2016/06/04 のログ
チェシャ=ベルベット > 「ご挨拶だな、吸血鬼」

ふんと不機嫌そうに鼻を鳴らして姿を変えた襲撃者を一瞥する。
相手がこれ以上向かってこないことを悟ると、両手の手甲をかき消して警戒を解く。

だが表情は険しいままで、上機嫌な声の相手とは裏腹にこちらは嫌そうな声で応じる。

「主を討ち取り損ねたからせめて従者からとでも考えたのか?
 お生憎様だな、お前ごときに倒される僕じゃない」

大体こうして敵対している相手の前によくもぬけぬけと姿を現すことができたもんだなと皮肉げな視線を突き刺す。

ヴァイル > 「気に入ってくれたみたいだな」

早々に正体を見せた魔族の少年――ヴァイル・グロットは、
チェシャから一定の距離を保ちながら周囲を歩く。

「ファルケを仕留めれば、きさまは本気でおれを憎んでくれるかな、と思ってね。
 ――今夜はその逆を試してみようとしただけだ」

温度のない笑い。
冷ややかな視線と問いには、悪びれた様子もなく受け流す。

「きさまとまともに殺し合おうと思うと至極面倒になることは知っているからね。
 何しろこっちは一人で、きさまらは二人以上だ。
 あの若造とやりあったときは、チェシャがトドメにやってこないか戦々恐々としたものだよ」

わざとらしく眉をひそめ、小さくため息。どこまで真にそう考えているのかは計り知れない。

「……ファルケとは仲良くやりたいと思っているんだがな。
 あいつはおれの何がそんなに気に喰わないんだろうな。
 チェシャ、知らないか?」

つい先程ファルケの従者の命を奪おうとした者のものとは考え難い台詞である。

チェシャ=ベルベット > ヴァイルの予想通り、ファルケが倒された場合の話をされれば
チェシャの金緑の目がぎらぎらと輝き夜の闇の中でも燃え盛るような熱を持ったように見えた。
だがそれ以上口も手も出さず、舌打ちして目を伏せた。

「お前がいかなそこらの雑魚とは違うとしてもあの人を打ち倒せはしまい。
 は、あのお方がわざわざ供を連れねばお前に勝てないとでも?
 僕が出て行けば確かにお前などあっさりと仕留められただろうがそれをあの人は望んでいまい」

ルールや規則などはさして気にしないチェシャではあるし、主人もたぶん卑怯と罵られようと
確実にそうした方がいいと思えばそうするだろう。
ただ、許しもなく主人の領分に手を出すのは忠義に反するし面汚しになりかねないとは思っている。
猫にあるまじき忠誠心。

「さぁ、あの人の御心を僕がはかれるわけがないだろ。
 あの人が気に食わないというのなら、さしたる理由もなくただ気に食わないだけだ。
 もしくはお前の器がお眼鏡にかなうほど大きくもないとか……ありえそうだ。

 仲良くしたい?ファルケ様と?なんの冗談だ、バカバカしい」

腕を組みそっぽを向いて一笑に付す。

ヴァイル > 「大した忠臣だな。おれとは大違いだ」

隠されない敵意も嘲りもどこ吹く風だ。
悪意の申し子たる《夜歩く者》には、そんなものは無意味だとでも言いたげに。

最後の自分の問いに対する答えには、はて、と首をかしげる。

「本気さ。
 彼は人の身にはもったいない、いや、人を踏み外し魔や神の域へと届こうとする魔法使いだ。
 その力に敬意を払わない道理などないさ。
 おれのことを“正しく”使ってくれるというのなら、軍門に下ることすら吝かではないよ」

いつしか小馬鹿にするような笑いはなくなり、声のトーンが一段階下がっていた。
こつ、こつ、とヒールの先端が地面を掘る。

「チェシャよ。なぜきさまはファルケのもとについている。
 彼ならば、誰よりも正しく自らを規定し、最高にしてくれる――
 そう、信じてのことか?」

微かに憂うような眼差しがチェシャを射た。

チェシャ=ベルベット > 「お前が軍門に下る?何かの冗談か?
 お前の願いは既に知っているしそう簡単に諦めることができるものでもないだろう。
 例えばあの人がお前の願いを気に食わないから諦めろと言って、お前はそれを受け入れるのか」

この吸血鬼を”正しく”使うということがどういうことかはチェシャにはとんとわかりかねたが
偉大なる主人ならば”正しい”の意味も使い方も知っているのかもしれないし
気まぐれの一言でヴァイルのすべてを捨てさせることもするだろうと考える。

それこそ”正しく”ファルケのすべてを知ることなど誰もできないのだ。


自分がなぜ主人のもとについているのかと尋ねられれば
これまで毅然としてた表情がやや曇った。
つんけんとしていた態度が戸惑いがちになり、視線が落ち着かなさそうにさまよう。
言うべきか言わざるべきか悩むような仕草。

やがてうっかりすれば聞き逃してしまいそうな小さな声で答えた。

「……別に、…………
 

 ただ、あの人が、あの人の魔法が美しかったから……」

子供が言い訳するようなはっきりしない態度でそう呟いた。
その意味がどういうことであるか果たしてヴァイルに伝わるだろうか。

ヴァイル > 「くどいぞ、チェシャ。
 おれはいつでも真実しか口にしない。
 願いとは呪いだ。従者にとっての、主人もまた同じ。
 願いを果たすことと、願いを捨てることは、何一つ変わりはしないんだ。
 生と死が表裏一体のコインであるようにな」

まっすぐにチェシャを見据えて言い切るその台詞は、
まるで、自らの大願を放棄したがっているようにしか取れない。

問いかけへの返答を耳にして、一度ヴァイルは瞬きをして、視線を逸らした。
悲痛な存在を目の当たりにしたようにも、不意に眩い光を見てしまったようにも見える仕草。
あるいはひどく傷ついたようにも。

