2022/11/04 のログ
マーシュ > 流石に変装を疑われたとしても証明の仕様はなかったが。
敢えて言うのならばこの場所にいることは、ある種の照明につながる部分もあるだろう。
一応、正規の申請の元女はそこに立っているのだから。

相手がどう判断したかはわからないが、続いた言葉には静かに頷いた。

「───、こんばんは、騎士様。ええ、そうですね」

写本、と口にしていない己の目的を言い当てられたことに対してはわずかに驚いたように目を瞠るものの特に否定する事柄でもない。
軽く首肯し、それから露わになった相手の姿によって、彼の身分をなんとなく類推する。
あいにくと紋章などには詳しくはないため、サーコートの刺繍のそれがどういった家門を示すものかまでは判ずることはできないが。

ただ、明かりを弾くその白さに目を留めた。
礼を取る仕草には少々困ったようにお立ち下さい、と身振りを交えて声をかけ。

「こちらは宗教書の書庫であったと記憶しておりますが、騎士様の御入用がございましたでしょうか?」

それからこちらの疑問も。
つい、と向けた視線が彼が脇に抱えている書物へと向けられ、疑問をそのまま言葉に変えた

リュシアス > 教会の事情には決して明るくは無いが、修道女が王城の書庫に足を運ぶ用向きは、類推するに写本か調べ物―――。
後者であれば何もこのような夜更けに急いで行う事も無いであろうとの浅い考えであったのだが、
相手の反応を見るに、どうやら当たりだったようだ。

掛けられた声に、くすんだ金髪と碧眼を持った男がその顔を上げると、改めて目の前の相手を一瞥する。
もしかしたら、王城内で幾度か見掛けた事があったやも知れないが――何れにせよ、顔見知りと呼ぶには烏滸がましい程度の面識だった。

「(少なくとも、王城の“裏側”では見た事の無い顔だ………。)」

胸の内で―――もしかしたら多かれ少なかれ顔に出てしまっていたかも知れないが―――その事実を確認する。
王城の、ひいてはそれに連なる教会の“裏側”。この国では時として、修道女と娼婦とは紙一重の存在であり得るのだが、
目の前の修道女がその二面性を持っているようにはあまり見えなかった。

「………ああ。恥ずかしながら先日、城内に侵入した賊に此処の書物を盗まれる騒ぎを許してしまってね。
 賊の目的はまだ判っていないが幸い、取り戻す事には成功したので、こうして戻しに来た次第です。」

そして、投げ掛けられた彼女の疑問には少々ばつが悪そうな表情を浮かべながらも、
別段隠し立てをする理由も見当たらなかった為に有りのままを説明した。

マーシュ > 此方の言葉に顔があげられる。
もう一度、どうぞお立ち下さい、と言葉をかけて。

向けられる一瞥はこちらを見知った存在かどうかを判じているのだろうか。
あいにくと、互いに面識は、あったとしても記憶に残る程度ではなかったのだろう。

彼が己に抱く思いについては言葉にされない以上は知る由もないのだが。
たしかに女は、そういった春を鬻ぐ行為は行ってはいない。


「然様でしたか、───けれど書籍を、というのは不思議ですね」

男も目的は不明だと告げている。歴史的には価値があるものだが、金銭的価値とするにはいささか疑念が残る。
ともあれ戻ってきたのであればよかったと、当たり障りのない言葉を述べるにとどめた。

彼の仕事を妨げるのもよくないか、と一歩身を退いて、書棚から身を離し。

リュシアス > 二度、掛けられた言葉に立ち上がり己の佇まいを直す。
同時に、その脇に抱えたままであった数冊の書物を取り落とさないよう持ち直す。
その表紙が、修道女にとって覚えのあるものだったか如何かは男には知る由も無いが、
確かに何れも歴史的価値の高い、希少な書物であった事は間違い無かった。

「ええ。幸い、件の賊は捕まりましたので理由については今後の取り調べで追々判明すると思うのですが………。」

当たり障りの無い修道女の言葉にも、感謝を述べるように小さく目礼を返してから、
彼女が身を離した書架の一角―――幾つかの箇所に不自然に空いた空白へと、手にした本を戻してゆく。

「しかし、他に仲間が居るとも限りませんし、他にも最近では王城内で若い女性が姿を消した、などという事件も起きています。
 ―――修道女殿も、どうかくれぐれもお気を付けください。」

