2018/06/14 のログ
ご案内:「王都マグメール 王城/音楽室」にフェイレンさんが現れました。
■フェイレン > 王城を生活の拠点として久しいが、未だに知らない場所だらけだと実感する。
仕事を終え、気まぐれに普段とは違う道筋で自室に向かっていたのだが、わずかに開いていた扉を見つけ、導かれるよう足を踏み入れたところだった。
暗い部屋を見渡すと、自分の背丈ほど大きな気配を感じて身構える。
咄嗟に手元のランタンを掲げたが、映し出されたのは重厚な装飾の施された木枠に無数の弦を張った楽器――ハープだった。
冷静になってみればハープだけでなく、部屋中に様々な楽器が整然と並んでいることに気が付く。
ここは彼らの為の部屋らしい。
燭台にランタンの火を移すと、橙色の灯りがあたりを広く照らした。
■フェイレン > 壁際に備えられた楽器の群れに近づく。
フィドルやリュートといった一般的なものから、シェンヤンや東の果てから来たであろう、異国の楽器も揃えられているようだ。
城では毎日のように夜会が開かれている。宮廷楽師たちがこれらを使って演奏するのだろう。
興味本位で次々に視線を移すうち、馴染みのある楽器が目に留まった。
琵琶だ。子どもの手習い程度だが、母に教わったことがある。
――今でも覚えているだろうか。
燭台の灯りが細い弦を魔法のように煌めかせ、男の暗い色の瞳に反射する。
衝動的に琵琶を手に取り床に座り込むと、胡坐の上に乗せ、指先で軽く弦を弾いてみた。
べん、と間抜けた音が響く。
■フェイレン > 初めて琵琶に触れたとき、この硬い弦で指を擦り、痛いと泣き出したことを思い出す。
涙が止まるまで優しく指を摩ってくれた、あの温もりは今は無い。
傍にあった演奏用の爪を右手の指にそれぞれ嵌めると、今度こそ正しい姿勢で弾いてみた。
指の一本一本を順に折って四本の弦をつま弾くと、思う通り滑らかな音が奏でられ、男は安堵したように息を吐く。
先端にある鶴首と呼ばれる部分に添えた左手を滑らせる。
他の弦楽器と同様、弦のどの部分を押さえるかによって音階が変わるのだ。
軽く音階を確かめてから記憶にある一曲をさらってみる。
旅人が故郷を偲ぶ歌だ。覚えたのはかなり前のことだが、幸いにも忘れてはいなかった。
ご案内:「王都マグメール 王城/音楽室」にオフェリアさんが現れました。
■オフェリア > 僅かに急いた足取りだった。思いがけず、城への滞在が長引いた所為だ。
簡素なドレスの裾を歩調に揺らし、廊下を進む。
―――幾つかの曲がり角を過ぎた辺り迄。
女の歩みは、徐々に速度を失い始めた。視線も前方から、時折周囲の様子へ巡る。
通路が複雑に入り組んだ、慣れない城内。嘆息の代わりに前を向く眸を細め、遂に歩調は望む順路を諦めた様に、常と変わらぬ速度に迄落ち着いた。
其れからもう一つ、廊下の角を曲がった辺りで。耳慣れない音色が奏でる調べを耳に拾い、再び視線が周囲へ配られる。
音色が聞こえる方へ、つま先を向け進んだ。扉が薄く開いた部屋の前迄辿り着くと、より鮮明になった旋律に誘われて、そっと扉の隙間から室内の様子へ貌を覗かせる。
暗がりに、明かりが一つ。床の上へ、人の後姿が浮かび上がって居た。
■フェイレン > 部屋の外から何者かが近づく気配がしたが、音色を奏でる手は止めなかった。
足音はその持ち主を知る大きな要素だと、闇の世界で育った男は知っている。
この狭い歩幅は女だ。床に響く音の軽さから、年齢は若く体型は細い。
微かに聞こえる衣擦れはドレスを着ている為だろう。重たい金属音はない。恐らく武器は持っていない。
そんな風に浮かび上がるいくつかの要素から、警戒する必要はない相手だと判断した。
