2017/02/19 のログ
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道」にホウセンさんが現れました。
ホウセン > 平素、この妖仙が怒ることはない。意に沿わぬ事柄があると、不機嫌になるし、呆れるし、臍を曲げるし、飽きるし、嘲笑いもするが、往々にしてそこから遊興の芽が出ぬものかと、不条理さえも愛でる性質故に。だが、偶々虫の居所が芳しくないタイミングで、偶々急ぎの仕事だからと人員の調整が追いつかず仕方無しに隊商のお守りをしている最中に、偶々三下山賊の襲撃によって荷馬車が一つ暖と明かりを得る為の「何か」に変えられてしまったのだ。少しばかり。そう、少しばかり腹に据えかねる。

「盗人なら盗人らしく、物を奪い去るが良かろうに…それすらもせず、折角の商品をそこらの枯れ木でも出来る篝火にするとは、お主らの頭の中には脳味噌ではなく、豆腐でも入っておるのじゃろうな。」

隊列は六台の荷馬車だったけれど、先頭の一台が足止めと示威行為がてらに火矢で射られてご覧の有様だ。澄んだ夜空のお陰で星の光も月光も燦々と降り注いでいるけれども、それよりも尚強い光源がすぐそこに転がっている。前から三台目の荷馬車に同乗していた小さな体は、身軽に幌の上に登ってジリジリと包囲網を狭める塵芥を睥睨する。炎の赤い光が、幼いながらに整った顔立ちを照らす。大上段からの怖いもの知らずな物言いは、威圧するには声のトーンが高く、警告するには女々しくて、然し注目を集めるのには支障のない良く通る声。

「平伏せ、下郎。生憎、儂は少し気が立っておる。大人しく最大限の詫びを入れるのなら、命だけは取らずに置いてやることもやぶさかではないぞ。」

見た目が子供でしかない存在相手に、果たして何処の無法者が震え上がるというのだろうか。妖仙の声は、当然のように笑いの種にされて、傭兵崩れらしい盗賊達の緊張が緩む。”眼”で捉えた所、二ダースほど。文字通り数の内にも入らぬ、路傍の小石未満の加害者達。

ホウセン > 隊商には、手配が間に合わなかったせいで少数に留まるが、一応護衛の冒険者が付いている。とはいえ、彼我の頭数の差は如何ともし難く、真正直にぶつかれば多勢に無勢となるのは火を見るよりも明らかで、彼らが積極的に荷馬車の傍らから躍り出て、賊に斬りかかるという情景は存在しない。どちらかといえば、決定権を有する妖仙に対して、意思を問うような視線やら、何も高圧的な台詞を吐かずとも良かろうにという抗議めいた視線やらを向けている。その妖仙はといえば、隊商全体が恐慌状態に陥らぬよう、今の心情と反すること甚だしい微笑を口元に貼り付け、袖から覗く小さな手で短気は起こすなと配下の者達を制する。

「嗚呼、お主らの足りの頭では詫びの仕方も分からぬと見ゆる。仕方無しに、そこなウスラトンカチ共に一つ教授してやるとするなら…自分の隣に居る者の首を掻き切れ。さすれば、お主らの内の半分ばかりは生かしておいてやろう。安心するが良い。儂は約束は守る性質でのぅ。如何に塵芥相手とはいえ、すると言うたことは違えぬ。」

そもそもが、交渉ごとの相手と見ていないが故の悪意の発露。世間知らずで甘やかしに甘やかされ倒した子供の戯言と笑っていた盗賊の顔に、遅ればせながらに怒気が表出する。弓兵が六人程度。街道を挟むよう、三人ずつ先頭の方に。後の有象無象は知ったことではないが、それらに火矢を射掛けられて、また荷馬車が無価値な炭の塊にされるのも業腹だ。右手を帯に。挟み込んでいる扇子を手にする。

「心の広い儂が、折角人道的見地という代物に基づいて降伏勧告をしてやったし、助かる為の術も教えてもやった。感謝の言葉を叫びながら同じ釜の飯を食ろうた輩の首を刈り取っておる頃合じゃと思うのじゃがな。此処まで世の理が分からぬ痴れ者というのは興醒めじゃ。儂の視界に入ることさえおこがましいにも程があろう。邪魔じゃ。”去ね”。」

