2019/09/14 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区2 路地裏」にシヴィさんが現れました。
シヴィ > 此処は何処だろう。分からない。とても汚い。暗い。冷たい。
それでもマシ。『どれいいちば』と言う所より全然マシ。
何処に逃げてもどんなに抵抗しても、必ず見つけ出されて連れ戻されてしまうけれど。
それでも。それでも。シヴィは少しでもアソコには居たくない―――。

――――少女は。狭い路地裏に躰を丸めて縮こまる。
逃げる。隠れる。息を潜める。お決まりの行動パターンだ。

夜毎風が少しずつ冷たくなってきている。
素足で外を歩くのにももっと辛くなってくるだろう。
襤褸布のような汚れたワンピースでは防寒代わりにもならないが、他に着るものがないのだから仕方ない。
…と、少女は自分自身に言い聞かせつつ。
せめて自分の体温で温まろう、と。

耳をぱたんと。尻尾をくるりと。
出来るだけ躰を丸めて。
少女は縮こまった儘。
ただただ只管時が過ぎるのを待っている。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区2 路地裏」にスイさんが現れました。
スイ > すた、すた、すた……。
尋常の王都市民であれば決して自ずから立ち入らないであろう闇夜の路地裏に、ひとつの足音が入ってくる。
戸惑いを感じさせない一定のリズムで、シヴィの方に向かって来る。真っ暗闇の中なのに光源すら持っていない。
道端に縮こまる少女の姿には普通だったら気付かないだろう。
しかし彼女の前を行き過ぎようとしたところで、来訪者の足音はふと止まる。

「…………おや?」

女の声がかかる。
もしこの闇のなかで来訪者の姿がシヴィに見えるのであれば、そこにいるのはシヴィと近い背丈の少女。
狐と猫の違いこそあるが、獣の相を宿した姿はミレー族にも見えるかもしれない。
小綺麗な布で繕われたシェンヤン風のドレスを身にまとい、少なくとも浮浪者や奴隷には見えるまい。

「……こどもがひとり、こんな寒々しいところで何をしておる? 家なしかぇ?」

狐耳の来訪者――スイの側からは、身を潜めるシヴィの存在が見えているようで。
柔和な印象を抱かせるおっとりとした声がかけられる。

シヴィ > 誰も来ませんように。誰も来ませんように。誰も来ませんように。
少女はいつも祈る。祈る神など居やしないのに、誰かに何かに祈りながら待つ。
嗚呼けれど、そう強く思えば思う程、いつだって誰もシヴィの祈りを聞いてくれない。

「……っ」

誰か来る。此方に来る。すたすた、すたすた、真っ直ぐに。
俯いていた少女の顔がびくりとすくみ上がる。
そのまま生まれたての小動物のようにカタカタ震え出すのだが、
もしかしたら。もしかしたらただ通り過ぎるだけかもしれないと、
一縷の望みを掛けて少女は只管息を殺した。

足音が止まりませんように。
声を掛けられませんように。

「―――ひっ」

常にそんな感じだから、少女の必死な願いとは裏腹な結果になると、決まって怯えた声が出てしまう。
少女にもっと冷静な判断力があったなら、彼女の柔和さに気付いて多少は怯えも収まっただろうに。

「…っ、っ、な、な、なんで、なんで、なんで…っ」

何故、こんなにあっさりバレたのか。
息を潜めていたのに。気配を殺していたのに。暗闇に隠れていたのに。
怯えたまま声は、耳は、躰は、今にも泣きそうに震え。

スイ > ――スイにできる限りで優しい声色を『作った』つもりなのに。道端の少女は怯えきっている。
まぁ彼女の境遇を考えれば致し方のない反応だろう。
スイはやや自嘲気味にクスッと小さな笑い声を漏らすと、咳払いをして気持ちを正して。

「………大丈夫、大丈夫だよ。吾輩はお前さんに何も危害を加えるつもりはないから。
 おちついて、おちついて……大丈夫……」

先程以上にゆっくりと、優しく、甘い声色で。見た目は子供なのに、妙に大人びたイントネーションで。
今いる立ち位置から近づきも離れもしないまま、座り込むシヴィを覗き込むような体勢で語りかける。

「吾輩はスイ、ただの冒険者じゃ。
 今ちょうど冒険の帰りでね、近道にこの道を通ったら、お前さんに出くわしたというわけよ。
 ……お前さんは、見たところ奴隷かね? どこかから逃げ出してきた?」

互いの姿の詳細すら掴めないほどの暗闇なのに、スイにはまるでシヴィを戒める手枷足枷までもが見えているよう。
スイはそんなみじめな姿のシヴィを憐れむような声で問いただす。

「……なに。もしそうだったとしても、奴隷の逃亡を許してしまうような管理の杜撰さのほうにこそ問題がある。
 お前さんをここで見かけたことは誰にも言わないよ。だから、そう怯えないでおくれや。
 ……もしかして、腹減ってるのかぇ? なにかやろうか?」