だからこそ、驚いた。この部屋に興味を示して立ち止まるとは思っていなかったのだ。
「……何の用だ」
向けられる視線に手を止め、振り返らずに言い放つ。
奏者用の爪を外さぬまま右手は静かに腰に回った。
指先が小太刀の柄に触れる。これを振るう必要があるかはまだわからない。
■オフェリア > 傾けた頭、編んで束ねた髪が背で揺れる。
耳慣れない音色で紡がれた其の曲は、何処か哀愁を含んだ調子で。緩やかに瞬く赤い眸には、未知への興味が微かに湛えられていた。
不意に音の響きが止まる。代わりに聞こえたのは、短く放たれた男の声だった。
「―――…、…見物人 とでも、思って 頂ければ 」
奏者に、此方へ振り向く気配は無い。楽器を支える手の片方が動くのを目で追うが、男が何へ手を伸ばして居るか迄は伺えなかった。
問いへ静かに答えると、歩みは入り口に留めた侭、言葉を続けて。
「…珍しい音色、だから。 御邪魔、かしら 」
■フェイレン > 戸の隙間から澄んだ声が耳に届く。口調に緊張や怯えは感じられない。
音色の珍しさに立ち寄ったと言う理由は、この状況に於いてごく自然な、納得の出来るものだった。
警戒を解いて振り返る。声の持ち主は淡い色のドレスに身を包んだ女だった。
男は足元に落とした目線をじりじりと引き上げ、やがて目が合うと小さく瞠目した。
暗がりに薄く浮かび上がる色白の肌。
それとは対照的に、柘榴石のような強い色彩の瞳がこちらを見つめている。
女の相貌を作るすべてのパーツが均整の取れた麗しさで、
まるで宗教画に描かれる女神のような、美しすぎてどこか空恐ろしい雰囲気があった。
「…別に、俺の部屋というわけでもない。
ただ…今のは聴く価値もない演奏だ。忘れろ」
端麗な女に一瞬怖気づいた自分に気付き、不機嫌そうな声になってしまったが、
特段入室を拒むことはしなかった。顔を逸らし、並ぶ他の楽器へと視線を向ける。
■オフェリア > 橙の炎の明かりの中で、やがて振り向く所作に合わせ、髪と同じ目色をした男の顔が確認出来る。
其の身形から、宮廷が抱える楽師とは異なった印象を受けた。
何処か硬質な声音に、先程聴いた楽器の音が脳裏へと蘇る。しかし如何にも、其の像が上手く重ならない。
「…あら、 価値などは、奏者が自由に決められるものでは、無いでしょうに」
其れが返って、興味を惹いた。無愛想にも聞こえる言葉の中に、疎み追い払おうとする意図は無い。そう捉えて、忘れろと云う男へと静かに声音を弾ませ告げながら、留めていた歩を前へ出し、室内へ踏み入れる。
此処だけ、外とは空気が違う。管理の為に空調を制御して居るのかも知れない。室内に並べられた数多の楽器へ視線を流し、終着を男の手許にある弦楽器へ向けた。
緩慢に傍へ近付いて、惹かれた音色の正体を確認しようと。
「―――可愛らしい形。 其れは 、何と云う楽器?」
■フェイレン > 男が吐いた忘れろという言葉は、弾んだ声音に制される。
奏者が決められるものではない。そういうもの、なのだろうか。
日頃音楽を楽しむことのない男にはピンとこなかったが、その意を不快に思うこともなかった。
ドレスの裾を揺らしこちらへ歩み寄った女の問いかけに、男は手元の楽器を見据える。
「琵琶という。…恐らくシェンヤンか、そちら寄りから来た楽器のはずだ。
弦を爪弾いて奏でる」
そう簡潔に答えたきり、続く言葉が無いことに気付く。
女はああ言ったが、自分の演奏が拙いことは自覚していた。弾いて見せるのは気が引ける。
訪れた沈黙に少し居心地が悪くなり、思案を巡らせたが結局は手の中の異物に縋るほかなかった。
「…弾いてみるか?」
座ったまま上目遣いに女を見やり、小さな声で問う。