2020/09/19 のログ
■フィリ > これで、身の丈2mはあろうかという素敵威丈夫や…異母姉が大好きな、筋肉満載の豪傑か何かであったなら。間違い無く強さを見て取る事が出来たものの。
残念ながら今の少女に、目には見えない裏側までを察知する程の、経験値は存在していなかった。
従って目の前に立ちはだかった相手。それはあくまでも、メイドさんにしか見えないのである。
自分自身の事を棚の上へと放り上げ、こんな所に一人で大丈夫なのだろうかと。そう心配したくなる程に。
いや、まだ現在位置を把握しきっておらず。どれだけ物騒な地域に足を踏み入れつつあるかも、未だ感知はしていないのだから。
正確にお互いの立場を理解し、心配出来ている訳ではないだろう。
何となく。漠然と。それこそ先程足音で驚かされたように。目に見えない不安が、見えない所からじわじわと迫りつつあるような。
酷く漠然とした、一帯に漂う空気感のような物をだけ。肌で感じている程度だった。
「――、っ、す…っ、ふ、 …ふ―― 、ぁ、の。…ぁ――ぉ、ぉ姉様、は…」
流石に、ただじっと、黙ったままでは。何もはじまらない事くらい。最近は理解しつつある。
薄っぺらな胸元に掌をあてて、幾度かの深呼吸で無理矢理に、口から飛び出してきそうな心臓を押さえ込めば。
それはもう恐る恐る。外観幾らか年上に見える、即ち、ずっと年長者なのだろうその女性へと。問い掛けようとするのだが…
「――――!」
行動を起こすのは、女性の方が早かった。
何処からともなく現れる筆記具は。先日叔母が見せてくれたような、空間をどうこうする魔術に違い無い。
驚いてしまっているその内に。すらすらと書き連ねられた一文が、目の前へと差し出された。
貧民区。記憶に薄い言葉に、かくんと首を傾げたままで。数瞬思案したものの……やがて。ゆっくりと、表情が変化し始める。
聞き覚えの無いのは、それこそ、近付く機会が無かったからだ。物騒だから、危険だから、踏み入らない方が良いと。聴かされていたからだ。
どこでどう道を間違えた結果なのか、そんな不穏当極まる場所へと、踏み込みつつあったという事と。
ならば当然この場所も、決して安全ではないのだろうという事に気が付かされた少女の顔は。
緊張故の紅さが目減りして白くなり、次いで、青ざめた物へと変わっていく。
どうしよう。今直ぐくるりと踵を返し、反対方向へ歩き出せば良いのだろうか。
いや、逆方向も安全とは限らない。真っ直ぐ進めば良いという物でもない。
やっぱりどうにか高い所から、視界を確保するしかないのだろうか。
だが、何処へどう向かったのなら、そんな場所に出る事が出来るのかも。見当が付かない。
…勿論。忠告を無視して突っ切るなど論外だ。
ぐるぐると頭の中を、幾つもの選択肢と、それ等に対する否定とが駆け巡り。熾烈な争いが繰り広げられる。
あわ、あわ、と首を振っては唇を噛み。両手を握ったり開いたり。右へ左へ視界を巡らせては、今度は女性の顔を何度も見上げて覗き込む。
落ち着く事が出来ないのだろう。微かに、だが忙しなく、踵や爪先が浮いては落ちるを繰り返して、踏み出そうにも踏み出せない、そんな足取り。
それはもう典型的な。動転してパニックに陥った者の有り様だった。
■リヤン > メイドさんである、ホワイトプリム装備で、上から下までちゃんとしたものである。仕事用の服装としてのそれは、性的な物を覆い隠す様に、確りと長袖ロングスカート、白いエプロンドレス。指の先から二の腕までしっかりと保護されている白い手袋。靴は頑丈なのは、見て取れるだろう。
そして、胸元に一点、きらりと輝くブローチがしゃれっ気を出してるという程度か。どこまでも実用的で、色気のないメイド服であった。
なので、少女の心配も又、仕方ないのだろう。
こんなメイドさんが、元剣闘士で、殴った蹴ったが大得意だなんて。