もし、目の前の修道女が“裏側”で見た顔であったのならば、態々そのような忠告はしなかったかも知れない。
ただ、気が付けばそのような言葉の後に、何かあればすぐに詰所までお知らせを、と付け加えてから。
これ以上彼女の務めを妨げるわけにはいかないと、皮肉にも相手と似たような事を考えながら、
男は一礼して地下書庫を後にするべく、その身に纏った紺色の外套を翻した。

マーシュ > ───それは確かに希少な書物であった。
というよりはこの場に置いてそうでないものはないからこそ、通常の立ち入りは憚られるように仕組みが構築されている。

とはいえ、遡れるのは200年ほど前まで、というのが女の知るところではある。
女が求めていた祭儀書ではないが、あるべき場所に戻してもらう作業を見守りながら。

「王城警備を任されている方々の仕事を疑うべくもありませんね」

穏やかな声音が、言葉に対して返される。
ただ、王城内で女性が姿を消す、という話についてはわずかに首を傾げて。

「ご忠告ありがとうございます。気をつけますね」

華やかな場所だ。
居館、外廷、それぞれにそれぞれの理由で夜会が催されているのは遠目でもわかること。
その中でのいざこざかもしれないし、あるいは意気投合した果ての行為かもしれない。

あまりそういったところに近づく性質ではないが、それ以外にも理由があるのかどうかはわからなかったが。
親切心からの忠告ととらえて頷くことにした。

一礼ののち、身を翻す相手を見送る形になるのは、仕事を妨げる意思はないためだ。

リュシアス > 王城の地下書庫にのみ保管された、歴史的にも希少な書物。
だが、それだけだ。魔導書や禁書の類では無いし、裏で取引されたとて高値が付くとは到底考え難い。
結局、それらを盗んだ賊の目的は今後の取り調べの先にしか判らぬ事で、
この場で想像や憶測を巡らせたところで一時の時間潰しにしかならないだろう。

すると、返された女性の穏やかな声音に、ふ、と小さく笑う声が微かに零れ、

「いえ、我々騎士の中にも、存外不真面目な者も多いものです。」

自分も含めて、と苦笑混じりに付け足す言葉は、相手に聞こえるか聞こえないかの微かな声で。
夜会の中でのいざこざ、或いはそこで出会った者達同士の秘め事―――。
確かに蓋を開けてみればそのようなケースも少なくはないのだろう。真相は、判らないが。

「勤めの邪魔をしてしまいましたね。――それでは、これにて失礼致します。」

挨拶の言葉と共に、礼儀に則った礼を目の前の修道女へと差し向けたのを最後に。紺色の外套を翻し、遠ざかってゆく鉄靴の足音。
その気配が地下書庫の階段を昇り、バタン―――と重い扉が開き閉ざされた音が響けば。
二つあった明かりは一つへと減り、元在った書架の静寂と暗闇が修道女を包み込む事となるだろうか―――。

マーシュ > 静かな場所だ、潜めたとて相手の小さな声音を耳が拾い上げたが──
それに同意するにも、否定するにも、己は彼のことを知りはしない。

ただ、緩く首を横に振って、彼等の仕事の結果として存在する書籍に視線を向けるにとどめた。


「では、少なくとも今夜であった騎士様はそうではなかった、ということで」

実際がどうだ、とかそういうことにはあまり意味もないだろう、と、暇乞いを告げる言葉に緩やかに頷いた。

「問題ございません、ええ、騎士様もお気をつけて」

見送りの言葉を述べて、遠ざかる足音を聞く。
元居た様に、そこは静寂と、暗がりが忍び寄ってくる。

それらをとくに厭う風もなく女もまた、書架の並びへと身を置きなおし。
ゆらゆらと灯が揺れる中、暫しの時間を書庫で過ごすことになるだろう。

ご案内:「王都マグメール 王城地下書庫」からリュシアスさんが去りました。
マーシュ > 「────」

目当ての祭儀書を見つけると、書棚から抜きだした。
年代ごとの同じものをそっと抱える。

内容は同じだが、それぞれに写された年代が違う。
己が手掛けるのは彩色本ではないため、書籍という形で残すかどうかは怪しいところだが。
そのうち写本の一つがそこに収められることになるのかもしれない。

マーシュ > 一度書庫内を見回り、ほかに何者かがいないかを確かめてから、ゆっくりと女は歩み出した。

ゆらゆらと揺れる灯が、最後にきえて。
重い扉を閉ざす音が響けば、濃密な暗闇と、静寂が書庫の中に真実訪れることになるのだろう。

ご案内:「王都マグメール 王城地下書庫」からマーシュさんが去りました。