2020/09/06 のログ
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」に燈篭さんが現れました。
■燈篭 > その夜はいい月夜だった
雷も鳴らず 嵐雲も近づいていない いい月夜だ
鬼は、小柄な身体を時折、脚を千鳥にさせながらも、この堕落と淫蕩極まった土地を素足に布を巻いただけのそれで
じゃり、じゃり、じゃり 歩き、月の夜道 酒を片手に楽しんでいた。
しかしそれだというのに、この見るからに鬼な童女に、何を思ったか盗賊らが鼻を利かせて集まった
悪い鼻だ。それも運が。
やれ捕まえれば、バフートか、ダイラスか。
これは高く売れるぞと囁き合い、襲い掛かった
鬼は喜々としてこれを受けた。
気持ちがどうあれ、鬼に向かってきたのだ。
応え、屠る。
由々しきという言葉を作ったのは鬼だと言わんばかりに
『だずけで……っ!』
掠れた声で、盗賊の誰かが言った。
だが鬼からすれば、月夜で囀る鳥よりも、耳に入らない。
決着は早くつき、積みあがった盗賊の生きた屍の上で腰を下ろし、酒を傾ける。
その酒は旨かった。
こんなに好い月夜だ
こんなに好い時間だ
欲望に塗れ鬼の首を攫おうとした馬鹿が、また一人、酒瓢箪に吸われた。
鬼がかる~く、揺らせば、中で溶け、欲望に塗れたそれは澄んだ酒とはいかない。
むしろ軽く白に濁った甘い酒。
酒を食み、腰に下げていた巾着から、小さな掌の焼き壺が。
中を開けると、よく浸かった漬物が顔をだし、女童の鬼の口の中にパクリと収まる
ボリッボリッボリッ
「嗚呼、美味いなぁ……
この酒以外で唯一口にできる。
美味いなぁ……こんなバカ踊りのあとだ。
実にいい酒だ。」
うっとりと、顔を酒気で火照らせて、鬼は人間が溶けた酒と、人間が変わってしまった漬物で、良い月夜を楽しむ
活きた屍の上で腰を下ろし、未だ生かすのは、最後はこの酒か漬けかにさせるため、と悟るまで
盗賊らが答えを出すのは遠くない
■燈篭 > やがて、この月夜にいい場所を探そうと、街道という誰も他に今はいない場所
腰を下ろすのが、酒の材料というだけでは品がない。
この景色も肴にしよう
なに、酒は大量にある。
盗賊らが、酒と化す為に瓢箪に吸われた
盗賊らが、肴と化す為に掌の小壺に押し込められた
巾着を結わい、腰に下げたのなら、もうそこにいるのは小鬼だけ。
ポンと腰を叩けば、どこがいいだろうか。
嗚呼、あの悲し気に垂れた木と岩が寄り添う場所なんて、丁度よさげだ。
ざりっざりっざりっ、と小鬼は一人でも寂しくはない。
然し人肌が恋しくなることはあれど、それは酒の熱が微睡ませてしまう
腰を下ろせば、冷たい石の上は心地よい。
酒の熱で火照る身体
もはやきっと、ツバですら酒の味がするぞといわんばかりに、酒を煽った。
ぐび ぐび ぐび ぐび
「……っ、はぁぁ~……。」
最初は、鬼もぷはぁ、と麦酒のように言おうと思ったが、月夜の下だと、酒を酸っぱくさせてしまいそうだ
だから一つ潜め。酒気たっぷりの吐息だけとした。
「お月さんと私だけの月見かい。
それも風情があっていい。
どこでも、アンタは変わらないんだね。」
そう月に語りかけ、はて、街道はなぜ歩いていたのだったか。
どこかの都にでも行こうとしていたのではなかったか。
だがこの月の夜が楽しいせいで、鬼なのだから足を止めてしまったのだろう。
■燈篭 > 無音な様で、周りはいい音を出す
時折風が吹き、草を撫でる音が
時折羽虫が、耳に心地よく来る程度に無いている
これが水辺際なら、夜光に富んだ蛍でもいたのなら、きっと夜中という間を独占してしまっていただろう
今が月夜なら、傍に酒の樽でも今度こさえてこようか
鬼は顎を撫でてその時を思う
この甘く白に濁った酒ではない。
口にしながら、それはこの国で造られた果実酒か、もしくは穀物の澄んだ酒。
月夜に丁度いい位置に充てれば、きっと杯でその月ごと掬って飲む酒は、さぞかし美味いんじゃあなかろうか
ごくっ、と喉を鳴らす。
その月は、どんな味がするのだろうかと
「よし。」
ポンッと石塊の上で、掻いていた胡坐の先を叩いて鬼は決めた
都に行けば酒樽を一つ、買うか奪うかしようと
この国で味わう月も、きっと美味い
「そうだろう?」
月にそう聞いてみながら、杯の一つでも持つべきだったか?
まぁこの酒は、このまま喇叭に呑むのがいい。
瞼を閉じず、月を見ながら、酒を煽り、細く。長く出続ける酒の味を楽しんで。
「嗚呼、楽しみだ。
この国の味が。」
人の味は知れた
月も変わらなかった
しかし酒となると、手持ちのコレ以外に呑む気にさせるのが遅かった
鋭い三日月か
雲が端を霞める月か
円を描いた兎が型をつくる満月か
嗚呼、楽しみだ
■燈篭 > 悲し気に寄り添う木と、太く平らな腰を下ろす岩場
それがなんだか月夜だと木が石に寄り添うようで、ふとごろりと岩場で小柄な鬼は寝そべった
月明りを浴びながら、月が目立つ夜は星が目立たない。
仰向けに寝そべるとなおわかる。
月が消えた夜は星が近い
星が遠い夜は月が明るい
月明りを浴びながら、やがて微睡む
嗚呼都の酒が欲しいと思っているのに
鬼は月明りの中、酒を抱えて眠りに就いた
好い酒を飲み、好い月を浴びてしまったせいだ
他の事柄なんて、あの盗賊以外なにもない静かな夜ならどうでもよくなってしまうほど
その眠りに誘う気が心地よくて
きっとその夜が白むまで、眠りに就く
やがて すぅ と瞼が完全に堕ちてしまったのなら、鬼は月明りの中、自然と身体を丸め寝入った
空が白む頃に目を覚まし、朝の一杯を呑み、体に酒気が巡るのならば、都へ赴く足は再開しよう
月の夜に、月を掬った酒の味を欲しがって、どこぞで悪さをするのだ。
鬼からすれば、それは当然のこと
鬼ゆえに、気兼ねも罪悪も何もない。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」から燈篭さんが去りました。