2016/06/03 のログ
ご案内:「適当な路地裏」にチェシャ=ベルベットさんが現れました。
■チェシャ=ベルベット > 夜も更けた王都の路地裏、家のないものやゴロツキが好んでたむろする地区には人の行き来は殆ど無い。
治安が最悪で物騒な事この上ないから女子供が一人で夜歩くなんて以ての外だ。
だが月明かりの下、そんな常識など忘れたように路地裏の隅で逢瀬する男女の人影が見えた。
一方は商売女と思われるような胸を大きく開けた貸し衣装のドレス、
派手な髪と化粧を古びたストールでわざと隠している。
もう一人は女の背丈よりも幾分小さい人影で、夜の闇溶けるような髪色の小生意気そうな少年だった。
女の方はそこそこの見目であったが隣にいる少年に比べればそこら辺にいる女達と同じぐらいに見えてしまうのが残念ではあった。
まるで恋人へするように抱きついたりちちくりあったりしていたが、やがて別れのキスをねっとりとすると名残惜しげに女のほうが身を離し手を振って去っていった。
軽い愛想笑いを浮かべて少年がそれに応じ、彼女の姿が見えなくなるととたんに不機嫌そうに眉を歪めて道端につばを吐き捨てた。
べったりとついた口元の紅を乱暴に指で拭う。
抱きつかれた際にズボンの裾にねじ込まれたらしいくちゃくちゃの紙幣と幾ばくかの硬貨を取り出す。
きっちり定額が払われているのを確かめると懐にしまい直した。
「ちぇ、退屈だった……。これだからぶよぶよの女は嫌いなんだ」
心底イヤそうに吐き捨て八つ当たりに地面を蹴った。
■チェシャ=ベルベット > 相手の女はこの辺の事情に詳しい娼婦であり、情報屋でもあった。
チェシャはただ単に若いツバメとして遊ばれていたわけではなく、
自分が出せる情報と彼女が出せる情報の交換と取引を行っていたわけだが
どうにも女は自分のことが気に入ったらしく、何くれとなくそうした付き合いを求めてくる。
女にあまり良い経験がないチェシャは、できることなら避けたかったが
付き合えばそれなりに見返りもサービスもつけてくれるわけで仕方なくデートだのなんだのにくっついている。
マグロでも喜んで相手にしてくれるのならばまぁあとは寝ていればことは済むわけで、楽といえば楽な仕事ではあった。
さて、と一息ついて路地裏からチェシャもまた歩き始める。
このまままっすぐ主人のもとに帰ってもいいが、今日はもうすこしブラブラしていたい気分だった。
ご案内:「適当な路地裏」にヴァイルさんが現れました。
■ヴァイル > 少年の意識の死角で、暗がりにまぎれ、打ち捨てられた毛布が動く。
それは毛布ではなく、襤褸のような毛並みの犬だった。
しかし本当は、それは犬ですらない。
刮目する。
死体のような汚らしいなりの下に、鋭い殺意があった。
弾かれたように飛び出し、疾風のようにチェシャの足元へと突撃する。
その突撃は悟ることも避けることも能わず、少年の脚を“持っていく”だろう。
少年が常人であったならば。
■チェシャ=ベルベット > 歩き始めた矢先、黒い影が自分へと飛来しまっすぐに脚へと飛びかかってくるのをチェシャは視覚で捉えきることはできなかった。
が、魔法で隠したミレー族特有の獣の耳と尻尾、幾度かくぐり抜けた死地での直感が頭で考えるより早く肉体の反射でもって動く。
突進を躱すように歩みだした脚をさっとひっこめ後ろへと飛ぶ。
何度か軽くステップしながら下がり、自分へ無粋な攻撃を加えたものを睨みつけた。
既にその両手には銀の魔法の手甲がはめられ、指先からきらきらと細く光る糸が伸ばされている。
■ヴァイル > 矢のごとくの奇襲はあえなく躱される。
じっ、と犬と少年とは対面する形となる。
淀んだ空気の中、犬の喉が、錫をひっかいたような不快を催す笑い声を鳴らした。
「なんだ。楽はできないらしいな」
それ以上の追撃も、接近もない。
向かい合っているうちに、犬の輪郭が膨らみ、悪辣な笑みをたたえた黒衣の少年の姿になる。
「ごきげんよう。いい月だね、チェシャ」
先ほどの殺意に満ちた一撃が嘘だったかのように、上機嫌な声。