2019/07/21 のログ
■ベルモット > 「そうそうあたしは薬草の採取に来たら降られてしまって。という事はシスターさんも同じかしら?
だって何処の国でも教会はお薬を作ったり、薬酒を拵えたり──」
よもやこんな森の中に教会なんて無いと思うのだから、シスターさんが森の中に来る理由なんてものは予想がつく。
冒険者を兼ねていると言うのだから、彼女はフィールドワークが得意で、得意ではない同僚の為に外に出ているのでしょう。
長椅子に御行儀悪く足を乗せ、抱くようにしながらシスターさんを視てあたしは推理を開陳し、けれども途中で黙る事になった。
「………?」
彼女はあたしより背が高くて、あたしより女性らしい体型で。その上で手練れの冒険者然とした身体つきをしていた。
少なくともフィールドワークが出来るだけのシスターさん。といったものじゃあない。序に言うとその表情も。
「でもこうして雨宿りをする所が見つかった訳だし、お互い幸運だったって事にしときましょうよ。
少なくとも倒壊する恐れも無ければ、魔物に襲われる心配も無いんだもの。……というかこういう天気の時は魔物も困ってそうだけど」
宗教関係者というものはお堅いイメージが強かったから、茶目っ気のあるシスターさんの表情は好ましい。
あたしもつい釣られて口元を緩めて──同時、またもや雷鳴が轟いて地面、建物、空気が揺れた。
「う"っわ……ああ、うん。雷に打たれずにすんだ。のも十分に幸運よね……」
眉を寄せて苦笑をするだけで済んだのは傍に誰かが居るからだろう。と他人事のように想った。
■シスター・マルレーン > 「……ま、似たようなものですよ。」
あえて襲われた話をして怖がらせる必要もあるまい。
割と離れているし、この雨で追いかけてもこれないだろう。
どちらにせよ、それこそ水の精霊でもなければこんな天気では外を歩きたくはないはずだ。
「確かに幸運だったかもしれません。
やーね、こういうことがあっただけで、幸運にも気が付かなくなっちゃうなんて。
そういう幸運に気が付くことも、きっと大切なことなんでしょう。」
うんうん、と頷いて、雷鳴が響き渡る。
おや、ととぼけた声を漏らして。
「………確かにそうですね?
ちゃんと眠れます? 外はとってもうるさいですけれど。
でも、明日の朝にはきっと何とかなるでしょう。」
苦笑をしながら、暖炉の傍に座り込んで。
手元に長い棍を置いておきつつも、冷えた身体をゆったりと温める。
■ベルモット > 独りで雷鳴が轟く森で夜明かしをする。
如何に頑丈な小屋があったとしても、喜ばしい状況じゃあない。
そうした時に物腰の柔らかい大人が居てくれる事を嬉しく思う。
同時に、喜ぶ自分の子供っぽさを疎ましくも思った。
「あ、やっぱり!でもその様子じゃ空振りだったみたいね。ざーんねん。
でも貴方は幸運よ。もし同じものを薬草を探していたのなら、このあたしが分けて差し上げ……
いえ、眠れるわ。眠れる。あたしは今年で16よ16!もう大人!雷を怖がるような子供じゃなくてレディなの──」
そうした時のシスターさんの案じる言葉は、何やら子供扱いをしているようにも感じられて、
ついついと唇を尖らせて不満そうな顔だってしてしまう。するとまたもや窓から覗く外が光って、少しして轟音が鳴る。
「……ま、まあ朝には止むでしょう。で、雷なんて置いておいて……シスターさんの教会ってどんな所?