だからこそ、目の前の少女は恐怖を覚えないで、相対できているという事なのかもしれない、それは幸運か、不運なのかは。さておいて。
「―――――。」
何かを質問をしようとしている、彼女のペースは、正直に言ってとろいといって良いのだろうけれど、ただ、只。
ただ、タイミングが悪かった。
自分も質問を彼女にぶつける最中だったのだ、声が出ないからこその、筆談と言う手段で。
そして、彼女が、自分の文字を見て、内容を理解したとたんに、変わった。
か細い声が、か弱い表情が、目に見えて蒼く、白く、それはもう幽霊のような、青白さ。
理解していなかったらしい、自分のいるところを。
理解してしまったらしい、自分が何処にいるかを。
そして、今向かって居る方向が、どのような場所なのかを。
幼子のように、今にも泣きそうな様子で少女は慌てだす。
ただ、叫んだり騒いだりせずにその場で落ち崩れてしまいそうな、そんな迷い方。
メイドはしばらく眺めたのちに、メモをまくり、新たなページに質問を書く。
『迷子なら、判るところまで、案内する?』
流石に、今の状態の少女を放置して帰るのは、この女にしても、座りが悪い。
大丈夫、と言うなら早々見捨てて帰るが。
■フィリ > メイドさん。引っ越し前は頻繁に見ていたので馴染みが有る。この女性も、同じような格好だ。…もう少し上等なのだろうか、身に着けた物からは、何か不思議な力を感じるのだけれど。
飾り気こそブローチ程度と少ないが。その飾りに、メイド服に、魔力のような物が通っているなら、多分そちらが本命なのだろう。漠然と理解する。
特にブローチの方は、なかなかの力が詰め込まれているようで…似たような物を知っていた。
ただ、衣服に籠もる力というと、必然、身を護るような物ばかりが思い浮かんで。女性の本質には気がつける由もない。
というか、箱入り娘な少女にとって。年頃の若い女性が、そういった格好で、腕を振り上げ殴ったり…スカート諸共脚を跳ね上げ蹴りつけたり。とてもとても想像出来なかった。
もしも相手の実力を見て取る事が出来ていたのなら。ここまで、大慌てする事はなかったのかもしれないが。
「――ぁ。ぅ。ぁぅ、ぇ――と ……も、もぅしわ、け…」
魔が悪い。どうしても一拍、二拍、発言までに間の空いてしまう少女は。頻繁にこうして、返答のなさそうだと決め込んだ相手と被ってしまう。
その上今回の場合。筆談という手段を選ぶ女性に、発話が出来無い事を察してしまうので。
こちらが率先して会話をリードしきれない事が、ますます申し訳なさに繋がってしまう。
上手い事、早い内、謝らねばと思うのだが。それを侭成らなくさせるのは、現状把握に伴う混乱だろう。
危険な場所。物騒な無法地帯。そう聞かされてきた事を思い出してしまえば。
肌に感じる不穏な気配も、ひょっとして――良からぬ者達の視線ではないか。今にもならず者が姿を現し、二人の少女を連れ去ろうとするのではないか。
或いは、ひょいと何の気無しに覗き込んでしまった路地裏で。怪しい商売、危ない取引…目に毒だろう淫らな行為。そんな事達が繰り広げられているのではないか。
なまじ普段考え事に頭の回る分。後から後から、不穏当な可能性ばかりが次々、想定されてしまう。
肥大化していく妄想が脳味噌に詰め込まれれば。ますます頭でっかちが加速して。歩く事すら侭成らなくなりそうだったから。
方角と方向性を示すように、差し出された女性の掌に、其処へ乗せられた紙片の言葉は。…心底、救われるものだった。
「――、…よろしぃの、ですか? …それでしたら、その……そぅですね、よろしく、出来ればと……思われ、ます…」
地獄に仏。きっと、こういう事を言うに違いない。
彼女の実力には気付かなくとも、一人より二人、たった一人取り残された訳ではないというだけで、色々と気が楽になる。
