2016/01/12 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区/路地裏」にヴァイルさんが現れました。
ヴァイル > 雑多な建造物の合間の路地。
血の流れる左肩を押さえながら、焦げ茶髪の少年がふらついて歩く。
尋常の刃物によってはこの魔族には大した害を及ぼすことはできないのだが、
聖なる武具、あるいは――《夜歩く者》に敵対する一門、《鋸翼》の手であればそれは別であった。
今宵は後者である。

建造物の影、息を潜めて様子を伺い、次の行動を考える。
追撃の手があるか、あるいは深追いせず去ったか。
未だその判別はついていない。向こうも気配を消すことには長けている。

ヴァイル > 《鋸翼》とは北方の魔の氏族のひとつである。
《夜歩く者》と同じく好戦的な集団であったが、
同族嫌悪か互いのそりが合うことはなく、長年にわたって小競り合いを繰り返してきた。

「にしても、マグメールくんだりまで残党を追いかけてくるとは。
 随分と暇な連中であるな……」

改めて書くことでもないがマグメールでは魔性の存在の力は大きく減じてしまう。
《夜歩く者》も、《鋸翼》にしてもそれは同じはずだ。

がさりと何かが動く音がした。
そちらに視界を向けるよりも先に自らの血で作った短刀が音のほうへ投げられる。
どさり。
年若い浮浪者が首から短刀を生やして死んでいた。
風景に同化していたが、どうやらここで眠っていたらしい。
何の感傷もなく一瞥すると、再び警戒の姿勢へ戻る。

ヴァイル > こうした野蛮な命のやり取りの中でこそ自分の頭の巡りは冴え冴えとする。
思わしくない情況ながらも、自分に傷を負わせた《鋸翼》が
さらに追ってくれば良いとヴァイルは考えていた。
暴力。悪逆。それが自らに力を与えるものであり、
それなしでは生きることは叶わない。

――色に惑わされる鈍らは要らぬ。
老魔術師の言葉が脳裏に響いた。

しかし待てど暮らせど追撃の予兆を感じ取ることはできなかった。
向こうだって損害はある。無理をすることはない、そう判断して退いたか。

「腰抜け」

助かった、などとは思わない。
惜しむような命でもない。
だが、無駄にするほど安く見積もってもいない。
まずは失われた力――血を補うのが先決だろうか。
微かに警戒を緩め、息を整える。

ヴァイル > 先ほど自分が殺めた浮浪者の亡骸が目に留まる。
《夜歩く者》は血を糧食とする。
かといって血液であるならなんでも好むというわけではない。

「屍食鬼(グール)のようで気は進まんな」

そう、生きた人間の血であるほうが望ましい。
とはいえ鮮度の高い死体であれば充分代替となろう。
余り贅沢の言っていられる場合でもなかった。
敵は《鋸翼》だけではない。
もっと言えばこのマグメールの住人すべてが、ヴァイル・グロットの
潜在的な敵と言っても差し支えなかった。

うつ伏せに倒れている浮浪者の襟首を掴み上げると、
上を向いた彼――男であった――と目が合う。
この時ヴァイルは初めて浮浪者の顔を見た。
自分が死んだことにも気づいていないのであろう。ほんの幼い少年であった。

「…………」

沈黙し、その表情が僅かに揺らいだ時間は、秒にも満たなかった。
抱え上げた彼の首に口を合わせ、溢れだす熱い鮮血を飲み干していく。

ヴァイル > 充分な量を摂れば、少年の屍体をぽいと路地の脇に捨てる。
最初に彼の命を奪った時と同じように、もはや何の感傷もその所作には宿らない。

時折、自らの、《夜歩く者》の背負った宿命、生き方に、矛盾を覚えることがある。
だが、この大地の上に生ける者はあらゆる矛盾を抱えて生きている。
おそらくは些末事でしかないのだろう、とヴァイルは考えた。
グリム・グロットもそう言うだろう。生きていれば。

「グリム」

ヴァイルはあらゆる存在にかつての主人の息遣いを見る。
薄暗闇、血の紅、木の梢、女の纏う紗、そして先ほど貪った年若い少年、そんなものに。

「グリム」

温度のない唇で、二度、彼の名を呼ぶ。
答えるものはいない。
漆黒の夜空に輝く星はない。

傷は塞がりつつあった。長居の必要はない。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区/路地裏」からヴァイルさんが去りました。