2018/12/27 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」にアルブムさんが現れました。
■アルブム > 「はっ……! はっ……! はっ……! ……っ、く!!」
ポンチョ風のローブを羽織った小さな人影が、貧民街の路地を駆け抜けていく。
両手で抱えるように持つは、身の丈を超す長大な木の杖。先に付いた2つの鈴がシャンシャンと騒がしく鳴る。
蜂蜜色のポニーテールが冬の夕風に棚引いて、まさしく馬の尾のごとし。
息せき切らし、口角からは泡混じりの唾液も覗かせ、目尻にも涙が湧いては後ろに伝う。
……そのすぐ後ろを、痩せ細った獣3匹が鼻を並べて駆ける。
アルブムは、飢えた野良犬に追いかけられていたのだ。
とりあえず全力で走れば追いつかれないようだ。かといって振り切ることもできない。
そして悪いことに、街並みはどんどん見知らぬ風景になっていく。知ったランドマークどころか、人影すらロクに見掛けなくなる。
治安の悪い地区に踏み込みつつあることもアルブムは認識できていた。
しかし、今は野良犬どもから逃げるのに必死。とても、治安の良い地区まで戻る道筋を考える思考が働かない。
次の角を曲がれば獣は自分を見失うかもしれない。そう短慮に考えて舵を切り、振り返っては落胆する、それの繰り返し。
「はふっ、はふっ……う、あああ……助けて《かみさま》っ!!」
■アルブム > 「……っ!!?」
祈りの言葉虚しく、アルブムはやがて追い詰められてしまう。
袋小路だ。三方を塀に囲まれた行き止まりに至り、アルブムは脚を止めざるを得なくなる。
壁に背を預けるように振り返り、杖を構える。当然のごとく、そこには痩せた四足獣が3匹、不気味に目を光らせていた。
「……こ、こないでっ!!」
杖を掲げ、悲鳴のように上ずった声で威嚇し返すアルブム。
野良犬達は駆けて数歩の距離を取りながら、しかし、飛びかかってはこない。
アルブムの声に応えて《かみさま》が獣避けの結界を作ってくれたようだ。だが追い払うには至らない。
《かみさま》はアルブムに試練を与えるモノ。彼女の力で状況を打破するようなことは基本してくれないのだ。
「………う、うう……どうしよ……」
未だ腰の引けた姿勢のまま、杖だけを果敢に敵に向け、次にすべき行動を模索するアルブム。
実際、いま対峙している犬達もまた人間に怯えきっている弱々しい獣なのだ。
杖で殴りかかれば、アルブムの弱い腕でもたやすく追い払えるだろう。
しかし、突然犬達に吠え立てられ追いかけられたアルブム、この野良犬たち以上に怯えてしまっている。
自分から状況を動かす勇気すらないのだ。今のところは。
■アルブム > 睨み合うこと、5分ばかり。
犬たちは遠巻きにアルブムを見据えながら歩き回り、油断なく隙を伺っている。
対するアルブムのほうは、壁際に釘付けになったまま震えているだけ。半開きになった唇の奥で歯がカチカチと鳴る。
獣の動きをしっかり目で追ってはいるものの、どうすればこの包囲を切り抜けられるのかさっぱり思いつかない。
「……お、お願い、ですぅ……《かみさま》、この犬たち、なんとかしてください……」
恐怖と疲労からいまにも崩れ落ちそうになる脚に、懸命に力を注ぎつつ。
アルブムは泣くような声で、己の中の他人に対し懇願する。
その後、しばし口を一文字に結んで歯の鳴りを鎮めようとするも、すぐにまたカチカチと震えが始まる。
「……そんなっ、勇気を出せだなんて……無理、ですよぉ……! 3匹が相手だなんてっ……。
うまく1匹殴れたとしても、残りの2匹に噛みつかれちゃいますよ、絶対……!」
アルブムは遠き辺境から来た旅人。《かみさま》の手助けもあってのことだが、旅路の苦難はなんとか乗り越えて来れた。
かわいそうだとは思ったが、野の獣を追い払うためにその杖で殴りかかったことも数度はある。
しかし、街の獣は野の獣とは明らかに雰囲気が違っているように見えた。
人間たちに対する憎しみを抱いているように感じた。人の社会の中で狡猾さを磨いているように見えた。
そんな些細な差が、あるいは思い込みが、アルブムからちっぽけな勇気を削いでいた。
■アルブム > さらに10分が経ち、いよいよ空も闇の帳に覆われて来たころ。
アルブムを包囲していた犬たちは、フンス、と鼻息ひとつ鳴らすと、そろって踵を返し向こうへと歩いて行った。
広い通りの方へ向かい、曲がってしまえば、周囲に危険な気配はなくなる。
それでもしばらくは杖を掲げて硬直したままだったアルブムだが、やがて膝を折り、土の上にへたり込む。
「………う、うあぁぁ……怖かった、です……ぅ………!」
震えきった声を漏らす。泣き喚きこそしないが、その一歩手前の半泣き状態だ。
犬たちが突然去っていったのは、アルブムを付け狙うのに飽きたからか、それとも《かみさま》が結界を強めたからか。
真実はわからないが、少なくともアルブムの気迫に圧されて逃げ出したわけではないことは確かだ。
そして、獣たちが去り際に鳴らした鼻息が、弱っちい少年を嘲笑しているようにさえ聞こえてしまい……。
「……う、ううう……ごめんなさい……ごめんなさい……ぼく、勇気、だせなかったです……」
力なくへたり込んだまま、アルブムは誰にともなく、謝るような言葉を紡いだ。
そして暫くは、静謐な無人区画の路地に、スンスンと鼻をすする音だけが断続的に響く。
■アルブム > しばらく静かに泣きはらしたのち、アルブムは杖を握った腕に力を込め、小さな身を引きずり起こす。
そして、背負った雑嚢を探り、ランタンを取り出す。
油の栓を開けると、火打ち石も使っていないのにひとりでに火が灯り、暗い路地を煌々と照らし出す。
杖の先端に下がった鈴の紐に、ランタンの金具を留める。頭上から光が注ぐ体勢になれば、夜道もある程度は怖くない。
「………はい。次こそは、次こそは……勇気、出しますから。《かみさま》……」
なおも弱々しい声で頼りない決意を宣いながら、アルブムは袋小路から歩き出す。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からアルブムさんが去りました。