あたし、この国に来てまだ日が浅いから土地の宗教に疎くって。確か大きな街もあるのよね。行った事ある?」
数度目を瞬いてから、シスターさんと隣り合うように座り直して宗教模様に話題の舵をぐるりと切った。
■シスター・マルレーン > 「ええ、確かに空振りでした。 おかげで泊まる予定が泊まれなくて。
本来なら、この時間に歩くことは避けたいんですけどね。」
苦笑を浮かべながら、表情豊かにしゃべる相手を穏やかな心持ちで見つめる。
一人であれば、自分に向けられた仕打ちに絶望したり、考え込んだり、よくない思考になることは目に見えている。
むしろ一人だったら、明かりのついていないこの小屋に気が付けたかどうか。
そういう意味では、確かに幸運でしたね、と一人心の内で呟いて。
「そうなのですね。
私も、まあ、実際にずっといた教会はもっと遠くにあるんです。
ですから、ここには仮に住まわせてもらっているのですけれど。」
微笑みながら、少しだけ目線を泳がせる。
「いいところも、悪いところもたくさんある街ですね。
そしてどこも治安がよろしくない場所でもあります………ね。
大きな町というのは、王都のことでしょうか?
それ以外ですと、まあ、賭博だったり奴隷市だったりですから。」
なんて、言葉を選びながらも言いづらそうにする。
ええ、どっちにも送られそうになったわけですし。 片方には送られましたし。
■ベルモット > 「……薬草採りで泊まる予定?ふぅん、先客でもいたの?こんな森の中に宿があるとも思えないんだけど」
宗教と教会について尋ねながらに他の事への答えを聞く。
合間にもあたしの手は床に置かれた防水ザックから紅いウエストバッグを取り出し、更にその中から革装丁のメモ帳を取り出している。
そしてシスターさんの説明を聞きながらにメモを開き、都市の名前を確認する。『ヤルダバオート』だ。
「ま、でも貴方が言うならあるのよね。それで治安は……まあ、あんまり良くない所もあるわね、うん。
大きな街っていうのはヤルダバオートって所の事……なんだけど、もしかして違ったのかしら。
街の人に神聖都市ーなんて呼ばれている所があるって聞いたんだけど……あと奴隷市場はバフートで、賭博で有名なのはダイラスよね。
前者は兎も角、後者はちょっと行ってもみたいかも。コロセウムもあって凄く活気のある所だって聞いたわ!」
メモには見聞きした街の特徴と名称が記されているのがシスターさんにも見えるかも。
治安の悪さも何のその。好奇心旺盛に瞳を、それこそ雷にも負けないくらいに輝かせて言葉を跳ねさせる。
「あ、それと……やっぱり職業柄、色々な人の話とか聞いたり……する?
もしそうなら噂でも良いのだけど賢者の石の話とか聞いた事、無い?
なんでもこの国には石の材料が眠るそうだけど……」
■シスター・マルレーン > 「泊まる予定だった建物が修理中だったんです。
まあ、そこしかないので………帰らざるを得なかったんですね。」
説明しながら、相手の言葉に、ふん、と頷いて。
「ああ………。あそこは、いわゆる神職が多く住む町です。
ですから、………その、そうですね。 錬金術を扱われる方を理解する方が多いかと言われると、まあ、少し?」
言いづらそうに、言葉を選びながら。
ああ、こういった少女に対していい場所ですよ、と笑顔で話せないことが、辛い。
「………バフートも当然、奴隷を選びたいというのでもなければ足を運んでも。
ダイラスは………そうですね。 犯罪もそれに伴う程度に多いんですが、活気は確かにあります。
………闘技場ですか。 ふふふ、スリルはありましたよ……。」
すごく遠い目をして闘技場を語るシスター。
「………私は街のシスターですから。
話を聞くといっても、もっぱら不平不満や愚痴、何かしらの悪事の懺悔が多いもの。
それに、どこそこにある、って話をされても、この場所だと嘘も多いですからね。」
うーん、と渋い顔をする。さっきからこの場所の話をすると、悪いことしか言っていない気がする。
■ベルモット > 森の中、泊まろうとしていた建物がその用を為さない。
あたしで言うならば駆け込んできたこの建物が使い物にならない状態な訳で、
その時のシスターさんの心境を思うと、ちょっと、いいえ大分辛い。
だからあたしは防水ザックからビスケットの紙包みを取り出すと彼女にそれとなく差し出しておくの。
「……む、やっぱり錬金術師は嫌われがち?あたしは神官とかシスター、好きなんだけどなあ。こう見えて信心深いのよ?
