2022/11/18 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にティネさんが現れました。
ティネ > 「っとと……!」

貧民地区の塀の上を駆ける痩せた猫と、それから逃げ惑う、いささか飛ぶのが苦手な蝶……の翅を持った小さな少女。
貧民地区に迷い込んだ小鼠程度の大きさの妖精は、どうやらこのやせっぽちに栄養価とみなされたらしい。

「じょ、じょうだんじゃないよ、もうっ」

猫の爪で翅が欠けてしまって、上手く飛べない。
路地の角に打ち捨てられたゴミの陰へとなんとか入り込んで隠れる。
猫は妖精を探し回って、あちこちうろついてる。

「参ったな~もう。早くあっち行ってよ……」

ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」からティネさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にティアフェルさんが現れました。
ティアフェル > 「――死んで!! 死んで! 死んで死んで!!!」

 普段、人を癒し死を遠ざけるような役割を担っている、そんな女の口から奔る声。

 がん!がんがんがん!
 路傍の石で滅多打ちにしているのは一頭の狂犬となった野良犬。小猫を食いちぎってさらに自分の足に咬みついて傷を負わせた。その上、牙も目も狂気に満ちていて喉元にさえ食らいつきかねない。だから、強かに打って、滅茶苦茶に打ち倒して。毛むくじゃらの息絶えた身体が繰り返す、びく、びく、とした痙攣さえ収まった頃――。
 やっと、血まみれの手を下ろした。

「っはぁ……はぁっ……、は……
 死んだ……?」

 人気はない。街頭も明滅して切れかかっている薄暗い荒れた路地で倒れ転がる野犬に馬乗りになるような体勢。
 野犬の血にべったりと濡れ赤く染まった石をまだ握ったままぽつり、洩れる独語。
 

 口から血反吐を垂らして、もう痙攣すらしない真っ黒な狂犬に生命の光などカケラも存在してはいなかった。

 頬にまでべった、と飛び散った血をそこかしこに張り付けて肩で息をする、その双眸は無意識に滲んでいて。ず、と洟を啜り上げ、っはーと大きく息を吐き出し。手に残るなんとも後味の悪い感触に眉をしかめ。
 犬の死骸の脇に脱力したように座り込むと、足を投げ出し傍の壁に凭れて建物に切り取られた冷たい夜空を見上げた。

「…………気分悪……」

 充満する血の匂いに呻くように呟いたが、しかし動く余力がないかのようにその場で固まったように。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にヴァンさんが現れました。
ヴァン > 配達の仕事を終えて、ふらふらと貧民地区を歩く壮年の男。

夕飯は何にしようかと呑気なことを考えながら通りを歩いていると、路地から物騒な単語が聞こえてくる。
賢い人間ならば何も聞かなかったことにして家路につき、暖かい布団にくるまって寝てしまう。翌朝には何もかも忘れている。
男はそこまで賢くはなかった。何事かと覗き込むが何も見えない。仕方なく路地に入っていき、血の匂いに眉を顰めた。

「なんだ……何があった……?」

言いながらも推察はついた。野良犬が単独で人を襲うなど、そうそうない。よくない状況だ。
座り込んでいる人物に声をかける。暗がりで顔まではわからないが、先程の声からすると子供か女性だろう。

「大丈夫か?怪我はないか?」

怪我の有無を真っ先に確認する。

ティアフェル > 「……………」

 ぼんやりと、焦点の定まらない目。ただ黙って暗がりに蹲り、夜空の星を映していた。
 何をするでもなく、何をする気にもならず、しばし幽鬼さながら。
 夜の冷たい闇の中に同化したような血みどろ女。
 幽かな夜光にその姿が見えたら、それこそ亡霊にでも見間違えられそうだったが。
 
 ゆらり。
 一連の騒ぎを聞きつけて、こちらへ近づく足音と……掛けられる声に反応して緩慢に顔を向け。

「………ん……?」

 光の失せていた双眸が聞き覚えのあるような声とシルエットにぱたり、と瞬く。

「……あれえ? なーに、あなた……前会ったよねえ?」

 薄い薄い僅かな夜光の中、目を凝らして一度見た顔だ、と認識すると、不意にへら、と崩した表情で笑いかけるが。
 血みどろなのは微塵も変化なしなので不気味なだけかもしれない。

ヴァン > 人影からはしばらく声が聞こえなかった。
座ったまま意識を失っているのかと訝しみながら近づく。
男の足音に反応したか、ゆっくりと顔が向けられるとどこかで見覚えのある顔だった。

「君は……確か前、メグメールの森で」

数か月前に森で罠にはまっていた姿を思い出す。
少し反応が遅い。顔色を見ながら、異常がないかを読み取ろうとした。

「あぁ、前に会った。ヴァンだ。えーと………………ティアフェル、だったか?怪我は?爪とか牙とか……」

近づくと傍らに膝をついて、手足に傷がないかを確認する。
血みどろの姿には顔を顰め、ハンカチを取り出して渡す。まずは拭った方がいいだろう。

ティアフェル >  顔と云わず髪と云わず、着衣も何もかも犬の返り血と咬み傷で血だらけ。
 元の衣服の色くらいは分かるが、それにしても街中でここまで血染めな奴もそうそういまい、という不吉極まりない風体。
 そんな朱色に染まった中で、存外能天気にしかしどこか目が笑い切れていないような顔をそちらへ向け。