「チェシャ。
 きさまは……――」

ぐらり、とヴァイルの身体が揺れて、
ひときわ醜くその相貌が歪む。
彼の愚かさを、責めるように。

「きさまは恋をしているのか、あの男に!
 その献身が、泥に宝石を落とすような、雲に梯子をかけるような――
 無意味で、見返りのないことだと、知っていて?」

胸を抱え、仰け反らせて、金属同士のこすれ合うような哄笑を、路地裏の闇に響かせる。

チェシャ=ベルベット > いつも真実しか口にしないかどうかは知るすべがないから
肩をすくめて適当に相槌を打つ。
願いを果たすのもその途上で願いが潰えるのも捨てるのも同じと言い切るところに
どこか哀れなものを見たような気分がして
いっそ重荷のような願いならさっさと捨ててしまえばいいものをと思いながらも
自分たち従者にそれは許されていないのだと悟る。

突然の大笑いにぎょっとしてチェシャの全身の毛が逆立った。

「恋……?」

ヴァイルの発した言葉の意味がわからないように繰り返し、
わけがわからないというように目を見開いて驚いていた。

「これが、恋なのか?まさか、そんなことはないだろう。
 確かにあの方を慕う心に嘘偽りはないが、恋とはそんなちっぽけな理由で始まるものでもないだろうし……」

まるで自分で自分の言っていることを確かめるように落ち着きがなくそう勝手につぶやく。
チェシャは恋がどんなものか知らなかった。
故にファルケに想う自分の心が恋だとはわからなかったし、自分がそんなものをあの偉大な相手へと向けられるとは思ってもいなかった。

「……お前、僕をからかっているんだろ。
 こんなのが恋のわけないじゃないか!別に見返りが欲しかったわけじゃないし
 ……本当にただ、あの人が目の前で見せてくれたものが美しかっただけで……
 そんなんじゃない!くそ、笑うなよ……っ」

笑い続けるヴァイルにだんだんと腹が立ってきたのか、恥ずかしさと怒りが入り混じった様子で不機嫌になる。

ヴァイル > 「なんだ? 気づいていなかったのかよ。
 そいつは傑作だ。ますます傑作だ! ……」

笑うな、と言われて止める性分ではない。
気品を繕うことはとうになく、ニタニタと更に深く唇を歪める。

「おれの言葉を疑うか。
 ならば次は自分の心を疑う必要があるんじゃあないか?
 あの人がただ美しい。何者でも構わない。見返りなどいらない。ただ、そばに居るだけでいい。
 ……それは、果たして、主人への忠誠のみで成るものか?」

くるり、と踵を返し、背を向ける。

「チェシャ。自分の心と力を正しく理解することだ。
 なぜおれが、これほどきさまに構うかわかるか?
 きさまが自分を理解せず、可能性を閉ざしているのが、どうにも、おれには惜しくてたまらんのだよ……」

笑うことにも飽きたらしく、声は平静としたものに戻っている。
どこかチェシャを諭そうとするようでもあった。

チェシャ=ベルベット > 相手の卑しい笑いに思わず手が出そうになるが我慢する。

「そんなの、当たり前じゃないか……。
 主を持った従者は所詮奴隷で所有物のものだ。
 物が主に対して恋患うなんておかしいだろ……」

言葉は否定しているが先程よりも語気は弱々しい物になっている。
ヴァイルの言葉にぐらつき、自分がひょっとしてそうではないかと勘違いしそうになる。

背を向けたヴァイルに視線が合わなくなるとわかれば途端に威勢をよくして

「なんなんだよ、お前……!
 別に、別に僕は自分のことなんかわからなくていいし、あの人だけが僕のことをわかっていればそれでいいんだ!
 
 うっとおしいんだよ……、ちょっとばかり年食っただけで偉そうな顔して僕に変なことばかり吹き込んで……!
 お前になんか、構われたくない!お前なんかだいっきらいだ!」

ヴァイルの諭すような言葉にも子供のように駄々をこねて反論する。
だがなんとなくこんな言い返し方ではみっともないこともわかっていて
そんな自分が惨めに思えてくるとだんだんと目に涙が浮かんでくる。

最後には吐き捨てるようにその背中に言葉を叩きつけたが同時に息が荒く、涙に濡れた声であることが相手にもわかるだろう。
洟をすすり上げたあとに、もう一度息を吐いていくらか落ち着けた後

「……僕と貴様は敵同士なんだから、もう二度とその面見せるなよ……」

腹の底から冷えるような声で脅しつけると、その場で猫に変じて走りだす。
あばら屋の今にも崩れそうな壁や屋根を器用に伝って逃げるようなスピードで、
ヴァイルを振り返りもせずに負け猫よろしく去っていった。

ご案内:「適当な路地裏」からチェシャ=ベルベットさんが去りました。
ヴァイル > 「いちいち宣言など、要る仲かね。
 きさまが望むのであれば、おれはいつだって敵を演じよう。
 だが、きさまが、おれの敵になるには、少し知らなすぎる……何もかもを」

チェシャの逃げ去るその姿には、もはや一瞥もくれない。

「チェシャ。
 おまえは、まだ何者でもない。
 ……何者でもないんだ」

彼が完全に姿を消すと、失意に陥ったように、目を伏せる。
口元には笑みの形を保ったまま。

「おまえはかつてのおれに似ていると思ったけれど、
 どうやら致命的に違ったところがあるらしい……」

そうして細い身体を揺らしながら、溶けるように闇へと紛れた。

ご案内:「適当な路地裏」からヴァイルさんが去りました。