何しろ神様の数だけ奇跡はあるものでしょう?錬金術師はそうした神秘を失墜させて、人の手元に引き寄せる魔術だもの。
神の御業が如何に凄くても限定的なら意味が無い。秘術を技術とし、広く普く及ばせる。
そうした事が出来ればあたしの名前も広まるし、色んな人の生活が便利になって幸せになるわ。
だから機会があれば訪れてみたいんだけど……その感じだと、恰好だけで咎められかねない感じね」
長椅子に掛かる杖を手に取り、掲げるようにするとその先に炎が灯った。
人の手を模った先端に球状の紅玉が握る様に鏤められている様は、最初の文明と言われる火を手中に収めた事を意味している。
「残念だけど無用の争いは望むものじゃあないし、ヤルダバオートは諦めましょっと。
それでダイラス……あ、闘技場行った事あるのね?なぁんだシスターさんって結構俗っぽーい!」
石突を床と鳴らすと忽ちに杖先の炎は消え、残念そうに嘆息するあたしの表情は一転して気安い物になる。
だってシスターさんったら真面目そうに見えてコロシアム観戦とかする人だって判ったんですもの。
ついつい、相手が年上だろうことも忘れて背中とかぱしぱし叩いちゃうわ。
彼女が賢者の石の行方について渋い顔をしても、気にしないでいいわ。なんて一言で済ませてしまうくらい。
■シスター・マルレーン > 「………あら、ありがとう?
ふふ、確かにちょっとだけお腹が空いていたから助かるわ。」
微笑みながら、そっとそのビスケットを受け取って。少女の優しさにほっとした表情を見せる。
「………そう、ねぇ。
今のその発言はアウトかも? 人によっては怒られてしまうだろうし、場合によっては冒涜だと捉えられてしまうかも。
そういう場所だから、ね。」
相手の言葉にうん、うんと頷きながら、神職相手にその言葉は不用意だと、穏やかな表現で告げておく。
自分は敬虔、ではないかもしれないが、真っ当に信じているのは本当だ。
でも、今の教会組織を鑑みれば、その発言を看過するとは当然思えずに。
炎を灯す杖を、じっと見つめて、ああ、本物なんだなと実感する。だからこそ、言葉には力を込めて。
「………あはは、ええ、行きましたよ。
なぜか出場選手として何度か。」
死んだ目をした。背中をばしばしと叩かれて苦笑しながら。
「あそこはあまり、そうですね。 見ていて面白いものではないかも?
下手をしたら、ここでは口にできないような、いろんなショーを見せられるかもですし。
こちらとはまた別の雰囲気で市場などもあるので、そちらの方がいいかもしれませんねぇ。」
私も行かなくて済むなら行きたくはないんですが。
遠い目を改めてした。
■ベルモット > 「神様を何より信じているからこそ、その力を技術として修めたい。……んだけど、不遜であるぞ~なんて言われてしまいそう。
シスターさんがシスターさんの恰好をしていないからついつい口が滑ってしまったわ。……内緒にしてくださる?」
小腹を満たしながらの会話は和やかではあったけれど、諫める言葉には有無を言わせないものがあった。
それはシスターさんが由とするものを示し、同時にあたしの事を案じているものだと理解出来る。
その人柄を善い人だと思ったから、あたしはついつい猫を撫でるような声だってしてみせる。
「………はい?」
みせるのに、次には予想外な答えに素っ頓狂な声が出ちゃった。
「……ええと、シスターさんにしてはこう……がっしりしているなあって思ってたけど……
もしかして結構、ガンガン行くタイプ?」
コロセウムの在り方について、陸揚げされて三日目の魚みたいな顔をする彼女になんて言葉をかけたらいいのだろう。
そういえば見事な筋肉ね。肩に小さなゴブリンでも乗せていらっしゃる?とでも言おうか悩んで、結局は止めた。
シスターさんの口から語られる迷うような言葉は、あたしに宮殿の蔵書庫で言われた言葉を思い出させるからだ。
女性の口から語られる、口に出来ないような事。それは、厭な事だ。
「……そうね。うん、市場とかそっちのほうにしましょう。あたしはガンガン行くけど、安全にガンガン行くタイプだから!」
