魔術である訳だし。

最悪な事態を想定しているのか、首元を抑えている相手を前にして、
女は愉快そうに笑っている。何しろ、人の怖がる顔や焦った様子、意表を突かれた際に挙動が
ぎこちなくなる感じなどが好きだから。少女の問いには、素直に答えることにした。

「――まず、異国に長期滞在している人間の職業として、"適切で無難な"ものが『冒険者』だと思ったから。
 ……とは言え、一応、この国の冒険者ギルドには登録しているし。簡単な依頼ならこなすこともある。
 人間でも、むしろ私みたいなのとつるみたいというか、相性のいい者もいて……殺人の依頼を受けたこともあるわ。

 ――ああ、ごめん? 話が脱線したか……ベルモットが聞きたいのって、なんで私が、
 この国に『冒険者の振り』をしてまで、しかも『人間』の振りをしてまで、滞在しているか……よね?」

見当違いで無いのなら、続きを話そうと思うが。
いったん、確認も兼ねて、話を区切る。中断させる。

ベルモット > ルビィ・ガレットは真実、人の血を貪る鬼であって日の光に克ち、鏡に映らざる事無く流水を厭わない。
それでいて、共通認識として培われた人間の幻想に因る『吸血鬼』では無い。
仮にあたしが白銀に眩く煌めく剣を持っていたとしても、きっと彼女には通用しない。
そもそも腕力で叶う筈も無い。吸血鬼は人間の身体なんて、水に濡れた紙を裂くように破壊出来るのだから。
だから落ち着かなければならない。落ち着いて、どう切り抜けるかを考えなければならない。

「……へ、へえ婚約者さんがいらっしゃるの。素敵……素敵なプレゼントをくれる方なのね……」

閃光玉はどうか──ダメだ、怯ませて逃げても追いつかれる。
炸裂玉はどうか──これもダメだ。獣程度ならまだしも、吸血鬼相手には火力が足りない。
それならば家宝の杖。輝きのライトリロルならばどうか──真名を用いてあらゆるものを焼き斬る黎明の炎。
呼吸を整え、集中し、精神を高める間に彼女が悠長に待っていてくれるならば、敵うかもしれない。
つまり、事実上無理だ。ルビィ・ガレットがその気になれば、あたしは此処で間違いなく死ぬ。

「そ、そうね?やっぱり……こう、食事に不便が無いとか、そういう事なのかなあって思う所だけど……
とりあえず……あたしは美味しくないからね?ええ美味しくないわ。
ほら、こんなに細いし?血を吸うならもっと背が高くって胸も大きい女性とか、筋骨逞しい殿方であるとか、
そーゆー人のが良いと思うんだけど。いえ一番は人の血を吸わない事なんだけれど。
セクシーな人もマッチョな人も吸われたく無いでしょうし。あ、でも誰かとつるむだなんて事は、
もしかして血を吸う必要もなかったりする?するのよね?それならお腹が減っているなら丁度おやつ用のビスケットがあるけれど!?」

けれども今は会話のターン。少なくともそう思うから、彼女が言葉を区切るや否やにあたしの言葉が湧水のように湧いて出る。
目線は逸らさず後退し続け、防水ザックの傍まで戻ったらそおっと中からおやつを取り出すわ。
まるで危険な野生動物に出遭った時みたい。なんて与太な思考が浮かんで危うく笑ってしまいそうになったけれど、それは懸命に堪える。

ルビィ・ガレット > 「……私の祖国の。隣国の。猊下の孫息子よ。――『自分を選んでくれるなら、一族郎党、吸血種にして欲しい』と言ってる。
 彼自身に野心は無いようだけれど、政略結婚の意味合いが強いと思う。……私はその気になれば、断れる立場だから。
 話は保留にしている。――もうひとり、同族の婚約者が宛がわれているけれど。私は全部、面倒事は弟に押し付けて――、

 どちらでもない誰かを選びたい気がする。誰からも直接は強要されていないけれど、立場や面子の関係上、
 選択肢はいつも限られている気がしていた。……子どもの頃から」

思いのほか、掘り下げてしゃべってしまった。
婚約者が人間と同族、ひとりずついること。彼女の国やその周辺では、教会が吸血種に対して友好的であること。
自分の身分が低くないこと。子ども時代からの所感。……などなど。

人気の無い泉に少女と二人。相手は虚勢を張ったり、少し澄ましたりすることはあるけれど、
根は自分と比べたら、可愛げがあって、だいぶ素直なほうだと思う。
そんな相手だからこそ、また、場所の効果もあって……つい吐露してしまったか。

