2022/09/15 のログ
マーシュ > 渡されたそれは、表面は滑らかで手触りもいい。
握りやすく微妙に削られているのもわかる。だがやはり女には少々重たい。
それを振るうという意味も考えれば余計に。
好奇心を満たし、スタッフを返して。

「最初は皆そうなのですね?……私にはとても扱えない、というのがよくわかりました。ありがとうございます」

頭を打ったり、という話には多少唇の端が上がっていたのだが。
続く会話に、男の笑みの圧に視線がうろうろと彷徨いだした。

期限が切られたことには多少狼狽えるものの、無言のままに頷いた。
其方も約束したのだから、とは思うのだ。


「───何でしょうか?」

多少含みがあるとはいえ、己の名を呼ぶ調子がいつもの通りならそこまで警戒することはなく、素直に示された場所に佇む。
促されるままに手を差し出して。

その意図がわからないため表情は訝しそうにしたままだ。

ヴァン > クォータースタッフを受け取ると柱にたてかける。

「ただの棒術ならまだできるかも。真ん中あたりをもって払ったり打ったりだから」

頭を打つくだり、思った通り笑われると照れるように笑う。
期限に対する頷きには満足そうに頷き返す。

「あぁ、まぁ、大したことじゃあないんだが……」

差し出しされた手を右手でとると、男はゆっくりと右膝をついて跪く。女の手が男の額あたりにくるようにして

「しっかりとした自己紹介をしていなかったと思い出してね。今更な気もするが……。
ラインメタル辺境伯、アーサー=シルバーブレイドが三男、ヴァン=シルバーブレイド。
ノーシス主教神殿騎士団所属、聖騎士(パラディン)。
王都大神殿付属図書館にて司書をしており、人呼んで『図書館の聖騎士』。改めて、以後お見知りおきを……」

女にとって初耳のことはいくつかあっただろうが、ただの自己紹介なら膝をつく必要はない。
一般的に騎士が跪くのは、相手が男なら服従の意味。女なら――。

練兵場がざわざわしはじめる。
神殿騎士団でもはみだし者の男が王城の修道女に跪いている。しかしその修道女の顔や姿は柱の陰に隠れてよくわからない。
男の意図は、この光景を見せることにあったようだ。

マーシュ > 女はその言葉に首を横に振った。

「……振るう意思が問題ですから」

己はあくまでも道を修める半ばにいる身。誰かを傷つけうる行為をその手で行うのは難しい。
あくまでそれは己の身上であり、誰かから守られているからこそであるとは思うのだが。

差し出した手を取られるままにまかせ、委ねていたのだが。
跪かれて視線が下へと向かう。

「────?」

無言のまま首を傾げ、白布がする、と肩の上を滑る衣擦れの音がそれに追従した。

「………え、ぇ、と……?」

どう応えたらいいのだろう、と修道女であり、そして所詮平民──しかも孤児の女は戸惑う。
自己紹介という部分は素直に呑み込んだのだが、いささか仰々しいと困ったように己の手を取る相手の右手を両手で包むよう。

「あの、───ヴァン様?」

何故膝を、と問いただそうとして。
僅かに離れた場所が騒めきだすのに狼狽えた様に。

あるいはそれが目的だったのだろうかとは思うものの、立ち上がるように促して。

「……いろいろ初耳はございますが、戯れが過ぎませんか…?」

むぅ、と珍しく膨れ面を見せ。

ヴァン > 振るう意思については素直に頷く。
武器を使わずに済むのなら、それにこしたことはない。

自己紹介を終えると、男は立ち上がった。
ふ、と笑うと練兵場へと視線を向ける。ざわついていた空気が元に戻り、再び木刀が打ちあう音が遠くから響く。

「戯れじゃない。君――というか、君たちを護るべき騎士団が、しっかり仕事をするように促したんだ。
知っての通り、騎士団の中には身内に手を出す輩がいる。それを防ぐ。
俺がこうしたことで、『王城にいる修道女の一人』が俺のお気に入りだと連中に思わせる。この距離では誰かまではわからない。
仕上げに俺が連中と穏やかな話し合いをする。……連帯責任って良い言葉だと思わないか?」

騎士団の誰かが修道女に手を出して、それがヴァンのお気に入りだった場合――男は容赦はしないだろう。
全員男前にするぐらいは序の口、死人を出すことも躊躇わない。少なくとも、神殿騎士団ではそう思われている。
団員達は修道女に手を出すのを自重し、互いに監視・牽制し合う。男の意図はそのようなものだった。
説明が後になったのは悪かった、と謝罪もする。
膨れた顔が珍しいのか、人差し指でむに、と押してみた。

マーシュ > 自己紹介を終え、立ち上がった男に対しては少し眇めた眼差しを向けたまま、だったが。

「……マーシュ=リグレット。私が両親からいただいたのはそれだけです」

男に比して、己が語れることは少ない、というよりはほぼない。
ため息交じりに、己の名。家名はあっても、その家自体には辿り着くことはなかったのがさほど名のある家ではなかったのだろう、あるいはすでに絶えていたか。

だからたいして意味のあるものではないが、彼が教えてくれたことに対して返せるのはそれぐらいだった。

続く言葉と、男の意図にため息を吐いたものの、そういうことでしたら、と納得はせざるを得ない。

あまり暴力は、と小さく添えるものの、ある意味守ってもらったのだろうと思うと否定もしづらいのだが。
謝罪に対しては受け入れます、と応じた。

「………………」

膨れた頬を指で押されて潰されると、無言のままその人差し指を掴んだ。

「私はパン生地ではございません……」

小さな抵抗。

ヴァン > 姓を聞くと珍しいものだ、と呟いた。呼び方はそのままで、とも。

女に意図を説明し、理解を得られたことには少し安心したようだった。
また自分をだしにして、と言われることを覚悟していたのだろう。

人差し指を掴まれると、そのままに。

「マーシュさんのふくれっ面なんてはじめて見たからな。
あんまりにも可愛くてつい……な」

思ったことをさらりと吐く。パン生地と言われるとほっぺを摘まんで指先で捏ねてみたいと思うが、
さすがに子供扱いしすぎと怒られるだろうか。

音がやや鈍ってきた練兵場を一瞥する。回廊は屋根があって快適だが、練兵場は直射日光のせいでそれなりに熱が篭っている。
休憩が必要かな、と呟いてから、練兵場に戻ろうとする。

「さて……じゃあ、俺は仕事に戻るよ。会えてよかった」

マーシュ > さして意味のないものですが、と、悲壮ぶるでもなく、感慨もなく女は応じた。

掴んだ人差し指を軽く握って開放すると、続く言葉に目を伏せる。

「──膨れ面が可愛いわけはないと思いますが」

また揶揄ってらっしゃいますか、と己の頬を撫でた。
流石にそこまで言われると気恥しさの方が勝る。

──ざわめきが収まり、また木剣同士が打ち合う音が響く方へと視線を向けた男の教官らしい言葉には、表情を柔らかく変えて。

「はい、では私も勤めに戻ります。……こちらこそお話ありがとうございました」

練兵場へと引き上げる相手へと、最初と同じように頭を下げると女もまた、歩きはじめる。
行く先は、礼拝堂裏の薔薇園に。いつものように植物の世話をしにゆくのだろう──。

ご案内:「王都マグメール 王城/練兵場」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 王城/練兵場」からマーシュさんが去りました。