2022/10/26 のログ
マーシュ > 「───」

………陽が沈むのが早くなったとはいえ、ずいぶんと遅くなったことは自覚している。

月灯りに照らされる女のシルエット。白布がほの白く、修道服の裾が翻るのがかすかに浮かび上がる程度ではある。

コツ、と小さな足音が、それでもいつもよりはせわしなく響く。

手にしているバスケットの中身はほぼすべて空。
そもそも清貧を謳い、その通りの活動をしている修道女を狙う泥棒もいないだろうが───。

ヴァン > 向かう先に見える修道女の後ろ姿を認め、目を細めた。こんな時間に珍しい。
周囲を見渡す際に横顔が月明かりに照らされ、友人であることがわかった。
声をかけようと口を開いて、止まる。
路地裏といえど、軒先に出された樽や箱など、視界を遮るものはある。それらに隠れながら、しばし観察。

「……うん、しっかり夜道を歩く時の注意はしているみたいだな」

ことあるごとに過保護めいた言動をしてきたので、杞憂だということがわかりほっとする。
とはいえ、それは普通の相手ならば。一度驚かせておくのもいい。
本職の斥候には遠く及ばないが、男は足音を消した。少しづつ距離を詰めて、数分の後には女の背後に。
左手で口許を覆うようにして、右手に持ったダガーを見せる。

「……動くな。静かに」

ばれないように作った声色は普段よりも遥かに低い。更に細い路地に連れ込もうとする。

マーシュ > 月灯りは助かるが、冷え込むようにもなってきた。
───体を温める薬草を少し増やしたほうが喜ばれるかもしれない。

この時期には喉を傷める人も増える、つらつらと考え事をしながらの道のりなのは、他に誰もいないことを確認しているからだ。
暗い路地の歩き方は、多少教えてもらったし、抜け道や近道にもなることはそれで実証済み。

それでも女は、そういった訓練を積んでいるわけではない。
何事もなくしばらく歩を進め、もう一歩を踏み出そうとしたところでその歩が止まった。

「………!?」

ぎくりと肩をこわばらせたが、指示通り口を噤んだ。
……とはいえ、口許を塞がれているのだから声は出ても大した声量にはならなかっただろうが。

………月明かりに刃が鈍く光を反射するのに視線だけ動かして。

「む………───」

けれど、誰かの意図通りなのは少し腹立たしかったのか、手にしたバスケットが地に落ちる。
それを違和感ととらえてくれたら誰かくるかもしれないし────。


より狭い路地は、さらに暗くなる。人ひとりの肩幅もないようなそこにざり、と肩口がすれる感触がした。

ヴァン > バスケットが落ちたのを音で聞いた。
いい判断だと内心で思う。バスケットから何か零れたか注意が向く強盗もいるだろうし、静かな中での音に気付く人もいるだろう。
もっとも、寄ってきた人間が助けてくれるとは限らないのが悩ましい所だ。

「抵抗してもいいぞ。顔に残る疵をつけたいなら……な」

銀のダガーは魔法の発動体で、武器としては貧弱。一度見せた後すぐに鞘に戻した。腕を伸ばし、万が一にも傷つけることがないように。
今の彼女の視線からは、男の腕だけが見えている。月明かりの程度によっては、ヴァンが普段着ているものだとわかるだろう。……強盗めいた行動と結びつかないかもしれないが、過去に一度、『無防備な姿を晒していたら……』と、忠告をしている。

「壁に手を。……楽しませてくれよ」

金目当てでないことを伝える。左手が数秒離れ、その間は脅迫さえ無視していれば自由に動ける。やがて、布で目隠しがされる。男が普段しているバンダナだと気付くだろうか。

マーシュ > 「─────」

顔に傷、への言葉には治癒術があるから治せないことはないだろうが、痛いものは痛い。
というよりは徐々に訝しげな表情になりつつはあるのだけれど────。

「………」

知己の纏っているものによく似ているのを、なんとなく見やりながら。
ああ、と記憶がつながってゆくのは以前の発言を思い出したからだけれど。

「─────、む」

促す囁きも、落ち着けば知り合いの声音だと理解する。
僅かな緊張を残しつつ、壁に手のひらを添わせるが───。

完全に手が離れ、自由にはなっている。逃げるだけなら逃げてしまえばいいのだが───。

「ヴァ、ン、様?」

あの時言っていたようにやはりわからないまま、なんて無理だし、というより隠す気もなかっただろう。
するりと視界を覆ったものが、彼のバンダナであることにはさすがに気づかなかったが。
その段に至れば、困惑と戸惑いをのぞかせていた。

ヴァン > 思ったより早く気付いたことに舌を巻く。
素知らぬふりをして続けることも可能だが、ここで止めるのが無難だと判断した。

「……怖がらせてすまない、マーシュ」

声色を元に戻し、最初に謝罪をする。こういったことをする、という合意があったにせよ、強姦されるかもしれないというショックは軽いものではないだろう。
まだ結んでいなかったバンダナを外すと、肩に触れて向き直させる。藍色の双眸に映るのは、少しだけ気まずそうな男の顔。
正体に気付いたこと、それまで冷静さを失わなかったことへの驚きが表情に見え隠れしている。