「ぁー、あーうんうん。そうそう。いつぞやはどうも。お世話になりまして……そう、そーよ、ヴァン、って云ってたね。
 久し振り、こんばんはヴァンさん。………怪我……ああ……」

 何気なさを装うがどこか声に力の入らない、少し気の抜けた応答をしながら座り込んだままそちらを見上げ。
 負傷の有無を確認されては、そこで思い出したかのように肯き。

「………足かな。がぶっと。……そういや、痛いわ。すごく……痛い……治さなきゃね……」

 自覚すると余計に痛みが増してくるようでずきずきとじゅくじゅくと肉を食いちぎられた痛みにまだ血の固まらず流れる右脹脛を抑え。
 差し出されたハンカチには『汚れるから。血のシミは取れないから』と首を振る。

ヴァン > ようやく目が慣れてきたか、だいぶダメージが大きそうな姿を認める。
逃げるなり何なりできなかったのだろうかと考えつつ、目を細めてよく見ようとする。
脚に咬傷を認めるとあ、と声が漏れた。見たくないものを見つけてしまった声。

「……助けが必要か?自分でなんとかするか?回復だけじゃなくて解毒魔法もかけた方がいい」

以前はヒーラーとしか聞いていなかったからか、回復魔法の使い手だと勘違いして伝える。
目の前の彼女はもう少し明るいというか、快活だった印象がある。
狂犬との戦いで気が動転しているのか、ショックを受けているのか。ハンカチはとりあえず手元に戻す。

少女の返答を待つ間、犬の躯を観察する。典型的な狂犬だ。足ならば発症するまでに猶予がある。

「一応、回復魔法の類はそれなりに使える。君が嫌でなければ治療をしようと思うが」

ティアフェル >  犬の咬み傷程度、自分でどうにかできる、と高を括っているのか気力がないのか。
 いつもならばとっとと回復させてしまうのだが、やる気のなさそうな顔をぼうー、と己の脚に向けるが。
 痛みには敵わず顔を顰め。

「助け……そうねぇ……じゃあ、この仔生き返らせてあげてくれない?」

 へら、とまた崩した表情で先に狂犬の餌食となった掌に収まる程度の小さな猫の遺骸を差し出すように掬い上げて、到底無理な願いを口にする。

 しかし、無論本気でもなく。なんてね、と怠惰に肩を竦めると。
 息絶えた仔猫は膝に乗せて。

「………今はなにもやる気がしないの。たまには人様の回復魔法を頼りにしてみたいわ。
 できるならお願いしてもいいかな?」

 どうした訳か何をするのも酷く億劫。殺した犬の呪いだろうか、なんて自嘲気味に零しては、抉れたような牙の容に割れた咬み傷を負った右足を裾を少しめくって差し出しながら請うた。

ヴァン > 気力がないのはあまり良い状態ではない。
平民地区の大通りならともかく、こんな裏路地にいては犯罪をはじめ格好の獲物だ。
生き返らせて、の問いにはゆるく頭を振る。高位の司祭ですら困難な御業だ。

「わかった。少し痛むが我慢してくれ」

男が何事か呟くと、首からさげていた聖印が青白い光を帯びる。
懐からスキットルを取り出して一口含むと、右手にふっと吹きかけた。
匂いからしておそらくアルコールの一種だが、何故直接手にふりかけなかったのかはわからない。
呪文のようなものを呟きつつ、聖印と同じようにほの光る右手を患部に押し当てる。アルコールが傷口に染みる痛みと、別種の痛み。
解毒の魔法と、少女の回復力を引き出す魔法。成長痛のような痛みが十秒ほど足を支配したが、やがて引いていく

「これで大丈夫だ。狂犬病の心配もない。噛まれたのが足だったのが不幸中の幸いか」

少女の体調を慮りながら、肩を貸すべきか背負った方が良いかを考え、口にする。
しばらくここで休むのも一つの選択肢といえるだろう。

ティアフェル >  自分を襲った野良犬を殺してその血に塗れた程度でこうも無気力になるなんて、と自分でも理解の及ばない心境の中、冷たくなって硬く硬直していく仔猫に首を振る様子に。
 小さく、仄かに得心したような息を漏らして。だよね、ごめんね、と猫にか彼にか呟いて。
 小さな小さな遺骸を撫でた。

「……大丈夫」

 咬まれた以上に痛い思いもないだろう、とその言葉に首を縦にして大人しく座り込んだまま、しばし動かず彼の挙措を見守っていれば。
 アルコールを含ませた手が咬み傷に触れると、剝き出しの赤い肉に沁みる刺すような感覚に、片目を歪めて、堪えるように唇を噛みしめた。
 ――その回復魔法は青い光で傷口を癒してくれた。痛みを先に取り去り暖色の光を生む己とはまた、別の法だ。
 思わず目を奪われたように施術を眺め。あまり真剣に見入っていたものだから、声を掛けられてから反応するまで一拍遅れる。

「え、あ、あ……うん、ほんとう。もう痛く、ない。ありがとう。助かったし、きれいな青い、光……」

 まだ少しだけ、茫洋感の残る声だったが。
 ふる。ふる、と気を取り直すように首を振ると。

「だいじょーぶっ。このっくらいでへたばってちゃ冒険なんてできないわ。
 わたしはもう平気だから……この仔……助けてあげられなかったけど、弔ってあげたいの。
 乗りかかった船だと思ってもう少し手伝ってくれないかしら? ……あ、もちろん…忙しく……なければ」

 もう啼かない猫を抱いてすく、と立ち上がると助力を請えないか首をかしげて。