ぐ、と握り拳を作って安全第一を誓う。
そんな風に和やかに会話をしている内に下着は大方乾き、雨音こそ続いているけれど雷鳴が遠くなったように感じられた。
改めての人心地が着くと、先程鎌首を擡げた疑問が再び台頭する。この小屋って誰が諸々を整えていたのだろうと。
「そういえばお話は変わるんだけど──」
それとなく雑談の流れでシスターさんに話題を振ろうとした時。
床の下から奇妙な音がした。何かが室内に擦り、蠢き、跳ねるような明らかな違和感としての音だ。
土中にあるものではなく、地下室がある事を思わせる音。
「……………き、聴こえた?」
気のせいだと言って欲しい。瞳で訴えるようにあたしは隣の彼女を見つめた。
■シスター・マルレーン > 「人によっては、血相を変えて鞭を取り出すでしょうね?
……いや本当に、脅しじゃなく。
ちょっと子供が悪戯をしただけで斧を取り出す方とか。」
遠い目をした。
年老いた神父が本気で怒りだすと手がつけられないことも多いのだ。
この治安の悪い国と街、良い人だけでは生き残れない。
「もちろん。 この雨ならばきっと聞かないフリくらいはしてくださるでしょうし。」
甘えるような声に、ウィンクをぱちん、と。
素直に、純粋に技術を修めたいと思っている少女を曖昧な理由で圧することなど、できるはずもない。
ただただ、少女の言葉が関係者の耳に入らないことを祈り、願う。
「………………」
視線を反らした。ええ、そうですよ、マッチョマンがやる仕事をやっている脳まで筋肉血塗れシスターとは私のことですよ。悲しみ。
「………聖なる力を預かっているのです。物に聖なる力を付与し、それで戦う術を学んでおりますので。
力のない正義も、正義のない力も意味がありません。
教会が正しいことを説いても、力が無いと思われれば軽んじられる。
ですから、その力を示しに行ったのです。………もう二度と行きたくはありませんし、多分三度目は生きては帰ってこれないですし。」
遠い目をした。安全第一を誓う彼女の方を見て、に、と歯を見せて笑って。
「その通りです。この国や街、外を歩くときにはいつだって細心の注意がいりますからね。
できれば一人で出歩かないこと。 誰かと歩くときも、信頼できる人と歩くこと。
………私も安全に行きたいんですけどネー。」
とほほー、と、やっぱり肩を落とす。お仕事って大変なんでス。
………ただ、物音にはピクリと身体を震わせる。
「………………。」
相手の言葉に頷きながら、棍を手にとって、ウィンク一つ。
囁くような声を耳に落とす。
「私と一緒とはついてますね、闘技場で6戦4勝1敗1分。
ドーンと任せておいてください。」
勝率も割と良かった。えへん。
安心させるように自分の豊かな胸をぽーんと叩いて、明るい所作。
■ベルモット > 「鞭」
シスターさんを二度見する。
「斧」
もう一度、二度見する。
この国の神聖都市は一体何が起きているのだろう。
別の意味で凄く気になったけど、多分これは気にしない方が良い部類でしょう。
幸い、雨音に紛れて双方聴こえず、聞かないフリとなったので心裡で安堵の溜息を吐く。
「……なんというか大変なのね……いえ、まあ仰る教理は尤もだと思うけど……」
ただ、次の言葉は雨音よりも強くて聞かないフリは出来なかった。
賜った聖なる力なるものが偶々強いからそういった苦行に駆り出されている。
視線を逸らし、遠くを見るようなシスターさんは言外にそう言った。
あたしに安全を説く目の前の大人は "偶々押し付けられた力が強い所為で安全から遠ざけられている"
それは神々の横暴ではなかろうか。あたしが熟達した錬金術師であるならば忽ちに暴いて、
もっとそういうのに向いた人間に技術として与える事も出来るに違いないのに。
「……はーい、気を付けまーす。でもあたしは天才錬金術師だもの。多少は平気、へっちゃらと言うものよ。
……いえ、だからって不安全は嫌だし、しないように気を付けているつもりなんだけれど。
やっぱり気のせいじゃないのよね。今の音、何かしら?おっきなモグラとかならいいんだけど──って強っ!?
