2022/05/29 のログ
■ミンティ > 一度は多くの人の耳目を集めながら演奏をしていた人が、ステージを降りたとたんに態度を崩す。
そこで幻想が崩れたと落胆する事もなく、同じ人なのだと、当たり前の事を今知ったような気分。恐縮しきりの心地もすこしは落ち着いて、肩から力を抜いた。
「…やっぱり…そういう服装って、疲れるもの……なんでしょうか?」
楽だからと同じ服ばかり安売りの時に買いこむ自分にとって、富裕地区の高級そうなお店にも踏み入れそうな礼服姿の着心地はあまり想像がつかない。
気楽だと言う男性に、小首をかしげて尋ねながら、つられて気が抜けてしまいそうなるところ、意識して姿勢を正し。
「……そう、なんですか。わたし…てっきり、本業の方、だとばかり…思って…
指が、あの……こう、跳ねて、踊ってるみたいに動いて…すごいな……って」
カウンターの端に指を乗せて、ぱたぱたと叩いてみる。鍵盤を弾いていた時の様子を想像しながら、感嘆して息を吐く。
その傍らでの、マスターと男性とのやりとり。その声を聞いていれば、格調高そうなこの酒場でも、大通り沿いのお店と変わらない会話があるのだと知り、小さく笑ってしまう。
「ガキ……、あの……一応、17、です。
…付き合いで、飲まないといけない事も、あるので…なるべく、慣れられたらと思うのです、けど。
でも、あの……助かります……、ありがとう…ございます」
子ども扱いにすこしだけ、そこまで幼いわけではないと細い声での主張。実年齢を口にしたところで、この場では子どもと思われて仕方ないのかもしれないけれど。
注文通り、お茶にミルクを足した飲み物が提供されると、ぺこりと頭を下げてグラスを受け取る。
お酒くらい飲める年齢だと言ってみたところで、ミルクの味の方がほっとする。喉を潤してから、すこしだけ表情を和らげて。
「ユージン、さん。……あ……えと、わたし、ミンティ…と、言います」
■ユージン > 「好きで着てるような連中も居るだろうが、おれは疲れるね。
タイトな作りしてるから、動き回るのに向いてないんだよ。すぐ汚れるしさあ」
そういう目的の衣服ではないのだから当然だろうが、常ならば殆ど着たきり雀。
酷いときは人前で衣服を脱ぐのにも躊躇しないほど自分の出で立ちに頓着せぬ男の言葉には実感が籠もる。
カウンター席の隅、盛装をだらしなく着崩した男と恐縮して姿勢を正す娘。
彼らが並んで座る格好は傍目からは対称的にも見える事だろう。
「普段のおれはまあ、色々やってるよ。冒険者っぽい事やったり、なんか色々売り歩いたりね。
今日のこれもそんな色々やる中のひとつだな。おれが出る日は殆ど決まってないが、良けりゃまた聴きに来なよ。
おれ以外にも結構たくさんいるしさ、上手いやつ」
例えば、今演奏してるやつとか、などと言いながらちらりとピアノを振り返る。
交代要員の男は先程よりこれまた無難に背景で流れる音楽の演奏に徹している。
自然に飲み食いできる、意識の邪魔にならぬ程度に雰囲気を作り上げていた。
「ふーん、ミンティはおれの5つ下か。……じゃ、今のうちに子供扱いされとけよ。
子供扱いされなくなったらされなくなったで寂しいもんだぜ、そういうの」
言いながら、男は空のグラスで軽くカウンターをこんこんと小さく叩く。
マスターの太い指で持ち上げられた酒瓶より注がれる琥珀の液体がたちまちにグラスを満たしていった。
「んで、付き合いで飲むなら自分のペースは守って飲むんだな。
相手がバカスカ飲むやつだと付き合ってたら潰されるぞ。飲む合間になんか食ったりするのを挟むのも良い」
■ミンティ >
「……汚してしまったら…洗濯も、大変そうです。
そういう服って、あの、自分で…じゃなくて、お店に任せたり、するんですよね」
汚してしまうたびに結構なお金を取られるのだろうと考えると、とても自分では着れそうにないと思う。