矢張り、おずおず。それでも、少女の方から手を伸ばし。両の掌で包み込むように、差し出されたその手を押し抱く。
■リヤン > 服装に関しては、完全にメイド服、素材に関してはミスリル銀など、ふんだんに使われていて、その服一枚幾らするよと言うレベルになっている。鎧に見えない鎧のようなものであるから当然と言えば当然。
ブローチには、主と同じ物―――魔力を貯める力のある宝玉がはめられていて、緊急時にはそこから魔力を使い、主と共に安全な場所へと移動する為の物。
物珍しそうに見られているので、メイドが珍しいのだろうか、と思ってしまう女。思考を読む力があれど、それを濫用しないのは主からの戒め故に。
彼女の想像できないことを、つい先ほど行ってきたのが、このメイドである。チンピラ数人絡んできたので、殴って蹴って使用不能にしてきた。何を、とは言わないが。
「―――?」
メイドは、瞳を閉じたまま、コトン、と首を傾いで見せた。なぜ彼女から謝罪の言葉が出てくるのかが理解できない。何かしただろうか、何もしてない。
じゃあ、彼女は何に対して謝っているのか、自分に何か不快なことをしたのだろうか?された記憶がない。
コミュニケーション能力の欠如と理解しきれないメイドもやはり、コミュニケーション能力は高くはないのだった。
とは言えども、メモを見せたまま、しばらく様子を見ている、とても、混乱しているようで、困っているようで、判断を付けられないようで。
あわあわわたわたしている様子の彼女の前に立ち尽くす。
二枚目のメモを見て、彼女の顔色が華やかになった気がした、気の所為かもしれないが。ただ、光明を見つけたように見える。
『構いません、人助けであれば主も否やは言わないでしょう。どちらへ向かう積りで?』
人助けをしている間に主が害されたというなら頭を抱えるが―――主の周りには有能な護衛が何人もいる。
故に小さな女の子一人見捨てて帰るという方が物笑いになるだろうと判断、こくり、とうなづいて見せて、彼女の小さな手が己の手を包み込む。
そっと手袋で包まれた手で握って見せて、彼女の目的地を訪ねるのだ。
無論。良からぬ気配を持って近づいてこようとする存在には、言葉もなく、牽制はする。
少女の素知らぬ場所で。
■フィリ > もし、彼女のしてきた事を知ったのなら。呆然となってしまうのかもしれない。
実際に現場を直視などしてしまえば、いっそその場で卒倒しかねない。…荒事は、血を見るのは怖かった。
恐怖の中には幾割か。万一の事態に陥った際、自らの力が暴発する危険性や。それが、例え相手が害意のある者だったとしても、どんな目に遭わせるかも知れない事。それ等への不安もあった筈。
幸い、既にそれが行われたという事は。彼女の歩んできた方向、即ち行かない方が良いと言われた方角での出来事なのだろうから。
案内に身を任せる事にした少女が、未だに男達が転がり、悶絶している現場を目にする事はないだろう。
手を繋ぐ。シルクのように滑らかだが、生物由来の生地よりも、どこかひんやりとした手触りは。
いかなる技法か、糸程にも細く細く引き延ばされた、金属によるものなのだろう。
普通に触れるだけなら、やや冷たく感じるのかもしれないそれも。動転して興奮し、体温の上がった今は心地良い。
丁度、熱が出た時…誰かが額に手を中ててくれたなら。その冷たさが気持ち良く感じるのに程近かった。
そんな温度と、何より、手を繋いでくれる誰かが、傍らに居てくれるという事実で。やっと、落ち着きを取り戻しつつ。
「――…ぅ、ん……んん……――――?」
首を傾げられ。こちらも同じく傾げてしまう。
何につけ謝罪が先に出てしまう人間というのは、良く居る者で。少女もその一人。いっそ、何故不思議がるのか、それが不思議といわんばかり。
ただ、お互いに対人知覚に難を抱えているから、なのだろう。上手い事無難な形で、自らの疑問を口にする事は出来ず。