なおも猫撫で声めいた甘い口調を続けながら、スイはシヴィを見下ろしつつ己の鞄をごそごそ弄りだす。

シヴィ > 「…っ。……っ。―――…?」

彼女のどんな仕草も声も、少女にはただただ恐ろしかった。
が、幾ら待てども彼女はこれ以上此方に近づく事はなく、
かといって遠のくことも無い距離のまま。
優しく優しく声を掛け続けてくれるものだから、
流石の少女も徐々に落ち着きを取り戻す事が叶うだろう。

とはいえぺしゃんと項垂れた耳は変わらず、今なお怯えがちにそろそろと、
おっかなびっくりな様子で貌を上げてはみるのだが。

「―――っぼ…ぼう、けん、しゃ」

彼女の言葉を一言ずつ拾う。帰り。近道。出くわした。
つまりはこの場所を通ったのは偶然であり、自分に危害を加えるつもりはないと。
足りない頭でかろうじてそこまで理解が及ぶと、縮こまっていた躰を少しずつ少しずつ、
時間を掛けて強張りを解かし、膝を抱えた手を解き、地べたに両脚と両手をつけて。

「…っい…い…いわない?言わない?連れもどさない?―――ひィっ!」

甘い口調に誘われるように、彼女と目を合わせようとするけれど。
肩に提げている鞄の中身を弄り出す仕草に再び怯えてしまった少女。
文字通り飛び上がって後ずさり、汚れて悪臭の臭うゴミ箱の陰に隠れようとするのだった。

スイ > 「……そう、冒険者。今日の仕事は近隣の農地を荒らす害獣どもの駆除だったよ。
 収穫間近の作物を荒らされたんじゃ溜まったもんじゃないからの……農家にとっても、我々市民にとってもな。
 とはいえ、野原をかけずり回ること数時間、戦うのは数分……つまらん仕事だよ」

鞄を探りながら、スイは半ば愚痴るように己の冒険者としての稼業を語って聞かせる。
……こんなことを言っていながら、スイは今、肩から下げる鞄以外の装備品を帯びていない。
武器に見える道具も、防具と呼べる装備品も、一切ない。その装いは近所へのお出かけ程度の軽装にしか見えない。
もっとも、この闇夜のなかで見えていればこそ分かるコトではあろうけれど。

「……っと。すまん、今食べ物これしかなかったわ。こんなんでよければ、食べるかね?
 ええと………」

やがてスイは小さな鞄からなおのこと小さな固形物を取り出し、しゃがみ込む。
未だ警戒心を解かず怯えきって震えているシヴィから距離を保ちつつ、それでいてしっかり彼女のほうを見据えながら。
そっと彼女のほうに向けて食べ物を差し出し、取りに来るのを待っている。

「……もしよければ、お前さんの名前を聞かせておくれ?
 それと、済まないね。今持ってる食べ物が『堅パン』しかなかったんよ。
 腹は膨れるが、水なしだとちょいと食べるのに難儀するかもしれん。それでもよければ……」

スイが差し出しているのは、ビスケット大の焼き菓子。
しかしそれは恐ろしいまでに硬く堅く焼き固められたもので、乾いた状態では割るのにハンマーが必要なほど。
その分ちゃんと食べられれば腹は膨れる。これ1枚でシヴィ程度の体格であれば1日は持つだろう。
いわゆる冒険者向けの行軍糧食である。……シヴィは興味を示してくれるだろうか?

シヴィ > 「……?……??」

まるで人語を理解していない動物のように、少女は物陰から、正確にはゴミ箱の陰から、
稼業を語る彼女の言っていることがまるで分かっていない様子で頸を傾げ。
結果的に、ゴミ箱から貌を覗かせるかたちで彼女と、彼女の手元を交互に見やる。
その手に持つのが食べ物である、と。少女が理解した瞬間。

――――ぐぎゅるるるるるるるるるr…

…流石に少女もちょっとばかし恥じらってしまったくらいに。
口答で答えるより早く、盛大な腹の虫が雄弁に物語ったのだった。
やがてどんなに硬かろうが罠だろうが空腹には耐えられぬ、とでも少女が思ったか定かではないが。
観念したように四つん這いで這うような進み方で慎重に、慎重に彼女の傍へと近づいていくだろう。

「………………………シヴィ」

其の名を教えるのがせめてもの礼、と言わんばかりに。
無事に焼き菓子が少女の手元に渡った時に、少女は自身の名を告げる。
きっとその時漸くまともに、少女は、彼女の美しい緑色の眸を間近で、真正面からかち合う事となる。
受け取ったら受け取ったで、またじりじりと警戒心たっぷりに後退するのだろうが。

