2017/01/17 のログ
■ユークリッド > 「ん、少しだけ膝が痛いけれど、大丈夫……かな」
心配されると、妙な恥ずかしさが襲い掛かってくる。
鼻先は赤くなっているが、血が出ているわけではなく、ただ打ち付けただけの様子。
一度、二度、深呼吸をすることで、足の痛みを落ち着けながら、軽く身支度を整える。
「そ、そう、ですか?……優しいんですね。
その、ボクにとっては、とてもありがたかったです」
少年の声は、声変りなどほとんどしていないソプラノ。しかしそれでも、生来の女性よりは低めのものである。
故に、彼女の抱いた違和感は、正しい。そして、少年もまた、彼女が己に勘違いを抱いていることに気が付く。
――娘、と称されてしまっては、気づかないわけがない。
「えぇと、この鉱石を触媒に加工してくれる工房があると聞いたのですが、どうにも見つからなくて。
あ、ぅ……え、えっと、ボク、その……これでも一応、男、なんです、けど……紛らわしくて、ごめんなさい。
――そう、ですね。この先は……うぅ、女性を伴うのは憚られますし、危ないですから、今日は諦めることとします」
彼女の言う通り、自分が危ないだけではなく、彼女もまた、この場においては危険なのだ。
ならば、ここですべきなのは彼女と一緒にこの場をすぐに離れること。己の用事など二の次だ。
彼女の問いかけには頷くと、名を呼ぼうとして、知らないことに気が付いた。
「えぇ、一応、大通りまでなら案内はできるかと。――あぁ、申し遅れました。
ボクはユークリッド。ユークリッド・スフィアです」
自己紹介は、まず自分から。かつて確かに躾けられた通り、お辞儀の所作も加えてだ。
名乗るのは己の名。かつてティルヒアの一貴族であり、今は殆ど意味を成さない姓。
そして、少しだけ期待しながら待つのだ。助けてくれた恩人の名前を。
■エルフリーデ > 「あら……跡にならなければいいのだけど」
白い肌に傷跡が残ったら大変だと心配しつつも、思っていたよりも打ち付けた力は弱かったようだ。
足を引きずるような様子もなさそうな様子に、安堵の笑みを見せる。
「ぇ、ぁ……そ、そんなことなくてよっ!? ノブレス・オブリージュよ」
この王都では久しく聞かないであろう、貴族たちが力に重ねる戒めの言葉。
高貴さ故の責任なのだと誤魔化そうとするのは、面と向かってそんなことを言われることが少なく、不器用な照れ隠しとなって顔を背ける。
それも、赤くなった頬を見られないように隠すため。
「鉱石を加工する工房ね…こんなところにあるなんて、変わったところに店を構えたものだわ」
それなら表通りにでも構えれば良いものをと思いつつ、小さく溜息を零した。
続く訂正の言葉に瞳を何度か瞬かせると、じぃっと彼の顔を姿を目を凝らして確かめる。
「……失礼したわ、あまりに可愛らしかったので…同性かと思いましたの」
それだけ女性にしか見えなかったらしく、苦笑いで謝罪を紡ぐ。
女性がいるからと進むのを躊躇うなら、腰に掛けたガンベルトから銃剣を拵えた魔法銃を引き抜く。
古めかしい自動拳銃型のそれを、くるくるとトリガーガードにかけた指で回し、丁度よいタイミングでグリップを握り、空に向けると、するりとホルスターへ戻した。
「こう見えてもわたくしは、魔法銃と体術は自身がありましてよ。そこらの悪党程度に遅れを取るつもりはございませんの」
問題ないと言いたげだが、ですが…と言葉をつなげると、改めて苦笑いをこぼす。
「出来れば、一度明るいところへ戻りたいですわ。 あら、では道案内お願いするわね?」
今宵は一旦ここを去ることに頷けば、彼の名前、特に名字を耳にすれば、ぴくりと身体が揺れる。
クスリと楽しげに微笑めば、胸に手を当てて、こちらも丁寧に挨拶を返す。
「ユークリッドね、わたくしはエルフリーデ・ミュンヒハウゼン。貴方と同じ、ティルヒアの者よ。ふふっ、こんなところで同郷の方と出会うなんて…とても奇遇だわ」
まだ祖国が一つの国として在り続けた頃のこと、彼の性、スフィア家については耳にしたことがあった。
そして、こちらも微笑みとともに答えた名前は、商才で確固たる地位を築いた貴族の性であり、ここでは同郷のものでしか知るものも居ない。
それでも懐かしさに伝えれたのだった。
■ユークリッド > 「たぶん、大丈夫だと思うのだけど……学院の制服、演習とかにも使える丈夫な奴だから」
やはり少年も男の子、綺麗な女性の前ではかっこつけたいものである。
痛みを笑顔の下に隠して、足取りは慎重になりながらもまっすぐに。
よろける様な無様はせずに、意識して足取りを前にもっていく。
彼女の笑みには、同じく微笑みを返しながら。
「……ん、高貴なる者の義務、でしたっけ。
という事は、君は、ううん、貴女は貴族のご令嬢、でしょうか」
少年にも社交界の心得はある。少しだけ忘れていた、昔なじみの作法だ。