そういう意味では今のこの地味な服装も、気軽だという点では利点があった。
年頃だから、もうすこしくらい着飾ってみたいという欲求もあるものの、それはそれとして。
「器用…なんですね。……あ、冒険の時、怪我には…気をつけて、ください。
指、痛めてしまったら……演奏も、できなくなってしまうでしょうし。
……え、と、はい。このあたりには、あまり来る事もないのですが…、お邪魔で、なければ……」
今はタキシードのイメージが強いせいか、自分のお店に変な骨董品ばかり持ちこむ冒険者の印象とは繋がらない。
小首をかしげながら、まじまじと、つい男性の姿を観察し、不躾だったかと思うと、すぐに手元のグラスに視線を落とす。
先ほどのような、しどろもどろの状態よりは緊張も解けているものの、ふとした時にびくついてしまう気の小ささはどうにもならず。
示される方を見て、また新たな演奏が始まっているのに、今気がついた風。自然と音楽が耳に入っていた事に、しきりにまばたきをしながら感動して。
「…そういうもの……なんでしょうか。
わたしは、できれば早く大人に…、頼もしくなりたいなあ……と、思うのですが。
…こう、頼りないと、仕事にも差し支えますし……」
商談の場で強引に押し切られる事も多々。歳ばかり重ねても解決しない問題だとはわかっているから、ないものねだりのような口調になる。
隣のグラスにまたお酒が注がれるのを見ながら、こちらはちびちびとしたペースでお茶を飲み、はふ、と吐息を弾ませて。
お酒に関する忠告に、いくつかの失敗が頭に浮かんでくると、また薄く頬を染めながら、小さくうなずき。ばつが悪そうに、控えめな笑いを浮かべた。
「気を……つけ、ます。…記憶を失ったりは、しないのですが…、はい。
だらしない事に、なったりしないように、……なるほど。食べると、いいんですね」
■ユージン > 「…………ン。こいつは貸衣装でね。洗濯は店がやってくれるさ。
あんまり汚れが酷かったり、破いたりしたら弁償だけどな」
確かにその日暮らしの宿無しが着込むには上等の衣装ではあった。
実際、常日頃着るなら動きやすく、汚れや損傷など気にせずとも済むようなものこそが最適である。
それはだいたいの場合、見た目と引き換えの便利さであるのだが。
「ありがとよ。確かに今のところ目立つケガはしてないが、指がダメになったらこの仕事ともオサラバだもんな。
それどころか大概の仕事もできなくなるか。……なるほど、指って超大事じゃねえの」
どこか観察するような娘の視線。向けられているのには気付いていても、それを咎めるふうもなく。
そも、男は見られるのには慣れっこだった。……主に、どうしようもないものを見るときの視線に、であるが。
視線を逸らされたならば、気付かないふりをして今も流れる演奏を微かに意識する。
曲目は先程の自分のそれと同じだが、より自然な環境音に徹している。なるほど、プロとはこういうものか。
自分の思惑を表に出さず、ただ自然を演出し続ける技量は本業の人間ならばこそ、なのだろう。
「……相手にナメられないようにって気を張ると、寧ろその意図が透けてナメられやすくなるからな。
意地張らずに開き直って自然に構えてるほうが上手く行くことも結構あるよ。
後はできねえ事、苦手な事は人にぶん投げちまうのもいいな。全部一人でやろうとすると疲れるし」
まあ、あんたがどんな仕事をしてんのかおれには分かんねえけどな。
そう続けるとグラスの酒を再び呷り、「うえっへっへ」と男は品なく笑った。子供のような笑い方だ。
「なんなら次の取引にゃあこの店を使えば良い。使えたら、だけどな。
あんたがちゃんと贔屓にしてくれんなら、このいかついハゲのおっさんもきっとあんたの味方さあ」
そしたら酔い潰される事もねえだろ、と無責任に言いながらへらへら笑う男にグラスを磨いていた店主はうんざりした顔をするが。