「こんなにも早く気付かれるとは思わなかった」

バンダナをつけながら、細い路地から元の道へと向かう。

マーシュ > 「──────………」

聞こえた声音に、それでも緊張させていた肩からようやく力を抜いた。
は、と安心したような吐息とともに、するりとほどけてゆくバンダナに双眸を瞬かせて。

狭い路地で体を反転させると見知った顔が、少し気まずそうにしているのに緩く笑った。

「……なんというか、隠す気、なかったですよね……?」

最初は確かに気づかなかったし、驚きもしたのだが。
月灯りに見えた衣服の生地や、バンダナ、それに───と言葉を継ごうとして一度切る。

「ヴァン様の匂いでしたし」

示すのは今つけなおしているバンダナ。
距離の近さで気づくこともあるのだな、と実感した。

細い路地から元の路地へと向かうのを静かに追いかけて。

ヴァン > 「いや、そんなことは――」

確かに月明かりで服の生地は見えたが、襲われて平常心でいられなくなると予想してのこと。
バンダナについては指摘の通りだが、よく気付くものだと感心する。
続けられた言葉には少しショックを受けたようだった。

「…………匂う?」

男は普段、香水などはつけない。つまり、体臭。すん、と嗅いでみるが、自分の匂いなどわかる筈もない。
おそらくは悪い意味で言ったわけではないのだろうとは思いつつも、悲しそうな表情は変わらない。
リセットするように両手で顔を覆い揉み解して、息をついた。

「そうだ。これ、何かわかる?」

楕円形の板状で、中心に穴が二つ空いているものを渡す。指錠であることは伝わるだろうか。

マーシュ > 「───よく目にしてるものですし」

感心したような言葉のあとに、何故だか落胆された。
女としてはその人の気配のようなもので、特に貶めるつもりで伝えたつもりはなかったのだが。

「……?ええ、インクと、お茶と、少しだけ───杜松の香りが。私ですと……多少祭事の香の香りが香るのだと思いますが」

けして嫌な匂いでも汗のような体臭とも違うのだといいたかったのだが、伝わるのかどうかは、わからない。

悲しそうな表情に少しだけ双眸を瞬かせて。

けれど気を取り直すように差し出されたものを素直に受け取って。

「……?」

くるくると金具を回していた。
あまり馴染みがなく、けれど中央に鍵穴のようなものが見えるから、手錠のようなものなのだろうか。
それにしては小さい、と、戯れに穴の部分に指を通して見せる。

ヴァン > 「体臭……ではないのか」

本、紅茶、酒。どれも自分に馴染のあるものだ。言われて再度嗅ぐが、結局わからなかった。

「それは指錠という。両手の親指を拘束する、手錠のようなものだ。……押すと穴が小さくなるから注意して。
神殿騎士は異端者を捕縛する任に就くこともあるから、その時に使う。
何が言いたいかというと……この前言った事ができる、と伝えたかった」

金属製品を弄ぶようにしている姿を眺めながら声をかける。
間違って穴を狭めるとそれなりに痛いので、掴んでとるようなことはせず、手を差し出してその上に置くようにしてもらう。

「もしやるんだったら。声は静かにな。意外と音はこの地区全体に響く」

マーシュ > 「違いますよ……?ええと───」

自分の袖口なりを嗅ごうとしているのがまるで犬のようで少しおかしかった。
ただ、確かに匂いと言われたら狼狽えるのはしょうがないのかも、と思い至って。
………己も香水などをつけているわけではないが、と参考になるかはわからないが手巾を差し出してみた。

「指錠………、───こんなに小さくても捕縛用に使えるのですね。
………っぅ」

かけられた声音に、弄んでいる己の手から取り戻すように掌を差し出すとおとなしく返したのだが。
その目的と、用途と。
それから────告げられた言葉に小さく呻く。

「──、───……っ!」

戦慄く唇が、言葉を象ることはなかったが、見る間に頬が染まっていったのが、昼間だったらよく分かっただろう。
もぞりと白布を引っ張って顔を隠そうとするのがその証。

「そ、……、ぅ、言う、ことは、………っ。………」

声音が安定しない。もごもごといいつくろうべきか、どうするべきか。

「………─────、聞こえない、ところでお願いします」

だいぶ間をおいてからの、妥協案というべきかを返した。

ヴァン > 「あぁ。解錠といった対魔法抵抗もされている。
――どうした?惹かれるんじゃなかったか?」

すっかり普段の様子を取り戻したらしい。顔はのぞき込んだりはしないものの、唇の端が歪んでいるのがわかる。
白布を引っ張る姿が視界の隅に映る。

「聞こえない所か。となると、かえって平民地区の方がいいかもな。
酒場やらなにやら遅くまでやっている店が多いから、多少の音は他の音が消してしまう」

今いる場所から王城まで戻るのに、平民地区を通る。
道すがら条件が合いそうな場所が視界内に入れば、そこを確認しにいくだろう。
もちろん、他の音がする場所は起きている人間がいる場所、ということでもある。
す、と手を出す。手を繋いで向かおうといういつもの行動。
逃がさない、という意図もあるかもしれない。

そんな場所が見つかるかどうか。ともあれ、貧民地区からは立ち去っていく。

マーシュ > 「────………、………!!」

楽しげな声音からは、先程迄の悲しそうな様子は感じられない。
己の言質を一つ一つとってゆく様子には羞恥の混じった恨みがましい視線を向けて。

「…………」

唇は噤むものの、もごもごと何か恨み言らしいものを紡いでいるらしい。
目を伏せて、ついでに途中に転がっていたバスケットを引き上げて。
少しだけ拗ねたような表情を浮かべて視線をそらしたが───

けれど女は何一つ相手の言葉を否定することはなく。

差し出された手、その意味を考えながらも己のそれを重ねて────。


帰路、というより夜の散歩のような道のりとなることは間違いなさそうだった。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区/路地裏」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区/路地裏」からマーシュさんが去りました。