しかし、だ。

「――おい。ベルモット、待て。
 誰がお前を喰うと言った。……私は、女の血は吸わない主義だ。
 血は月に2回、摂るだけで事足りる」

少女の捲くし立てるような言葉の羅列に、こちらは鋭い語気で割って入っていく。
警戒されているのは当然だし、仕方ないとは思う。しかし、見境無く襲うような獣みたいに
思われるのは心外だった。「おやつ用ビスケット」らしきものが、彼女のザックから取り出されるのを見れば。

まるで、餌付けや懐柔されようとしている野生動物みたいな立ち位置に、自分が立っているような気がしてしまって。
目を細め、薄い表情だが渋い顔付きになる。試しに無言のまま、少女との距離を詰めてみる。

ベルモット > なんだか最近ピンチになる事が多い気がする。日頃の行いは凄く良い筈なのに一体どうした事かしら?
心裡で首を傾げて今までの出来事を思い返そうする途中で、そういった行いその物が縁起でも無い事を思い出して辞めた。
あたしは天才で聡明な錬金術師だけど、だからといって普通の人より命の危機を多めに盛られるのは御免被りたい。
思わず天を仰いだ。青空ばかりが眩かった。

「はひっ……え、違うの?いやだって、吸血鬼が正体を現す時なんて……そ、そうなんだ。吸わないんだ。そっか。
それに…………そういう国もあるのね。世界って広いなあ」

まさか吸血鬼の身の上話を詳らかに聞く事になる日が来ようなんて!
しかも聞けば随分と変わった国の、変わった立場にある事が窺えた。同時にその立場から変わる事が憚られているようにも。
天を仰いだあたしの目線はかたりと落ちて、何処か言葉を選ぶように内情を明かした吸血鬼──ルビィさんを視る。
すると丁度何だか無言で詰めている所だった。そして顔が怖い気がする。

「ま、まあまあまあ。水筒に紅茶も入れてあるのよ?お茶の時間だけに無茶はしない。とかそういう感じで一つ……」

ザックから革製の水筒をも取り出して、小粋なジョークの一つも交えながらに試されるあたしのトークスキル!
頑張れベルモット、負けるなベルモット、あたしは天才だからきっと乗り越えられる。
魔物の寄り付かない泉。という触れ込みは何処に行ったのか。教えてくれたお婆さんを恨みそうにもなったけど、
素敵な思い出の場所だと教えてくれた彼女を恨むのは筋が違う。そもそもその点については真偽不明だもの。
無事に街に戻れたら、水も綺麗でいい所だったわ、ありがとう。って花のように笑ってあげないといけないわ!

「そ、それに!それによ!選択肢って事ならあたしに任せて頂戴!
何しろあたしは!家族の反対を押し切って家を出てきたのだから!
どちらでも無い誰かを選びたいと思ったなら、それは気のせいじゃあなくって本心よ!
一度っきりの人生で、世界に一人だけの自分だもの、それくらいの我儘は許される筈よ!」

研鑽を積み技術を堆く積み上げた上で秘匿し、限られた人々にだけ恩恵を供与する。
立場を護る為でもあったのでしょうけど、そういった家の立場が気に喰わなくて、あたしはこの国に来た。
だから叫ぶように言葉が弾んで、終わった後は大きく息を吐いて。
嗚呼、気が付けば彼女の姿がもう直ぐ其処だ。

ルビィ・ガレット > 「私が正体を明かす時は、人間を驚かせて、怖がらせて――玩具にする時よ。
 ベルモットみたいな、本当は臆病なのに強がっているやつをいじめるのが本当に愉しいって訳。
 ……人間で、吸血種を神聖視している輩もいるのよ。逆に、吸血種が人間を貴ぶケースもあるけれど。

 ――主に、芸術の方面で。だから、特定の芸術家や音楽家の殺害、眷属化は禁止されている。
 後者の理由は単純。作風が変わるから、よ。……保護の一環として、病気や怪我、本人の体質とかで、
 余命が幾許も無い、先が長くない者に限っては。本人の同意を得る形で、眷属化は赦されているけれどね」

なんともまあ、性根の悪い言葉が返ってくる。こういうことを言って、また少女の反応を見るつもりもあって。
人間と吸血鬼は相容れないだとか、衝突のイメージのほうが一般的には強いだろうから。
少女のどこか不思議そうな反応は、尤もなものだろう。

勢いというか流れで、吸血鬼に纏わる話をそのまま続ける。
それから、少女と視線が合えば――無言のまま、もっと距離を詰めてやろうとするも。

「――私、殺人なら性別は問わないのよ」

場を和ませようと頑張る少女の努力を打ち砕こうと、不穏丸出しの言葉を放った。
吸血行為と殺人行為は別腹、みたいなニュアンスで。片頬を持ち上げニヤリ、不敵に笑いながら。