三度目どころじゃないんだけど!?」
天才錬金術師なのだから、いつか必ずやってみせると決意をする。
するけれど、差し迫る危機は別だし、シスターさんが予想外に強い、というか出場経験がある事に吃驚して上ずった声が出ちゃうの。
「え、ええ頼もしいのね……じ、じゃあ……ええと、小屋を調べてみましょっか。
地下に降りる方法があると思うんだけど実はまだ奥の部屋とか見て無くて……」
空咳をして椅子から杖を携えて椅子から立ち上がる。指差す先には扉があった。
言葉が迷うのは、決意と裏腹に今あたしが出来る事がそう多くはないからで、視線も惑い、覚束ない。
■シスター・マルレーン > ええ。
二度見をされて頷く。
三度見をされて、更に頷く。
ふかいふかーい溜息をつきながら頭を抱える。ああもう、神父様の説得ほどやりづらいものはない。
「あはは、ま、大変ですけど直接この手で誰かを助けられることはありがたいことです。
ずっと祈っているだけでは、やはり届かぬものもありますから。」
からりと笑って、拳をきゅ、っと握る。
右手はまだちょっと痛むが、何があっても戦うことくらいはできる。強い気持ちは全く揺るぐことは無い。
「ですから、後ろにいてくださいね。
ええ、あそこ、一度行ったら何度でも戦うことになるんで………
……とにかく。何かが出てきたら入り口まで一気に戻ってください。
危険を感じたら、とにかく一度外に出て。」
遠い目をした。 負けるまでやらす気なのかしらん。
とりあえずもう行きませんと明言はしているが、果たしてどこまで届くやら。
まあ、ともかく、目の前の事実に立ち向かうしかない。
棍をぎゅ、っと握れば、その棍が僅かに明かりを持ち始める。
雨に濡れ、体力が削られ、更に拳も本調子ではない。
………眩く光輝くほどではないが、それでも明るいそれを前にかざしながら、扉をゆっくりと開いて。
■ベルモット > ──扉が開くと差し込む光だけが室内を照らす。
何かが腐ったような匂いと、錆びた鉄の匂いが鼻腔を突いて、シスターさんの後ろであたしは顔を顰めた。
「…………なにこれ」
部屋に入ると煌めく棍が仄かに部屋を照らして内情が解る。
あたしの携えた杖の先に炎が灯るならば、尚更に判る。
扉の先は厨房だった。棚があり、竈があり、水瓶がある。
割合広い間取りで、狩人が獲物を解体するのに不便が無いようにか一段低くなった所は石床になっていた。
その上に獲物を吊るすのに使うのか大きなフックが備え付けられている。
でも、それだけじゃなかった。
「……ねえ、あたし、狩人じゃないから解らないんだけど……こんな風にはならないものよね……?」
壁、床、天井。
悉くが赤茶色の、恐らくは血の跡に塗れている。
けれども室内に何らかの気配は無く、あたしは恐る恐ると炎を頼りに彼方此方を視た。
そしてそれは其処に在った。
「……嫌」
部屋の隅。
誰かが懸命に動かしたと思しき赤茶の染みが着いた棚の下に隠れるようにして在る金属製の蓋。
横の壁には同じく赤茶色で『あけるな』と殴り書かれている。
背筋に冷たいものが走る。
あたしはなんという所で一晩夜明かしをしようとしていたんだろう。
■シスター・マルレーン > 「ベルモット。」
相手の質問を遮って、目を閉じて、開いて。
彼女は身体を動かして相手を倒し、斃し、壊し、殺すこともする職業だ。
冒険者を始めた頃は殺生の一つもできないような小娘であったけれど、今はもう場数を踏んで。
だからこそ、ここで何があったのか分かる。
