2019/02/02 のログ
■イルザ > 目的地が近くだというのなら、長居するわけではないのだろう。
当然男性の前で事を起こすわけにはいかないので、対象者が到着するまでに出発してくれれば僥倖。
そうでないのなら――――。
(「今日決行出来ないなら、顔を覚えられるとまずいから隠れたほうが良いだろうな。
もう休むとかなんとか言えば、ここからは引けるか」)
暗殺術を叩き込まれてはいるが、内面はそこらの娘と大差ない。考え込むと言葉数が減る。
そんな時、その‘大差ない’内面を覗くように男性が振り返ったので、眉が歪んだ。
「…………なんの話かな」
見透かす口ぶりに、もしや足止め役が斬られたかと思ったが、新しい血の臭いはしない。
組織の者は彼が何者なのか、すぐにわかったはずだ。
彼らは国の政に敏感で、だからこそ己に邪魔な者を排除させているのだから。
だが少女は別。長年母と隔離されたような生活だったため、世情には疎い。
わかるのは、男性の置いた剣がかなりの厄介なシロモノだということ。
見透かされている理由はわからないものの、ここであれを抜くことになると難儀な一戦になる。
なにより、間もなく通る予定の対象者に己の存在を主張するようなもの。
「ここは寒いから、家が近いなら早く帰ったほうが良いよ」
己のためにも、相手のためにも。
当然対象になる者の名を口にするつもりはないが、こちらからしてみれば相手が関係者であるのなら阻む盾となる。
無関係であるのなら、やはりここにいては巻き込むことになり、後々面倒になる。
突っ撥ねる言い方だが、相手に下手な言い訳は通用しないようだと悟った口ぶりでもあった。
■ヴィクトール > 考え込んでいるところへ叩きつけた不意打ちは、どうやら効果があったらしい。
眉が潜み、言葉が一瞬詰まるのが何よりの証拠だろう。
隠しきれない様子にクツクツと可笑しそうに悪い笑みを見せながらも様子を見ていれば、追い打つような退去を求む声。
ここで何かするというのなら、なるほどと言うように頷いて片手を伸ばす。
浅黒く、剣を握りすぎて所々が固くなった戦の手が届くなら白髪の頭へ向かうだろう。
夜に映える白を優しく…少し子供扱いに何度も撫でようと。
「まぁ、何も明かさずこっちから聞くのも身構えるよな。俺はヴィクトール、そこにあるドラゴンフィートってところの傭兵組織の遊撃班の頭だ。で……立場柄、そこに関わる奴をどうこうしてぇなら、止めねぇといけねぇんだけどよ?」
こちらから質問攻めでは、警戒した彼女が口を開くこともなかろう。
ならば消去法にと自らの存在を明らかにしつつ、そこと語った時には、地平線の向こうに見える、山の麓を指さした。
夜だというのに明かりが灯るそこは、山脈へと通じる馬車の駅もあり、交通の中心点としても作用する。
ここから向かうには数時間はかかり、寒風に吹かれっぱなしでは辛い距離だ。
開かせる情報を伝えていけば、今度はそちらの番だと言うように見やる。
誰と答えなくとも、関わりが無いかだけなら言えるだろう。
有るとしても、まだ隠し切るには若い彼女の意志なら、靄だけでも見抜けるだろうと、見つめ続ける。
■イルザ > 訓練を受けた少女が男性の手を避けるのは容易かったが、害を与えるつもりでないこともわかり、敢えて避けなかった。
だが触り方は予想外だった様子で、反応に困ってしまった。
ボッと勢い良く発火するように頬が火照った気がするが、気のせいだ―――と思いたい。
「ドラゴンフィート?」
男性の指先を視線で追うこともなく尋ね返したのが、知っていると言ったようなものだろう。
幸か不幸か、今回は無関係だ。その点は問題ない。言わないが。
だが、少女が組織に取り込まれて間もなく、国に関して膨大な資料を与えられている。
その中に男性の家となっているのだろうその場所と、統率する者の名が記されていた。
現在のところ標的となるのは資料の中にある名前ばかりで、