「その『一度きりの人生』というやつの、呪わしさに気づいていないの?
 一度しか無い割には、時間が長過ぎるのよ……そもそも"一度も"欲しくなかった人の気持ち、あなた考えたことがある?
 気づいたら始まっていた、人生とやらに『私』という"何か"。――まだ28年しか生きていないけれど。
 
 未だに、訳わかんないわ……!! 『生きる』とか、『私』って、ナンなのよ??
 明らかに自分より年下の子どもに、なんかフォローされるしっ」

距離を詰めるだけ詰めた、半吸血鬼が取った行動は。
言いたいことを、こちらのほうこそ子どもみたいに分別無く捲くし立ててから――、
両手をベルモットに伸ばして、少女の頬っぺたを引っ掴み……、

「生意気なことを言うのはっ、この口かっ」

もはや、よくわからない温度感、気分……乗りで。
相手の頬っぺたを真横に引っ張った。加減はしているし、少女の柔らかくて触り心地のいい頬っぺたが
引き千切られることはないだろうが。……女、大人げなく。少女をそうやって弄ぶことには今、全力で。

先ほどの鬱屈した言葉に表情、声はどこに行ったのか。
いつの間にか半吸血鬼は、見た目相応よりは幼いそれで笑っていた。
少女としばらく戯れてから、お互いに街まで引き返すか、それぞれ別の帰路を辿るのだろう。

ご案内:「不思議な泉」からルビィ・ガレットさんが去りました。
ベルモット > 座り込んだ姿勢で右手にビスケット、左手に水筒。目の前にはルビィさん。転がる言葉は様々な嗜好と吸血鬼の世間事情。
人を無差別に襲い貪る怪物。それがただ人の形をしているだけ──今までそう思っていたのに、
どうもそうでは無いらしい事に驚くばかりだ。吸血鬼には吸血鬼のコミュニティが確固として存在し、
家柄であるとか、将来設計であるとか、人間と何ら変わらない悩みを抱えているのだと、幻想ではない真実が明かされる。

「おくっ……臆病だなんて言わないで頂戴。あたしは、聡明で!!天才の!!ベルモット・ベルガもぐっ」

明かされたくなかった彼女の嗜好と、見透かされたあたしの性根。
これはもう九分九厘死んだと思えば最後に言いたい事でも言ってやろうとするのに、そうはさせまじとルビィさんの手指があたしの言葉を存外柔らかく阻んだ。

「…………」

頬をぐにぐにと揉まれながら──いつ引き千切られるのか気が気ではない中で命の形についての吐露を聞く。
彼女の悩みは自己の確立に思い悩むとても人間らしいもので、先程の言葉達と合さって怪物の実像を露わにする。
人の形をしていて、人の共通認識に左右されるもの。それだから多分に人間味があるように思えた。特に、最後の言葉が。

「…………正直、ちょっと。そのー……吸血鬼も同じような悩みがあるんだなあって事に驚いたわ……。
あたしは……吸血鬼ってもっと怪物だと思っていたもの」

頬が解放されてからの事。あたしは自分の頬を撫でながらに安堵のため息を吐いた。
言葉はまだ慎重に選ぶようなものであったけど、幸いにしてルビィさんは笑ってくれていた。
そういった様子は好ましく思えたから、あたしは服をきちんと着てから平和的にお茶をして、一緒に街まで帰る事にしたわ。
怖い所はまだあって、判らないし解らない事も多々あるけれど、ただただ『怪物』の二文字で捨ててしまうには勿体無い。
そうも思ったから。

ご案内:「不思議な泉」からベルモットさんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 自然地帯」にシスター・マルレーンさんが現れました。
シスター・マルレーン > 遺跡から見つかった古文書にある、『地底にそびえ立つ塔』を探せ。
それが彼女に与えられた任務。
教会に所属している冒険者として、誰よりも早くその遺跡を見つけ出し、踏破する。………別に冒険者ギルドと共同で探せばいいじゃないですか、という意見は黙殺された。

……まあ、手柄が欲しいのだろう。
それが分かるからこそ、彼女はもう問わなかった。

「……で、地底にそびえ立つ塔、っていうのは、おそらく比喩表現で………深い地割れのような縦穴ではないかと言われている、と。」

研究結果を記した書物の写しを眺めながら、自然地帯を歩くのはシスター兼冒険者のシスター・マルレーン。
見た目だけなら聖女であるが、治癒の奇跡などはほとんど使えず、パワーとタフネスが売りの近接聖職者。
上気の通りの理由で、一人で森を歩いているわけだが。

「………縦穴とか、運よく見つかっても私どうしようもないんですけどね。」

崖を上ったり下りたりの自信はあんまりない。とほほ、と肩を落としながら深い森を一人歩き。
まだ明るいはずなのに、深い森は鬱蒼と茂り、日の光をさえぎって薄暗い。