2017/02/20 のログ
■ホウセン > 怒号が飛び交う。怒りというよりは恐慌を来たしている。少なくとも、見た目どおりの存在ではなく、恐らくは人ならざる者であろうという彼らの見立ては正しい。脅威度に対する認識を改めて、妖仙を包囲するという考えも、実効力さえ脇に置けば、そう頓珍漢な考えではない。だが、男達の内の誰かが零した、妖仙が魔族だという言葉だけは的外れだし、悪手でもある。
「呵々!この儂が魔族じゃと?お主らの足らぬところは頭ばかりかと思うておったが、目も中々に腐り果てておるようじゃな。あの手の高い所で踏ん反り返りつつ高笑いをするしか能の無い、”俺、いけてない?”という気配丸出しな紋きり状の自己顕示欲しか持ち合わせておらぬ者共と一緒にするでないっ!」
自分自身も高い所に登って踏ん反り返っていたのは、この際突っ込むだけ野暮である。魔族の最大公約数的なイメージとして、吸血種やら淫魔やらを思い浮かべたらしいが、それが正鵠を射ているかは甚だ怪しいところだ。幾分共通している点が無きにしも非ずだし、標的がバッティングすることもあるが故に、近親憎悪と利害関係に根ざした悪感情とが、謂れのない魔族全般に向いているだけの話。だが、只でさえ嗜虐的になっている所に油を注いだという形になり、報復は端的に。雪駄を履いた足に呪を載せ、強く地面を踏みつけると念によって鋭利な杭となった土が競り上がり、瞬く間に三人が串刺し刑に処される。その内の誰が魔族扱いしたかは分からぬが、その辺りで声がしたからという、あんまりにもあんまりな理由で。滴る血はそのまま土の杭を伝って地面に流れ落ち、土に染み込むか、染み込みきらずに小さな水溜りを作るかの二者択一。
「尤も、なれば儂は何者じゃという話になるかもしれぬが、お主らがそれを考えても仕方あるまい。お主らのあるかどうかも分からぬ思考能力と、有益なものがあるかも怪しい知識では辿り付けぬじゃろうし、何よりもそこまで時間をくれてやるつもりはありゃせんのでのぅ。」
十七人が十四人に。殆ど半減していても、戦意は辛うじて残っているらしい。妖仙が中距離での攻撃手段を持っているとなれば、囲んでにじり寄り、一斉に飛び掛るという算段を実行に移すまでの間に串刺しの墓標が増えるだけ。そう判断した幾人かが小さなシルエットに斬りかかる。唐竹に袈裟懸け、逆袈裟、横薙ぎに切り上げまで、複数の刀剣が複数の使い手によって振るわれるが、妖仙はといえばクルリと回って太刀筋を避け、扇子で剣の腹をやんわりと押して軌道を往なす。直径一メートル程の円の中から出ず、その場で舞うように腕を振り、体を回し、凶刃を避け続ける。
「これこれ。反撃をせずにやっておるのに、何じゃこの体たらくは。失格じゃ。鍔迫り合いをしてやる価値もありゃせん。儂に一太刀でも浴びせられたら、雇い入れてやってもよいと思っておったのにのぅ。」
盗賊の流儀に合わせて剣戟にて命を終わらせてやるまで興が乗らず、生欠伸を噛み殺しながら扇子を大きく開いたままその場で三回転。射手達を両断した鎌鼬が巻き起こり、妖仙を取り囲むように陣取っていた盗賊達の鎧も衣服も皮膚も肉も骨も断ち切る。大部分を一掃するべく三度無形の刃を振るったせいで、数秒前まで人間だった肉の塊は細切れに寸断されて、地面に転がる頃にはどのパーツが誰のものだったか判然としない有様。
■ホウセン > 鎌鼬の乱舞を終えて、未だに生命を繋いでいる盗賊はたった二人だけとなった。それも無傷ではなく、体のあちらこちらに小さな切り傷が無数に刻まれていたし、片方の男に至っては、左手の肘から先が切り落とされているという惨憺たる状況。数の優位を恃んで襲い掛かったのが少し前の話で、本来なら今頃、せしめた荷物の物色に勤しんでいる頃合だというのに。何処で道を違えてしまったかといえば、嘗て人間だった物が積みあがった空間の中央で、返り血の一つさえ浴びていない幼子のような”何か”の存在と対峙してしまったことだ。それも、非常に運が悪く、不機嫌の真っ只中にいた状態で。幾人もの命を絶った扇子を一振りし、元の定位置である帯へと差し挟む。これで手打ちにするという意思表示ではない。単に、自ら手を下すつもりがないというだけ。
「はてさて、物分りの悪いお主らの同僚を綺麗さっぱり掃除してやったのじゃが、そろそろ血の巡りの宜しくない飾り物の頭でも、何をすれば良いか一周遅れで理解できる頃かのぅ。全く。命を散らさずに済む筈じゃった十一人が、棺桶に詰め込むのも面倒なぐらいに切り分けられるまで決断できぬとは、滑稽を通り越して憐憫を誘うというものじゃ。首を切り落とせ。儂に始末されとうなければ。」
腕の一振りで。足の一踏みで。そんな何気ない動作一つで、二人とも簡単に片付けられようというのに。お互いに命を奪い合えと唆す声音は、変声期前の男女どっちつかずの高い声で、殊更優しい口調。目の前で起こった惨劇に自失していた最後の二人が、その甘ったるい声に我へと返り、ぎこちない挙動でお互いの顔を認めた。残っているのは恐慌、生への執着。それらがいち早く理性の頚木を引き抜いた方が、言い換えれば自己保存という生物としての原初の欲求を浅ましく露見させた方が優位を得るという畜生道がが如き図式。男達は声にならない声をあげ、喚き、泣き、憎悪の言葉と凶器をぶつけ合う。その文字通り命懸けになる渾身の鬩ぎ合いを目の当たりにしても、妖仙は然程感興が刺激されていないらしい。曰く、数を減らし過ぎたが故に、生の感情が入り乱れる乱戦に狂乱には至らずじまいになってしまったと。それでもやがて終着は訪れる。生き残ったのは、事切れた相手の上に跨り、残った片腕だけで太い頚椎をどうやって切り落とすか苦心している男。事がなされれるまでの間に、隊列の先頭に向かい、今もまだ赤々と燃え盛る荷馬車だった物に対して扇子を振るう。寸断する訳ではなく、烈風をぶち当てて、街道脇へと押し転がしたのだ。元いた三台目の荷馬車に戻ると、漸く妖仙の与えた放免の条件を満たした最後の一人が、嬉々として笑いながら感情の統合性が破綻しているようで涙を流し、言葉にならない言葉らしきものを嗄れた喉から搾り出し、生への賛歌を謳っているように見受けられる。これで死なずに済むと。
「確りと儂の出した条件は満たして…詫びの言葉が見当たらんが、少しばかり壊れてしもうておるようじゃし大目に見てやろうぞ。善哉善哉。お主は見逃してやる。儂の寛大な処遇に対し、地に伏せてあらん限りの感謝の念を奉げるが良い。それが…」
お主に出来る最期の行動なのだからと。確かに妖仙の手に直接掛かりはしなかったが、医者が居るであろう町や村からは遠く、傷の面積に比べて出血量は少な目とはいえ血を失い続けている。その上、この透き通った空では、明け方近くの冷え込みは容赦なく男の体力を剥ぎ取るだろう。その果てに待ち受けるものは、言わずもがな。そんな加害者であり犠牲者である盗賊を尻目に、先頭の荷馬車へ前進するよう指示を出し――
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」からホウセンさんが去りました。