目の前の彼女が高い身分であるならば、尊敬の念を持って迎えるのが、礼を尽くすというものだろう。
そっぽを向く彼女の様子に、くすり、と笑みを零しながらも、指摘も揶揄もせずに見守った。
「もしかしたら、そもそも話が嘘だったってことも、あるかもしれませんね。
人伝に聞いた話ですから、信憑性もありませんし。でも、お陰で素敵な出会いがありました。
ですから、こうして工房にたどり着かなかったことにも、意味があるのかもしれません」
基本温厚な少年は、穏やかな表情に、わずかな苦みを混じらせる。
しかし今は、鉱石の加工よりも、目の前の素敵な女性との一時を楽しむことが先決だ。
先の訂正の返答は、まじまじと自分を見つめる視線。謝罪には、相好を崩しながら。
「いえいえ。良く間違われますし、可愛い服とか嫌いではないので。
お陰で色んな人から女々しいとか、頼りないとか言われてしまいますが」
少女趣味な少年は、確かに男っぽさはほぼ皆無だ。線も細いし、背も低い。
実際、目の前で、魔法銃を取り回す彼女の方が、少年よりもよほど頼りになりそうだ。
しかし、この先に進まない理由は、暴漢に襲われるから、ではない。
「ぅ……それは安心ですが……その、ここから先は娼婦街ですから。
例え暴漢に絡まれなくても、貴女を伴って訪れたくは、ない場所です」
それ以上は、言えない。男性として、彼女を素敵だと思うから余計に。
言わば、ここから先は劣情の坩堝なのだ。暴漢とはまた別に、色々な危険がある。
そんな場所には近寄るべきではないし、何より彼女を遠ざけたかった。
自分に、彼女を守れるほどの強さがないから、尚更だ。
「えぇそうですね。ではこちらへどうぞ。結構深くまで来てますから、少し歩きますよ?
――先ほど転んでいたので頼りないでしょうが、宜しければお手を。エスコートの心得くらいは在りますから」
そっと伸ばす手は、彼女の前に差し出される。その所作に無理がないのは、貴族時代の名残だろう。
己の名に反応した彼女――その返礼に、少年は目を丸くした。なにせ、中々出会えない同郷の存在だ。
ミュンヒハウゼン――類まれな商才を持ち、強固な地盤を持つ優秀な家系だと、少年は記憶していた。
ティルヒアという亡国の響きに、一抹の懐かしさを覚えながら、少年もまた、頷いて。
「エルフリーデさん、ですね。よろしくお願いします。
――えぇ、ボクも、まさか同郷の方に会えるだなんて、思ってもいませんでした。
その、すごく、うれしいです……!」
彼女の名前を心に刻み、頭の中で一つ唱える。
それだけで幸せになってしまうあたり、少年は単純なのかもしれない。
少しずつ貧民地区を進むと、その分だけ彼女との時間は終わりに近づいて。
少しばかり名残惜しくなりながらも、確かに、大通りまで送り届けることになる。
■エルフリーデ > 「そう……でも、無理はなさらないように」
と、気遣いながらも続く言葉には小さく頷いた。
恥じらいから背けた視線、笑みが浮かんだのにもは気づかなかったのは幸いだろう。
気づいたら、笑うなと突っついていたに違いない。
「そうね、若しくは昔の話かもしれないわ。 ……あら、言葉が上手なこと。こんなところで擽ったい言葉を耳にするなんて、思いませんでしたわ」
まだ、首都が在りし日に社交辞令の様に耳にした、丁寧な褒め言葉にクスクスと微笑む。
こんな汚れた場所で聞けるなんて、言葉通り思いもせず、その擽ったすら懐かしくて笑みを深める。
「あら…変わった趣味をお持ちなのね。ふふっ、野暮な輩より、形は違えど愛らしさを求める貴方の方が素敵よ」
少女のように振る舞う事も、特に嫌がることもない。
そんな趣味すらも受け止めながら微笑むのも、汚れてるより綺麗で愛らしい方が良いからと…ある意味、少しズレた感性をしているのだろうか。
その先に進みたがらなかった理由、少々色香の強い内容に鳴るほどと納得した様子を見せつつも、恥じらいに頬どころか耳まで赤くして俯く。
そんな状態になってしまえば、戦う力あったとて、感情でブレて発揮しきれないだろう。
「え、えぇ…ありがとう。 ふふっ、そんなこと気にしなくてよ。わたくしも、こんなところで会えるなんて思いもしなかったわ」
恥じらいの熱が引かぬまま、その手に掌を重ねると、彼と共に大通りに向かって歩き始める。
同郷の話題に花を咲かせながら、大通りまで向かう合間、ほんの少しだが、昔を懐かしむ思い出を楽しめただろう。
大通りで別れる時に、良ければいらっしゃいなと、王都での屋敷の場所を伝えて帰路へとつき、今宵の幕を下ろす。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区 路地裏」からエルフリーデさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区 路地裏」からユークリッドさんが去りました。