スイ > 「……くふふ。腹の虫が鳴っとるのがこの距離でも聞こえとるぞ。遠慮なく食うがいいさ。
 ああ……うん。歯の丈夫さに自信があるなら、だけどな」

この距離であれば、見えなくても焼き菓子特有の香ばしい匂いが届くはずだ。
効果は覿面、愛らしい腹の虫の鳴き声が向こうから聞こえてくる。思わずスイの顔もニコリとほころぶ。
そしてやがて、獣めいた四足歩行でじりじりと寄ってきて、差し出した堅パンが取られる。
……己の名を名乗りながら。

「ふふ。なるほど、シヴィというのかえ。可愛らしい名だねぇ……」

なおもニコニコと柔和な笑みを浮かべながら、後退していく様を眺めるスイ。
――その口角がつかの間、くいと釣りあがる。ビンゴ、と心のなかでガッツポーズを取る。

スイの翡翠色の瞳には、離れていくシヴィの姿もよく見えている。それどころか、この区画に入った時から存在は検知していた。
こんな閑静な路地で『熱源』がただひとり身を潜めていれば、それが逃げ出した奴隷である可能性は高かった。
いま名前を聞いたことで、90%程度の見込みが100%の確信に変わる。この少女こそが『捜索対象』の逃亡奴隷なのだ。
……そう、スイは初めからシヴィを探しにこの裏路地に来たのだ。依頼者は匿名の小太りの中年男性。
偶然通りかかったというのも、冒険の帰りだというのも真っ赤なウソなのだ。

だからといってもちろん、即座に捕縛にかかるようなことはせず。
もう少し、この可愛らしい逃亡奴隷の所作を眺めていようと……。

「ほれ、シヴィとやら。腹が減っとるなら食べるといい。吾輩も食べる」

言うとスイはその場でまた鞄を探り、もう一枚同じサイズの焼き菓子を取り出す。
それを丸のまま口元に運び、がっちりと噛みしめる。ふぅっ、と気合を込めて顎に力を込める。
やがて、バキンッ! …と乾いた破砕音が路地に響く。
推奨される食べ方ではないが、スイは歯の頑丈さには自信があるのだ。水なしでも半分くらいなら平気で食える。

「……食えるかぇ?」

シヴィ > 警戒心が全くなくなったわけではないけれど、彼女から自身への『無害』を感じた少女は、
少なくとも怯えの色が大分薄くなっているのが分かるだろう。
或いは、パンから漂う香ばしい匂いに少女の意識が彼女から逸れた、と言うのもあるだろうが。

彼女から充分距離をとったところで、碧眼の眸を自身の手元に落とす。
奴隷として出される食事など、大体が吐瀉物のような柔らかい食べ物ばかりであったので、
逆に『硬い食べ物』には縁が無い少女は、齧る前にまじまじと堅パンを見つめ。
彼女がお手本とばかりにもう一つの焼き菓子を噛み砕くのを見てから、
少女も倣って端っこを齧ってみる。ものの。

「~~~~っっ…!」

硬い。物凄く硬い。
少女はミレー族ではあるが、少女自身の力が首輪によって子宮に流れてしまっている今、
ただの人間の子供並に力が弱い今の少女では、到底彼女のように噛み砕く事が出来ない。
食えるかと問うその答えには、パンの端を咥え込んだまま緩く首を横に振るだけである。

―――こんなに香ばしい匂いがするのに。
がじがじと諦め悪く表面だけでも削り取ろうと努力するのだが、成果は虚しくなるばかり。

スイ > ばり、ぼり。犬歯で砕き小さな破片にした焼き菓子を、奥歯でさらに咀嚼していく。
文字通りまったく歯が立たずに苦戦しているシヴィをじっと見据えながら、どこか煽るように。

「………くふふ、やっぱり無理なようだね。すまないねシヴィ、意地悪してしまったようで。
 じゃが、いま吾輩が持ってる食い物がコレだけで、水の持ち合わせもなかったんでな。許しておくれよ。
 ……そうだ、こういうのはどうかね?」

十分に噛み砕いた焼き菓子を嚥下すると、またもう一口ガリッと割り砕いて口に含む。
それを同様に咀嚼しながら、スイははじめて、シヴィの方へと己から身を寄せていく。
足音僅かに、それでいてニンジャめいて素早い身のこなしで、ゴミ溜まりめいた路地の壁際にシヴィを追い詰めるように。
いわゆる壁ドンめいて手を壁に伸ばし、さらに囲い込む。

「口移しなら、弱っとる奴隷のシヴィでも食えるだろ? ほれ……」

淀みない動きでぐっと身体を寄せ、抱きかかえ、唇を重ねようとする。
ここまでずっと距離を保ち続けてたところからいきなり接近したんで、面食らうところもあるだろう。
それでも決してシヴィにとって回避不能な動きというわけではないはずだ。

もしスイの唇を受け入れてくれるなら、よく噛み砕かれたビスケットが舌に押されてシヴィの口へと受け渡されるだろう。
小麦粉とバターの香り香ばしく、ねっとりと重く、栄養を感じさせる味わい。