2020/09/17 のログ
マレク > 「タピオカ……貴女と出会えてよかった。本心からそう思います」

彼女の純真さが眩し過ぎる。汚れ切った自分には演技としか思えないような数々のことを、真っ正直にやってのけるのだから。目を細めつつ何度も頷き、どうぞ、と右手で入室を促した。

「どうしたのです? 感心しませんね。メイドが大声を上げるなど。何かあったのですか?」

貴族の名前が聞こえた直後、何食わぬ顔で開け放たれた扉の向こうに声をかけ、自身も足を踏み入れる。まず、机に目をやった。拡大鏡や定規、羊皮紙に混じって、まさに男が求めていた設計図が置かれている。

メイド姿の背中を一瞥した後、ダブレットの裾から目玉型の魔道具を転がり出させた。それは独りでに浮遊し、瞳から放った光で机上の設計図を照らす。

「ウェルト・クァンタムともあろう者が、随分軽率なことだ……」

ごく小さな声で呟く。貴族であり発明家であり技師でもあるこの部屋の主は、良く言えば非常に慎重、悪く言えば偏執的なまでに神経質な男だった。少なくとも、自身の作品たる設計図を机の上に放り出すような人物ではなかったはず。

許しなく入ったタピオカが叱られている内に透明化して忍び込み、何とか上手いことをやろうとしていた男は、すっかり拍子抜けしてしまった。撮影を終えた魔道具を袖に戻した後、部屋の主が座っているだろう安楽椅子に視線をやる。

「……存外、容易かったな」

此方からは、安楽椅子の背もたれの上から出た頭頂部しか見えない。起きる気配どころか、身動ぎさえしない。完全に眠っているのだろうか。よほど護衛の女性を信頼しているのかも。そんなことを考えつつ、メイド服を着た相手が毛布を掛け終えるのを見届けようと。

タピオカ > 魔道具が光を放った後の机上、その紙に記された筆跡は随分乱れていた。何かに急かされているようにも見える。バルコニーの向こうでウェルト・クァンタムが身動ぎすれば、目の下の隈がガラス戸ごしにでもはっきりと見てとれた。魔導機械の技術競争として、よほど重要な部分を設計していたのだろう。部屋前に護衛をつけておけばひとまずは安心だ、そんな軽率な考えに至るほど疲れていた様子。

安楽椅子ごと、ふかふかで大きな羽毛布団に包んで。技師の襟元まで持ち上げるとバルコニーからメイドが相手の元へ帰ってくる。

「ただ眠ってるだけみたい。部屋の中にもとりあえず侵入された痕は無いし、大丈夫だね。僕のナイフの出番が無くて良かったよー、ふふ」

顛末を説明すると散らかった部屋内をぐるりと見回して小さく微笑む。
先に扉へと立てば、このまま外へ出ようとばかりに退室促し。
何事もなかったかのように、にこやかに相手を見送ろう。

機密情報がすでに漏れている事を依頼人も護衛も知らず、冒険者ギルドで無事に報酬は貰えるだろう。
その後、ウェルト・クァンタムが設計したはずの回路と全く同じものが、別の技術者の手によって城内で発表される事と――。

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