それは今後の動きによっては、彼が住む場所の誰かを狙う可能性が残されているということ。
唾を飲み込むように喉が動き、視線を外して揺れる火へ移す。
誰かと会話し、感情が揺れ動けば躯は温まりやすい。
今なら十分動ける自信があるが、まだ指示されてもいない暗殺のために彼を斬るつもりはない。
「私はイルザ。止めたいのなら止めれば良いけど、今日はもう時間切れかな」
十中八九、男性も気付くはずだ。隠密のような存在がひとつ、近くに来たことを。
木の枝が揺れる音が2度。間もなく対象者が辿り着く合図。
ヴィクトールと名乗った男性がここをすぐに出発する気がないからには、今夜は対象者に見つからないよう隠れることしか残っていない。
■ヴィクトール > 黙っていれば、港町か九頭竜山脈の宿の何処かにいそうな、可愛らしい東洋の少女。
琥珀色の大きな丸い瞳と小顔の作りもあって、幼さも感じさせられるが、何故か瞳から脆いという雰囲気は感じない。
おそらくは戦う仕事に何か携わっているからかと思いつつも、撫でる掌に恥じらう様子が見えれば、にぃっと口角が上がっていく。
「あぁ、女の子が楽しめるとこといやぁ、最近は甘味の店が増えたな。後は、土産品にアクセサリーやら……香水は一押しって言ってたな、ちゃんと調合する奴がいるんだとさ」
俺は細かいことはわからんがと、困ったように苦笑いを浮かべつつ、彼女の言葉に答えていく。
だが、兵力がどうの戦力がどうの、立地がどうのなどは言わない。
年頃の少女が好みそうなものと、自分に悪戯しに来る妹達の話を思い出しながら、空を仰ぎつつ、指をくるくると回して思い出し、語る。
暗殺者や戦士というよりは、彼女から感じるのはそんな平穏に有る少女の初心な一面だったからで。
「イルザか、何か東洋っぽい顔してるから、そっちの名前かとおもったぜ。ん? あぁ……」
此方を伺う気配、それに言葉を重ねれば悟ったように呟く。
葉の揺れる音は何かの合図だろうか、風とは異なる動きに大凡の予想を立てつつ、どうするかと考える。
彼女を思うなら立ち去るべきだろうが……目の前の少女に、興味が無いと言えば嘘だ。
軽く頬を掻きながら考えると、そうだなと呟きながらぽすっと白髪の頭に掌を重ねようとしていく。
「取引しようぜ? 今夜俺と過ごしてくれるなら、あとで仕事がすんなり終わるように、ちょっとだけ手ぇ貸してやる。」
ニヤリと悪巧みな微笑みを浮かべながら告げたのは、夜への誘いだった。
冷えていたのでまだ広げてはいないが、馬の傍らには、一緒に持ってきた荷物が結び付けられている。
野営用の道具類が詰まっており、寒さもしのげるのだが、男一人には広いし大袈裟だとあまり使いたがらない品々。
だが、彼女と過ごすに使うには丁度良さそうなものでもある。
どう手を貸すかは、察しが良ければ彼女の嘘を見抜いたなにかであることは、分かるかもしれないが。
「どっちにしろ、俺が残っちまうとやれねぇわ顔隠さねぇとだろ? 運の尽きだと思って乗っかってくれっと、嬉しいんだけどよ」
詳しくはないが、基本的に姿を見られたら確実に殺すのが暗殺のはず。
彼女が確実に仕事を終えるには、手を組むか、どうにか自分を直ぐ様追い出すか、駆け引きなしに顔を隠し続ける必要がある。
自分の事を誠とどれだけ信じてくれるかによるが、どうだ?と問いかけながら、楽しげに微笑む顔にも気配にも、言葉以上の感情を浮かべることはない。
■イルザ > 「良い場所なんだね。治安も良いんだ」
そういった詳細は資料にさすがに書いていなかったが、言葉にされると人の営みというものが想像出来る。
だが、己がそこを訪れることはないのだろう。
いつ誰を標的とするかわからない生活で、誰かの暮らしに深入りするのは危険過ぎる。
だが逆に、そこの誰かを標的にする際には有益な情報かもしれないという考えも少し。
和やかに話す男性の顔を見ていると、誰か殺したら夜叉の如く怒り、剣を向けられることは容易に想像出来るが、己に選択権はない。