妖仙が扇子を広げる。白地に胡蝶の描かれた、物騒な物言いにはそぐわぬ趣のある逸品だ。それを細腕で横薙ぎに振るう。精々がそよ風を生じさせる程度の動きでしか無かろうに、数十メートル先の射手の悉くが胴を両断される。悲鳴すら上がらない。荒唐無稽で現実味の欠落した光景。

ホウセン > 哀れな盗賊を屠ったのは、鎌鼬の類なのだろう。両断されても派手な血しぶきは上がらず、切り裂かれた本人達が漸く事態を認知してから、数秒後に上半身と下半身が泣き別れ、その場に崩れ落ちる。間抜けにも盗賊達は伏兵を用意しているわけでもなく、妖仙の視界内に無防備に姿を晒している。最初からその気になっていれば、今の間に全てのけりをつけることができたというのにそれをせず、荷馬車の幌の上から地面へと降り立つ。誠に物騒な八つ当たりは、妖仙を煩わせた張本人達へ悔恨の念を噛み締めさせる方向性にしたらしい。ありえぬ情景に目と意識を奪われていた盗賊の眼下、子供の形をした災厄が迫っている。

「戯け。他所事に意識を向けておるとは、随分と余裕じゃな。嗚呼、何なら武器を構えるまで待ってやってもよいが…いや、止めじゃ。お主らの愚鈍さにかかずりあっておっては、夜が空けてしまうやもしれぬ。そうは思わぬか?」

声に余計な波を立てぬまま、常日頃の語り口で聞かせるつもりも無い戯言を吐く。その間にも硬化の術を施し、俄かに鉄扇に近しくなった扇子を降り抜き、右の二の腕を粉砕し、返す刀で左腕も粉々に。加重の術式まで重ねて大腿骨をへし折り、悲鳴が心地良いと薄ら笑いを浮かべて己の前に崩れ落ちたのを見下ろす。加重の効果は簡単に着脱できるようで、高く右手を振り上げてから、脳天へと叩き付ける。腕力はさして使わず、術の重みだけで鉄槌が如き破壊力を生み、生命を断ち切る。拉げた兜が街道脇の枯れ草の上に転がる。

「ふむ。ふむふむふむ。愚鈍じゃ、阿呆じゃとは思うておったが、儂の問いに碌に答えることも出来ぬとはのぅ。これでは飼い犬の方が幾らかマシじゃな。此処で親切心溢れる儂からの忠告じゃ。頭蓋の中に脳ではない、脳のようなものしか詰まっておらぬ有象無象の畜生共は気付けてもおらぬかもしれんが、惚けておる間に、助かる人間の数は減る一方じゃぞ。残り十と七人。これでは多くとも九人しか生き延びられぬ。」

凶行に及びながらも、先述の悪趣味極まりない条件提示は生きているとの言。だが、一も二も無くそれに従うには、盗賊達はまだ多人数の優位性を信奉していたし、利の為に仲間を出し抜くのは兎も角、命まで差し出すというのに抵抗を感じる程度には”常識的”だった。今更ながらに妖仙を脅威と認識したらしい男達が手にした武器を構える。良い傾向だ。頭に血が上り、恐怖に視野が狭まる。各個に暴れ出して、荷馬車に損害を受けるのが最も妖仙の神経を逆撫でするというのに、その事に思い至らないのだから。突き出された槍を扇子で払い除け、悠々とした足取りで接近する。槍の間合いの内側に侵入された男が短剣に持ち変えて妖仙に唐竹で斬りかかるが、小さな体を半身にして斬撃をすり抜け、その回転の勢いを術で加速させ、脇腹に硬化と加重を載せた扇子の柄を叩き付ける。鉄製の鎧さえ歯牙にかけず、肋骨の下の方の幾本かと内臓の潰れる感触。血反吐をぶちまけて倒れた男の余命は幾許もあるまい。