結局不思議さを胸の奥へと抱えたまま、一先ず此処から離れるのを優先する事となる。
「――は…ぃ、それでしたら…富裕地区の、大通りまで――ぉ願ぃ、ぃたします。
其方まで辿り着けましたら。ちゃんと、目的地への道程も判るの――です…」
(見慣れた所にさえ出たのなら。大丈夫だ、そう思う。幾ら何でも生活区域ならば迷いはしないだろうと。
それに、少なくとも…へばり付いてくるような、肌を舐り回されるような、違和感。それから逃れる事は出来るはずだから。
矢張り、おっかなびっくり、そんな気配は消えないものの。少しだけ気を緩め、許しながら。女性と共に歩み出す。
――尚勿論の事ながら。不穏な気配は錯覚ではなく。貧民区に潜んだ不埒な輩が、若い二人の少女達へと、実際に向ける眼差しだろう。
それ等からも護られている事には、気がつけないまま…気配が追ってくる事もなくなる頃に。ほつほつ、一言、二言ずつではあれ。僅かな会話を試み始めるだろう少女。
一方に声は無く、もう一方の声もか細く。秘め事よりも密やかな声音と共に、無事、区域を脱する事が出来たなら。
その先で、名前くらいはお互い、明かし合う事になるだろう。
主人に仕えるメイドである、という彼女の立場を考えたなら。きっと、今度はこの辺りででも。出逢う機会が有るはずだ、そう考えて――。
■リヤン > 知らぬことが良い事と言うのは、世の中には往々に有る物で、少女が知り得なかったこともそのうちに入る事柄になる。
実際の現場に行けば屹度チンピラたちが股間を抑えて涙を流し転がるという地獄絵図顔面はぼこぼこで鼻血は出ているだろう。
だから、彼女の心の平穏の為にも、知られない方が良いのだという事になる。
其処から遠ざけるようにこれから彼女を連れて去るのだし。
柔らかな手袋は、細い細い、クモの糸のように細く伸ばしたミスリル銀を編んで作り上げた特注の手袋、滑らかな感触と、魔力をよく通す手袋だが、人肌で温めていれば温かくもなる。
自分の手をしっかりとつなぐ小さな手は、儚く壊れてしまいそうな感じがする。その存在の大きさとアンバランスに。
子供のような、そんな感じを覚えつつ、女は先導するように、彼女の歩幅を図りつつ歩き始めた。
自分も身長が高いわけではないがそれよりも一回り小さいのだ、歩幅などはさらに小さくなるのだと理解するから。
そもそもの話、メイドは言葉を放てないので疑問を口にすることはない。引き絞られている唇は、何も言おうとはしないから。
メモを書くことを厭うと、もう、メイドに意思表示の手段は、其れこそ、殆どなくなるのであった。
そして、その疑問、彼女は飲み込んだが、此方はもっとひどかった。
(まあ、いいか。)
と、気にするのを止める、その程度の認識でしかなかったのだった。
『冨福地区、大通り。それなら問題はない、私も屋敷に戻らなければならないから。』
仲間からの連絡があった。
主はもう、家に戻るらしい、自分が露払いしたからか、それとも別の要因か。問題はなく挨拶周りは終わった模様。
なので、自分も戻るように、と仲間から魔法での連絡があった。
それなら、彼女に付き合って、戻るのも問題はないと、一応仲間に少女を拾ったこと、彼女を家に送って帰る事を伝え置く。
流石に冨福地区となると、何処かのお嬢様の可能性が高くなる。
それは―――主の利にも為ろうから。
打算を胸に、メイドは少女と共に歩いて戻ろう、喋るのは少女、うなづくのはメイド。
そんな、一方通行のような、会話を続けながら。
二人はこの場所を去っていき、家にまで送ってから、メイドは己の屋敷に戻るのだった―――。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」からフィリさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」からリヤンさんが去りました。