今夜だってトラブルがなければ、なんの恨みもない貴族を殺す予定だった。
その者がいくら腐敗していようと、己が被害を被ったことはない。
潰れた実行の機会は、今度は一刻も早くこの場から去るという任務に変わる。
組織の者と合流する予定の場所までは馬もなく走るため、そろそろ行かねばと思った矢先であった。
まだ子ども扱いするか、と言いたくなる掌の重みに、思いもよらない言葉。
上げかけた腰を落ち着け、怪訝な顔。
「え?仕事がすんなりっていうのは……どういう意味かわかってる?」
こちらも立場があるのではっきりとは言えないが、人を殺す仕事が上手くいくように計らってくれるのならば、相手も共犯者になる。
そんな軽いノリで良いものかと聞きたくなるし、それは巻き込むことになるのではという葛藤も。
真面目なのでまずそちらを考えたが、遅れて気付いた。
「いや……で、過ごすっていうのは?だ、だだ、抱かせろって意味じゃないよね?わ、わ、私が処女だったらどうする!!」
この年齢の男性が一晩おしゃべりして明かしたいと言うのなら、それはそれで妙ではあるが。
己が躯を許すのは標的の油断を誘う時だけであり、こういったパターンは未経験。
暗殺の瞬間が間近に迫っているために、冷静な精神を保っていた少女が一気に狼狽し、舌が回っていない。
そんなことを話している間にも時間は過ぎていく。少し慌てていた。
■ヴィクトール > 「悪いことは出来ねぇが、それ以外は満たせるもんだぜ? なんなら、今度一緒にデートでもすっか?」
殺しについてのあれこれを思い浮かべる彼女とは真逆に、此方が浮かべるのは、深煎りできぬと突き放す世界。
彼女が此方に刃を向けるかどうかは分からないが、向ける可能性があるなら、彼女を知っておいたほうがいい。
今でこそ丸く、ガサツさから自分勝手さが薄れているが、元々は野良犬同然の荒れた存在。
殺生への感覚が軽いとは、思わせなかったらしい。
「分かってらぁ、誰かぶっ殺すんだろ? 俺はちょいとだけ手助けするぐらいしか出来ねぇけどな」
何かの作業手順でも確かめるような口調で、さもありなんと答えていけば、真面目に悩む様子に笑みが戻る。
勿論、彼女が邪推したとおりの厭らしい事が無いとは言わないが、嫌がるなら無理強いはしない。
そこを少しずつ解くのも楽しいもの、しかし、敢えて今は意地悪を言いたくなる狼狽え具合にニンマリと笑っていき、白髪を撫でる掌を首筋へと這わせ、背中へと回そうとする。
自然と、少し前のめりになって、互いの視線の合間を狭めれば、獣の金色が悪戯な嗜虐心に笑う。
「俺ぁそこまでいってねぇんだけどよ? イルザはそこまで考えたって事か……そん時ゃ、男冥利に尽きるってもんだ」
初めてならどうするのかと、混乱が故に妙な言葉が飛び出すなら、クツクツと微笑みながら寧ろ好都合と答える。
耳元に唇を寄せようと更に身を乗り出して、届くなら耳元で、届かぬならそれでも鼓膜を揺さぶるように静かに呟く。
初めてを二度と忘れねぇようにしてやる と。
大切な一夜を預かるのだから、当然の事としか思わず、自身に満ちた低い声は冷たい空気の中に白く消えていく。
「っと……まぁ、もう来ちまうだろうから諦めろ。早速手品だ、ゾクッとしたら、見られたくねぇ奴の顔を浮かべろ」
話し込んでそれなりに時間は経つ、もう見られずに去るには難しかろう。
後で嫌だと断られても構わないと考えながら、小さな体を抱き寄せようと反対の手も伸ばしていく。
硬い胸板の前へ引き寄せ、包めたなら掌から黒い魔力を注ぎ込み、彼女の体の中へと侵入させようとする。
呪いや催淫の類に有る嫌な感じは与えないが、属性柄冷たさを覚えるのはどうにも出来ないところ。
意志を外へと発露する魔術は、彼女が浮かべた相手にだけ認識が薄くなるように働きかけるもの。
例え見られても、景色に埋もれて決して浮かび上がらない、雑踏に解ける意識の透明化。
ちなみに抱き寄せる必要性はまったくなく、触れていればそこから流れ込むもの。