分かるだけではない。 具体的にどんなことが行われたのかまで、想像を超えて、想定がついてしまう。
だから、ベルモットがそこまでの考えに及ぶ前に、己の背中でその光景を隠して。
「見ない方がいい。
この場所、この状況、何もかもこの私が請け負いましょう。
貴方が一人でこの扉を開けぬよう。 そして、何が起こったのか正しく見極めるよう、雨を降らしたのだと思います。
……とはいえ、今は身体も弱っていますし、服も防具も無い状態。
幸い、扉が開いていないのですから、このまま戦闘にはならないでしょう。」
先ほどとは打って変わって、真剣な声でここまで語れば、そっと膝を落として。
「……私と一緒に、今から街まで走れますか?」
焚火をしてしまった。
上に誰かが来たことを、下にいるなにかは知っている。
そして、出口が一つであるとは限らない。
とにかく。 今の状況で出会うことはよろしくない。
■ベルモット > 不味い不味い不味い不味い不味い。
絶対に不味い。明らかに危険で、安全じゃない存在がこの下に居る。
子供を攫う妖精でも、理不尽に人を打つ神々の雷霆でも無いものが居る。
この部屋で何があって、今までの部屋で何が無かったのかは想像もつかないことだけれど、
このまま朝まで小屋に留まる事は、不味い。
それだけは判って、解った。
「ひゃいっ!?な、ななななに!?き、急に声の調子を変えないで頂戴。び、吃驚するでしょう……」
『あけるな』と記された文字から目を離せないでいるとシスターさんが目の前に立った。
驚きの余り悲鳴のような声が出て尻餅を搗くと、彼女は有無を言わせない様子であたしに詰めた。
「……だ、大丈夫。足はね、自信があるのよ足は。そう、あたしは走るのだって早い錬金術師だから……」
立ち上がる事は出来た。幸いに膝は笑っていない。
頷く事も出来た。大丈夫、あたしってば天才だから。
直ぐに服を着て、荷物を背負って、走る事だって出来る。
あたし達は急いで元の部屋に戻って、出来る事をして、雨の降る夜へと飛び出した。
駆けて行く際にそれとなく後ろを振り返ると、窓に何かが映っているような気がした。
気のせいだと思いたかった。
■シスター・マルレーン > 「驚かせたかしら。
安心して、貴方には私がついているから。」
神とは、口にしなかった。
私がやるんだ。 私がやるんだ。 そう強く心に言い聞かせる。
幸い、彼女の身体も心も、それを素直に受け入れて、僅かに生じた震えはピタリと止まる。
こういった場面や、命のやり取りには"慣れている"んだから。
「良かった。私は足の速さには自信が無いから、加減をして頂戴ね。」
微笑みかける。
目の前の少女は明らかに無理をしているのが見て取れる。
まだずっしりと重い修道服を身に纏いつつ、しっかりと力を込めて、右の手で杖のように棍を持てば、眩い輝きを放って暗闇を照らし出す。
「大丈夫。」
振り向いたことがわかるから。
そっと彼女の手を握って、引き寄せましょう。
そちらは魔性。見てはいけない。
見なくてもいい。見なくてもいい。
私が道を照らしましょう。
「大丈夫。ただ、この服はやっぱり重いわぁ。
脱いで走ろうかしら。」
雨の中、ころころと笑い声までこぼして。
ほら、私はこんなにも余裕なのだから、大丈夫なのです。
何度だって伝わらずとも囁いて。二人は王都へとひたすらにまっすぐと。
ご案内:「森の中に在るログキャビン」からベルモットさんが去りました。
ご案内:「森の中に在るログキャビン」からシスター・マルレーンさんが去りました。