……実際のところ、真っ当な店の主人ならば上客を無下に扱うことはあるまい。
「さて、と……」
二杯目のグラスを空にすれば、男は大きく伸びをした。
身体のあちこち、節々がそれぞれ微かに音を立てる。
「……あんまり飲みすぎると次の出番に差し支えるな。
ミンティちゃんよ。おれァちょいと酔い覚ましに外の風を浴びてくるが……良けりゃ、もうちょい聴いていきな。
ちゃんと曲を聴いてくれる客を迷惑がるような奏者はいねえからよ」
■ミンティ >
「……それは…たしかに、大事にしないといけませんね…」
今度は相手の服装をまじまじと観察する。服の値段なんてろくに知らないから、一体いくらするのだろうと考えてみても、具体的な数字は浮かんでこない。
それでも、仕立てがよさそうなものだという事は、なんとなく感じとれて。
いざ汚したらと思うと、肩が竦む思い。手の中のグラスをうっかり倒してしまわないように、しっかりと持ち直し。
「……そう、ですね。ご飯を食べるのにも……苦労しそう、ですし。
冒険者の人って、怪我をしているところ、よく見るので…身体は、大事に」
死に物狂いで確保してきたらしい骨董品が、大した値段もつけられない安物だったりして落胆する冒険者を見る事もすくなくない。
それだけ大変な仕事なのだろうと思うと、ある程度は平穏に暮らしている自分に言える事なんか、ほとんどないだろうと思えた。
けれど、身体を気づかうような言葉だけ、小さな声でこぼして。
ときどき、ちらちらと演奏者の方を見ながら、小首をかしげていた。同じ楽器を使っていても、人によって聞こえ方が違うのだと、今になって気がついて。
「気負わずに、ですか。……気をつけてみたいけど…、できる…かな。
どうしても、人と話す時って、緊張……して、しまうので。…でも、頑張ってみます。
……ぇ?……あ、ええと……お邪魔でなかったら、その時は…よろしく、お願いします…」
すこし大きな声を出されたくらいで身構えてしまうから、自然体を保てるようになるまで、どれだけの経験を積めばいいのだろうと考える。
考えたところで、堂々としたふるまいの自分は想像がつかず。遠い未来の事のように思えて眉を下げて。
つい溜息を零しそうになったところ、この酒場を取引の場所にと言われると、ぱちりとまばたき。
マスターの様子をうかがって、守ってもらえるのなら、すくなくとも良い潰される機会だけは減りそうだと思えた。
ぺこりと頭を下げ、いざという時の事をお願いしておき。
「……あ、わたし、…古い品物、とか、変わった品物の…、鑑定とか、下取り…を、しています。
もし、冒険の時に、そういったものが見つかったら……よろしかったら……」
渡せる名刺なんかは用意がなかったから、自分の仕事について簡単に伝えておく。
こういう機会にでも宣伝をしておかないと、薄暗い店内で来ない客を待つ日々ばかりが増えてしまう。
男性の方にも、よろしくお願いします、と頭を下げて。
「…あの、いろいろと…お話してくださって…ありがとうございます。勉強に…なりました。
あの、お身体冷やされないように……気をつけて、ください」
男性の身体のあちこちから鳴る音に、またびくっと震えた。
そんなに夜風が冷たい日でもないだろうけれど、日中との寒暖差を考えて、用心するように伝えて。
それからまだしばらくは、ピアノの演奏を聞きながら、お茶の味を楽しんでいた事だろう。自分の口にもあいそうなつまみを注文するのにも、四苦八苦していたかもしれないけれど、滅多に楽しめない音楽を最後まで堪能はしていたようで…
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からミンティさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からユージンさんが去りました。