効力は、相手が此方を見ればすぐに分かるだろう。
■イルザ > 「……デッ…………!ヴィクトール、性格悪いって言われない?」
案内だとか、言い方ってものがあるのにわざわざデートと言った男性に対し、動揺を隠しての反撃。
大事な仕事の直前に相手と出会ってしまったのはタイミングという問題だけでなく、失敗だった。
これでは対象者の隙を見つけたとしても実行するのは危ない。己の精神的な問題で、である。
だが相手はこの状況でも己が実行すると前提しているようだ。
なんの抵抗感もなく受け入れているのを見るに、彼自身も幾度となく命を奪っているのだろう。
ありがたいけど……と言いかけて、背に回された腕が距離を縮める。
身の丈の差、30センチほど。歳はそこまで離れていないように見えるが、大人と子どものような差。
見上げた琥珀色の瞳には、黒髪の男性の顔が映っているのだろう。
「ひっ、卑怯だ!さっきそんなニュアンスで言ったじゃないか!!だ、だだだ誰が処女をやるかっ!!」
まるで己から誘ったような状況になってしまったうえに、耳奥にこっそり届く男の低音に、彼女はますます混乱した。
そもそも自分が処女ではないことを忘れるくらいに。
組織の者が近くにいれば、呆れられただろう。今、この瞬間に暗殺せよと命じられたらしくじっただろう。
少女の場合は鍛えるべきは技術ではなく、精神のようだ。
だが、訓練された耳は、そんな状況でも馬が近付く足音を聞き取った。
同時に抱き寄せられ、口を噤む。言いたいことは当然あるのだが、今は口喧嘩している時ではない。
―――――ひんやりとした感覚が全身に流れ込んでくる。
これがゾクッとすると言っていた意味かとわかると、目蓋を閉じ、とある男の顔を思い浮かべた。
いくら時間がないといっても、警戒しか抱いていない相手ならば抱き寄せられた瞬間に離れようとしただろう。
それをしなかった己の甘さに胸が痛んだが、ここまできては信じるしかない。
やがて馬の足音は緩まり、人が降り立つ音も聞こえる。
今宵ここで待機したのは、貴族である彼が珍しく護衛も連れずに移動すると情報を得たからだ。
そう長くない距離の移動であり、行く先が愛人の1人だという事情もある。
本当に見えていないのか、確信のない状態で男を見ると、ちょうど彼はこちらに気付いたように顔を上げた。
だが、視線を送ったのは己ではなく、己を抱き締めている男性に向けたものであったらしい。
愛想が悪く高慢だとの資料通り、挨拶を交わすでもなく、馬を少し休ませただけで再出発の様子を見せる男を相手の腕の中で見ながら。
「今日は殺さない。ヴィクトールは気にしないだろうけど、私はこの状況では人を斬る気にならない」
せっかく隠してもらった姿が見つからないように、最小限の声で囁いた。
疲れの癒えきっていない馬が駆ける音が遠ざかっていく。
それが完全に途絶え、気配も消えたと思えた時に、少女は男性の腕の中からするっと抜け出た。
一部の聴覚だけを刺激する犬笛のような音が響く。組織の者が怒っている顔が目に浮かぶ。
「ごめんね、ヴィクトール。呼ばれたから今夜は借りが返せない。いつか必ず返すから、忘れないで」
完全に心を許しきれない間柄が寂しいが、暗殺を請け負っている身にはどうすることも出来ない。
それでも伝われば良い。次の約束が出来るはずもない立場なりに、本当に借りは返すつもりであること。
告げて、白髪のサイドポニーを闇にふわりと揺らしたかと思うと、舗装された道ではなく木々の影が落ちる方向へと走っていく。
ほとんど足音をさせずに、その姿は小さくなっていく――――。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」からイルザさんが去りました。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」からヴィクトールさんが去りました。